スラップスティック・ウォーミング


サイファーと二人で訓練所に来る事を、実はスコールは余り好んでいない。

ペア行動は任務でも儘ある事だ。
任務の際、基本的に相手は選べるものではなく───スコールの立場を利用すれば可能、ではあるのだろうが、其処は補佐官が許してはくれない───、諸々の都合や効率を考えて、苦手とする相手でも相方になる事は珍しくない。
余りにも相性が悪い、馬が合わない者ならば流石に合わせないようにはするが、それも毎回都合が着く訳ではない。
そもそも個々人の好き嫌いと言うのは、ごく個人的な話であるから、その程度で任務に支障を来すな、と言うのが組織を動かす者としての見解である。
スコールもそう言った指示を出す立場であるし、そもそも自分の趣向でメンバーを選り好みをごねるような性格ではないので、こう言った指示には基本的には従うようにしている。

サイファーとスコールがペアとなって行動する任務も少なくはない。
寧ろ、戦闘の実力や、誰よりも互いの事を理解している事もあり、打ち合わせなしに阿吽の呼吸の働きを見せる彼等を知っていれば、組ませない理由の方がないだろう。
加えて、互いの暴走を抑えられるのも互いだけ、と言う超限定的な理由も含めて、サイファーとスコールは一緒にして置いた方がベストでありベターである、と言うのがキスティスの見解らしい。

以前のスコールなら、サイファーと組まされる事に、苦い顔の十や二十は見せただろう。
それはサイファーも同じ事だ。
だが、魔女戦争を終え、相手を憎からず意識している今は、それ程強い嫌悪的意識は持っていない。
二人も共に大人の階段を幾つか登り、必要以上の衝突が起こる事もなく、時々過度な喧嘩でガンブレードを持ち出す程度だ(それを“程度”と言う所が傍目には異常かも知れないが、それが彼らの日常である)。

だが、サイファーと一緒に訓練所に入る事だけは、スコールは避けたがっている。
戦闘訓練をするなら外でも良いし、派手な事にならなければグラウンドだって良い。
だったら訓練所だって良いだろう、寧ろ派手に暴れられる分、訓練所の方が遠慮がなくて良いじゃないか───と首を傾げたのはゼルだったか。
グラウンドでやらかしては修繕に駆り出されるゼルにしてみれば、結局これだけ暴れるのなら然るべき場所でやってくれ、と言いたい所だろう。
スコールもそれは薄々感じているし、設備をうっかり破壊しては給料天引きと修繕労働を命じられるのは面倒なので、ゼルの言う事が最もだと判ってもいる。

それでも嫌なのだ。
誰にも理由は言えないけれど。



嫌だ嫌だと思っていても、為さねばならない時もある。
今が正にそうだった。

スコールは工具箱を手に訓練所を歩いていた。
その三メートル後ろをついて歩くのは、ガンブレードを肩に担いだサイファーだ。
パーソナルスペースが広いスコールの場合、これだけ他人との距離が開いているのは普通の事なのだが、普段はサイファーにそれは適用されていない。
それはサイファーが構わず近付いて来るからだったり、スコールがそれを特に振り払わないからだ。
故に二人の距離は、もっと近いのが本来の日常風景である。

しかし訓練所に入る時だけは、スコールはサイファーに近付くなと厳命している。
任務で指示を出す時よりも真剣な表情で告げる命令に、サイファーは溜息を吐きながら判ってるよと言った。
そうしなければならない事を、サイファーもスコールと同じように理解しているからだ。

訓練所全体に生い茂る、熱帯樹林のように蔓延る植物を掻き分けながら進み、スコールは目的の場所に到着した。
其処にあったのは古い大型の空調設備で、訓練所全体の温度湿度を調整する為に設置されているものだ。
ガーデン設立から数年後に用意されたもので、修理修繕を繰り返して使われており、働き始めてから十年近くが経っている。
当時はエスタ〜ガルバディア間の戦争の直後と言う事もあってか、機械類は利便性よりも頑強さを求められていた節があり、幸か不幸か、魔物が徘徊する訓練所内にあって、この設備は一度も壊されてはいないと言う。
しかし経年劣化の波は押し寄せており、これを作ったメーカーがとうの昔に倒産している事や、交換部品の製造が終わっている事もあって、そろそろ限界ではないかと囁かれている。
出来れば交換したいと言うのがスコールやキスティスの本音だが、今時、訓練所のような広さの場所に宛がえる上に、魔物の襲撃にも耐えられる強靭な機械など、一般には殆ど出回っていない。
キスティスが今度カーウェイに伝手はないか聞いてみる、と言っていたので、運が良ければ軍事用の某かが手に入るかも知れない。
が、その目途が立つまでは、現在の設備に生きていて貰わなければならなかった。

普段、この場所の設備は機械を得意とした面々───主にはニーダ───が調査修理をしている。
魔物を警戒しながらの確認作業なので、集中できるようにと警備の意味で二人ペアで赴く事が決められていた。
スコールも何度か警備役として同伴しているので、この役割分担の必要性は理解している。
しかし、自分が整備するに辺り、相方をサイファーにするのだけは止めて欲しかった。
任務の所為で皆が出払い、偶々暇だったのが自分達だけと言う悪運を、スコールはつくづく恨む。

後ろをついてきた気配が、殆ど距離を詰めずに足を停めた。
ちらりと見遣ると、退屈そうなサイファーが辺りを見回して魔物を警戒している。
スコールが厳命した距離は守っており、何もなければ彼が此方に近付く事はないだろう。


(……さっさと済ませよう)


スコールは地面に工具箱を置いて、蓋を開けて幾つかの道具を取り出す。
とにかく此処に長居してはいけない、と言う気持ちだけで、スコールは急ぎ確認作業に取り掛かる。

空調機器は、古いだけに中身の構造は単純で、その分確認する点が多い。
おまけに蓋を開けただけでは見えない、奥まった場所にも確認点がある。
仕方ない、とスコールはカバーを完全に外して、50cmもない穴の中に上半身を潜り込ませた。

その様子を離れた所から見ていたサイファーは、なんとも複雑な面持ちを浮かべていた。
彼の目には、空調設備の穴に潜り込んだスコールの、小ぶりな尻がもぞもぞと動いている図が映っている。
作業に集中しているのだから仕方ないのだが、小刻みに右へ左へ揺れる尻の、なんと無防備な事か。
此処にいるのが俺で良かったな、と思うサイファーだが、恐らくそれを言っても彼は首を傾げるだけだろう。

しばらくの間、サイファーは近付いて来るグラットを切り捨て、アルケオダイノスを追い払う事に終始した。
時々、あっちは変わりないか、と尻を────スコールをちらと見遣る。
見る度、相変わらず無防備な子桃を揺らしているのを見て、こっそりと溜息を吐きつつ、仕事を続けた。

ようやくスコールが仕事を終えた時、彼は穴の中で汗だくになっていた。
整備の為に空調の電源を切っているので、排熱はないのだが、狭い狭い穴の中だ。
空気の循環がある訳もない、極端に狭い場所での集中作業で、汗が止まらない。
下手な隠密任務より疲れる、と思いながら、ようやっと作業を終えたと穴から出ようとして、


「……ん…?」


ぐっ、と何かが引っ掛かっている感触に阻まれた。
服が何処かのツメか出っ張りにでも引っ掛かっている。
くそ、と舌打ちしてどうにか外れないかともがくスコールだったが、何処に何が引っ掛かっているのかも確認できない状態では、どうにもならなかった。


「……サイファー!」


一瞬躊躇したが、他に手段が浮かばなかった。

呼ぶ声にサイファーが振り返ると、動かなくなった尻がある。
呼ばれたので何か用事があるのだろうが、現在、サイファーは接近禁止令を出されている。
近付く前に、距離保ったままで声を大きくして返事を投げた。


「……なんだよ!?」
「引っ掛かって出れない。手伝え」
「……何やってんだ、お前。鈍ってデブったか」
「服が引っ掛かってるんだ!」


呆れて言うサイファーに、スコールは怒気の籠った声で言い返した。

サイファーは周辺の安全確認だけを済ませて、スコールの下に向かった。
その間もスコールはなんとか抜け出せないかと奮闘していたが、サイファーにはやはり、尻がぷりぷりと揺れているだけだ。
余りの無防備振りに悪戯心が沸きそうになるサイファーだが、頭を振って堪えた。
接近禁止令は一時解除されているだけなのだから、此処で余計な事をしたら、血の雨になる。


「何処が引っ掛かってんだ」
「…判らない。後ろは、何か……」
「こっちから見える所は問題なさそうだぜ」
「んん……」


尻は賢明にもぞもぞと動いていて、中でスコールが奮闘している事が判る。
しかしこのままでは埒が明かない。
手っ取り早い方法は、とサイファーはスコールのズボンの端を掴む。
本当なら腰をしっかり掴んでやりたい所だったが、穴のサイズにスコールの体がぴったりと収まっている所為で、穴と体の間に手を入れる程の隙間がないのだ。


「引っ張るぞ。良いな」
「……判った。……変な所触るなよ」
「触んねーよ」
「……」


自分ではどうにもならないと諦めて、スコールはサイファーに任せた。
念押しにたいして判っていると言う返事をするサイファーに、どうだか、とスコールは眉根を寄せる。
サイファーにしてみれば、そもそもそんな念押しをされる謂れもない、のだが、これまでの経緯を思うと疑われるのも仕方がないと判ってはいた。

スコールとサイファーが二人で訓練所に入ると、往々にして何か事件が起こる。
それは繁殖期で胎内変動を起こしたグラットの体液でスコールの服が溶かされて裸同然にされたり、服に枝が引っ掛かって破れたり脱げたり。
何もない場所で足を滑らせたり、その拍子にサイファーがスコールを押し倒したり、掴んだスコールのズボンを引き摺り下ろしてしまったり。
前者については魔物が原因、スコールの不注意や油断で済むのだが、後者についてはスコールが怒るのは当然だろう。
突然押し倒されたり、尻に顔面を埋められたり、挙句の果てに下着姿にされたり、────それが一度や二度の事故ではないのだから。
訓練所以外ではそんな事件は起きていないので、スコールはサイファーがわざとやっているんじゃないかと睨んでいる。
サイファーは全くの濡れ衣で全て事故なのだが、余りにも頻発する為、段々自分でも疑わしくなってきた。
だから、スコールからの接近禁止令も、律儀に守っていたのだ。

これからの許可を貰った所で、サイファーは腕に力を入れて、スコールの下肢を後ろへと引っ張る。
いたた、と言う声を聴きつつ、しかし躊躇していては終わらないと、サイファーは一気にスコールの体を穴から引きずり出した。
ぶちッ、ぶちちッ、と言う少々嫌な音を立てながら、スコールの体が穴から出て来る。
服が破れる位なら安いもんだと、思い切って強く引っ張ると、ぐっと何かが強く引っ掛かる感触があって、


「!サイ、待、」
「こら暴れんな」
「待て、ちょっ、ベルトが────」


焦るスコールを無視して、サイファーは勢いよくスコールの腰を引っ張った。
直後、ばちんっ、と何かが弾ける音がすると同時に、スコールの体が穴から救出される。
が、サイファーの手にはその感触よりも、随分と軽くなった布地の感触だけが残されていた。

勢いよく引っ張られた反動で、スコールの体は飛び出すように排出された。
そこそこの勢いで吐き出されたスコールは、そのまま後ろにいたサイファーの体にぶつかって尻餅をつく。


「いたた……だから待てって言ったのに…!」


忌々し気に呟くスコールは、下肢をすっかり裸にされていた。
穴の中で突起に引っ掛かっていたベルトの留め具が、引きずり出される勢いに耐え切れずに千切れ飛び、細身のスコールでは余裕のあるウェストだったズボンが脱げてしまったのだ。

人の話を聞けよ、と忌々し気にサイファーを睨もうとして、その姿が辺りにない事に気付く。
きょろきょろと辺りを見回したスコールであったが、何かが尻の下で蠢いている事に気付いてギクッとした。
まさか、と恐る恐る視線を落とせば、そこはサイファーの上────しかも、よりにもよって顔面に尻餅をついていたのである。


「〜〜〜〜〜っっ!!」


真っ赤になったスコールが飛び退くと、サイファーは大の字になったまま動かない。
怒りと羞恥で一杯のスコールは、サイファーの手に握られていた自分のズボンを引っ手繰ると、下半身をパンツ姿のままで駆けだした。

一人残されたサイファーは、ほんのりと温かい感触の残る顔に手を当てて、溜息を吐いたのだった。




2019/08/08

『T〇L〇veる並にラッキースケベを引き起こすサイファーと、ラッキースケベられるスコール』のリクを頂きました。
ラッキースケベは有り得ない事が起きる位が丁度良い。

この後、茂みで蹲ってるスコールをサイファーが迎えに行って、お詫びにおんぶして帰ります。
そんな時はほぼ起きない、空気を呼んでくれるラッキースケベな世界。
ご都合主義ラブコメ万歳。