その声が聞こえたら


「お前、ほんと声出さねえなあ」


その呟きは独り言の音に近かったが、自分を指している言葉も聞こえたので、レオンは俯せていた顔を上げる。

背中と腰と、あまり口では言えない場所が痛い。
何度か回数を重ねる内に、体は行為自体に慣れては来ているが、やはり本来は受け入れる器官ではない訳だから、負担がかかるのは否めなかった。
相手───ジェクトもそれは理解してくれているので、出来る限り解したりとレオンの負担を軽減しようとしてくれるのだが、やはり辛いものは辛い。
其処には、ジェクトの身体的特徴にそもそもの無理がある、と言うのもあったりするのだが、それを言い出せば行為そのものが出来なくなってしまいそうで、それはレオンが嫌だった。
あまり他者と深い繋がりを持つ事なく、家族以外とは触れ合う事も少なかったレオンが、唯一、ジェクトだけは体温と鼓動を直に感じたいと思うのだ。
「どうしてもやらなきゃいけねえ事でもねえだろ」と気遣ってくれる気持ちは嬉しいのだが、それとは別に、繋がりたいのもレオンの本音なのだから。

ベッドに寝転んでいるレオンの隣で、ジェクトは端に座ってペットボトルの水を開けていた。
一口飲んだそれを、飲むか、と差し出されて、レオンは受け取りながら起き上がる。
ずきずきと痛む腰を庇いながら、ベッドヘッドに寄り掛かり、ペットボトルに口をつけた。
常温の部屋に出しっぱなしにしていたが、まだほんのりと冷たさが残っており、喉を通って行く水の感触が心地良い。
ふう、と一息を吐いたレオンは、ジェクトにペットボトルを返しながら、ええと、と先のジェクトの呟きを思い出す。


「俺が声を出さない、と言うのは────その。やっぱり、セックスの時の話か?」


つい先程まで、二人は熱を共有していた。
体はまだその名残を残しており、ジェクトの広く大きな背中を見ていると、レオンはそれにしがみついた時の事を思い出してしまう。
それを心の奥に隠しながら、話の続きを促すと、ジェクトは考えるようにがしがしと頭を掻いて、


「あー……まあ、そのつもりだったが、他の事もそうだったな」
「そんなに俺は声を出していないか?」
「俺にしてみりゃあな。そう言う生活もしてないってのもあるだろうけどよ」


確かに、レオンは生活の中で声を荒げる必要は少ない。
同居している弟は、子供の頃から聞き分けが良かった所があるので、声を大きくして注意しなければならない事は殆どなかった。
父と喧嘩をする事もほぼなく、仕事についても───余程切羽詰まってでもいなければ───普通の声量で事足りている。
偶にむしゃくしゃして大きな声を出したくなる、と言う事もないではないが、幼い頃からそう言う生活が環境として整っていた所為か、意識して声量を上げると言うのは聊か難しい所があった。
仕事が上手くいかない、自分の所為ではない事に振り回されるなどでフラストレーションがたまり、稀に声を上げたくなる時もあるのだが、結局は飲み込むのが常であった。

ジェクトはペットボトールをサイドテーブルに戻し、どさ、とベッドに倒れた。
丁度頭の位置にレオンの足があり、膝枕の形になる。
シーツ越しに感じるジェクトの頭の重みに、少しむず痒いものを感じなら、レオンはジェクトの顔を見下ろす。


「確かに、最近あまり大きな声を出してはいないな」
「最近、ねぇ。ガキの頃から、お前は静かだった気がするけどな。うちのガキみたいに煩くても敵わねえけどよ」
「はは、ティーダは確かに元気だな。よく隣から声が聞こえるぞ。あんたの声と一緒に」
「聞かねえ振りしてくれよ」
「無理だな。隣家で親子喧嘩ともなれば、尚更無視する訳には行かないだろう。ティーダも直にこっちに来るし」


隣家で毎日のように勃発する親子喧嘩は、レオンとその家族にとっても最早慣れたものではあるが、かと言って聞こえない振りは難しい。
ジェクトもその息子ティーダも揃って声が大きく、防音処理までしていないマンションでは、どうしたって喧嘩の内容が筒抜けなのだ。
口喧嘩をした後は、ティーダがレオン一家の家に来て、同級生の弟に泣きつくのもパターンであった。
そうして弟スコールがティーダを宥めている間に、レオンはジェクトの下に行って、息子の言い様に腹を立てつつも受け流せない大人げなさに落ち込むジェクトを宥めるのだ。

そんな生活をしているのに、隣家の騒ぎを聞こえない事にしてくれと言うのは無茶だ。
くすくすと笑いながら言うレオンに、ジェクトはばつの悪い表情を浮かべ、「悪かったよ……」と目を伏せる。


「そっちの家の問題は、今は良いとして」
「そうしてくれ」
「声を出さない、か。でも必要な時は、そこそこ声は出てると思うんだが」
「ああ、全く出せないって訳じゃないんだろうしよ。けど、セックスの時は本当に声出さねえよな」
「そう…か……?」


改めて話に戻るように、ジェクトは最初に指していた時のタイミングをはっきりと指定して言った。
その時の事となると、レオンはいまいち判然とせず、首を傾げるしかない。


「家でヤってる時は、抑えねえといけないって仕方ねえと思うけどよ。今日みてえに家じゃなくて外でも、堪えてるだろ。お前も色々大変っつうか、無理してる所あるだろうし、歯ぁ食い縛ってる所もあるんだろうが。痛いでも苦しいでも声に出せば、少しは楽になるんじゃねえかと思ってよ。……ま、俺が言える話じゃねえけどな」


無理させてるのは俺なんだし、と言うジェクトに、そんな事は、とレオンは言った。
しかし、体の負担が中々辛い事は確かで、これは嘘で誤魔化せるものではないとレオンも判っている。
始めの頃は涙が出そうな程に痛かったし、我慢しすぎて唇を噛んで血が出た事もある。
今でも挿入時の苦しさは変わらず、息を堪えて耐えなければならない瞬間もあり、それがジェクトには少々心苦しい所があった。


「歯ぁ食い縛って我慢する事も良いが、発散しちまった方が楽になる事もあるもんだからよ」
「まあ……そうだな……でも、俺には難しそうだ」


自分がつい口を噤んでしまう、歯を食い縛ってしまう癖がある事を、レオンは少なからず自覚している。
それは幼い頃、母を亡くしてから、父を支える為、弟を守る為にと、自分自身がしっかりしなければと言う想いから重ねて来た行為だった。
泣けば父を困らせる、弟が怖がってしまう、と何時でも恐怖や不安に対して身構え、耐えて来た。
レオンが大きな声を出す事自体が自発的に行えないのは、そう言った経験の積み重ねもあるのだろう。
ずっと続けて来たその行為は、最早レオンの一部となって染み付いており、それを破る事をするのは、二十歳を越えた今のレオンには少し難しそうだった。

子供の頃から、大人になっても続いている癖なのだ。
すれば楽になる、と言う事であっても、簡単に出来る事ではないと言うのは、ジェクトも理解できる。

そうでなくとも、セックスの時の自分の声と言うのは、まるで自分のものではないかのように上擦った音をしていて、レオンは自分で聞いていられなかった。
性的刺激によって反応して声を上げると言うのは、その事を露わにしているようにも思えて、ジェクトがそう言う意図をもって触れていると判ってはいても、恥ずかしくて堪らない。
セックスの時に殊更声を上げる事を我慢しようとしてしまうのは、そう言った気持ちも大きい。

眉尻を下げて弱った顔をする青年に、ジェクトは手を伸ばし、横髪のかかる頬に触れた。


「其処までマジになんなって。妙に真面目な話になっちまったが、俺ぁ単にヤってる時のお前の声がもっと聞けりゃあなって思っただけなんだからよ」
「……あんたな。真面目に考えた俺の時間を返してくれ」


露骨に即物的な恋人の言葉に、レオンは眉尻を吊り上げて、頬に触れた手を抓ってやる。
いてて、と嫌がってみせるジェクトだが、レオンの手を振り払う事はしなかった。
代わりに、宥めるように太い指先が頬をくすぐって、レオンの下唇に触れる。


「怒んなって。楽にしてやりてえなって思ってるのはマジなんだから」
「じゃあ、もう少し手加減を覚えてくれると助かるんだが?」
「目一杯努力してるぜ。後はお前が俺を煽るからだろ」
「覚えのない話だ」
「自覚してくれや。今でも結構堪えてんだぞ?」


言いながら、ジェクトはレオンの下唇を摘まんだ。
少しカサついた感触のある指先に、レオンはちろりと舌を出して押し付けた。
指先に触れる弾力のある感触と、下から見上げる青年の艶を孕んだ表情に、ジェクトがにやりと笑う。


「お前、確信犯はもっと性質が悪ぃぞ」
「さて何の事だか」


ジェクトの表情を真似るように、レオンもにやりと笑ってやる。
この野郎、とジェクトが呟いて、がばっと起き上がり、大きな手がレオンの頭を掴む。
わしっと熊のような大きな手に捕まったと思ったら、ジェクトの厚い唇がレオンのそれと重ねられた。

貪るように深くなっていく口付けに、レオンは抵抗せず、されるがままに受け入れる。
頭を掴んでいた手が改まったように後頭部に添えられると、レオンもジェクトの首へと腕を絡めた。
唾液が咥内で溶け合うのを感じながら、レオンはゆっくりと目を閉じる。
尚も深くなる口付けに甘えながら、レオンが体の力を抜くと、とさり、と背中がベッドへと落とされた。

段々と息苦しさに意識がふわふわとし始めた所で、ジェクトはレオンを開放する。
はあ……っ、と熱を孕んだ呼気を零しながら息を吸い込んで、レオンの閉じていた瞼が緩く持ち上がる。
見下ろす男の赤い瞳が、再び湧き上がった情欲を隠そうともしないのを見て、レオンの体もまた熱が蘇るのを感じつつ、


「……声は、出した方が良いか?」


訊ねてみるレオンに、ジェクトは虚を突かれたように一瞬目を丸くした。
が、直ぐににやりと笑って、


「いや。いつもの通りで良いぜ」
「良いのか」
「我慢できずに出てる声ってのも、結構乙なもんでよ」


そう言いながら首筋に歯を立てる男に、悪趣味な、とレオンは言った。

ジェクトはくつくつと喉で笑うだけで、そのまま愛撫を始める。
それを振り払おうとも思わないのだから、悪趣味なのは自分も同じか、とレオンはこっそりと頬を緩めた。




2018/10/09

10月8日から遅刻でジェクレオ!

つい我慢してしまうレオンと、我慢してる様子を眺めるのも嫌いじゃないし、我慢できなくなって出てしまった声もお気に入りなジェクト。
他愛ない話もしながら大人の雰囲気でいちゃついて欲しい。