モノポリー・グラフィティ


数ヵ月振りに顔を合わせた、養父と呼んで良いのであろう人物────シド・クレイマーは、スコールの顔を見て「元気そうですね」と言って微笑んだ。

スコールは18歳になる前にバラムガーデンを卒業し、指揮官職を退いた。
年齢だけで言えば20歳になるまで在校は可能であったし、多くのSeeDはそうしていたが、スコールの行く宛てが決まった事が、早い卒業の理由となった。
実の父親であり、エスタの現大統領であるラグナ・レウァールから、自分の専属SPにならないかと声をかけられたのだ。
組織的に見ればヘッドハンティングであったが、その実の内情はもっと複雑だ。
スコールとラグナが実の親子である事や、その繋がりを模索している内にもっと踏み込んだ間柄になった事。
今まで互いの存在すらも知らずにいた時間を取り戻すように、もっと近い距離で、もっと時間を共にしたいと言ったラグナを、スコールは拒否する事は出来なかった。
ガーデンもスコールにとっては自分の家だったから、其処を離れる事に思う事は数えきれない程にあったけれど、それよりも、ラグナと共にいたい、と言う気持ちが、今までずっと恐れていた見えない未来への一歩を踏み出す勇気になった。
そうなれば、幼子をあやす揺り籠であった箱庭の役目は終わる。

きっと一番長くガーデンに留まるであろうと思われていたスコールが、誰よりも先に卒業した事に、幼馴染達は驚きつつも祝福した。
行ってらっしゃい、偶には帰って来いよ、ラグナ様の写真送ってね、とめいめい賑やかに送り出した幼馴染達の傍らで、スコールの成長を見守り続けたシドも、笑みを浮かべていた。
魔女戦争を終え、妻が戻ってきて以来、シドは何処か肩の荷が下りたようで、スコールは彼が急に老け込んだように感じる事があった。
けれどそれは悪い意味ではなく、ようやく本当の意味で安心できるようになったのではないか、と思う。
それなら、これからはずっと、穏やかに暮らして行けたら良い。
ガーデン設立の経緯や、G.Fによる記憶障害の事実、魔女戦争の最中に突然行方を晦ませた時など、言いたい文句も山ほどあるが、それはそれだ。
そう思う位には、スコールにとってシド・クレイマーと言う人物は、嫌いではない人だったのだ。

────シドがエスタを訪れたのは、今後もガーデンを経営・発展していくに辺り、最新機器を使った授業形態をエスタから取り入れる為だった。
主な視察はエスタ国内の各学校施設で、スケジュールも殆どそれで埋まっていたのだが、滞在最後の日にラグナと非公式の会談をする事になった。
立場も背景もそれぞれ違うが、共に“魔女”と戦った指導者として……等と言う文言は、ニュースが勝手に流した言葉だ。
実際にはもっとフランクで、もっと内密で、私的な会話が交わされている。
主に、スコールが幼い頃のあれやこれやを。


「うーん……スコールがよく泣く子だった、って言うのはエルからも聞いてるんだけど…」
「ええ、今の彼はとてもしっかりしていて、よく気が付く子ですから、余り想像できないかも知れませんね」
「いや、そうでもないかも?泣き虫じゃないけど、色々判り易い所もあるからさ。なんとなーく、こう……思い浮かぶような所もあって。でも見たかったなあ、ちっちゃい頃のスコール。無理なんだけどさ、仕方ないんだけど」
「アルバムでもあれば良かったんですけどね。石の家にいた頃は、カメラはとても私達には手が届かない代物だったものですから」
「あー、うんうん。俺もカメラは持ってたけど、ウン十万ギルとかしてて。フィルムも高かったなあ」


昔話に花を咲かせるのは、大人の証拠なのだろうか。
自分の過去を勝手にバラされつつ、あっちこっちに飛ぶ会話に、スコールは眉間の皺を深くしながら、警護の為にとラグナの傍らに立っていた。

話をしている二人は随分と楽しそうだが、スコールは退屈な上、自分の過去を───覚えていない事まで───あれこれと暴露されるので、非常に苦い気持ちを味わっている。
しかし警護任務の仕事中だからと、無表情であるようにと努めていた。
だが、そんな胸中をシドは察しているのだろう、時折此方を見ては楽しそうに笑っている。
やっぱりあの笑顔は狸だ、とスコールは思った。


「スコールが元気そうで安心しました。いえ、キスティスやゼルから聞いてはいたんですが、やっぱり自分の目で見ると、一層、と言いますか」
「ああ、判る気がする。人伝に聞いてるのと、自分で見るのとじゃ、やっぱり色々違うもんな。俺もエルの事は大丈夫な所にいるとは聞いてたけど、実際逢ったら、ああ本当だエルだー良かったーって思ったし」
「ええ、ええ。そう、エルオーネも元気だそうですね。よく此方に来ていると伺いました」
「うん。俺が忙しいもんだから、そんなにゆっくり話は出来ねーんだけど、月一くらいで来てくれてるんだ。スコールとよく話をしてるよ。な?」


くるん、と翠の瞳が此方を向いて、スコールを捉える。
スコールは短い沈黙の後、「……近況報告程度には」と答えた。
実際には姉が来た時には色々と込み入った話もしているのだが、それは言う必要はないだろう。
ラグナはもっと話をしてるじゃないか、と言いたげな表情で首を傾げていたが、シドはくすくすと笑って、


「スコールもエルオーネも、元気に過ごしているのなら、何よりです。貴方の顔を直接見に来た甲斐がありました。イデアにも良い土産話が出来そうだ」
「……そう、ですか」
「でも、スコールも時々で良いので、ガーデンに顔を見せてくれると嬉しいです。皆もきっと喜びますよ。特に、サイファーとか、ね」
「その名前は知りません」


指揮官を退く際、後任を決めろと言われて、その場で名指しした幼馴染の名前。
それを知らないと素っ気ない言葉を投げるスコールに、シドは変わらない笑みを浮かべている。
その笑みに腹の中まで見られているような気がして、スコールの眉間の皺が深くなった。

殆ど雑談のような流れのまま、シドとラグナの会談は終わった。
ガーデンの今後の発展を、エスタの躍進を、と形的な遣り取りを最後に、シドは大統領官邸を後にする。
彼はこの後、ガーデンで待っているであろう自分の妻と子供達の為、沢山の土産を購入してから帰路に着くそうだ。
オススメのお土産ってありますか、と尋ねるシドに、スコールは熟考した後で、なんとか最近耳にしている流行物を教える事が出来た。
ではスコールのオススメとして買って行きましょう、なんて言うシドに、スコールは心の底から勘弁してくれと思う。
だが、彼はきっとその通りに品物を購入し、その通りに幼馴染達に伝えるのだろう。
明日の朝にパソコンに喧しいメールが届くのを想像して、スコールは溜息を吐いた。

────その隣で、ラグナも判り易い大きな溜息を吐く。


「はー。あれがお前の育ての親、かあ」
「……あまりそう意識した事はないけどな」


スコールはシドとイデアが開いた石の家にいて、そのままバラムガーデンへと入学した。
思えばずっと二人の庇護下にいた訳だが、G.F.の影響もあって、スコールはあまりそうと意識した事はなかった。
寧ろ、ガーデンからいつの間にか消えていたイデアの事は愚か、シドが“シド先生”であった事も忘れていたのだ。
スコールが二人に育てられていた事実を思い出したのはつい最近で、特にシドに対しては長らく“学園長”としての認識のみであった事もあり、所謂“父親役”であったとは考えていなかった。

だが、ラグナは唇をへの字にして、拗ねたような表情で、窓の向こうの空港を見詰めている。
何か子供じみた感情が其処に滲んでいるような気がして、スコールは首を傾げた。


「……ラグナ?」
「んー?」
「………」


表情は相変わらず拗ねたまま、返事だけは寄越したラグナに、スコールは閉口する。
何か言いたい事でもあるのか、でも言いたくないのか、それともスコールに聞かせたくないのか。
でも聞かせたくないならそんな顔、とスコールが俯くと、ラグナは横目でそれを見付けて、眉尻を下げて笑みを作る。


「そんな顔するなよ、別に何か変な事考えてた訳じゃないからさ」


くしゃくしゃとラグナの手がスコールの髪を掻き回すように撫でる。
子供をあやすような手つきに、今度はスコールの唇が尖って、ラグナの手を振り払う。
しかしラグナは構わずに、その手でスコールの頬を撫でた。


「俺の知らないスコールの事を、あの人が沢山知ってると思ったら、なんかちょっとヤキモチみたいな感じになってさ」
「……」
「子供の頃のお前とか、SeeDを目指してた頃のお前とか。俺はお前の事知らないのに、あの人は全部見てるんだなって」


そう言いながら、ラグナの指がゆっくりとスコールの頬の形をなぞる。
少しかさついた、加齢を感じさせる皮膚の感触を感じながら、スコールは呟く。


「…だからあんた、俺をエスタに呼んだんだろ」
「うん」
「……知らないから、教えてくれって。見せてくれって」
「うん」
「……全部、見せてくれ、って」


それは、スコールがラグナの下に行く事を決める時に、ラグナから告げられた言葉。

ぎこちない関係から始まり、繰り返し逢っては距離の取り方を模索している内に、自分達でも想像していなかった深い場所で繋がりを持った。
繋がる血が、妻へ母への罪悪感を思い出させる事もあるけれど、家族としても恋人としても、失えないと思った。
だから埋められない過去の代わりに、未来を共に過ごしたいと願ったラグナに、スコールも頷いた。
誰にも見せた事のないスコールを、全て見せて欲しいと言うラグナに、全部を見せるから全部が欲しい、とスコールも願ったのだ。

その言葉を交わした日の事を思い出して、スコールの顔が熱を持って行く。
何度も見せた体が疼くのを感じて、こんな時間なのに、と卑しい自分が恥ずかしくて堪らない。
だが、ラグナはそんなスコールを見て、胸の奥の蟠りがすぅと消えていくのを感じていた。


「なあ。俺しか知らないスコールって、きっと沢山あるんだよな。あの人も知らないスコールとかさ」
「……知らない、そんな事」
「もっと見たいな、俺だけのスコール」
「……いつも見てるだろ」
「まだ足りないよ」


幾ら見ても足りない、もっと見たい。
そう囁くラグナに、スコールは目を細めて、頬を撫でる手に身を委ねる。

近付く影にスコールが目を閉じ、二人の唇が重なった。
頬に添えられていた手が、するりと首筋をなぞって行くのを感じて、スコールの肩がふるりと震える。
スコールの右手がそっとラグナの手を捕まえて、咎めるように緩く力を込めたのが伝わると、ラグナはそっと唇を離す。


「……今は、仕事中、だから」


此処は大統領官邸の執務室で、何事かがあれば人の出入りがある場所だ。
そんな場所で交わった事も一度や二度ではないけれど、とにかく今は駄目だとスコールは言った。
赤い顔で逸らされた瞳の奥には、本当は欲しいと訴えていたけれど、理性がそれを止める。
だから駄目だと、自分に言い聞かせるように告げるスコールに、ラグナはくすりと笑みを浮かべ、


「うん。帰ったら、な」


そう言って傷の走る額にキスをすれば、スコールは何処か夢に沈むような、うっとりとした表情で頷いた。



ラグナだけが知る、スコールの顔。
それを前にして熱を灯すラグナの顔を、スコールだけが知っている。




2019/08/08

『ラグナがスコールを思い切り可愛がって愛でて慈しむ話』のリクを頂きました。
パパ先生だったシドに対抗心燃やしてるとなお良し!との事でしたので、二人顔を合わせて見たり。

家族愛も恋愛もごちゃ混ぜにしてスコールを可愛がるラグナです。
このラグナはスコールに対する愛が重そうだなあ、と思いつつ、スコールの愛も重いだろうから良いのです。