君の声を聴きたい


「スコールって、声出さないよな」


そう言ったティーダの表情が、拗ねた子供のように見えて、スコールは眉根を寄せた。

本当は今直ぐにでも寝落ちてしまいたかったが、呟きが独り言の音とは違った事に気付いてしまったので、虫をする訳でにはいかない。
体の冷えを嫌ってシーツを独り占めする事を代価に、スコールは重い体を引き摺るように起こして、スコールはティーダと向き合う。


「…何の話だ?」
「セックスの時の話」


シーツに包まりながら訊ねるスコールに、ティーダは拗ねた表情のまま言った。
こんなタイミングで言い出すのだから、そうだろうとは思っていたが、とスコールの眉根に更に皺が深くなる。

────セックスの時、スコールは余り声を出さない。
環境が環境であるから、隣の部屋や、同じ屋根の下で過ごす仲間達の気配を気にしての事もあるから、それは仕方がないとティーダも思っている。
けれど仲間が誰も屋敷にいない時や、二人で探索に出て野宿をしている時など、人目を気にしなくて良い時ですらスコールは声を出すまいとしていた。

スコールが普段から口数が少ない、無駄な会話を嫌う事は判っている。
セックスの時でも無駄なお喋りをしろ、等とはティーダも言うつもりはないし、そんな事をしたら折角の雰囲気が台無しだ(雰囲気なんてあってないようなものだとスコールは思っているが)。
だからティーダも、平時は賑やかし担当と憚らない口を出来る限り噤んで(緊張しちている所為も含めて)、熱を共有し合う事も夢中になる。
そうして言葉少なに熱くなって溶け合って、一つになる感覚だけを追い求めるのが、ティーダとスコールのセックスだ。

だが、ティーダは其処に些細ではあるが不満を持っていた。


「俺さ。スコールの声、もっと聞きたい」
「……必要ないだろう」
「あるって!めちゃくちゃあるって!」


真剣な顔で要望を訴えるティーダに、スコールは苦い表情で突っぱねた。
しかしティーダは今こそ理解を求めねばならないとばかりに、齧り付く勢いで押し迫ってきた。
近い距離感に反射的に体を逃がしつつ、スコールは嫌な予感を感じつつ、尋ねる。


「何でそんなに必要だと思うんだ?」
「だって声が聴けたら、スコールが感じてるって判るから」
「このっ!」


嫌な予感が的中した、とスコールは傍らの枕をティーダの顔に投げつけた。
顔面に枕を受けたティーダだが、そんなものは気にせず「真面目に言ってるんスよ!」とスコールに顔を近付けて来る。


「スコール、いっつも口噛んでて、痛いんだか気持ち良いんだか見てて判らないんだもん。声出してくれたら、もっとちゃんと判るのに。だから、」
「断る。拒否する」
「なんでぇ!良いじゃないっスか、声出す位。痛いんだったら、そっちの方が楽になるって言うし。いや、痛くないようには、頑張るけど。でも最初の方とか、どうにもなんない感じの時とかさ」


男同士でのセックスなのだから、何かと無理が伴うのは致し方のない事だ。
初めての時などは二人揃って未知の事ばかりだったから、受け入れる側のスコールの負担は勿論、ティーダも厳しい所は多々あった。
元の世界ならば膨大な情報網があるお陰で、この手の調べ物にも困らなかっただろうが、生憎神々の闘争の世界にそう言った便利な道具はない。
なんとなく聞いた事のある事を試したり、潤滑剤の代わりに使えそうなものを探したりと、試行錯誤は続いた。
その末に、最近ようやく、多少の余裕を持っての情交が出来るようになったのだが、それ故なのか、最中の相手の事も見る事が増えていた。

口付け合い、触れ合い、そうした心地良さを感じる事が出来るようになったのは良い事だ。
反面、ふとした時の表情や様子、体の強張り等も感じ取れるようになって、ティーダはそうした所から感じたものが不満となって蓄積していた。


「セックスするの、俺は出来るのが嬉しいし、気持ち良いけど。スコールはどうなのかなって思ってさ。最初の頃とか、めちゃくちゃキツそうな感じだったし……」
「……まあな」


ティーダの言葉に頷きつつ、今もキツいけど、とは飲み込んだ。
そればかりは体の都合と言うもので、付き合わねばならない事だと、スコールは既に割り切っている。
ただ、痛みなく済む方法があるのならその方が良い、と言うのも本音であった。


「スコール、最初の頃はやっぱり痛いとか苦しいって顔してて。今もそんな感じの顔してるから、あんまり気持ち良くなれてないんじゃないかと思って」
「………」
「声も我慢してるし、たまに聞こえるけどやっぱり苦しそうって言うか……」


抱き締めて、熱を共有して、刺激を受ければやがては吐き出される。
ティーダの体はそれで充足感を得る事は不可能ではないが、どうしても心は恋人の様子が気になって引っ掛かりを覚えてしまうものだった。

ティーダはスコールの事が好きだ。
同じ気持ちを共有し、体温を共有する事が出来て、それをスコールが赦してくれる事も嬉しいと思う。
だがそれだけでは自分ばかりが喜んでいるだけで、大好きな相手の事を蔑ろにしてはいけない。
スコールにも喜んで欲しい、気持ち良くなって欲しい、満足して欲しい────ティーダはそう思っていた。


「俺がスコールの事もっとよく判ってれば良いんだとは思うんだけどさ」
「……それは、別に…義務ではないだろう、そんなものは」


恋人とは言え他人なのだから、感覚の共有は出来ない。
だからスコールがセックスの時にどんな状態なのか、ティーダが目で見て判らないのも無理はない、とスコールは言う。
────と言うよりも、万が一にも感覚の共有なんてものが可能であったら、スコールはあらゆる理由でティーダとセックスなんて出来ない、と思っている。

しかし、ティーダの方ではそうではないようで、


「俺、やっぱり鈍いから、言ってくれないと判んない事多くて……」
「…それで、俺に声を出せと?……何処で感じているか逐一言えと?」
「えっ!?そ、其処までは言ってないっスよ!」
「当たり前だ、真に受けるな!」


嫌味混じりの言葉に、本気で慌てたリアクションをするティーダに、スコールは余計な事を言ったと火が出る顔を誤魔化すように声を大きくした。
その後で今が夜である事、隣の部屋の住人の事を思い出し、口を噤んで俯く。
ティーダも気まずげに赤らんだ顔で、視線を右往左往と泳がせつつ、気を取り直して言った。


「だから、えーと……声がもうちょっと聞けたら、判り易くて、その……俺が安心するって言うか……」
「………」
「……ごめん、俺の事ばっかりだよな……」


しゅん、と子犬が耳を垂れるように落ち込むティーダ。
スコールは眉根を寄せつつそれを横目に見て、立てた膝に押し付けた口元を尖らせていた。


(……そんなに俺は判り難いのか)


確かに、行為の最中に色々な事を押し殺し隠している所はある。
性的刺激を得ている事も出来れば隠したいし、刺激による反応なんて恥ずかしくて堪らない。
しかし、そうしたものを与えているのがティーダだと言う事は、スコールとて嫌な訳ではないのだ。
根本的に他人の体温、触れ合う事が苦手だと自覚している自分が、彼に触れられる事に限っては当て嵌まらない。
それだけスコールにとって、ティーダの存在は特別だと言う事だ。
だから反応だの声だのと言う事は置いておいて、その“特別に許している事”で、ティーダに自分の状態と言うものを理解して欲しいと思う。


(判るだろう。判れよ。……判ってくれ)


しかし、それはスコールの我儘だ。
ストレートに表現できない、それをする事を恥ずかしいと思う自分の事を棚に上げて、言わなくても判って欲しいと駄々を捏ねている。

俯き、黙ったままのスコールを、ティーダはじっと見詰めていた。
スコールが思考の海に沈んでいる時は、ぐるぐると回る沢山の感情を整えようとして上手く出来ない時だ。
それが判らない程、ティーダもスコールの事が判らない訳ではないし、同じように考え込んで出口を見失い事も少なくない。
それだけに、スコールを酷く思い悩ませてしまっている事も理解出来てしまった。


「……ごめん、スコール。俺の我儘で困らせて」
「……別に。困っては、いない」
「…そっか。ありがと」


そう言って、ティーダはスコールの米神に鼻先を寄せた。
子犬か子猫が甘えるように、掠めるだけのキスをしたティーダに、スコールがゆっくりと顔を上げる。
青にゆらゆらと揺れる蒼が映り込んで、ティーダはにっかりと笑って見せた。


「スコールはそのまんまで良いよ。俺がちゃんと出来るように頑張るから」
「……お前一人で頑張るようなものでもないだろ」


自分が何とかすれば良い、と思ってくれるティーダは優しい。
それに甘えられたらスコールはどんなに楽だろうと思うけれど、結局の所、それでは擦れ違いは繰り返されるだけだろう。
何より、ティーダ一人に何もかも背負わせる事を、スコール自身も良しとは出来ない。
スコールもティーダに気持ち良くなって欲しいと思っているのだから。


「声、は…ともかく。お前とするのは、嫌いじゃないから……」
「ほんと?」
「……ん」
「じゃあ、気持ち良い事もある?」


今だとばかりに直球で訊ねて来るティーダに、聞くのかそれを、とスコールは口を噤む。
此処まで言ったのだから判るだろう、とスコールは何度目か知れずに思ったが、問うティーダの表情は真剣だ。
じぃっと見つめるマリンブルーの瞳は、答えが欲しいと真っ直ぐに訴えていた。

触れ合った感触を忘れていない体が、じわりと熱を持つのが判る。
今だけこの感覚が目の前の相手にそっくりそのまま伝われば良いのに、そうすれば言葉で伝える必要もないだろうに、と思う。
しかし、そんな都合の良い奇跡が起こる筈もなければ、目の前の恋人が引き下がってくれる事もなく、スコールは小さな声で答えるしかないのだった。




2018/10/08

10月8日と言う事で、いちゃいちゃ初々しいティスコ。
始まるとそれぞれ自分の事に必死になってしまうけど、相手もちゃんと気持ち良くなって欲しくて手探り中な二人とか可愛いなって思いました。