秘密のお宝


闘争の世界と神々は言うが、世界に召喚された戦士達は戦闘ばかりをしている訳ではない。
本来在るべき世界とは違う場所に呼ばれた彼等だが、生物としての構造まで変えられた訳ではないので、日々を過ごすには食事もすれば睡眠も取る。
それらの為に家事雑事をする事もあるし、何をする事はなくとも、気晴らしにと陣営のホームから離れる事もあった。
闘争のエネルギーを使って世界を修復し、広げていると言う話もあって、この世界のあらましを調査するメンバーもいる。

今回、調査の為に陣営を出発したのは、スコールとロックの二人だった。
特に何か理由が合ってこの編成になったのではなく、前日の疲労やそれぞれの都合・予定を加味して、手が空いていたのがこの二人だったのだ。
スコールとロックは、ロックが以前に事故紛いで召喚された際、最初に知り合ったメンバーの一人であった事もあってか、それなりに打ち解けた仲ではある───と言うとスコールはなんとも微妙な顔でみけんに皺を寄せるのだが、ロックにとって気安い相手である事は確かであった。

調査となると一日二日では帰れないので、必然的に野宿になる。
スコールはサバイバル訓練を詰んでおり、ロックは元の世界で様々な場所に赴いた経験があったので、野営の準備は恙なく進んだ。
都合よく森があったので、其処で拾った木の枝を薪にして火を焚き、食事も済ませる。
新たな闘争の世界は、始めこそ自分達とイミテーション程度しかいなかったが、世界が拡がるに連れて、何処の次元の歪から迷い込みでもしたのか、魔物の姿も確認されるようになった。
そう言った危険生物に寝込みを襲われる可能性を警戒し、見張りは交代制で行う事にする。

しかし、夜になっても中々二人は眠ろうとはしなかった。
以前、ロックが“ジョン”であった頃なら、スコールは身元不明の人間への不信感で眠る気になれなかったのだが、今はそんな心配もない。
今日は散策中にイミテーションが襲ってくる事もなく、単純に疲れていないので、眠気を感じなかった。
それなら少し話でもしないか、と言ったロックに、あんたが喋るのなら聞いてても良い、とスコールは言った。
元よりスコールが余り喋る性質ではない事は、ロックも理解している。
それで良いよとロックも言ったので、二人の静かな夜は概ね平穏に過ぎて行った。

そうして、ロックの話が幾つか終わった所で、スコールはふと思った事を口にした。


「……あんたは、“トレジャーハンター”なんだよな」
「ああ、そうだぜ」


ぱきん、とロックは持っていた枝を折りながら、スコールの言葉に頷いた。

ロックは、自分は“トレジャーハンター”だと称している。
一人で行動する事に慣れ、ジタンのように身軽で高場を得意とするのも、“トレジャーハンター”として身に着いたスキルだと言う。
鍵のかかった宝箱や扉を開ける為の技術も持っているらしく、それを聞いたティーダが「泥棒みたい」と言った時には、しっかりと訂正していた。
が、ロックが持っているスキルの話だけを聞くと、スコールもティーダと同じ言葉が頭に浮かぶ。

と言うのも、スコールはいまいち“トレジャーハンター”と言うものが判らないのだ。
スコールの身の回りには、そう言った事で生計を立てている者がいなかったのだから無理もない。


「……トレジャーハンターって言うのは、まともに食っていける職業なのか?」
「いや、どうかな。苦労して手に入れた宝の地図が偽物、なんて事はよくある話だし。上手いこと宝が見つかっても、価値のあるものかは判らないし。金銀財宝だと思ったら、鑑定したら全部ただのメッキとかな」


ロックの言う通り、骨折り損のくたびれ儲けと言うのは、彼にとって特に珍しい事ではないらしい。
彼の世界では未開の地と言う物は少なくなく、そう言う場所にはまだ見ぬお宝が、或いは古の時代に隠された財宝が、と言う話はよく飛び交うものだった。
しかし、頼りにしていた宝の地図がとんだ偽物だった事もあれば、儲け話そのものが全くのデタラメだったり、単なる伝承が形を変えて伝わったに過ぎない事も多いと言う。
正しい伝説にありつけたとしても、既に宝は誰かに持ち去られた後で、噂通りのお宝が手に入る方が珍しい。

そんな職業でよく生きていられるな、と言うのがスコールの素直な感想だった。
恒久的な収入になるとはとても思えない、はっきり言って博打に等しい生活だ。
それでも、夢だのロマンだのを求めてトレジャーハンターになる者は、ロックの周りでは決して少なくはなかったそうだ。
これは世界ごとに見られる文明の差や、時代的な環境による認識の違いの所為だろうか。


「…そんなに誰でも簡単にトレジャーハンターとやらになれるものなのか」
「そりゃあ、何か資格や証明が必要なものでもないからな。一攫千金目当てで宝を見付けようって山師は、何処の街にもいたよ。俺の知り合いにもそんなのは多かった」


トレジャーハンターを名乗る者同士のネットワークと言うのは、案外馬鹿には出来ない。
宝の伝説の話題は勿論、それに辿り着く為のルートを知るのも、そう言った者が集まる酒場で収集するのが常套手段であった。
───情報の出所が酒場や飯屋と言うのは、何処の世界でもそう変わらないんだな、とスコールは思う。

正直な話、ロックの周りでは、自分がそうだと名乗れば“トレジャーハンター”と言えた。
後はそれを名実共にする為に、宝の情報を探し集め、本物に辿り着くまでチャレンジを繰り返す。
そうして他人よりも一歩先に宝にありつけた者が、名誉と共に富を手に入れるのである。


「……じゃあ、宝なんて手に入れた事もない詐欺師も多そうだな」
「はは、否定は出来ないな。夢だけ語って冒険は明日、そのまた明日、なんて奴もいたよ」
「そう言う奴は何処で何をして生活を凌いでるんだ……」
「さあ、其処までは。だけど、俺の世界じゃ、その日その日に必ず金が貰える仕事をしてる奴の方が珍しかったと思うな。そう言うのは、何処かの城だったり、貴族だったりに雇って貰ってる人位だ。皆その日その日、その時々で、割とどうにかしてるよ」


キツい生活してる奴もいたけど、と少し寂しそうに言いながら、ロックは手遊びしていた木の枝を焚火に放った。


「スコールの周りには、トレジャーハンターとか、冒険家みたいなのっていなかったのか?」
「…いない。世界中を回った事のある奴ならいたけど、そいつには目的があったから、……少なくとも、そんな大層な名前が着くような旅はしていない」


スコールの世界で“冒険家”と呼ぶのであれば、幾らか伝記のようなものは図書室で見た覚えがある。
世界中の極地を巡る写真家や、まだ見ぬ大地を求めて当てもなく放浪する者────バッツのような根無し草、と言う程でもなかったが、そうした事を記録したり発表したりする事によって、名誉的な収入を得ていた者はいたと思う。
が、やはりそれは、スコールの中では一般的な職業と呼ぶには聊かズレていて、人によっては職業と言うより趣味が高じたと言う者も少なくない。

トレジャーハンターに至っては、益々イメージが沸かなかった。
遠い昔の忘れられた宝を見付ける、と言うとロマンが溢れるが、やっている事は盗掘ではないのかと思う所も度々聞こえる。
遠い昔の墓地遺跡の地下だとか、古い地神が祀られていたと伝承される洞窟の奥だとか、スコールの世界ではほぼ間違いなく、公的機関が管理をしている場所になるだろう。
スコールも一度、そう言った場所に入った事があったが、それは一応の許可を得て入ったものだ(奥まで入って良いと言われた訳ではなかったが)。
しかし、ロックの話を聞く限り、彼の世界ではそうした場所が誰かの管理の手にあったとは考え難く、余程城や街に近い場所でなければ、野放図も同然だったようだ。
侵入に際し、正式な許可が必要な場所ではないようなので、そう言う点では盗掘と言う訳でもないのだろうが、見方を変えればそう言う扱いにされても文句は言えないのではないだろうか。

ぱちり、と焚火の中で小さな木が爆ぜる音を立てた。
うーん、と唸る声と共に、ロックが腕を頭上に上げて背筋を伸ばす。


「折角こんな変わった世界に来れたんだし、トレジャーハンターとしては、此処でも何かお宝を見付けてみたいもんだな」
「……こんな世界に財宝なんてものがあるとは思えないが」
「それは判らないさ。スコールは前にもこういう場所に呼ばれてるようだけど、その時に世界の全部を見た訳じゃないだろ?」
「…まあ……」


ロックの指摘は確かな事で、この新たな世界は勿論、過去の闘争の時でも、スコールが世界の全てをその足で見て回ったかと言うと否である。
以前はこんなにものんびりとした調査時間はなかったし、どうやって戦況を打破するかが優先されていた。
秩序の陣営が負ければ、闘争の世界諸共、それぞれの世界も混沌に飲まれると聞かされていたからだ。
そんな状況でのんびりと冒険なんて出来る筈もなく、要点となるポイントを地域ごとに決めて巡回をする事はあっても、隠された財宝を探しに行こうなんて話は誰もしなかった。
それが冒険好きのバッツや、宝に目のないジタンであっても。

そう考えると、ロックが言うように、世界の何処かに宝が眠っていても可笑しくはないのかも知れない。
過去の闘争の世界でも、それを見付ける為の時間がなかっただけで、何処かにひっそりと隠れていた可能性も、ゼロではない。


「それに、宝って一言で言っても、色々あるんだ」
「……色々?」
「金銀財宝って呼べるものばかりが、お宝じゃないって事さ。例えば古い時代の事が書かれた本とか、ずっと昔に滅んだ国で使われていた道具とか」
「……歴史的な価値があるもの、か」
「そうそう。他にも、ほら、此処は神様が作った世界だろ?じゃあ、神様がこっそり大事にしているものや、この世界の根っことかそう言うものの元になるものが、何処かにあっても不思議じゃない」


ロックの言葉に、成程それは確かに宝足り得るものだ、とスコールは思った。
本当にそんな物があるのかは知らないが、逆に言えば“そう言う物があっても可笑しくない”のも確か。
仮に、神々の力の源、なんてものが見つかったとすれば、この世界を揺るがしかねない大事件になるだろう。

スコールが真面目な表情でそんな事を考えていると、


「まあ、そんな物が本当にあるのかは、判りやしないんだけどな。俺達トレジャーハンターは、こう言う眉唾な話をアテにして、宝探しに行ったりするんだよ」
「……やっぱりまともな職じゃない」


笑って言うロックに、スコールが眉根を寄せて呟けば、「だよなあ」とロックは言った。
それからロックは、スコールの貌を覗き込むように近付いて、


「でもな、スコール。これでも職業柄、そこそこ鼻は効く方なんだ」
「……何の?」
「お宝が其処にあるかどうか、だよ」
「……で、その鼻は、今は何て言ってるんだ?」


最早期待はしない表情でスコールが訊ねてみれば、ロックはにぃっと歯を見せて笑う。


「秘密だよ」
「は?」
「言ったら誰かに獲られるかも知れないからな。一番オススメな宝の情報は、誰にも漏らさないように仕舞っておくもんさ」


そう言って、ロックはスコールの傷のある額をツンと突いた。
虚を突かれたように目を丸くしているスコールに、ロックは得意げにウィンクをして見せる。
何か勿体ぶった言い様に、意味が判らない、とスコールの眉間には今日一番の皺が寄った。

なんだか下らない話をしたような気がして───きっと強ち間違っていない───、スコールは不機嫌な表情のまま、焚火に背を向けて横になった。
寝る、と無言で告げるスコールに、ロックは「おやすみ」とだけ言って静かになる。
スコールはしばらくロックの言葉が頭に残って、その意味をぐるぐると考えていたが、しばらくすると、判らない問題を投げるように、やって来た睡魔に身を委ねた。



……少年の寝息が聞こえるようになった頃、一人現実世界に残されたロックは、蹲る背中を見てひっそりと目を細めていた。




2019/06/08

6月8日と言う事で、ロクスコです。
朗読劇もあったし、この二人は意外と距離が近いと嬉しい。