カヴァリエーレ・ロマーノ


どうしてこうなった────と叫んでも、きっと誰もスコールが欲しい答えはくれない。
折角だから良いじゃない、と言うきらきらとした笑顔ばかりが返って来るのが想像できて、スコールは叫びたい気持ちを喉まで来て飲み込んだ。

これが良い、こっちが可愛い、こっちも綺麗、とめいめい楽しそう過ごしているのは、新たな秩序の女神に召喚された女性陣。
彼女たちをぐるりと囲んでいるのは、見た目も華やかな沢山の種類のドレス。
カジュアルなものからクラシックなものまで、選り取り見取りの衣裳部屋で、女性陣は実に楽しそうだ。
皆それぞれに、自分が着たいと思うものを探したり、誰かに似合いそうなものを見繕ったりと、爛々と瞳を輝かせている。
あまりこう言ったものに関心がなさそうなライトニングでさえ、周囲の女子陣の雰囲気に感化されたか、皆が選んでくれるドレスを受け取っては着替えて披露目させている。

其処に、何故かスコールもいるのだ。
こんな雰囲気は苦手なのに、逃げる事も許されず、椅子に座らされ、白のパーティドレスを着たリノアに髪を整えられている。
普段スコールの髪は首元までのすっきりと短いものだったが、今はエクステンションのお陰で、背中にかかる程の長さになっていた。


「えへへ〜。スコールの髪、一度で良いから触ってみたかったんだ。こんな所で叶うなんて思わなかった」
「……楽しそうだな……」
「そりゃあもう!」


リノアはこの世の春が来た、と言わんばかりの満面の笑顔だ。
どうもその笑顔に弱いスコールは、観念したように目を閉じて、リノアに頭を預ける。

この世界の存在意義に多大な物議を呼びそうなこの光景は、秩序の戦士達のちょっとした休息を望む声が、あれよあれよと転がって行った末のものだ。
以前の世界に比べ、切々とした理由で、命をかけた闘いをする必要はない────とは言え、やはりこの世界で望まれているのは“闘うこと”である。
だが、年若い者も多くいる事や、以前よりも何処かスポーツめいた雰囲気が混在している所為だろうか。
若者達の切羽詰まった糸はいつまでも保てるものではなく、何処かで娯楽を求めていた。
それは大抵、芸達者な仲間がちょっとした雑技を見せたりする事で解消されていたのだが、その過程でダンスが取り上げられた。
ジタンを筆頭として、芸として踊りを見せる事に慣れた者だけではなく、皆で踊ってみてはどうか、と言う提案が上がったのだ。
スコールとしては、踊りたい者だけが勝手に過ごしてくれれば良かったので、自分には関係ない話と殆ど聞いていなかったのだが、それが良くなかったのだろう。
“皆で踊る”訳だから、其処にはスコールもしっかり数に含まれていたのだ。
そして、皆で踊るのならいっそダンスパーティのようにしてはどうか、と言う話になり、更には女神まで巻き込んで、衣装を用意する事は出来ないかと相談に行ったらしい。
色々と頼りない所があり、人の感情に鈍感な節も見られるマーテリアだが、“女神”であるからなのか、女性陣からの提案に妙に乗り気になったと言う。
その末に用意されたのが、広い衣裳部屋が中身付きで丸ごと、と言うものであった。
この頃から嫌な予感を感じたスコールは、誰かに捕まる前に見回りにでも逃げようとしたのだが、その前にティナとユウナに捕まり、あの真っ直ぐで純粋な目に挟まれて、衣裳部屋へと連れ込まれてしまったのである。

衣裳部屋に入れられたスコールは、まるで着せ替え人形であった。
普段は黒を基調にしたタイトな服装だけを着ている彼女を、女性陣はこれでもかと着飾らせた。
可愛らしいフリルレースをふんだんに使ったものや、背中が大きく開いたもの、スリットの深いスカート、エトセトラ。
余りに自分が着るには酷いとスコールが思うものまであって、流石にそれは勘弁してくれとスコールも主張した。
最後はスコールの好みを理解した上で選んだのであろう、紺色のドレスを用意したリノアのコーディネートを着る事にした。
そして(スコールにとっては)長い時間をかけて、ようやくアクセサリー選びも終わり、


「これで完成ね。うん、似合ってる」
「スコール、綺麗だよ〜」
「……勘弁してくれ」


褒めちぎるティファやリノア、楽しそうな周囲の女子の言葉に、スコールはどう言う顔をして良いか判らない。
いつもはしないメイクを施された自分の顔も、なんだか自分の物とは思えないのだ。

それでも、一応、やる事は終わったらしい。
やっと解放された気持ちで、スコールは久しぶりに椅子から腰を上げた。
それを見付けたライトニングとヤ・シュトラが、くすりと笑みを浮かべて言った。


「やっと終わったか」
「スコール、貴方のパートナーが外で待ってるわ」
「…パートナー?」


何の話だと眉根を寄せるスコールだったが、ライトニングとヤ・シュトラはそれ以上は言わなかった。
行ってらっしゃい、と手を振る彼女を訝しみつつ、スコールはリノアに手を引かれて衣裳部屋を後にする。

部屋を出ると、其処は見慣れた景色ではなくなっていた。
基本的には殺風景で、各人の部屋に入る扉以外は何もなかった筈の廊下が、大理石の床になり、カーペットが敷かれ、壁には意匠を凝らしたランプが設置されている。
誰かの世界の由緒正しい貴族の屋敷でも模したのか、と思う雰囲気だった。
何と言う力の無駄遣い、前代の女神が見たら何を思うだろう……と、余り意味のない事にスコールが憂いを感じていると、


「おっ、終わったのか。ほら、スコールが来たぜ」


声のした方を見れば、ジタンとバッツが手を振っている。
こっちこっち、と呼ぶ二人の方へ、聊か面倒な気持ちもありつつ足を向けたスコールは、彼らの傍で此方に背を向けて立っている人物に気付いた。

雪のように澄んだ銀色の髪は、いつも兜に隠されて、滅多に見る事はない。
それが今は余す所なく晒されて、無精気味に跳ねている所を不自然にならない程度に直されている。
きっと衣装に合わせてきちんとした方が良い、と身嗜みに煩い面々から手を出されたのだろう。
ひらひらとランプの光を反射させる銀色が、ゆっくりと閃いて、アイスブルーの瞳がスコールを捉える。


「……ウォル、」


名前を呼ぶと、心なしか瞳が和らいだように見えた。

ウォーリア・オブ・ライトは黒のテールコートに身を包んでいた。
スコールの世界で言えば、ドレスコードが指定される正式な舞踏会や、礼式の場で着用する、最上級の礼服だ。
上から下まで完璧に整えられたウォーリアの姿は、今現在の宮廷めいた背景と相俟って、正真正銘の貴族のようにも見える。
隣でジタンとバッツも同様の服装をしてはいるのだが、ピンと背筋を伸ばした姿勢や、体全体の均等を取れたバランスが、より彼の存在感を光らせている。
騎士然とした鎧姿のウォーリアとは違うが、生まれながらの英才教育を受けた紳士と思われても可笑しくない、そんなウォーリアの姿に、スコールの目は釘付けになっていた。

スコールはリノアに手を引かれたまま、ウォーリア達の下まで歩み寄る。
と、リノアはスコールを前に立たせて、男性三人にお披露目して見せた。


「見て見て、スコール、綺麗でしょ」
「ああ、すっごく綺麗だ!」
「何処のお姫様かと思ったぜ。勿論、リノアちゃんもな」


素直に褒めるバッツと、抜け目なくリノアの事も褒めるジタン。
そんな二人に挟まれて、ウォーリアは頭一つ低い位置にあるスコールの顔をじっと見詰めている。
相変わらず強い目力に、もう随分と慣れてはいたが、自分の慣れない格好もあって、スコールは無性に恥ずかしくなった。
背中にくっついているリノアを肩越しに見る蒼は、縋るような色を含んでいて、リノアはしっかりとそれの理由に気付き、


「ね、ウォルさん、どうかな?」
「おい、リノア……!」
「スコールだって気になってるでしょ?」
「俺、は、別に……」


好きでこんな格好にされた訳でもない、とスコールは眉根を寄せるが、リノアはにこにこと笑顔だ。
素直になれないスコールの胸中を、リノアはしっかり見抜いている。
それがまたスコールには恥ずかしい。

おまけに、ウォーリアはまだ此方を見詰めているだけで、何も言わない。
元々表情の変化に乏しい彼だが、今は輪をかけて無表情に見えて、スコールは居た堪れなかった。
変なら変だとはっきり言え、とスコールが言おうとした所で、


「……ああ。とても綺麗だ」
「………!」


感歎したウォーリアの声は、とても優しく、愛しさに満ちていた。
普段はスコールだけが聞く事の出来るその声音に、スコールの顔はゆっくりと赤くなっていく。
それを見た三人の仲間達は、顔を見合わせ、空気を呼んだ。


「よしっ。それじゃ私は先に行ってるね、スコール」
「…は?」
「じゃあおれ達も行くか」
「そうだな。ではリノアちゃん、お手をどうぞ」
「ありがと、ジタン。じゃあ後でね」


ひらひらと手を振って、リノアはジタンにエスコートされて歩き出した。
バッツもそれについて行く形で、ダンス会場に宛がわれているのであろう、廊下の向こうにある大きな扉へと向かう。
その場にスコールとウォーリアの二人だけを残して。

ちょっと待て、待ってくれ、と声にならない声で叫ぶスコールだが、仲間達には聞こえない。
共に取り残された相手の方を、恐る恐ると見て見れば、柔らかく細められた瞳がじっと此方を見詰めていた。
またスコールの顔が熱くなり、それに気付いたウォーリアの表情が、心配そうなものに変わる。


「スコール。顔が酷く赤くなっている。熱があるのではないか」
「……それは、ない。ないが……いや、なんでもない」
「?」


赤らんだ顔をウォーリアから逸らして隠しながら、スコールは火照った顔に自分の手を当てる。
早く熱を逃がそうと、はあ、と溜息を吐くスコールの前に、すい、と白い手袋を嵌めた手が差し出された。


「…なんだ?」
「違っただろうか」
「…何が?」


訝しむスコールに、ウォーリアは少し不安そうな声で訊ねた。
その意図が読めずにスコールが訊ね返すと、


「こうした場では、エスコートと言うものが大事なのだと、ジタンが言っていた。エスコートは男性が女性を大切にする為の礼節に必要なものであると」
「ああ……まあ、そう、か」
「古くは騎士が大切な人を守る為の習いであった事もあったと。ならば、君をエスコートするのは、私でありたい」
「それ、は……うん……」


何か色々と脚色が混じっている気がするのは、スコールの気の所為か。
世界が違う、価値観が違う、異文化の背景も混じっているのだろうか。
先に行ってしまった仲間に、それを問い詰めたい気もするが、彼らはきっと戻って来るまい。

戦う事を目的として生み出された世界に召喚されて、戦う為に生きている傭兵であるスコールにとって、守られるなんて事は、耐え難い事だ。
けれど、真っ直ぐに見詰めるアイスブルーの瞳は、それでもスコールを守ろうとするのだろう。

手を差し出した格好のまま、ウォーリアは動かない。
スコールの反応を待っているのだろう、その表情は、これで正しいのだろうかと言う若干の不安が見て取れた。



スコールの手が、そっとウォーリアの手に重ねられる。
触れた場所から伝わる優しい温度に、今日だけはこの手に守られているのも良い、と思った。




2019/08/08

『甘々な感じのウォル♀スコ』のリクを頂きました。
先天性でも後天性でも良いとの事でしたので、先天性な♀スコールを。

ウォルはマナーとかそう言う物を、弁えているけど理屈は特に判っていないと言うか、本能的に所作がそれに準じて整っていると良いなあと言う妄想。
でもエスコート云々のやり方とかは判っていないので、ジタンに教わった通りにやっています。
スコールはダンスの授業もある訳だし、SeeDになれば色んな場面に出そうだから、ルールやマナーは一通り知ってはいそう。
と言う理屈は置いといて、スコールをエスコートするドレスコード着用のウォルが書きたかったのです。