ダーリン・ダーリン・ベイビー


アルバイトが終わった所で、習慣のように携帯電話を見て、メールに気付いた。
後輩と言うよりも、良い友人と言った方が当て嵌まるティーダからのメールは、切羽詰まったものになっていた。
ああもっと早く気付いていたら、と思うけれど、仕事中に携帯電話を弄るなんて出来ないし、出来たとしても仕事を放り投げて店を飛び出せる程、フリオニールは常識外れではない。
真面目に仕事をこなし、引継ぎも駆け足気味だが丁寧に確認も済ませて、ようやくフリオニールは店を後にした。

今日、フリオニールが通う幾つかのサークル・部活で、合同コンパが開かれている。
入部した一年生への歓迎会でもあり、それを理由にした先輩たちの飲みの席でもあった。
体育系と文化系が混ざっての合同コンパなんて、珍しいんじゃないだろうか。
フリオニールはアルバイトの関係で余りそう言った飲みの席には参加できないので、詳しい事は知らないが、案外と皆仲良くやっているらしい。
合同コンパを始めた頃の先輩方がそれぞれ仲が良く、それから習慣のように合同化しているそうだから、上の学年の者程、他サークル・他部の者と親しいそうだ。
そう言った雰囲気が嫌な者は、段々と飲み会には出なくなるようだが、それでも習慣が終わらない所を見るに、場の雰囲気を素直に楽しく思っている者も多いのだろう───多分。

そう言う場にスコールも行くと聞いた時、フリオニールは驚いた。
合同だとかなんだとかと言う前に、飲み会の類にスコールは積極的ではないし、どちらかと言えば好きではないと言えるタイプだからだ。
幾ら一年生の歓迎会も含まれているとは言え、大勢で集まる場と言うものをスコールは苦手としている。
一年生だからと強制参加と言う訳ではなかったから、行かなくて良いなら行かない、と言うだろうとフリオニールは思っていた。
実際、スコールもそのつもりだったらしい。
しかし、スコールにとっては少々運の悪い事に、彼が所属した文芸部の先輩方は、是非ともスコールにコンパに参加して欲しいと言った。
それでもスコールは断るつもりだったのだが、あちらが中々しぶとく誘ってくるので、繰り返し拒否するのが面倒になったようだ。
それから、集まるメンバーの中に、同じクラスで高校の時から親しいティーダがいる事を知り、終始ティーダの下に避難していられるのなら、と行く事になったのだと言う。
ティーダもスコールの性格は知っているし、新入生歓迎会などと言う謳い文句があるのは今回だけだから、今回行く代わりに今後は行かない、と言う事で良いんじゃないか、と言う結論に至ったそうな。

スコールが一人で行くのなら心配だったフリオニールだが、ティーダが一緒ならきっと大丈夫だろう。
本当はフリオニールも一緒に参加出来れば良かったのだが、無慈悲なシフトにその希望は粉砕された。
ティーダはサッカー部に入部しており、先輩達にもよく構われていたが、ティーダはそれよりもスコールを優先してくれた。
スコールが辛そうだったら帰れるようにするよ、と言ったティーダを、フリオニールは信頼している。

そのティーダから送られたメールは、「スコール、ヤバいかも知んない」と言うもの。
送信時間はフリオニールのアルバイトが終わる一時間前だ。
コンパの開始予定時間から見て、宴もそこそこ盛り上がっているだろうと言う頃。
先輩方の酔いも巡り、そろそろ質の悪い絡み方をする者が出て来たり、カラオケを初めて賑やかさが増したり、スコールが苦手としている雰囲気が全体に広がる頃合いと見て良いだろう。
そうなると、良くも悪くも回りに対して神経質で、空気を読み過ぎてしまう所があるスコールは、帰りたくても帰りたいと言えなくなっているかも知れない。
ティーダがいるからそれは大丈夫、と思いたいが、ティーダもスコールにだけ構っている訳には行かないだろう。
性質の悪い酔っ払いと言うのはいるものだから、帰ろうとする彼等を強引に引き留めようとしている者もいるかも知れない。
とにかく早く迎えに来て欲しい、と言うメールに、フリオニールは仕事が終わって直ぐに、今から向かう、と返信した。

コンパ会場はフリオニールのアパートから徒歩で行ける場所にあった居酒屋だ。
タクシーで最寄の場所まで走って貰った後、今度は自分の足で走り、フリオニールはその看板を目指す。
少々年季の入ったビルの中層階にあるその居酒屋は、安くて上手いと学生達に評判が良かった。
エレベーターは来るのを待つのがもどかしくて、通路にも使用されている非常階段を使って上る。
目当てのフロアに来た時には、中々膝に来ていたが、それより早く迎えに行かなきゃ、とフリオニールは暖簾を潜った。

時期が時期であるからか、客は多く、コンパをしているグループは他にもいた。
フリオニールは店員に、所属している大学の名前を告げて、人を迎えに来たと言った。
店員に案内されて向かったのは、フロアの半分を使った大きめの座敷の宴会場だ。
此方ですと教えてくれた店員に礼を言った後、フリオニールは賑々しい部屋の雰囲気に飲み込まれないよう、大きな声と共に扉を開ける。


「失礼します!スコールとティーダを迎えに来ました!」


引き戸の扉をがらりと開けて、響いた声に、出入口付近に席を持っていた人々が振り返る。
おお、フリオだ、ともう大分飲んでいる様子の先輩の声がしたが、フリオニールは構わず目当ての人物を探す────と、


「フリオ、フリオー!こっちこっち!」


名前を呼ぶ高い声に其方を見れば、部屋の隅にいる蜜色とチョコレート色があった。
早く早くと手を振る蜜色───ティーダに急かされ、フリオニールは急ぎ足で其方へ向かう。


「ティーダ」
「遅いっスよお!でも良かった。ほら、スコール、フリオが来たっスよ」


大変だったと言わんばかりに抗議しつつ、ティーダは隣に座っているスコールの肩を揺らす。
スコールはティーダに揺さぶられて、くらんくらんと頭を揺らし、「んん……?」とむずがりながら顔を上げた。

ぼんやりとした蒼い瞳が、フリオニールを見上げる。
いつも白い頬がほんのりと紅潮して、少し血色が良くなっているように見えた。
常に真一文字に紡がれて、不機嫌さをにじませるピンク色の薄い唇が、今は半開きになって無防備な印象を与える。
何処か夢現に見える様子の少年に、これはまさか、とフリオニールが直感した後、


「フリオぉ……」
「あ、ああ。大丈夫か、スコール」
「……んー……」


片膝をついて、目線を合わせて声をかけるフリオニールを見て、スコールの表情がふにゃりと緩む。
眩しそうに目を細め、眉尻が下がって穏やかに笑う顔なんて、恋人のフリオニールでも滅多に見ないものだ。
それを期せずして向けられて、どきりと心臓の鼓動が弾むが、フリオニールはそんな場合じゃないと頭を振る。


「スコール、もう帰ろう。時間も遅いし、ラグナさんも心配する」
「んん……?」
「手伝うっスよ、フリオ。スコールの荷物は俺が持つから、おんぶしてやって」
「ああ。ほらスコール、おいで」
「やあ……はぐがいい……」
「あ、後でするから。今はおんぶ。な?」


両腕をフリオニールに向かって伸ばし、甘えて来るスコール。
平時は二人きりになって、頑張って頑張ってようやく伝えてくれる甘え文句が、こんな所でさらりと出て来るとは。
酒の力って凄い、と思いつつ、フリオニールはティーダの手を借りて、スコールを背中に乗せた。
相変わらず軽い体を担ぎ上げて、「お邪魔しました!」と急ぎ足で宴会場を後にする。

エレベーターでビルを降り、外に出ると、二人分の荷物を持ったティーダが、ぐっと大きく伸びをする。
目一杯に空気を吸い込んで吐き出す彼に、大分大変な思いをさせたようだとフリオニールは察した。


「来るのが遅くなってすまない、ティーダ。知らせてくれてありがとう」
「いやいや、良いっスよ。バイト、ちゃんと終わらせて来たんだろ?」
「ああ。人手不足だから、途中抜けもちょっと難しくて……」
「仕方ない仕方ない。それに、こっちもごめんな。酒は俺もスコールも断ってたんだけど、なんか誰かが間違えたのか、こっそり取り換えたみたいで……」
「それこそティーダが謝る事じゃないだろう。間違いならともかく、判ってやられたのなら、そいつが悪い」


フリオニールの背中に負われた恋人は、誰の目にも明らかな程に酔っている。
しかしスコールとティーダはまだ未成年だから、酒は飲まないように、先輩諸氏も一年生に勧めないようにと言われていた。
が、何かの間違いであるならまだともかく、悪い事を考えたりする者がいると、そんな決まりは形骸化してしまう。
元々酒に良い印象もないから、スコールもティーダもソフトドリンクを飲んでいたのだが、いつの間にかスコールが飲んでいたジュースがよく似た色のアルコールドリンクに摩り替えられていた。
気付かずに飲み進めてしまったスコールは順調に酔いが回り、ティーダが気付いた時にはすっかり出来上がっていたのだ。
それから慌てて飲み物を取り上げ、ティーダが飲んでいたドリンクを渡したが、摂取したアルコールはそう簡単には抜けなかった。
ティーダはこれ以上は不味いと、スコールを連れて引き上げようとしたが、当のスコールが動こうとしない。
時間的に見てフリオニールが直ぐに動けない事は判っていたが、それでも早く迎えに来てくれと、ヘルプメールを送ったのでだった。

背中でんーんーと意味のない声を上げては、甘えるようにフリオニールの首に頬を擦り付けているスコール。
フリオニールが肩越しに見遣れば、赤い瞳とぶつかった蒼が、嬉しそうに細められる。
大分機嫌が良いようだな、とフリオニールが思っていると、


「でも、本当に大変だったんスよ。酔っ払い始めた時は静かだったんだけど、段々様子が変わって来てさ。『フリオは?』って聞いて来て、今日はいないだろって言ったら、泣きそうな顔になっちゃって」
「…そうなのか?」
「そうそう。で、『フリオに逢いたい』『フリオとはぐはぐしたい』って言い出して。あんなスコール、初めて見たからびっくりした。結構甘えたなんスね?いや、なんとなく知ってたけど。スコール、フリオといる時、目がずっとそんな感じだから」


スコールが真面な意識の中で聞いていたら、真っ赤になって憤慨するであろう台詞だ。
しかし、フリオニールの背中で甘えているスコールは、ティーダの声などまるで聞いていない。
ふりお、と時折愛しい人の名前を呼んでは、逞しい背中の安定感に身を委ねて甘えていた。

他にも、と酔ったスコールの様子を語るティーダに、フリオニールは聊か不謹慎と思いつつも、段々と嬉しくなっていた。
そのどれもが、普段は先ず口にしないであろう、スコールがフリオニールを切に求めるもので、恥ずかしがりやな恋人の本音を知れたような気がしたのだ。
────だがしかし、それを聞いたのはティーダだけではない。


「そんで、フリオは来れないよ、でも迎えには来てくれるからって宥めてたんだけど。フリオが来てくれるって判った位から、今度はふわふわ〜って感じになっちゃって。フリオの名前を聞いただけで、ふわ〜って笑ったり、眠そうだったから寝といて良いよって言っても、フリオが来るまで起きてるって。健気っスね。それは良いんだけど、それを見た先輩たちがさあ、ちょっとこう……」


歩きながら話すティーダの声が、少し歯切れの悪いものになった。

「こう……な?」と言うティーダに、フリオニールは首を傾げる。
と、ティーダはこっちも鈍いなあと露骨な溜息を吐いて見せ、


「普段はほら、むすーっとしてるばっかりだから、うちの先輩たちもあんまり可愛げがないって思ってたらしいんだけど……今日のコレで、結構スコールって可愛いんじゃないか、って言い出したんスよ」
「……それ、は……」
「フリオとスコールが付き合ってるって知ってるのは俺だけだし。ひょっとしたらひょっとする事もあるかも知れないから、気を付けた方が良いかも。スコール、もう飲み会とかは来ないと思うけどさ」


ティーダが言わんとしている危険性を、フリオニールはようやく理解した。
今まで、ごくごく一部の、親しい者のみが知っていた、スコールの魅力と言うものが、酒の席で皆に知れ渡った。
その上、無防備になったスコールが醸し出す危うげで蠱惑的な雰囲気に、かなりの者が当てられている。


「……もうスコールには飲み会には行かないように言っておくよ」
「それが良いっス。あと、お酒も禁止した方が良さそうっスね」


結構弱いみたいだから、と言うティーダの視線は、背中で上機嫌にしている同級生へ向けられる。
暢気で良いなあ、と代わりの心労を大いに被ったであろうティーダの呟きに、フリオニールは眉尻を下げて苦笑するしかなかった。

ティーダの言う事は最もだし、今回の飲酒はスコールにとっては事故か被害者のどちらかだ。
責める理由もないし、しかし酔った時の彼がどうなるのかは分かったから、気を付けるように言った方が良いだろう。


(でも……)


ちら、と肩越しに見遣れば、穏やかな顔をした恋人と目が合う。
なに、とことんと首を傾げながら、目が合うだけで幸せそうに笑うから、こんな顔が見れるなら……とそんな事を考えてしまうフリオニールであった。




2019/08/08

『フリスコ』のリクを頂きました。
細かなシチュなどはなかったので私が書きたかったもの書いてます。

酔っ払ったスコールが甘えん坊になったりすると楽しいです。
いつもは素直に言えない、でも言いたかった事を、正面からぶつけてくるの可愛いよね。
そんなスコールは可愛いので魅力的ですが、彼氏としては誰かに見られたらとひやひやするに違いない。