ずるい大人


大人びた顔の下に隠してある、素の表情を見るのが好きだ。
其処には彼自身が口に出す事を躊躇うのであろう、沢山の感情が存在している。
それがふとした瞬間にぽろりと零れ落ちた時、セシルは言いようのない高揚を感じていた。

始めこそ、とても頼りになる青年だと思っていた。
凛と伸ばした背中や、常に眉間の皺を深くしている所が、己のよく知る親友と心なしか重なる所もあってか、セシルは彼を厭う事はなかった。
何かと反応が素っ気ない事については、出会った環境が環境であったし、自身を「傭兵だ」と端的に紹介した彼が染み付いているであろう警戒心も理解できたから、特に悪印象は持っていなかった。
単独行動を取り勝ちな点は、決して歓迎できる訳ではなかったが、戦場のいろはをよく理解している彼の考えにも同意は出来たので、セシルはこの点については出来得る限り中立の意見を取っている。
また、彼の方も、セシルやクラウドが理論的な筋道を立てて諭すと、理解を示し柔軟な対応を臨んでくれる場面もあったので、セシルが彼と悪戯な対立をする事はなかった───ように思う。
ただ、そう言った会話をしている時、ふとした時に、不満と言うのか不服と言うのか、そう言った感情が、尖らせた唇や逸らした視線から聞こえて来るような気はしていた。

仲間達が随分と打ち解け、それに遅れて、ジタンやバッツと言った面々によって、彼の頑なだった態度は徐々に解れて行った。
とは言え、元々の気質もあるのだろう、彼は時折一人で静かな時間を欲しがる事がある。
しかし賑やか組は、気安いスキンシップでそれを中々許してはくれないので、段々と彼は避難所としてセシルの下を訪れるようになった。
此処ならあいつらは煩くしない、と言ってやって来た彼を見て、驚くと同時に、仲間達には悪いが、少し嬉しいと思った。
彼等とは違う形の信頼を寄せられているようで、懐かない猫が「こいつは大丈夫」と認めてくれたような気がしたのだ。

それ以来、セシルは彼が求める時に、彼の安らぎの場所となった。
セシルも彼もお喋りな性質とは言えないので、沈黙が長い時間が多かったが、それでもぽつりぽつりと会話はする。
大抵が賑やか組への愚痴から始まる会話は、重ねる内に深くなり、セシルは皆が知らない彼の顔を知る機会を得た。
そうしてセシルは知ったのだ────彼が存外、幼い事を。
孤高の道を行きながら、その本質は、愛されたがりの子供と変わらない事を。




部屋で寛いでいたセシルが、そろそろ寝入ろうかと思った所へ、スコールはやって来た。

ノックの音を聞いてドアを開けると、スコールは俯いて佇んでいた。
どうしたの、と声をかけると、彼は何も言わない。
お喋りな目元は前髪で見えず、元より固い口元が強く引き結ばれているのを見て、セシルは眉尻を下げて苦笑。
濃茶色の髪をぽんぽんと撫でて、中に入るように促せば、ようやく彼は敷居を跨ぐ事が出来た。

ふらふらとした足取りで、スコールはベッドへ向かう。
靴を脱ぎ、部屋主への断りなくベッドに蹲ったスコールを見て、大分重症のようだ、とセシルは察した。


「今日は何があったんだい?」


世界から隠れようとするように丸くなっているスコール。
その背中に訊ねながら、セシルはベッドの端に腰を下ろした。


「今日は確か、バッツ達と一緒だったかな」
「……」
「何かトラブルでもあった?それとも、二人と喧嘩でもした?」


言いながら、それはないか、とセシルはこっそりと確信する。
ジタンとバッツはスコールの事が大好きだから、ちょっとした意見の相違で口論する事はあっても、喧嘩と言う程に大仰な事にはなるまい。
スコールも彼等を決して嫌う事はないから、喧嘩をしても長続きはせず、言葉以上に雄弁な瞳が気まずくしているのを見たら、スコールが言い出せなくても二人の方から仲直りをしに行く筈だ。
それ以上の大喧嘩をする事も可能性はなくはないが、生憎、セシルはそうなった時の事を知らない。

スコールはベッドの真ん中で、体を縮こまらせて丸まった。
寒がりな猫のような仕草に、セシルは畳んでいた毛布を広げて、スコールの体を包んでやる。
自分を包む温もりを感じたのだろう、スコールが詰まらせていた息を吐くのが聞こえた。


「……セシル」
「うん?」


呼ぶ声に返事をすると、スコールが起き上がる。
毛布が肩から落ちるのも構わず、体を起こしたスコールは、ベッド上に座り込んだ格好のまま、じっとセシルを見詰めていた。
その目元が微かに赤く腫れているのを見付けて、セシルは其処に手を伸ばす。

スコールの眦は、僅かに濡れていた。
指先で腫れの残る目尻を撫でると、ひく、とスコールの喉が引き攣る。


「……っ」
「おっと」


堪え切れなかった、と言わんばかりの表情で、飛び込むように抱き着いて来た体を受け止めた。

セシルのシャツを握る手が、微かに震えている。
スコールが息を詰まらせているのが判って、セシルは肩口に額を押し付けるスコールの頭をぽんぽんと撫でていると、


「……夢を、見た」
「そう。どんな夢?」
「……」


訊ねるセシルに、スコールが息を詰まらせる。
言いたくない、と言う気配を感じたが、セシルはそんな事でも口に出した方が楽になるだろう、と思っている。
口にする事で悪い物を呼び込む、と言う考えも判らないではないが、身の内の不安と言うものは、溜め込む程に悪い方へ悪い方へと膨らんで行くものだ。
それが本当に嫌なものを呼んでしまう前に、吐き出してしまった方がきっと楽になる。

しかしスコールにとっては、自分の心にあるものを言葉にする事の方が難しい事だ。
それでも、セシルが背中を摩って促すと、なんとか声を出そうと口を開閉させている気配が伝わる。
焦らないでゆっくりで良いよ、と背中を抱いてやると、スコールは一瞬ビクッと体を強張らせたが、摩る手から伝わる温度を感じて、少しずつ強張りを解いて行く。

そのまま、長いような短いような時間が過ぎた後、スコールは小さな声で言った。


「……あんたが…」
「僕が?」
「……何処か、遠くに……」
「うん」
「………」
「うん」
「………っ……」


ようやく紡ぐ事が出来た言葉は少なく、酷く断片的であったが、それがスコールの限界だった。
脳裏に焼き付いた光景を厭って、スコールは頭を振ってセシルの胸に顔を埋める。

セシルが、何処か遠くに行ってしまう夢を見た。
それはただの夢であるけれど、スコールにとっては酷く恐ろしい悪夢でもあった。
スコールは、誰かを失う事、誰かがいなくなってしまう事を、極端に恐れている節がある。
理由については、スコールの記憶の回復も決して芳しくはないので明確ではないが、強迫観念のように根強く残っている所を見ると、きっととても悲しい別れ方をした人がいるのだろう、とセシルは思っている。
大切な人を失った時の喪失感と言うものに、スコールはずっと苛まれている。
そしてその感情は、この闘争の世界でセシルと言う恋人を得た事によって、一層根を張り枝を広げてしまっているのだろう。

最初にこの夢を見た時、スコールは誰にも言えず、勿論セシルにも伝える事が出来ずにいた。
たかが夢と言えばそれまでで、自分がそんなものに怯えている事を認めるのも、プライドが許せなかったのだろう。
しかし、セシルと距離を縮める程に夢は明確な景色で再生されるようになり、スコールの心を蝕んで行った。
一時は失う事を想像するだけで恐ろしくなり、セシルとの関係を終わらせようとした程だ。
だが、面と向かって「気の迷いだったんだ」と言ったスコールの表情が、本当は違う、助けて欲しいと叫んでいるのを、セシルは見逃さなかった。
そしてセシルも、そんなスコールを放って置く事は出来ず、彼の本音を半ば強引に引き出して、終わりにする事を拒否した。

セシルの強い希望と、スコール自身が本当は終わりを望んでいなかった事で、二人の恋人関係は今も続いている。
しかし、離別への不安は常にスコールの心に巣食っており、彼はふとした折に悪夢を見て、不安を掻き立てられては安らぎを求めてセシルの元を訪れる。


「……セシ、ル……」
「ああ。大丈夫、僕は此処にいる」
「……ん……」


名を呼ぶ声に応えて、セシルはスコールの細身の体を抱き締めた。
身長は高いのに、厚みの足りない体は、こういう時にスコールを酷く華奢に思わせる。
決して弱々しい訳ではないのだが、年齢を思えば、この体はまだ発展途上の段階にあり、今はスコール自身が酷く不安定になっている事もあって、彼の存在が頼りないもののように感じられた。

離れたくないと全身で訴えるスコールの首の後ろを、そっと指先で撫でてやる。
ぴくっ、と小さく肩が震えた後、スコールがそっと顔を持ち上げた。
薄らと潤みを帯びた蒼の瞳が此方を見上げ、桜色の唇が、セシル、と名前を紡ぐ。
その唇を自分のそれで塞げば、欲しがるように隙間が開いたので、セシルは彼の望むままに侵入した。


「ん……、ん……っ」


撫でられる感触に、スコールの背中にぞくぞくとしたものが奔る。
これで何度目の口付けになるのか、セシルは既に判らなかったが、それでもスコールがこの触れ合いに慣れる事はない。
けれど重ねる度に彼の反応は顕著になって行き、最近は欲しがる顔も見せてくれるようになった。
それ程、スコールの心が明け透けに見えるようになった事に、セシルは喜びを感じずにはいられない。


(だから、ごめんね)


深い口付けを交わしながら、セシルは言葉にしないまま、ひっそりと幼い恋人へと詫びる。
怖い夢を見たと、不安な気持ちになったからと、それを慰めて欲しいと己を求めずにいられない少年が、セシルには愛しくて堪らない。
きっと本当に彼を想うのなら、そんな不安を忘れてしまう程に愛してやるべきなのだろう。

だが、セシルはそうしたいとは思わなかった。
愛していないからではないし、彼の事を骨の髄まで愛していると言う自信がある。
それと同時に、不安を求めずにはいられない程、自分に心を寄せていると言うスコールが愛しくて堪らない。

きっと誰かを好きになればなる程に、スコールの不安は増して行くのだろう。
大切なものを失う事を極端に恐れている節のある彼にとって、何れは別れが訪れるこの世界は、誰かと密接な関係を作る程に残酷な未来しか待っていない。
セシルもそれは判っていたから、本当にスコールの安らぎだけを望むのなら、彼と関係を持つ事は望んではいけなかった。
柔らかな温もりで包む程に、スコールは追い詰められ、恐怖を抱いてしまうのだから。

─────それでも。


(それでも僕は、そんな君が欲しいんだ)


重ねていた唇を離すと、スコールははぁっと熱の籠った息を吐いた。
苦しかったのだろう肺に、一所懸命に酸素を送り込む姿を眺めながら、慰めるように頬を撫でる。
すると、息苦しさで涙を滲ませていた蒼い瞳が、続きを強請るように此方を見上げる。

セシル、と名を呼ぶ桜色の唇を、また塞ぐ。
それだけで安心したように、同時にこれ以上に不安から逃げるように、縋り付いて来る腕がいじらしいと思った。




2019/04/08

4月8日と言う事で、セシスコの日!

依存癖のあるスコールと、優しいんだけど依存される事を嬉しく思っているセシル。
スコールが本当は強くありたい、誰かに頼らなければいけない弱い人間になりたくないと知っていながらそれを許さないセシルと、いつの間にか絡み取られて逃げ場をなくしている事にも気付かないスコールなセシスコが好きなのです。