この掌にいつまでも


頭を撫でる手のを大きさを確かめる度に、彼は大人なのだと実感する。
その度に、自分はまだ子供なのだと現実を突きつけられているような気がした。

スコールが生まれた時から、その手は直ぐ傍にあった。
それはスコールの頭を撫で、手を握り、時に涙を拭ったりもしてくれた。
余りにも当たり前に近くにあるから、スコールはそれの大切さと言うものに気付くまで、随分と時間がかかったものだ。
それ程にスコールにとって、あの手は、彼と言う存在は、ごく自然に空気のように自分に寄り添うものだったのである。

彼────レオンはスコールの実兄だ。
八歳と言う年齢差の所為か、彼は弟であるスコールを、幼い頃からそれはそれは溺愛した。
溺愛していると言う点では父も同じなのだが、只管に構いたがり構われたがる父に比べると、スコールが思春期になってからは適度に距離を置きつつ過ごしてくれるので、スコールは大いに助かっている。
しかし根本的に溺愛していると言う事は変わらないので、スコールに某かの変化があると、本人よりも先に反応を示す。
そしてスコールが疲れているなら休憩を、少し荒んでいるのなら気分転換でも、とあれこれと世話を焼いてくれるのだ。

スコールもレオンの事を好いているし、頼っている。
幼い時分には引っ込み思案で、何に対しても臆病だったスコールは、レオンに手を引かれながら世界を拡げていった。
お兄ちゃんがいるなら怖くない、と言うのが幼いスコールの根底にはあって、逆に言えば、レオンがいなければ何もかもが恐ろしくて仕方がなかったのだ。
流石に成長するに従って其処までの依存はなくなったが、やはり何かあると「レオンに相談しないと…」と思う所は変わっていない。
自分に自信が持てない所も、スコールは中々克服できていないから、そう言う所を兄に背を押して貰う事で、一つ安心して一歩を踏み出す事が出来るのだ。

お互いに、距離が近過ぎる兄弟だったのだろう、とは思う。
しかし、その距離感に違和感や拒否感が生まれるかと言われると、結局はなかった。
寧ろスコールが成長するに従い、兄への信頼とは違う感情も生まれ、思慕となったそれに悩んだ事もある。
兄弟なのに、男同士なのに、とぐるぐると考えていたスコールだったが、それが兄も同じであったと知った時には、瞠目したその裏で無償の喜びを感じた。
レオンも俺と同じ事を考えている、同じ気持ちを俺に対して持っている。
そう知ってしまったスコールの感情はもう止められなくて、それまで隠さなければと押し殺していた感情は呆気なく堰を壊し、夢中になって彼を求めた。
スコールを溺愛するレオンが、そんな弟を咎められる訳もなく、また彼自身もスコールが自分に思慕を抱いていた事に喜びを感じていた。

それから二人は、兄弟であり、恋人と言う関係になった。
父にも秘密にしている関係を、少し後ろ暗く思う事もない訳ではないけれど、それよりもレオンと繋がり合える幸福がスコールには大事だった。
ただ、いつか父には打ち明けなければいけない、と言う気持ちもある。
それがいつになるのかは、まだ目途も立っていない。

だから、二人が供に褥で過ごせる時間と言うのは限られていた。
今日はラグナが朝早くから海外出張に出ており、帰って来るのは来週となっている。
日々の触れ合いはさり気無く交わしてはいるが、濃密な時間と言うものは久しぶりで、スコールは風呂上がりに直ぐにレオンに甘えた。
レオンも判っていたようで、スコールを寝室に促した後は、手早くシャワーだけを済ませて戻ってくる。
そうして久しぶりの熱の共有を果たして、


「……っは……ふう……」


背中に艶を孕んだ声を混じらせた吐息が落ちて来るのを、スコールは熱に浮かされた頭でぼんやりと聞いた。
腹の奥がどくどくと熱いもので支配されているのを感じて、スコールの表情はうっとりと蕩けている。
レオンはそんなスコールの項に顔を寄せて、柔らかく唇を押し当てた。

奥まで納められていたものがゆっくりと引き抜かれて行く。
無意識にまだ熱を欲しがった穴が、きゅう、と締め付けてレオンに縋って誘うが、これ以上は、とレオンは自制した。
久しぶりの夜でもっと一つになっていたい気持ちもあるけれど、明日は平日で、スコールは学校があるし、レオンも仕事に行かなければならない。
別に一日くらいサボっても良い、と頭の隅で悪魔が囁くが、別に今晩焦らなくても良いんだと理性の振りをした本能が諭す。

俯せになっているスコールの頭を、レオンの手がゆっくりと撫でる。
子猫をあやすように優しい触れ方をするその手に、スコールは柔らかく目を細めた。


「…ん……」
「辛かったか?」
「……ん……」


訊ねる声に、スコールはゆるゆると首を横に振った。

重ね合う事は確かに疲れるし、時には痛いし、快感が大きすぎて怖いと思う事もある。
それらを辛いと言えば辛いのだろうけれど、それよりも、彼が中に出してくれた時の得も言われぬ充足感がスコールは好きだった。
生まれた時からスコールはレオンに手を引かれ、彼のいる世界で生きて来たけれど、中に出して貰うと、内側まで彼の色で染められているようで安心するのだ。

頭を撫でていた手が移動して、スコールの火照った頬を撫でる。
心地良いその感触にもっと浸っていたくて、スコールはまだ撫でて、と言うように頭を横に向けた。
差し出すように見せた頬を、心得ているレオンの手がひたりと触れて、指が優しく滑って行く。


「風呂に入らないとな……」
「……面倒くさい……」
「言うと思った」


くつくつと笑って、レオンの手が離れる。
後を追うようにスコールが手を伸ばすと、レオンは子供をあやすようにその手を握り、直ぐに離した。

起き上がる事は愚か、寝返りもしたくないとベッドに沈んでいる弟を、レオンは横抱きにして抱き上げる。
スコールは抵抗する事もなく、レオンの腕に体を委ねていた。
こうしていれば、何もかもレオンが済ませてくれるから、いつも甘えている。

バスルームに移動して、レオンはスコールの体を洗い始めた。
胡坐を掻いた膝の上にスコールを座らせ、ボディソープを泡立てた手で、スコールの躰を撫でていく。
性的な触れ合いをしている時とは違い、少しくすぐったい感触に、スコールは時々身を捩った。


「んぅ……」
「こら、動くな」
「…くすぐったいんだ」
「我慢しろ」


ぴしゃりと言うレオンに、スコールは唇を尖らせる。
そんな弟に構わず、レオンは手早くスコールの躰を清めて行った。

シャワーでスコールの体の泡を流した後、レオンはスコールを抱えて湯舟に入った。
ふう、と言うレオンの吐息が、スコールの耳元にかかる。
その感触が、ついさっきまで聞いていた、耳元で名を呼ばれていた時にも感じていたものとよく似ていて、スコールの貌がこっそりと赤くなる。


「……うん?どうした、スコール」
「……別に……」
「そうか?」


そうは見えないが、と言いながら、レオンはスコールのしっとりと濡れた髪を撫でる。
相変わらず目敏い、と些細な変化を見逃さない兄に、何処をどう見ているのだろうと不思議な気持ちを隠しつつ、スコールはレオンの胸に寄り掛かった。

体を洗っていた時と同じように、スコールはレオンの膝の上に座っている。
幼い頃は、体格の差もあって、よくこうして甘やかされていたものだった。
もうスコールはあの頃のような子供ではないし、レオンも流石にそれが判らない訳ではないけれど、でもこれは幼い頃の距離感とは意味が違う。
恋人同士の、体を繋げあった後の、緩やかで甘い営みの一つ。
そう思うと、それはそれでスコールには恥ずかしいものがあるのだけれど、


「スコール」
「……なんだ」
「いや、なんでも」


呼ぶ声に返事をすれば、嬉しそうな声と、頬を撫でる手が返される。

レオンは、ふとすればスコールのことを撫でている。
それは頭であったり、頬であったり、彼にしか許していない場所であったりする。
基本的にスコールは誰かに触れられる事そのものが好きではないのだが、レオンの大きな手は昔から安心できるものだった。
幼い頃は自分よりもずっと大きく、今でも一回りは差のある、大きな手。
それが自分と彼の、比喩も含めた器の大きさの違いを示しているようで、コンプレックスに感じる事もあった。
この手と同じ大きさになれたら、彼の隣に並ぶに相応しい者になれるのではないか────と、そんな夢を見た事もある。

けれど今は、この手に包まれていられる事だけで、スコールは幸せになれる。



────寝るなよ、と言う声を聴きながら、スコールはゆっくりと目を閉じる。
撫でる手の大きさが、体温が、鼓動がこれからも離れないようにと祈りながら。




2019/08/08

レオスコいちゃいちゃ。

普段のスコールは、ラグナへの意識もあるので、もう少し素っ気ないフリを頑張ってしている筈。
その反動もあるので、二人きりになると甘えたがるし甘やかして貰いたい。
でも多分肝心な所は普段からダダ漏れだったり、レオンが隠す気があるのかないのかみたいな所もある。