ミスター・ロックスミス


カチ、チリチリ、カチリ。
小さな小さな金属音が、静かな空間で辛うじて聞こえる。

音の出所は、ロックの手元だった。
其処には古めかしい金属製の錠前が握られ、鍵穴には細い針金が差し込まれている。
ロックは針金を細かい動きで操り、チン、と言う小さな音を聞く度、手指の形を微妙に変えて、じっくりと奥を探るように針金を操る。
スコールはそれを真剣な表情でじっと見詰めていた。

何度目かのカチ、と言う小さな音を聞いて、ロックの口角が上がる。
スコールがその表情の変化に気付いた時には、カチャン、と言う音と共に、錠前の鍵が外されていた。


「こんな物かな。参考になったか?」
「……あまり」


ロックの言葉に、スコールがふるふると首を横に振れば、ロックは苦笑する。


「はは。まあ、そうでなくちゃ俺も困るけどな。それなりに知識と経験が必要な事だから」


言いながら、ロックは外したばかりの錠前の鍵を元に戻す。

何処かの古城のような歪で拾ったと言う錠前は、ロックやジタンと言った、鍵開け術を持っている者達の良い玩具になっている。
ウォード錠と呼ばれる構造を使った掌大の錠前なんて、スコールの世界では、遺跡でもなければ見ないような代物だ。
シリンダー錠を使っている家庭は多くあったと思うが、それでもセキュリティ的な不安も囁かれており、鍵を二重三重にしたり、電子キーと併用したりする所が増えている。
この為、泥棒を働こうとする者は、様々な便利器具のようなものを使い分けたり、習慣として閉め忘れになってしまっている不用心な家屋を狙い、強引な鍵開けを行う者は少なかった。
その所為か、針金一本であらゆる鍵を開けると言う技術は、泥棒稼業のような人間ですら、滅多にお目にかかる事はない。

それだけに、ロックの鍵開け術と言うのは、スコールには目新しく新鮮だった。
歪で見つけた鍵のかかった宝箱など、ジタンが開ける所を見ていたので、初めての経験と言う訳ではないが、目の前でその手法をじっくりと見たのはこれが初めてだ。
そして、見て思ったのは、やはりぱっと見ただけでコピー出来るような簡単な技術ではないと言う事。


「あんたは、こう言う事を誰かに教わったりしたのか?」
「多少は教わったよ。仲間内でこんな扉があるとか、あそこの鍵はこう開けたとか、眉唾な武勇伝もあったりしたけどな。これが出来なきゃ、基本の仕事が出来ないし」
「……泥棒の仕事?」
「俺はトレジャーハンターって、そろそろ判っててそれ言ってるよな?」


じろりと睨んでくるロックに、さて、とスコールは涼しい顔で流す。

スコールはロックの手で遊んでいた錠前を取ると、鍵穴に入ったままの針金を抜いた。
針金は微妙な形に変形した名残が残っており、元は真っ直ぐだったものが少しずつ中の形に合わせて変形していったのが判る。
その変形の過程は、全て錠の内部、即ち目には見えない場所で行われていた事だと思うと、スコールは感心せざるを得なかった。

じっと錠前と針金を見詰めるスコールに、ロックが楽しそうに声をかける。


「スコールもやってみるか?こいつはそんなに複雑じゃないし、偶然でも開けられるかも知れないぞ」
「……」
「知恵の輪みたいなものだと思ってやってみろよ」


それなりに知識と経験が、と言ったその口で、ロックはスコールに鍵開けを実践してみろと言う。
確かに、この技術が身に着けば、この闘争の世界ではともかく、元の世界でも某かの役には立つかも知れない────これを使うような場面が、スコールの世界にあるのかは微妙だが。

開かないものと諦めた上で、スコールは少しだけ試してみる事にした。
素手の方が良いかも知れない、と黒の手袋を外して、スコールは針金を握った。
左手に錠前を持ち、針金を鍵穴に差し込んで、ロックがしていたように、少しずつ針金を左右に揺らして、鍵穴の中を探ってみる。

針金の先端が、穴の中をカリカリと引っ掻いている音がする。
何かに引っ掛かったような抵抗感が時折感じられる気がしたが、それが鍵を開ける為に必要なものかどうか、スコールには判らない。


(……と言うか、何も判らない……)


針金が何かに引っ掛かる感触はあるものの、それにどうアプローチをすれば良いのか。
大体、こうして穴を探っていて、何か判る事があるのかすらもさっぱりだ。

しばらく格闘してみたスコールだったが、時々何か判らない感触がある以外は、何も収穫はなかった。
判っていた事だと溜息を吐きながら錠前から針金を抜く。


「無理だ。判らない」
「諦めが早いな。案外短気だよなあ、スコールは」
「……」
「怒るなよ、別に揶揄ってる訳じゃない。最初は誰でもそんなもんさ」


俺も似たようなものだったし、と言いながら、ロックはスコールの手から錠前と針金を取る。
癖のように流れる仕草で、ロックは錠前に針金を差し込み、カチカチと鍵穴を探り始めた。


「外から見ると適当な事してるように見えるだろうけど、こうやって中の形を確認してるんだ。どの辺に凹みがある、引っ掛かるってことは出っ張りがある……じゃあ多分これはこう言う形の鍵だ、って想像しながら、針金の形がそれに沿うように曲げて行く」
「……鍵穴の形なんて、パターンがあるものなのか」
「ある程度は。時代と言うか、その鍵が作られた技術力と言うか、そう言うので決まって来る。俺の世界では、だけどな。スコールの世界は、もっと複雑なものが簡単に作れそうだから、骨が折れそうだけど」
「あんたは、自分の世界にある鍵の種類を覚えてるのか?」
「まあまあ覚えてるよ。だから、これならこう言うパターンが来る、って言うのも、予想は出来る。だからこう言うのは、天啓みたいな勘も必要だけど、知識と経験がないと難しいものなんだ」


拗ねた顔のスコールを宥めるように話しながら、ロックは錠前を突いて遊んでいる。
しかし錠前を見詰める表情は真剣そのもので、遊びながらも本業の血が騒ぐのだろうか。
一度開けている事もあってか、ロックは先の半分の時間で、錠前を開けて見せた。


「それから、後は指先の感覚だ。嵌ったり引っ掛かったり、そう言う所に気付く事」
「指先……」


スコールの視線が、錠前で遊ぶロックの指へと向けられる。

例えば、一つ引っ掛かりを見付けたとして、その引っ掛かりは出っ張っているのか凹んでいるのか。
それは鍵を開ける為には重要な情報であり、其処を正確に把握するには、自分の指がどんな形状のものを探っているのかを把握できなければならない。
しかし鍵は二つに割って中身を見る事は出来ないので、指先の感覚だけで、その是非を知らねばならないのだ。
必然的にそれを感じ取る為には指先の知覚神経が敏感でなければならず、また更に細かな動きが出来なければ、内部の形通りに針金の形を変える事は出来ない。
トレジャーハンターとして様々な鍵に触れて来たロックの指は、目に見えない所でも、指先一つでその情報を繊細に感じ取る事が出来るのだろう。

────だから、いつも。
いつもあの指には、見付けられてしまうのだろうか。
スコールが必死に隠そうとする場所のことまで。


「…………!!」
「ん?」


ふつり、と脳裏を過ぎった思考に気付いて、スコールの顔が一気に沸騰した。
突然絶句して真っ赤になったスコールに、ロックが顔を上げてきょとんと首を傾げる。


「スコール?どうした?」
「……!!」


鍵を遊んでいた手が離れ、スコールの顔へと近付く。
熱でもあるのか、と頬に触れた手に、指の感触に、スコールはぞくぞくとしたものが背を奔るのを感じた。

つい昨夜、その指はスコールの深い場所に触れていた。
ロックの指先はとても優秀だ。
だからスコールがどんなに隠そうと反応を堪えても、誤魔化せない中の反応で、全て伝わってしまう。
彼の指の動きと言うのはとても繊細で、スコールを傷付けないように優しく解しながら、適格に弱い所を探り当てて来る。
スコールが自分でも知らなかったポイントを、ロックはどんどん見つけ出し、一度見付けるともう忘れてくれない。
其処は嫌だと泣いて訴えても、スコールがとろとろになるまで、優しく、時に激しく、掻き回していく。

そんな事を思い出して、耳まで真っ赤になるスコールを、ロックは心配そうに見ていた。
その距離感が酷く近い事に気付いたスコールは、弾かれたようにソファから立ち上がる。


「な……っんでもない!」
「おお?」


思わず声を荒げたスコールに、ロックは目を丸くする。
ぽかんと見上げるロックを置いてけぼりに、スコールは逃げるようにキッチンへと潜り込んだ。

茹った頭と顔を冷まそうと、スコールはグラスに水を注いで、氷を入れた。
幾らも水が冷えない内に喉を通すが、頬の火照りは一向に抜けない。



こっそりとリビングを覗けば、ロックが首を傾げながら、ぽんぽんと錠前を投げて遊んでいる。
その手を、指先を、スコールは当分の間、真っ直ぐ見る事が出来なかった。




2019/08/08

『甘々なロクスコ』のリクを頂きました。

Y本編でロックが世界崩壊後のナルシェの家の鍵を開ける所が好きです(マニアック)。
あんな事できるんだからロックは絶対に精密作業とか指先のあれこれとか得意だと思ってる。