きみはやさしい


なんとなく、苦手意識を向けられているのだろうと、想像はついていた。

彼の態度が頑ななのは、誰に対しても限られたものではない。
ウォーリアに対しては、他者以上に、と言う印象で頑なな雰囲気も醸し出されるが、かと言って一切の会話を厭う程ではなかった。
日々の報告や、何気ない挨拶───と言っても、彼は大抵、人からの挨拶に応答するのみであったが───はきちんと果たしてくれる。
無駄話を嫌うのは言葉数の少ない彼にしてみれば普通の事で、賑やかな面々が回りにいても、基本的に彼から口を開く事はない。
だから、特別にルーネスだけが忌避されている訳ではないし、そもそも彼はルーネスの事も忌避してはいない。
どちらかと言えば、そう言う態度は、ウォーリアに対してのみ向けられている。

それなのに、どうして自分が苦手意識を持たれている、と感じるのか、と聞かれれば、ルーネスはこう答える。
見れば判るよ、と。



戦闘スタイルとしては、少なからず似た所はあるのだろう。
スコールの戦い方をよく観察しながら、ルーネスは時折そう考える事があった。

剣士ではあるスコールだが、その体は他のメンバーに比べると細身である。
華奢ではないが、腕の太さはウォーリアやフリオニールとは比べるべくもなく、柔らかな物腰に反して重鎧を身に着ける事に慣れたセシルも当然ながら差は歴然だ。
似たような文明レベルの世界から来たと思わしきクラウドと並んでも全く違う。
細さで言えばバッツも似たような所はあるのだが、彼は色々と規格外な所があるので、比較対象として並べるには聊か無理がある。
同年のティーダと並ぶと、身長が近い事も相俟ってか、体格の違いはより顕著になった。
これはティーダが水泳を主とする運動をしていた事で、元々の運動量や、長時間水に触れる事から体を守る為にある程度の脂肪が必要とされるからだろう。
水中で動くと言うのは、陸上よりも遥かに筋肉が必要とされる為、ティーダは適度に脂肪を持った伸びのある筋肉を持つに至ったのだ。
ジタンも細身ではあるのだが、彼は下半身が鍛えられており、身軽な体を支える為の軸が出来上がっているのが判る。

スコールが他のメンバーに比べて筋肉量が目立たないのは、彼の世界の文明事情にそれなりの理由があった。
彼の世界では、ルーネス達にとって当たり前にある重い金属製の鎧のフルアーマーと言うものは少なく、あっても合金のブレストプレートやアームガード、レッグガードのようなものが主流である為、全身を金属で覆う事はないそうだ。
武器は剣もあるが、それ以上に一般的に普及しているのは銃の類で、その攻撃を防ぐには金属よりも弾力のあるゴムや化学繊維を原料とした、防弾チョッキと言うものが有効であるらしい。
ゴムなんて剣で切れてしまうし、矢が刺さるじゃないか、とルーネスは思うのだが、スコールの世界では、剣はともかく、矢は余り武器として一般的ではないそうだ。
スコールの感覚では、攻撃とは受けて耐えるものではなく、躱せるものは避けて往なすものである為、頑健さよりも身軽さの方が優先される傾向がある、との事。
存在する金属製品も、素材がかなり軽量化されている事もあり、身に着けているだけで日常動作が筋肉トレーニングになる事はない。
戦い方、または個人の趣味趣向で筋肉を鍛え、盛り上がる程の逞しい体つきになる者はいるが、そうでなければ余りに多すぎる筋肉は邪魔になる事も多く、スコールは其処までの体格を自分に求めなかった────元々隆々とした筋肉には恵まれない体質だった事もあるようだが。
また、スコールは魔法を体内に取り込んで自己強化を行う“ジャンクション”と呼ばれる仕組みを習得しており、これを使う事で、自身の純粋な身体機能以上の力を引き出す事が出来る。
だからスコールの持つ筋肉は、他の戦士達に比べると、細く引き締まった印象に見えるのだろう。

────こうした理由からか、スコールはこの世界に置いて、純粋なパワーでは他のメンバーより弱い所がある。
それを補っているのが、手数と頭の回転の速さだ。
自分の得手不得手を理解し、それをカバーする為に技を練り、戦略を組み立てる。
鎧を着込むものよりも身軽なので、足を使う事も出来るし、魔力は低いが魔法は使えるので攪乱にも応用できる。
見ようによっては器用貧乏と言われるのか、どれを取っても、他のメンバーより突出している所はないと言っても良いのだが、出来る事が多い為に戦略の幅も広いのだ。

出来る事が多いのは、ルーネスも同じだ。
一つ一つの能力に関して言えばスコールと同様に器用貧乏な所があり、スコールよりも更にパワーが劣り、スピードに関してはルーネスが上だ。
魔法はルーネスの方が得意だが、ティナのような純粋な魔法使いと並ぶと、やや劣る。
足の速さはそれなりに自信があるが、コンパスの差なのか、元々の踏み切る力かスタミナか、ティーダには負ける。
ルーネスは自分のそう言った特徴を、奢らず受け止め、理解し、分析した。
そして出来る事と出来ない事を知り、剣を使い、魔法を使い、手数と足で攪乱しながら、自分の得意な流れを作り、勝利を掴むのだ。

戦う為に使う力のバランスが違う為、スコールとルーネスの戦い方が全く同じになる事はない。
しかし、お互いに自分の得手不得手を理解した上で、戦法を工夫するのは同じだ。
そして時には、自分の弱点である事を敢えて選択し、敵の裏を掻く事もある。
だからか、二人が剣を交えると、互いの読み合いへの警戒からか、思いの外勝負が長引く事は少なくなかった。
こう言った時の勝負の要は、どちらが先に仕掛けるか、それを相手が予想しているかを悟る事だが、これもまた何処まで読めるものか判るものではない。
かと言っていつまでも読み合いばかりをしている訳にも行かない。
好機と読んで踏み込んだ一歩が、勝利への道か或いは罠か、それはその瞬間まで判らない。

今日も二人の勝負は長引き、膠着状態が続いた末に、決着した。
先に一歩を踏みこんだのはルーネスで、スコールも即座に反応したが、それは誘いの踏み込みだった。
ルーネスの剣をガンブレードで受けた直後、至近距離で放たれた炎によって、ルーネスの勝利は決まったのである。

炎弾を食らって吹き飛ばされた体が、地面に背を打ち、転がる。
受け身を取る余裕もなかったスコールは、息を詰まらせて背を襲った衝撃に耐えた。
その数瞬を逃さずルーネスが走る。
スコールが体を取り巻く炎を振り切るように身を捩って起き上がり、迎撃態勢に入ろうとした時には、少年の剣は眼前に迫っていた。
其処でルーネスの手はぴたりと止まり、


「僕の勝ちだね」


小生意気な声で言ったルーネスを、スコールは半ば反射反応で睨んだ。
が、そんな事をしても意味がない事は判っているので、目を伏せると柄を握る手の力を緩める。
それを察したルーネスも、直ぐに刃を退く。

ふう、と立ち上がったスコールは、服についた土埃を手で払う。
憮然とした表情なのはいつもの事だが、眉間の皺がやや深い。
負けたのだから当然だ、と彼と同様のプライドの高さを自覚しているルーネスは思う。
それでも、勝ちは勝ち、負けは負けである訳で。


「さ、スコール、約束だよ。僕が勝ったんだから、その剣を見せてくれるよね」


その剣、とルーネスが指差すのは、スコールの手に握られた風変りな形の剣。
今日の勝負でルーネスが勝てば、それを直に見せて貰うと言う約束をしていた。

スコールは物言いたげな視線を此方に寄越していたが、ルーネスはにっこりと笑顔を向けてやる。
こうすると、存外とスコールが弱いと言う事を、ルーネスは余り多くはない交流の中で学んだ。
案の定、スコールは判り易く溜息を吐いた後、柄を握る手を返し、逆手に持って刀身を下に向けて愛剣を差し出した。
それを見て、ルーネスは少し目を丸くする。


「持って良いの?」
「その方がよく見えるだろう」
「それはそうだけど」


スコールの愛剣が、単純な剣ではない事は、その見た目からしても明らかである。
その所為か、ガンブレードは秩序の仲間達の間でも、興味を引くものだった。
バッツやジタンは判り易く見せろ見せろとスコールにせがんでいるし、フリオニールもバッツ達のように言いはしないが、物珍しそうにちらちらとみている事がある。
しかし、ガンブレードは特殊な構造で取り扱いが難しい所があるらしく、バッツ達は見せては貰えても持たせて貰った事はない。
見せる時には、必ずスコール自身が持ったまま、文字通り「見せて」いるだけである事が常だった。

そんな大切な武器を、スコールはルーネスに持たせようとしている。
比較的打ち解けている風のバッツ達にすら許さないのに、とルーネスが少し戸惑っていると、


「……あんたなら、変な扱い方はしないだろうからな」
「それは、勿論。だってスコールの大事な武器だもの」


スコールの言葉にそう返せば、スコールは「だからだ」と言うように、小さく頷く。
なんだか信頼されているような気がして、ルーネスはむずむずと鼻の頭が痒くなった。

ルーネスは自分の剣を鞘に納めて、訓練の名残の汗を残す手を服で拭いた。
剣を握るスコールの手を上下に挟む形で、柄を握る。
ルーネスがしっかりと握った事を確認してから、スコールはそっと手を離した。
途端、剣の重みがルーネスの両手に沈む。


「わっ。意外と重い……」
「そうでなければ、強度も保てない」
「それもそうか。スコール、結構力があるんだね。片手で使ってるから、もっと軽いのかと思ってたよ」


ルーネスの手にかかる重みは、体感的には両手持ちの長刃の剣に近い。
ティーダも似たような重さの剣を使っているが、彼とスコールでは剣の使い方が違う。
距離を縮めながら、ジャンプの踏み込みや着地の反動を多く利用し、臂力で敵を斬るヒット&アウェイスタイルのティーダに対し、スコールは近距離を維持した状態で、相手に反撃の隙を与えずに連撃を斬り込むスタイルを得意としている。
短い瞬間に何発も攻撃を撃ち込まなければならないのだから、それに使われる武器は軽い方が使い易いものだ。

ルーネスは風変りな形の柄を握り、剣を正眼に持ち上げてみる。
しかし、普通の剣とは違う角度の造りをしたガンブレードの切っ先は、ルーネスが思うよりも低い位置にあった。


「…これ、変な感じしない?」
「……別に」


ルーネスの言葉に、スコールの反応は素っ気ない。
愛用の武器なのだから、今更違和感もないか、とルーネスも思い直す。


「それにしても、意外と重いね。構えてると手首が疲れて来る」
「持ち慣れてないからだろう。手首と…肩にも余計な力が入っている」
「そうなんだよね。いつもの持ち方をすると、ちゃんと構えられてない気がするし、剣に合わせると手が…痛いって言うか、変って言うか」


うっかり落とさないように気を付けながら、ルーネスは手の中の柄を握る。
自分で使い慣れたものではないのだから、違和感はあって当然なのだが、それにしても感覚が可笑しい。
柄の形が自分の知っているものと全く違うからだろうか。

いつまでも構えていると、手首が疲れて剣を落としてしまいそうだったので、刃を下ろす。
横向きにしたガンブレードの刀身に手を添えて、ルーネスは剣の全身を眺めてみた。
ひらりと光を反射させる銀刃には、一頭の獣の姿が刻印されている。
ルーネスの頭に、ぼんやりと、よく似た形の魔物の姿が浮かんだが、仲間達との会話を聞いた時、これは魔物ではない、とスコールが否定していた事を覚えている。


「ねえ、スコール。この、えーと……生き物は何て言うんだっけ」
「グリーヴァだ」
「ああ、スコールのそのネックレスと同じなんだね」
「……ああ」


スコールが頷くのを聴きながら、ルーネスの視線はガンブレードの柄尻へ向けられた。
ガンブレードを動かす度に聞こえる、ちゃり、と言う小さな金属音の正体は、其処にある。
戦場で使う相棒にまで身に着けさせるなんて、余程気に入っているのだろう。

しげしげとガンブレードを見詰めるルーネスだが、見れば見る程、変わっているなあ、と思う。
この世界に来てから、色々な世界の武器防具を見る機会に恵まれたが、少し複雑な機構を持つ武器や、魔力を貯蔵する宝石などと並んでも、ガンブレード程に異彩を放つものは少ない。
そんな代物を間近で見る機会を得られて、ルーネスの知識欲がもっと見たい知りたいとせがんでいる。

だが、そろそろ時間切れだろう。
ガンブレードの持ち主であるスコールは、獲物が自分の手元にない事が落ち着かないようで、さっきから右手を何度も握り開きと繰り返している。
別段、敵が武器を持ち去った訳でも、目の前の少年がそうした悪ふざけをするとも思っていないのだろうが、それでも愛剣が他人の手にあると言うのは気が気でないものである。


「───うん。はい、ありがとう、スコール」
「……ああ」


満足したと言う顔でルーネスが剣を差し出すと、スコールは直ぐに手を伸ばした。
使い慣れた剣が手元に戻ると、スコールは感触を確かめるように、柄を軽く握る。
特に異常のある場所がない事をざっと眺めて確認すると、剣を光の粒子へと変換させる。
結局の所、武器を召喚していない限りは無手である訳だが、それでも“自分の下にある”と思えると安心もするものなのだ。

訓練も終わり、約束も果たしたと、スコールは拠点の屋敷に入るべく踵を返す。
長い脚でさっさと進んで行く彼を、ルーネスは追って、隣に並んだ。


「ねえ、スコール。また勝負しようよ」
「今日はもう良いだろ。飯の準備が遅れる」
「うん。だから、今日じゃなくて良いから、他の日に」


スコールはちらとも此方を見ずに、ルーネスの言葉への返答は何処までも素っ気ない。
それを冷たいと思った事もあった。
しかしルーネスはそんな態度にも関わずに、いつもと同じ調子で言う。


「スコールと訓練するの、凄く楽しいんだ。色んな事を考えながら戦えるから」
「……」
「それともスコールは、僕と訓練するのは詰まらない?」
「………」


高い位置にある整った顔を見上げながら言えば、スコールは判り易く眉間に皺を寄せて此方を見下ろした。
誰もそんな事は言っていないだろう、と表情で告げるスコールに、意外と優しいよね、とルーネスは思う。

ふい、と視線を逸らして、スコールはルーネスに見えないように溜息を吐いた。
顔が見えないだけで、吐く息は隠してもいないので、特に意味のない行為だが、気にはするまい。
その溜息は、観念と言う名の了承と同じ意味を示している。


「…次は、いつにするんだ」
「三日後は?多分、僕の待機番がまた回って来ると思うんだ」
「判った。それで良い」
「決まりだね。それで、僕が勝ったらまたガンブレードを見せてよ」
「は?」


ルーネスの申し出に、スコールは呆気に取られたような反応を返す。
蒼い瞳が、もう十分見ただろう、と言いたげにルーネスを見下ろすが、淡い碧眼はにっこりと笑顔を見せると、スコールはまたふいっと視線を逸らしてしまった。

────多分、扱い慣れていないのだと思う。
自分に対してのみ見られる、幾つかの反応を確かめる度に、ルーネスはそう考えている。
それは自分がスコールから子供に見られている、子供扱いされていると言う意味も孕んでいる為、ルーネスとしてはプライドが疼かないでもない。
戦場に出れば一人前とされながらも、それ以外の日常生活では、何処か甘やかされている自覚は、少なからずあった。
彼と対等な物言いをし、遠慮のない遣り取りもするジタンとは、年齢も一つ二つしか違わないのに、どうして自分だけが子供扱いされるのか、と思う事もある。
けれども、だからこそ、スコールのこうした甘い態度も見る事が出来るのだ。

悔しい事に、この闘争の世界に置いて、一番の若輩は自分である。
それを理由に過保護にされている節もあるが、同時にルーネスはそれを利用する強かさもあった。
ならば、それを十分に利用させて貰っても良いだろう。



「良いでしょ?スコール」


無邪気な子供と同じ顔をして、強請るように言ってやれば、スコールは今日何度目かの溜息を吐いた。




2019/03/08

3月8日と言う事で、オニスコと言い張る。

ルーネスに対して嫌いではないが扱い方が判らない為に苦手意識のあるスコールと、苦手にされてはいるけど嫌われてはいないと察していてちょっと我儘言ってみたりするルーネス。
年下から押されるとあまり無碍に扱えないスコールって可愛いな。