縺れ糸の向こう側


放校処分が決まる直前になって、サイファーはようやくSeeD認定試験をクリアした。
連れ戻されてから、度々試験を受けながらも、適当な言い訳をつけたり、わざと違反を繰り返したりしていた彼は、その時ばかりはあっさりと合格して見せた。
元々実力はあるのに、素行の問題で落とされていただけなのだから、当然と言えば当然だ。

これによりサイファーは、魔女戦争の際に張り付く事になった“戦犯”の肩書を返上した事になる。
世間的には未だサイファーを中心にして起こったと思われる一連の出来事について追及する声もあったが、それでも表向きは無罪放免になった訳だ。
過去の所業の話はどうあってもついて回る事ではあるが、大手を振って外を歩けるようになった、と言うのは大きい。
次いで、バラムガーデンを無事に卒業した日を持って、サイファーは様々な意味で自由の身となった。

自由であるから、何処に行くにもサイファーが決める事も出来る。
彼は卒業して直ぐにバラムガーデンから去り、放浪しながらの傭兵稼業を始めた。
無罪放免になったとは言え、世間的な扱いは未だ黒に近いグレーであるから、何処かの組織に所属すると言うのは難しかったし、そもそもサイファーにその気がない。
折角SeeDにもなった訳だからと、その経歴を利用しながら、フリーランスで日銭を稼ぎつつ、煩わしさのない場所を探しているようだ。
その生き方そのものが、自由の身である事を体現しているようで、彼らしいと誰かが言った。

スコールもそれを聞いて、縛られる事が嫌いなあいつらしい、と言った。
同時に、だからこの手からも離れて行ったんだろう、と空の手を見詰めながら思った。



あと一年足らずで、スコールはバラムガーデンを卒業する。
しかし、この時期になっても、未だスコールは指揮官職の座から動けずにいた。
早く公認を見付けて欲しいと思ってはいるのだが、こんな面倒な職を自分から希望する奇特な者は早々いない。
シドに至っては、探す気があるのかないのか曖昧な反応で、ひょっとしてこのままガーデンに永久就職させられるのでは、とスコールは考えている。
強ち外れてもいなさそうなのが恐ろしいので、最近のスコールは自分で後任に出来そうな生徒を探すようになった。
今まで人の事など殆ど見ていなかった為、何が良くて何が悪いのかもいまいち判らないのだが、とにかくこのままでいるのは宜しくないと思うのだ。
ある意味、スコールにとって一番気が向かなかったであろう、“他者に目を向ける”事に繋がったのは、皮肉にも良い事であると、周囲は口を揃えて囁いていた。

“月の涙”の影響は未だに続いており、それによる依頼も寄せられるが、一時期よりは減ってきている。
魔女戦争の最中に起きた、ガーデン同士の衝突により、バラム・ガルバディア共にガーデンを去った生徒も、ちらほらと戻ってきていた。
そう行った背景もあり、ブラック企業宜しく地味ていたバラムガーデン擁するSeeDの人手不足も、少しずつ改善されて来ている。
教員資格を取得したキスティスやシュウ、最前線で駆けまわるゼルやセルフィ、ガルバディアガーデンに戻ったアーヴァインと言った、魔女戦争で活躍した面々を見て、改めてSeeDを目指す者も増えた。
全体の練度は簡単に底上げされるものでもないが、それでも良い傾向が見えている。

その為か、指揮官であるスコールが最前線の任務に出る回数は減っていた。
最近は週に一度、あるかないかと言うレベルで、指揮官室で紙を睨んでいるか、特別講師として教壇に立たされる事の方が多い。
スコールとしては非常に退屈で退屈で仕方がないのだが、組織としては良い事だと言われると、溜息を吐くしかなった。

お陰で近頃のスコールは、週に一度の任務が楽しみになっている。
魔物討伐なら万々歳、警護任務でもこの際構わない、と言う位に現地任務に飢えている。
余りにもそれらが巡って来ない時は、予定されていた人員を削って自分が割り込もうとする始末だ。
流石にこれは周りが困るので、すっかり補佐官が板についたキスティスが、適度にガス抜き出来るような任務を組むようになっている。

だが、今回の任務の現地に出向いたスコールは、苦い表情を浮かべていた。

今朝、いつも通りにバラムガーデンを出発し、ドールで依頼者に逢って一通りの確認事項を済ませた。
依頼内容は、街から車で数十キロの所にある、最近発見された古い遺跡洞窟の調査の護衛だ。
周囲には魔物が出現する事と、盗賊紛いの集団がいるとかで、調査中に襲われない為にと雇われたのである。
と言う仕事の中身については良いのだが、問題は依頼主の傍に立っていた男だ。

出発は明日と言う事で、ドールのホテルの一室で一人、スコールは件の男を思い出しては溜息を吐いている。


(なんであんたがいるんだ……)


依頼主が個人的なセキュリティとして雇ったと言う男────その名は、サイファー・アルマシー。
嘗ての“戦犯”を傭兵として雇うと言う奇特な依頼主は、彼の事を痛く気に入っているらしい。
どうもロマンを語る所で気が合うようだが、それを知った瞬間、スコールは依頼主が酷く胡散臭い人間に見えた。

何ヵ月ぶりかに見た男の顔を思い出して、スコールの眉間に深い皺が寄せられる。
あの顔を最後に見たのは、確か彼がバラムガーデンを去る前日だった。
体を重ねて、熱を溶け合わせて、何もかもを曝け出した次の日に、彼はスコールの下から離れて行った。
彼がバラムガーデンを出て行く事は、誰よりも先に聞いてはいたけれど、スコールはどうしても本当にそんな日が来るとは思えなかった────その日が現実となる日まで。


「……くそ」


悪態を吐いて、スコールはベッドに倒れ込んだ。

見上げた天井には大層なシャンデリアが輝いており、何でも世界的に有名な“魔女戦争の英雄”が来るのだからと奮発して用意されたらしい。
こんな余計な気遣いをするのなら、傍らにいた男を下げていて欲しかった。
そうすれば、あの顔を見なくて済んだのに。

そんな事を考えていると、コンコン、と部屋のドアをノックする音が聞こえた。
共に任務についたSeeDが何か確認事項にでも来たか、と重い体を起こして、ドアを開けに行く。

……そして、後悔した。


「よう、指揮官様。久しぶりだな」
「……どちら様ですか」
「ふぅん、そう来るかよ」


鏡になった傷を持つ男の来訪に、スコールは目を細めて素気無く返した。
そんなスコールの反応に、面白がるように口角を上げる男───サイファーに、スコールはドアを閉めようとするが、足の爪先で阻まれる。


「何、明日の任務で同行するから、挨拶でもと思ってな」
「…そうですか。ではこれで終わりましたね。明日に備えて、部屋に戻ってお休み下さい」
「そうしたい所だが、明日の警備の配置について、確認したい事もあるんでね。ちょいと中に入れてくれないか?」


そう言ったサイファーの手には、打ち合わせの際に渡した資料がある。
人員の配置や交代の時間、少々長丁場の任務となる為に補給物資の手配など、全員が情報を共有把握する為に作ったものだ。
それを用意したのはスコールなので、これに何か不明点があると言うなら、無視する訳にはいかない。

ドアを閉めようと込めていた力を渋々抜いて、スコールはドアを開いた。
「……どうぞ」とスコールが促して、サイファーが部屋へと入る。
スコールはサイファーを先に奥へと進ませてから、部屋の鍵を閉めないまま、ベッドルームへと戻った。
サイファーは何処に座る事もせず、豪華な部屋を見回してにやにやと笑っている。


「良い部屋じゃねえか。俺の安宿とは大違いだ」
「確認したい所と言うのは?」
「あのジジイ、相当お前の事が気に入ってるようだぜ」
「時間を無駄には出来ませんので、早めに済ませましょう」
「後でこの部屋に来るかもな」


サイファーの言葉を、スコールは流し続けている。
余計な話をして、あちらのペースに乗るつもりはないのだ。
もうあの日を最後に、二人の関係は終わっているのだから。

────そう、終わっている。
あの甘く柔らかい関係は、終わっているのだと、スコールは思っていた。


「スコール」
「……要件を」
「ああ、気にすんな。嘘だから」
「……は?」


これまでの遣り取りと全く変わらないトーンで投げられた言葉に、スコールは今何と言った、と顔を上げる。
と、其処には此方を真っ直ぐに見詰めれる緑瞳があり、覚えのある熱が灯っていた。


「……!」
「おっと」


ぞくん、と背に走った感覚に、咄嗟に足を引いたスコールだったが、サイファーが腕を掴む。
逃がすまいと言う力を込めたその手に、スコールの努めた無表情が呆気なく崩れた。


「離せ……っ!」
「嫌だね」
「あんたとはもう終わった!」
「ンな事誰が決めた?」


距離を近付け、サイファーはスコールを壁際へと追い詰めた。
まだ記憶に褪せていない、雄の気配を宿した顔が近付いて、スコールは歯を食い縛ってサイファーの腹に膝を入れた。
だが、予想していたのだろう、固い腹筋の感触が膝に伝わって、スコールは悔しさに歯噛みする。

至近距離にある顔が、益々近付いて来るのを、スコールは顔を背けて拒否しようとする。
しかし、サイファーの手がスコールの顎を捉えて、正面へと向き直らせた。


「俺を見ろ、スコール」
「……っ」


何度も聞いた低い声に、スコールの心臓が跳ねた。

重なる唇を、拒否したいと思っている筈なのに、出来ない。
忘れたくても忘れられなかった、共有する熱の心地良さを、体が勝手に思い出して期待する。
交わりが深くなって行くに連れ、それはスコールの思考を容易く絡め取り、雁字搦めにして行くのだ。

いなくなった癖に、出て行った癖に。
俺を置いて行った癖に。
そんな言葉がぐるぐると、男に支配される口の中で繰り返されている事に、サイファーはきっと気付いている。
言葉にならない代わりに何よりもお喋りな蒼灰色の瞳を見て、この男が何も気付かない訳がないのだ。
今日、最初に互いの顔を見た時から、忘れようとしていた熱がもう一度燃え始めた事も、きっと。

頭の芯がぼんやりとして、夢を見ているような気分になる。
酸素が足りないのだと冷静に分析している間に、サイファーはスコールの唇を開放した。
は、と吐息を漏らしたスコールの体から力が抜けるのを、太い腕が掬い上げて、ベッドへと運ぶ。



覆い被さる男を蹴り飛ばすのは、恐らくは簡単な事だ。
だが、乱暴な性格の癖に、酷く優しく撫でる手に、スコールは視界が滲んでしまう。

置いて行ったつもりはねえよ、と囁く声が聞こえる。
だったらなんで、と訊いても、今これからは答えてはくれないのだろう。
後で絶対に聞き出して、死ぬほど文句を言ってやろうと心に決めて、スコールは懐かしい感覚へと溺れて行った。




2019/08/08

『別れてからやけぼっくいに火が点いた感じのサイスコ or 別れようと思ったけどやっぱり別れられないサイスコ』のリクを頂きました。

別れたんだか別れてないんだか。
スコールは別れた(捨てられた)と思っているようですが、サイファーの方はスコールが卒業する頃に迎えに来るつもりだった可能性も。
その場合はちゃんとサイファーから色々話している筈ですが、スコールの方が話途中でショックで思考停止して聞いていなかったのだと思う。
でもサイファーからこれまで連絡もしていなかった辺りは、スコールを開放するつもりで出て行った、と言うのも有り。でも結局手放せなかったサイファーになります。