ケントの花


「な。美味いよだろ」
「……悪くはない」


プリッシュの言葉をそのまま肯定する言葉は出なかったが、スコールにとっては同じような意味だった。
それを感じ取ったのか、二口目から抵抗なく齧りつくスコールの様子に胸中を察したか、プリッシュはにっかりと笑って自分のリンゴをまた齧る。

スコールが半分も食べ進めない内に、プリッシュはリンゴをすっかり芯にした。
食べる所のなくなったリンゴはぽいっと放られ、緩やかな坂道を転がって行く。
あれはあのまま、この辺りに生息する生き物の食料となり、やがては分解されて土の栄養になるのだろう。
それを気にする事もなく、プリッシュは腕まくりをして、また樹に上り始めた。


「……まだ食べるのか?」


登って行くプリッシュを見上げてスコールが訊ねると、「それもあるけど」とプリッシュは言った。


「折角こんなに一杯成ってるんだから、皆にも持って帰ってやろうと思ってさ」
「……荷物になるぞ」
「平気平気。オレが持つから」


誰が持つかが問題ではなく、荷物が増えて両手が塞がる=戦闘が出来ない事をスコールは懸念しているのだが、プリッシュは余り考えていないらしい。
暢気な奴だ、とスコールは思ったが、登って行くプリッシュを強引に止めようとは思わなかった。
引き摺り下ろすにしても面倒だし、やった所で聞きそうにないし、とかくスコールが疲れるだけで結果は変わらない気がする。
それなら好きなようにさせてしまおう、とスコールは今後の予定の一切を諦める事で、思考を切り替えた。

ゆっくりと自分のペースでリンゴを食べるスコールを尻目に、プリッシュは実を観察して選んでいる。
地面から見上げているスコールには、リンゴはどれも綺麗に色付いているように見えるが、近くで見るとやはり差があるのだろうか。
あっち、こっち、これよりこっち、とプリッシュはじっくり吟味しながら実を摘んで行くが、大玉のリンゴばかりを採っていると、小柄な彼女の腕はあっという間に一杯になり、


「んー、もう持てないかなぁ」
「あまり一杯持って帰っても、傷むものが増えるだけだ。適当な所で止めて置いた方が良い」
「うー」
「……また食べたかったら、また来れば良いだろ。此処は歪の中じゃないから」


歪の中にあるものは、歪を出れば二度と出逢えない事が多い為、食料に成り得るものは多少欲張ってでも回収したくなるのが常だ。
しかし、幸いにも此処は歪の外で、少し距離はあるが、来ようと思えば来れる場所。
躍起になって今全ての実を収穫する事はあるまい。

そう宥めるスコールの言葉に、プリッシュは少し考えたものの、


「そっか。それもそうだな。次の楽しみにすれば良いんだ。じゃ、今日は此処までっと」


言って、プリッシュは樹の上からジャンプした。
軽い体がとんっと地面に着くと、反動を受けたリンゴが彼女の腕の中からぽろぽろと零れ落ちる。


「うわっとっと」
「……」


腕にリンゴを抱えたまま、転がるリンゴを追いかけるプリッシュ。
拾っては落とし、落としては拾いを繰り返す彼女に、スコールは呆れながらジャケットを脱いだ。


「これで包んでおけ。そうすれば、少しは運び易いだろ」
「おう。ありがとな」


ジャケットを広げて見せると、プリッシュは遠慮なくと抱えていたリンゴを其処に置いた。
布地を受け皿にしてリンゴを包んでいる間に、地面に落としたリンゴをプリッシュが拾う。
ほい、と言って当たり前のように差し出されたリンゴに、結局俺が持つのか、とひっそりとボヤきつつ、スコールはリンゴを山の上に乗せた。

こんな荷物を抱えては、散策も見回りもあったものではないので、足は自然と帰路へ向かう。
テレポストーンに向かって歩き出したスコールに、プリッシュは隣へ並んで一緒に歩く。


「良いモン見付けたなー。帰ったら皆にも教えてやらなきゃ」
「……そうだな」
「皆で来れば、もっと一杯持って帰れるもんな」
「……そうだな」


うきうきと楽しそうなプリッシュの声に対し、スコールの声は平坦だ。
それに不満を訴える様子もなく、プリッシュは帰ってからリンゴをどうやって食べるか、指折り料理名を連ねながら考えている。

と、にゅっと伸びたプリッシュの腕が、リンゴの山から一つを取った。
プリッシュは取ったそれを眺めた後、山に戻し、別のリンゴを手に取る。
歩きながらその作業を繰り返すプリッシュに、スコールは面倒臭さを感じて立ち止まり、腕の高さを下げて、リンゴをプリッシュに見易い位置に持って行く。
当然プリッシュも足を止め、山となったリンゴをうんうん唸りながら吟味し、特に綺麗に色付いた紅玉を見付けると、


「こいつがいいな」


そう言って、小さな手で皮を磨き、はぐっと一口。
さっき一玉を丸々食べたのに、まだ食べるのか、と同じく一つ食べ切って腹が膨れたスコールは感心した。
とは言え、プリッシュの健啖振りは知られている事なので、特に驚きはしない。

しゃくしゃくとリンゴを食べるプリッシュを横目に、スコールはリンゴの山を抱え直して、再び歩き出す────が、その前に。


「スコール、スコール。ほら、お前も食えよ」
「は?」
「美味いぞ。一番良い色してた奴だからな。きっと一番美味い奴だ」


そう言ってプリッシュは、まだ齧っていない方を見せた。
子供のようにきらきらと輝く瞳が、今すぐ食べろとスコールをせっついている。
これは、要らないと言っても聞かない顔だ、とスコールは覚った。

リンゴの山を抱えている為、スコールの両手は塞がっている。
離せない事もないが、リンゴの山は少しバランスを崩すだけで、ぽろぽろと零れ落ちてしまいそうだ。
少し行儀は悪いと思ったが、どうせ此処にマナーを気にするものはいないのだし、何より目の前の少女がリンゴを引っ込めようとしないので、仕方なく首を伸ばしてやる。

しゃく、と齧ったリンゴは、確かに一等甘く、程好い酸味も含んでいて、美味い。
美味いだろ、と言われたのでスコールが小さく頷けば、プリッシュは今日一番の笑顔を浮かべた。




2018/11/08

11月8日と言う事で、プリッシュ×スコールと言い張る。

なんとなくスコールにリンゴを手ずから食べさせるプリッシュが見たいなと思ったので書いてみた。
無邪気なプリッシュを苦手苦手とは思いつつも、裏表のない性格だとも思うので安心はしてるスコールでした。