このフロアは特殊な魔法効果が発生しています


フリオニールの宿敵である、皇帝の根城であるパンデモニウムと言う場所は、中々いやらしくて厄介だ。
空間全体に様々な罠が仕掛けられており、視線を遮るように壁が聳えて、内部が複雑に入り組んでいる。
城内に皇帝の魔力が張り巡らされている為、罠は自動生成が可能なようで、起動させれば後はもう安全、と言う訳にはいかない。
加えて皇帝自らが出張って設置した罠もあるので、探索するだけでも気が抜けなかった。

探知を得意とする者なら罠にかからずに済むかと言えばそうではなく、ご丁寧にそう言ったメンバーを狙う事を主とした罠もある。
動きたくないが動かなければならず、安全地点と言うものは常に変わる、そう言う風にパンデモニウムは作られていた。
そんな場所で戦闘になれば、運悪くトラップを踏んでしまう事も少なくない。
動き回る事を戦闘手段の一つとするメンバーにとっては尚更だ。

仕掛けられているトラップを読んで、避けて、読んで、避ける。
それを繰り返しながら、スコールとフリオニールはこの城の主である暴君へと肉薄した。
あと一歩、あと一手、それでこの刃が届く────その読みが、勇み足になった。
フリオニールが踏み込んだ一歩を合図に、転送魔法の紋が開き、二人の体を白い光が包み込む。


(しまった─────!!)


恨みも悔やみもする暇もなく、二人の姿は光の渦に飲み込まれる。
それは一瞬の出来事だったが、体感する者にとっては長い長い数秒間。

そして次に放り出された時には、戦うべき者の姿はなかった。


「……スコール。無事、か?」
「……体に損傷はない」


罠に嵌った瞬間と全く同じ格好で、二人は立っていた。
五体は一部の欠けもなく、異常を訴える部分もなく、そう言った点では一先ず無事と言う事か。
それを確認して、フリオニールはほっと息を吐いて姿勢を整えた。

きょろきょろと辺りを見回すと、景色は奇しくも見慣れたパンデモニウムのままであった。
しかし皇帝を前にしていた時とは違い、空間は開けておらず、細い道が縦横に続いている。
恐らくは通路のような場所なのだろうが、このような場所はこれまでの探索でも見た事がない。
元々が皇帝が拠点としていた城が様々な負のエネルギーを受けて変容した場所であると訊いてはいるので、こんな通路があっても造りとしては可笑しくはないが、今まで一度も見た事がない場所が突然現れたと言うのは、引っ掛かるものがあった。

スコールは辺りを慎重に伺い、何か気配はないかと神経を尖らせる。
その傍らでフリオニールも、壁や床をコツコツと叩いて、罠や変わった反応はないかと探ってみるが、


「何もないな。仕方ない、移動してみるか」
「……そうだな」


調べど眺めど、周囲に一切の変化は訪れなかった。
得体の知れない場所なので、一先ずは良い事なのだが、此方からアプローチしなければ何も判らないと言うのも恐ろしい。
だが、こんな所でいつまでも時間ばかりを食ってはいられないのだ。
出口となる歪を見付ける事も含めて、二人は行動を開始した。

先ずは最寄の分かれ道に近付いて、フリオニールが体を壁に張り付かせて、そっと角の向こうを伺う。
其処は十字路だったので、スコールも逆側の壁に張り付いて、フリオニールとは反対の道をそっと覗き込んだ。
どちらも何もない道だけが伸びており、違いは分かれ道が近くにあるか、遠くにあるかだけ。
さてどっちへ行く、と目を合わせた二人は、スコールが確かめた道の方へと向かう事にした。
其方の方が分かれ道が近く、潜んでいたものが飛び出してきた場合、気付ける猶予が長い方を背にする事にしたのだ。


「俺が前で良いな?フリオニール」
「ああ。背中は任せてくれ」


後ろから襲撃が来た場合、鎧を着ているフリオニールの方が、防御の壁としては安全性が高い。
フリオニールはスコールの背を預かる喜びを隠しつつ、快活とした表情でスコールの信頼に応じた。

スコールは壁に片手を突きながら、慎重な足取りで進み始めた。
フリオニールは後ろを確認しながらその後を追う。
今の所は何かが出現する気配はないな、とフリオニールが後ろを見ながら歩いていると、突然ぐっと足元がつんのめった。


「うわっ!」
「!?」


バランスを崩したフリオニールは、咄嗟に縋るものを求めて手を伸ばした。
それが掴んだのはスコールの腰に足れた布で、支えにするには頼りなく、スコールの体が重量を受けて傾く。
幸いフリオニールは膝で床を打つ所で留まったが、腰を引っ張られたスコールは、中途半端な体勢を強いられている。


「わ、悪い…!」
「良いから離せ……重い」
「すまない。足に何か引っかかって……」


腰布から手を放し、立ち上がって足元を確認するフリオニールだが、しかし其処には何もない。
あれ、と首を傾げるフリオニールに、スコールは胡乱な目を向けていたが、しかし此処は彼の暴君の城の一部だ。
罠か、その為に気を引く何かが散らばっていても可笑しくはなかった。


「……慎重に行く」
「ああ。すまない、頼む。俺も気を付ける」


フリオニールの言葉に、スコールは頷いて、改めて道を進む。

通路は複雑に入り組んでおり、どうやら広大な迷路になっているようだった。
幸いなのは魔物やイミテーションの姿はなく、トラップも大がかりなものは見られないと言う事だ。
だが、目印に出来そうなものを用意する事も難しい為、同じ場所をぐるぐると回っているような気がしてならない。
いっそ壁を壊して真っ直ぐに突き進もうか、と乱暴な事も考えたが、何がどんな事を引き起こすのか全く読めない事を思うと、迂闊な真似も出来ない。
ティーダ辺りなら取り敢えずでやってみそうな実験も、スコールとフリオニールでは、慎重論に傾くので手を付ける事もなかった。

しばらく道を壁伝いに進み、幾つかの角を曲がる。
と、其処でスコールの脚元がずるりと滑った。


「!」
「スコール────!」


バランスを崩したスコールの体を、咄嗟に助けようとフリオニールが手を伸ばす。
が、その為に踏み込んだフリオニールの足元も滑り、


「いたっ!」
「うっ!」


どっ、と二人揃って地面に倒れ込む羽目になる。

倒れる時に膝から落ちたのか、フリオニールは足がじんじんと痛みを訴えていた。
単なる打ち身と思われるので、直ぐに引くだろうと思いながら、地面に手を突いて起き上がる───筈だった。
しかしフリオニールが手が置いた所は、ふに、と僅かに柔らかく、温かい。


「……?」


妙だと思って顔を上げると、黒い布地に覆われたものに、フリオニールの手が重なっている。
あれ、とその正体を確かめようと少し指先に力を入れると、黒いそれはピクッと震え、


「……おい」
「え」
「……」


胡乱な声に顔を揚げれば、床に倒れ込んだスコールが、肩越しに此方を見ていた。
睨んでいた、と言う方が正しい表情で。
僅かに頬が赤い気がして、どうしたのだろうと思った後で、フリオニールは自分が降れているものの正体に気付く。

尻、だ。
スコールの引き締まった、小ぶりな尻に、フリオニールの右手が、しっかりと重なっている。


「わ、悪い!」
「…良いから退いてくれ」


慌てて右手を離したフリオニールに、スコールは溜息交じりに行った。
フリオニールはスコールの脚の上に倒れている為、フリオニールが退いてくれないと、スコールは起き上がる事も出来ないのだ。
悪い、ともう一度言って、フリオニールも急いで立ち上がろうとする。

が、急いでいたのが悪いのか、足元の滑る感触が悪いのか。
立ち上がろうと踏ん張ろうとしたフリオニールの足が、ずるっと滑って、また倒れ込む。


「うぐっ」
「っ……!」


どすっ、と人体で一番重いとされる頭部が、スコールの尻の上に落ちた。
思わぬ場所への重みと衝撃に、スコールの体がびくっと強張る。

フリオニールの顔が、スコールの尻の谷間に嵌るように乗っていた。
うう、と唸るフリオニールの鼻筋が、谷間の溝を擦るように当たって、「ひ、」とスコールの喉から小さく悲鳴が漏れる。
その声を聴いて、フリオニールの意識が一気に現実へ帰り、状況を理解する。


「すすすすすすまない!わ、わざとじゃない!本当に!」
「………」


今度こそがばっと起き上がって、フリオニールは後ずさりしながら叫んだ。
地面に突っ伏したスコールの肩がふるふると震えている。
不味い、怒っている、どうすれば、と混乱するフリオニールを他所に、スコールはぬるついた地面に手を突いて、ゆっくりと起き上がる。


「……道、変えるぞ。戻ってさっきの分かれ道を逆に行く」
「あ……そ、そうだな。その方が良い……」


ドロドロとした滑る足元は、通路の向こうに続いている。
このまま進み続けたら、さっきのような惨事に何度見舞われるか判ったものではない。
そうでなくとも、足元の覚束ない場所と言うのは不安しかないから、引き返してルートを練り直す方が無難だろう。

踵を返したスコールだったが、歩き出そうとはしなかった。
フリオニールは少しの間俯いたフリオニールを見詰めていたが、はっと気づいて慌てて背を向ける。
此処までスコールが前を、警戒の為にフリオニールが後ろをついて歩いたが、さっきの今でスコールは再びフリオニールの前を歩きたくはないだろう。

振り返るだけで足元が滑る感触がしたので、フリオニールは壁に手を突いた。
伝うように壁を支えにして歩いて行くと、突然ぐんっと壁の感触が消える。


「え」
「!フリオニール!」


足元の悪さと、支えを失くした事で、フリオニールの体が傾く。
咄嗟に伸びてきたスコールの手を掴んだフリオニールだったが、スコールの足元も悪いままだ。
碌に踏ん張りの効かない体は、フリオニールの重みに釣られて、諸共に消えた壁の向こうへ倒れ込んだ。


「いたた……」
「…なんなんだ……っ」


打ち付けた背中の痛みに顔を顰めるフリオニールと、この場の面倒臭さに辟易するスコール。
早く外に出たい、と言うスコールに、フリオニールは俺もだ、と呟いて起き上がろうとして、


「ひっ」


フリオニールの体の上で、スコールの体がビクッと跳ねた。
え、とフリオニールが腹の上に倒れている彼を見ると、可哀想な程に真っ赤に染まった顔がある。


「スコール、どうし」
「う、動くなっ」
「え?」
「ひんっ」


起き上がろうとしたフリオニールを、スコールは慌てた声で止めた。
スコールの身に何かあったのかと、フリオニールが訊ねようとして、はたと気付いた。

倒れた拍子に、スコールはフリオニールの上に体を重ねていた。
頭はフリオニールの胸にあって、高い位置にある腰は、フリオニールの股の辺りに。
そして起き上がろうと膝を立てたフリオニールの足の上に、スコールの股間が乗っている。
その状態でフリオニールが膝を動かしたものだから、スコールの敏感な部分が圧迫されて、


「ス、スコー……っ」
「う・ご・く・な」
「……はい……」


真っ赤になったフリオニールが、状況を悟った事を、スコールも気付いたのだろう。
フリオニール以上に真っ赤になって、スコールは射殺さんばかりの眼力でフリオニールを睨み付けた。

石像のように固まったフリオニールの上から、ようやくスコールが退く。
もう良いか、もう良いよな、と確かめたいが出来ないフリオニールは、それから数十秒が経ってからようやく起き上がった。
何か言いようのない空気が二人の間に流れ、早く此処から出なければと思うのに、どちらも立ち上がろうとはしない────出来ない。

心臓の音がやけに煩いのは何故だろう。
そんな事を気にしている場合でも、こんな風に鼓動を逸らせている場合ではないと言うのに、どうしてこんな事になったのか。
ついさっきまで、普通に過ごしていた筈の、隣にいる仲間の顔を見る事も出来ないのは、何故。



─────取り敢えず、皇帝を殴ろう。
こんな場所を作り出したのであろう城の主に、それだけはしなければと、期せずして二人の心は一つとなっていた。




2019/08/08

『皇帝の策略によりラッキースケベの多発する空間に閉じ込められたフリスコ(付き合ってない)』のリクを頂きました。

ラッキースケベ!意図せず触れてしまった手、近付いてしまった距離!そんなつもりはなかったのになんだかドキドキしてくる二人!
脱出した後、普通通りにしようとして出来ない二人とかがいるととても楽しいですね。