始まりから未来へ


「うぉるおにいちゃんとけっこんする」


幼い頃のスコールは、度々そう口にした。
まだ男女の分別もついていない、当人も女の子に間違われる事も多かった、そんな時代の話である。

ウォルお兄ちゃんと言うのは、スコールの家の隣に住んでいる、8歳年上の少年の事だ。
大人びたを通り越し、やや老成したきらいもあるように見える、風変りな雰囲気を持った少年であったが、実直で真面目な性格で、面倒見も良い。
元々の近所付き合いもあり、人見知りの激しいスコールが、家族以外で唯一懐いている人物だったと言って良い。
父が仕事でいない時、母が病気になって入院していた時、一人ぼっちを怖がって泣きじゃくるスコールを、ウォルお兄ちゃんは庇護し続けてくれていた。
母が死に、その寂しさに泣き、ひょっとしたら父もいなくなってしまうかも知れないと言う不安に囚われたスコールに、自分は絶対に一緒にいる、と約束をしてくれたのも、彼だった。
その頃から、スコールは「うぉるおにいちゃんとけっこんする」と言うようになった。

幼かったスコールにとって、“けっこん”がどういう事を示すものであったのか、よく判っていなかった事は否めない。
ただ、父と母が“けっこん”したように、それをすればずっと一緒にいられる、約束事のように認識していたのは確かである。
父ラグナも、スコールのそんな気持ちを汲み、仕事の所為で幼い息子を一人にし勝ちであると言う罪悪感もあり、一人息子が“こんやく”した事に目くじらを立てる事はしなかった。
隣家に住んでいる少年がどんな人物かもよく知っている事であったし、もしも息子の人生が誰かに委ねられる事があるとすれば、あんな人物であれば良い、と考えてすらいた。

その反面、息子の言葉が、幼いが故のものであるとも思っていた。
男女の垣根も曖昧で、“結婚”がどう言うものなのか、其処にどんな柵があるのかも知らない、夢一杯の幼い子供の発想であると。
これも間違いではない訳で、故に成長を経るにつれて、この言葉も泡沫のように消えてしまうのは想像できる話であった。

そうして実際に、その幼く可愛らしい約束の言葉は、スコールの成長に連れ、口にされる事はなくなった。
いつ頃からと言われると曖昧ではあるが、中学生になる頃には言わなくなったように思う。
隣家に住んでいた少年も、青年へと成長し、大学生になっており、遠く離れた地で一人暮らしを始めた為、実家暮らしのスコールとは少し疎遠になっていた。
盆や年末年始には必ず青年から一筆が届き、家族ぐるみの付き合いは変わらなかったものの、スコールと彼が顔を合わせる機会は少なくなる。
そんな子供達の関係と距離感の変化を、ラグナは少しの侘びしさと共に、それもまた成長の一つと受け止めていた。
こうして、幼い日の約束は、溶けて消えていくものなのだろう、と。

思っていた。




息子のスコールが17歳になり、高校三年生になり、今年の夏になれば18歳になる。
そのタイミングで、隣家の息子────ウォーリアは生まれ育った街へと帰って来た。
都心の有名大学の経済学部を首席で卒業した彼は、世界的にも有名な会社に就職し、若いながらに備えた実力とカリスマ性で業績を上げているらしい。
エリートマンって言われてたりするんだろうなあ、とラグナの想像は楽に浮かんだ。
当人はそのような周囲の評価には相変わらず鈍い所があり、託された仕事を実直に熟す事に終始しており、生真面目振りも相変わらずのようで、ラグナは少し安心した。

亡き妻を加え、嘗て子供二人とそれぞれの親でテーブルを囲んだリビングに、今は父一人、息子一人、そして帰って来た青年が一人。
ソファに座っている青年は、上から下までスーツで整えており、あれってまあまあ良いブランドの所だよなあ、とラグナはやや下世話な所に目が行ってしまう。
仕事の所為で妙に肥えてしまった目が恨めしくなったが、それよりもラグナの意識を惹くのは、衣装に負けないウォーリアの存在感だ。
幼い時から持っていた堂々とした威風は翳りもなく、真っ直ぐに此方を見詰めるアイスブルーの瞳が眩しい。
いつであったか、スコールが「あいつはいちいち眩しい」と言っていた。
それは光を反射させて光る銀色の髪であったり、白磁のように白い肌であったり、整い過ぎた面立ちだったり、その時々で理由は色々あるのだが、一番はやはり瞳なのだろう、とラグナは思う。
都会での生活を経ても、それが一点の曇りすらない事が、彼が根から変わらずいてくれている証のように見えた。

ウォーリアは大学の三回生になった頃から、帰省の回数も減り、卒業後には戻って来る事もなくなっていた。
新卒社会人として忙しくしているのだろう、盆正月の便りはあるからそれで良し、と誰もが思っていたのだが、こうして久しぶりに会うと、やはりラグナは嬉しくなる。
既知であった、息子が誰より懐いていた青年が、立派になって帰って来たのだから当然だ。
積もる話も山程あり、彼が大学に進んでからのスコールの様子などを話してやれば、彼も少し前のめりで聞いて来るので、距離があって疎遠になっていたとは言え、ウォーリアにとってやはり一番気になるのはスコールの事なのだと判った。
が、思い出話は、横でそれを聞いていた当人から叱られたので、程々の所でお開きにされている。

話は二転三転とし、ウォーリアがどんな大学生活を送っていたのかも語られた。
ウォーリアはお喋りな性質ではないので、話の舵は専らラグナが切っていたようなものだが、ウォーリアは聞かれた事には答えてくれる。
その間に、距離故に疎遠になっていたとばかり思っていた息子が、父の知らない内にウォーリアの連絡先を聞き、誰よりも先に彼と連絡を取り合っていた事を知ったのには驚いた。
日々の生活で、話題にも出さなかったような時期も短くはなかったのに、スコールはウォーリアと交流を続けていたのだ。
それを聞いたラグナの感想は、一つ。


「やっぱりスコールはウォル兄ちゃんが好きなんだなぁ」
「………」


素直に思った事を口にすれば、じろりと蒼灰色が父を睨む。
中々鋭い眼差しだが、恥ずかしがっている事を隠せない頬の赤みの所為で、ラグナには可愛らしい印象にしか見えなかった。
その隣では、心なしか嬉しそうな雰囲気が滲んでいるウォーリアがいる。

スコールはしばらくラグナを睨んでいたが、すっくと立ちあがると、「…コーヒー、淹れ直してくる」と言ってテーブルに置いていたカップと一緒にキッチンへ向かった。
背中から不機嫌なオーラが振り撒かれているが、あれは照れ隠しだ。
最近、思春期真っ只中で気難しさが一層増したような気がしていたが、やはり根は素直で誤魔化しが下手な息子に、ラグナはくすりと笑みを漏らす。

それから幼馴染の青年へと視線を戻せば、整った顔が真っ直ぐに此方へと向いていた。
じっと見つめる瞳に、何か物言いたげな雰囲気を感じて、ラグナはおや、と首を傾げる。


「どした?なんか気になる事でもあったか?」


ウォーリアが実家に帰ってきたのは、大学卒業以来の事だ。
それも年末年始の帰省で、一日二日しか帰ってきていなかった程度の事だったし、スコールの高校受験に向けた勉強にもかち合っていたりして、帰省した彼がスコールと顔を合わせる事は殆どなかった。
だからラグナは、スコールとウォーリアが疎遠になってしまったものと思い込んでいたのだ。
結果として彼らは、親の知らない所で繋がり続けていたのだが、それでもまともに顔を合わせたのは久しぶりなのではないだろうか。
それなら、記憶の姿と今現在を目の前にした姿と、変わった所で思う事もあるだろう、とラグナは考えた。

気心の知れた間柄でも、本人を前にして言い難い事はあるだろう。
それが気を悪くするような内容ではないとしても、相手は気難しい事に定評のあるスコールだ。
席を外している今の内に、気楽になんでも言えよ、と言う風に、ラグナは促した。
ウォーリアはそんなラグナをじっと見詰めた後、少し丸めていた背を真っ直ぐに伸ばして、


「貴方に折り入って頼みがあります」
「うん?」


元々がやや古風な空気を持つウォーリアである。
姿勢を正し、真っ直ぐに相手を見据え、言葉遣いまで正すウォーリアに、ラグナは何か重みのある話でもあるのだろうか、と少し身構えた。

が、続く言葉は、そんな想像の上を行く。


「スコールが高校を卒業したら、私は彼を、私の下へ連れて行きたい」
「え」
「これからの生を、彼と共に歩んで行きたいと思っています。その選択を、貴方に許して欲しい」


見開く翡翠を見詰める藍の瞳は、一切の揺るぎがない。
突然の話にラグナが混乱している事も認めつつ、それでも譲らない光が其処にあった。

────ええと、とラグナは考える。
スコールが高校を卒業したら、ウォーリアは彼を連れて行く。
何処にと言う具体的で現実的な話ではなく、これは恐らく、ウォーリアの“人生”に連れて行きたいと言う事だろう。
よくある言葉で、有体に判り易く言うならば、生涯のパートナーとして、ウォーリアはスコールを選んだのだ。
そして、スコールの親であるラグナに、此処から連れ去ってしまう事を赦して欲しいと言っている。

昔のドラマでよく見た奴だ、とラグナは他人事のように考えた。
娘さんを僕に下さい、と、現実では中々言わないような言葉回しだが、インパクトには残り易い台詞。
形は違うが、これはやっぱりアレの奴だ、とラグナはようやく理解した。


(え。あ。えーと)


開いた口を塞ぐのも忘れて、ラグナの頭はぐるぐると回る。
ドラマではこういう台詞に対し、条件反射のように「駄目だ!」と雷親父が怒るのがパターンだった気がするが、ラグナの反応は其処には至らなかった。
怒る怒らないと言う反応以前に、思いも因らなかった話だから、話に感情が丸ごと付いて来ない。
ただ、確かめなければならない事は、幾つか直ぐに思い立った。


「えー、と。それって、スコールは知ってる話、か?」
「はい」
「スコールは、同意、と言うか。お前と一緒に行きたいってのは、言ってる?」
「はい」
「…あんまりこう言う感じの疑りはしたくないけど、やっぱり、あるからさ、確かめたいんだけど。それ、ちゃんとスコールの気持ちか?」
「───……はい」


三つ目の質問に僅かに間があった。
が、それは嘘を吐く為ではなく、ウォーリア自身の中で、スコールの気持ちを確かめた事を反芻していたのだろう。
応える時には、真っ直ぐにラグナの目を見て、ウォーリアは頷いた。


「…あとさ。ウォルは、スコールが子供の頃に言ってた事、覚えてるか?」
「私と結婚すると言う言葉ですか」
「うん。ちゃんと覚えてるんだな」
「忘れる事はありません」
「……だから連れて行きたいのか?」


ラグナの問いは、約束の是非を指すだけではなかった。
いつかの遠い思い出があるから、それに縛られているだけで選んだ道なのか、それを確かめたかったのだ。

幼い息子が繰り返し紡いでいた言葉は、寂しがり屋で甘えん坊だったスコールにとって、一つの支えだった。
母を亡くし、父もいなくなるかも知れない不安を拭ってくれた、兄代わりの少年と交わした約束。
それを現実にする為のおまじないのように、幼いスコールはウォーリアとの“けっこん”を熱望していたのだ。
だが、それも今となっては古い話で、スコールの口からそんな拙い約束事が出て来る筈もなく、そもそもが現実的でははない話であるから、それが現実になるなど彼自身も思ってはいなかったのではないだろうか。
故にこの話は自然淘汰的に消滅するのが普通であり、仮にウォーリアがあの約束を覚え、果たしたいと思っていたとしても、それは義務感だけで果たすべきものではない筈だ。

ウォーリアがどんな気持ちで、スコールと共に生きたいと思っているのか。
同時に、スコールも彼の下へ行く事を希望している事も、何を起因として行き付いた選択なのか、ラグナは確かめなければならない。

いつも軽くなり勝ちな唇を噤み、誤魔化さないでくれと言う翡翠の瞳に見詰められ、ウォーリアは口を開く。


「始まりは、確かにあの約束だった。彼を一人にしないよう、ずっと傍で守れるようになりたいと願い、その方法を探した。成長するに連れ、あの約束をいつまでも固持する必要がなくなっていく事も考えたが、それでも私は、彼と共に在り続けたいと思うようになった」
「………」
「私がスコールと共に在りたいと願うのは、今の私自身が望むこと。その気持ちに、偽りはないと誓う」


ただの義務感でも、幼い子供を慰めるだけの同情でもない。
遠く離れても繋がり続け、育んできた感情の行き着く先が、此処にあったのだと、ウォーリアは言った。

─────ああ、とラグナの胸中に、沢山の感情が混じり合った感歎が漏れる。
ドラマの通りなら、一発は雷を落として、寄り添い合いたい二人に一つ試練を与える所だ。
だが、それは大抵は余計なお世話と言う奴で、何よりも望み合う二人が真剣に向かい合って決めた事を、横から水を差している以外の何物でもない。
青年は年若い、息子はまだ学生、そもそも男同士、と言う理屈を並べ立てるのは簡単だったが、そんな事はきっと二人で十分に話し合われているのだろう。
だからウォーリアは此処に帰って来て、一番向かい合わなければならない相手───恋人の父親───と対面しているのだ。

あと一つ、言葉でラグナが雷を落とすポーズが出来る理由があるとすれば、未だラグナ自身がスコールから彼の気持ちを確かめていないと言う事だろう。
だが、そんなものは、既に答えが出ているようなものだった。

今からほんの数時間前、ウォーリアが最寄り駅に到着する頃、スコールはそわそわとした様子で過ごしていた。
駅に到着した彼を迎えに行く旨は聞いていたので、久々に会うので緊張しているのかとラグナは思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。


(嬉しそう、だったなぁ)


それが恋人に会える事に対してか、共に在る事を望んでくれた恋人の選択に対してかは判らない。
どちらも正解のように思えるし、そう考えると尚更、ラグナの口から出せる答えは決まってしまう。

願わくば、幸せに。
幼い日、手を繋いで笑い合う子供達が、これからの未来も続いて行く事を祈った。




2019/01/08

1月8日と言う事で、ウォルスコ。
「息子さんをください」って言うウォルが浮かんだので、言わせてみた。
途中からスコールが退場してますが、リビングのドアの向こうで入るに入れなくなってるんだと思う。

うちの息子は何処にもやらん!って言うラグナも好きですが、スコールが望んでいるなら反対できないラグナも好きです。
相手がウォルなら尚更反対し難い相手なんじゃないだろうか。色々完璧すぎて。