夏夢バースディ


夏祭りに行かないか、とクラウドに誘われて、スコールが初めに鈍い反応を示したのは、条件反射のようなものだった。

それそのものに余り興味がない事に加えて、地域でも有名でそこそこ規模の多い夏祭りなんて、人でごった返しているに違いない。
毎年スコールはその催しをスルーしているのだが、祭り会場が家からそれ程遠くないので、その賑やかさは感じている。
日が暮れた後、街を歩く人々の明々とした声や、少し遠くから聞こえる祭り太鼓の音などは、スコールも見たし聞いた。
地域を上げてこの祭りを有名にしよう、と言う委員会とやらも発足されたらしく、そこそこ盛り上がっているらしい。
しかし、人が多い所が好きではないし、熱帯夜のような夜が続いているのに、スコールは外になんて全く出る気にならない。
子供の頃は父親に連れられて、金魚掬いや輪投げをしに行った事もあったが、既にスコールは高校生である。
喧騒よりも静寂を好む性質であるスコールが、自分からそう言った場所に赴かなくなったのは、自然的な事であった。

だが、恋人に誘われたなら、吝かでもない。
何よりその日は、恋人であるクラウドの誕生日当日だったのだ。
良い祝いが思いつかなかったので、何か欲しい物はないかと直球で訊ねた所、クラウドはデートがしたいと言った。
夏休みに入ってから、それなりに逢う時間を作ってはいたが、今年の異常なまでの熱さもあって、デートと言うものはしていない。
それをクラウドが嘆いた事はないし、お互いの家に行って甘い時間を過ごすのも悪くはない。
けれど、折角だから夏らしい思い出の一つでも、と言うクラウドの気持ちは、スコールも決して無い訳では無かった。

そんな経緯で提案された夏祭りデート当日、スコールは浴衣姿で、祭り会場となった公園の入り口に立っていた。
すらりとした大人びた雰囲気の少年が、公園横のフェンスに寄り掛かり、ぼんやりと道行く人々を眺めていると言うのは、中々絵になる光景だ。
フェンスの向こうで照らされた祭り提灯が、スコールの背中を照らし、少し陰を作った端正な顔立ちを際立たせ、其処に納められている蒼灰色の瞳の淡い光の存在感を強調する。
祭り目当てにやって来た女性たちが、ちらちらと見ては声をかけようか悩む程に、スコールは人目を引いていた。
しかし他者の視線に敏感で、向けられる好意的な空気に酷く鈍いスコールは、早くこの状況から解放されたいと切々と願っている。

それを叶えてくれる人は、待ち合わせ時間ぴったりにやって来た。


「すまない、スコール。待たせたか」
「……別に」


ひらりと片手を上げたクラウドは、TシャツとGパンと言うラフな格好だ。
いつも通りの服装に、やっぱり自分もいつも通りで来れば良かった、とスコールは思ったが、碧眼がじっと此方を見詰め、


「浴衣か」
「……祭りに行くと言ったら、着ていけとラグナに押し付けられた」
「良いんじゃないか。よく似合ってる」


柔らかく双眸を細めたクラウドの言葉に、スコールの胸の奥がぽかぽかと温かくなる。
半ば強引に着せられたものだったし、慣れない格好なので余り良い気分ではなかったのだが、クラウドにそう言われると、じゃあ良かった、と思った。

行こうか、と言うクラウドに連れられる形で、スコールは祭り会場の公園へと入る。
敷地の真ん中に建てられた櫓から、ドン、ドン、と太鼓の音が響いていた。
櫓をぐるりと囲む人の輪が踊り、それをまた見ている輪が作られている。
其方に行く気はスコールもクラウドもなかったので、二人の足は揃って出店屋台へと向けられた。


「仕事が終わったばかりで、腹が減ってるんだ。晩飯代わりに焼きそばでも食おうかと思ってるんだが、スコールは何か食べるか?」
「……夕飯は食べた。でも早めに食べたから……少し何か欲しい」
「じゃあ一緒に食べるか」


食べて来たなら、そんなに量は要らないだろう、と言うクラウドに、スコールは小さく頷く。

あちこちから食欲をそそる匂いのする屋台群には、沢山の人が集まっていた。
鉄板の上でじゅうじゅうと良い音を立て、ソースの香ばしい匂いを振りまく焼きそばや、ケチャップとマスタードをかけたフランクフルト、この熱気に当てられた客を誘う為の氷の幟を吊るした出店も多い。
日が落ちたとは言え気温が下がる気配はなく、氷の文字に惹かれるスコールだったが、先にクラウドの腹ごしらえだ。
仕事が終わって、荷物を家に置いて、真っ直ぐに此処に来たのであろう恋人を労う目的もあって、彼の腹を満たせそうな食べ物を探す。

公園全体を祭り会場として使っているので、会場は広く、出店の数も多い。
ボリュームを重視している店もあれば、変わり種を用意している店もあり、外国料理を提供している店もあった。
クラウドはしばらく目移りしていたが、やはり祭りと言えばこれだろう、と焼きそばの店に並ぶ。
順番が回って定番のソースで味付けしたものを頼み、出来上がったそれがパック詰めにされる傍らで、スコールは財布を入れた巾着袋を袖から取り出そうとするが、ポケットから直に小銭を出したクラウドが先に払ってしまった。


「……俺が出したのに」
「ん?」
「…あんた、誕生日なんだから」


少し拗ねた顔で呟くスコールに、クラウドはくすりと笑う。


「ありがとう。気持ちだけで十分だ。これは俺の晩飯だしな」
「…じゃあ、後は全部俺が出す」
「それは────どうするかな」


くすくすと笑いながら、焼きそばの入ったパックと割りばしを受け取るクラウド。
店の前を離れ、口に挟んだ箸を割り、早速食べ始めた彼は、確かに腹が減っていたのだろう。
詰められた焼きそばはそこそこの量だが、クラウドなら直ぐに平らげてしまうに違いない。

食べながら、少し回ってみるか、とクラウドに促されて、スコールはその隣をついて歩く。
ドン、ドン、と響く太鼓の音と、祭り囃子の音を聞きながら、賑々しい出店を眺めて通り過ぎる。
途中、それぞれの知り合いが射的やボール掬いを楽しんでいる所を見付けたが、どちらも声をかける事はしなかった。
何処にいても賑やかで判り易い友人達の声を遠巻きに見るのみで、二人は二人の時間を守るように、敢えて知らない振りを通す。

クラウドの買った焼きそばは、スコールが二口三口を分けて貰った後、あっという間になくなった。
それだけでは彼の腹は満たされないので、進んだ先で見つけた出店に立ち寄り、フランクフルトやフライドポテトと言った定番も押さえ、焼き鳥もしっかりと食べ、焼きトウモロコシも忘れない。
そんな恋人を見ていてスコールが思うのは、よく食べるな、と言う事であったが、それ以上にスコールは気に入らない事があった。


「……なんで全部自分で出してるんだ」


判り易く唇を尖らせ、拗ねた表情で睨むスコール。

言っているのは、支払いの話だ。
最初に焼きそばを買った時から、クラウドは全ての支払いを自分で済ませている。
財布を出すスコールより、Gパンのポケットに小銭を直に入れているクラウドの方が出すのが早い、と言うのもあるが、「俺が出す」と言ってもクラウドが聞かないのだ。
段々とスコールは、クラウドよりも早く小銭の用意をするレースを一人でやるようになったが、間に合ったと思って出そうとすると、クラウドがやんわりと遮るのだ。

食後のデザート代わりと買ったかき氷も、クラウドが支払いを済ませてしまった。
それも二人分だ。
お前の分だと差し出されたかき氷の片割れを睨むスコールに、クラウドは眉尻を下げる。


「いや、まあ。つい、と言うか」
「……」
「溶けるぞ。暑いんだろう?」
「……」
「いらないか?」
「……いる」


睨み続けるスコールに、かき氷を進めるクラウド。
スコールはそれを納得のいかない表情のまま受け取って、八つ当たりするように、スプーンストローでざくざく氷の山を崩して行く。

不機嫌な表情で氷を苛めるスコールを横目に見て、クラウドは苦笑するしかない。
基本的に出不精であり、祭りと言う大勢の人が集まる環境をスコールが好んでいない事は、クラウドも重々判っている。
それでも誕生日だからと、自分の誘いを受けてくれただけで、クラウドは十分嬉しかった。
支払いの事は、自分の方が年上であるし、社会人であるからと言う甲斐性でもある。
が、そう言った事を理由に遠慮なく甘えられる程、甘え上手ではない恋人は、クラウドにきちんとした誕生日祝いが出来ない、と言う気持ちで一杯になるようだ。

祭りに来てからそこそこの時間が経つと、慣れない格好のスコールはそろそろ歩き疲れたようだった。
座るか、と祭り提灯の明かりから外れた所にあったベンチを指差すと、スコールが頷く。
暗がりになっているからか、其処は人気も遠退いて、熱気も消えて気持ち程度に涼やかであった。
クラウドはかき氷シロップを飲み干した後、途中からすっかり拗ねた顔が定着してしまったスコールを見て、


「スコール」
「……ん」
「ありがとう。俺の我儘に付き合ってくれて」
「……別に……」


クラウドの言葉に、さくさくと氷を溶かし崩していたスコールの手が止まる。
暗がりの中でスコールの白い頬が赤くなっているのが見えて、クラウドは唇を緩めた。

そっと伸ばしたクラウドの手が、スコールの襟から覗く首筋に触れる。
髪の毛の生え際をなぞって行く指が、スコールの項を辿って、スコールがくすぐったさに首を竦めた。
微かに逃げを打つスコールだったが、体が遠退く事はなく、クラウドの手を受け入れている。
クラウドの指先が項の生え際を何度も撫で、ゆるりと降りて首と背中の堺に触れると、ピクッ、とスコールの体が震えた。


「……クラウド」
「ん?」
「…なんか……、」


いやらしい、と言う言葉をスコールは飲み込んだ。
それを言う事で、そう感じてしまう自分を晒す事が、きっと恥ずかしかったのだろう。
だが、クラウドがそんなスコールを見て、我慢できる筈もなく────もとより、その意図を含んで触れていた事を、クラウドは否定しない。

クラウドの腕がスコールの体を捉えて抱き寄せ、悪戯な動きで胸元を探る。
バカ、とスコールはクラウドを叱ったが、間近にある碧眼に見詰められ、言葉を失くして顔を赤らめる。
唇を重ねて、奥まで味わうように深く深く交わる。
堪能してようやく離せば、熱に浮かされた瞳がクラウドを見上げていた。


「……良いよな?」


こんな場所でするなんて、普段なら絶対に恥ずかしがって嫌がるだろう。
しかし今日のスコールは、あんたの誕生日だから、と小さく頷く。



熔けた氷が地面に落ちて、染み込んで行く。
二人は直ぐにその存在を忘れて、二人きりの熱に溶けて行った。




2019/08/11

クラウド誕生日おめでとう!と言う事でお祭りデート。そして浴衣えっちをするようです。

終わった後に着付けが上手くいかなくて焦ったり、誰かに見られなかったよな…?と不安になるスコールです。
クラウドはスコールをおんぶして自分の家に帰って、ラグナに連絡してお泊り許可を貰います。