災い転じ幸を呼ぶ


青天の霹靂か、鬼の霍乱か。
そんな言葉が頭に浮かんで、少々笑みが零れそうになったレオンだが、相手がクラウドとは言え不謹慎ではあるとなんとか抑えた。

平時は独り暮らしであるレオンの住むアパートで、今日は家主ではない者がベッドを占拠している。
其処でうーうーと唸り声を上げているのは、今朝何処からか帰ってきたばかりのクラウドだ。
帰って来るなり、どうにも調子が悪い、と言って倒れ込んできた彼の体は、異常な程の熱を帯びていて、彼が内包している事情を知っているレオンは、それによる影響が遂に悪い形で現れたのかと蒼くなった。
……が、よくよく確かめてみると、それは単なる風邪であると診断された。
人騒がせな、と呆れたレオンであったが、多少の無茶は闇の力で誤魔化す事も厭わないクラウドが、それも儘ならずにレオンを頼ってきた訳だから、やはりそれなりに重い状態ではあったのだ。
何処かで行き倒れにならず、故郷まで戻って来ただけでも、十分頑張ったと褒めてやって良いだろう。

そんな状態の重病人を一人残して行く訳にもいかず、レオンはシドに連絡をして、今日の予定に組んでいたものはご破算にして貰った。
幸い、急ぐ予定はなく、詰まっている事と言ったらコンピューターのプログラム周りの事ばかりで、それはシドの仕事である。
普段はレオンも出来る限りの手伝いをしているのだが、プログラム本体に関わる事となると、レオンは其処まで造詣は深くない。
精々シドが欲しいと言った資料を探して運んでくるしかないのである。
パトロールはユフィがしてくれると言うし、エアリスや、いつの間にかすっかり街に馴染んだ小さな妖精たちも協力してくれるそうだ。
だから今日のレオンの仕事は、クラウドを看病する事のみとなった。

看病とは言っても、特別にあれこれとしなければならない、と言う事はない。
いつものように二人分の食事を作り、常と違う事と言えば、起き上がる気力もなさそうなクラウドに食事の手助けをする程度だ。
クラウドは、熱は高いものの、食欲は旺盛だった。
これなら数日休めばすっかり回復するだろう、と思う位には、よく食べている。
それ位にエネルギーがある方が、レオンも余計に気を回す必要を感じなくて楽だった。

クラウドが昼食を終えた後、レオンも手早く自分の食事を済ませて、片付けをした。
一通りの家事を済ませて寝室に入ると、赤い顔をした男がベッドの中で唸っている。
哀れな幼馴染の様子に苦笑しつつ、レオンはベッド横に立ってその顔を覗き込んだ。


「気分はどうだ、クラウド。吐き気は?」
「ない……が、熱い……鬱陶しい……」
「風邪なんだから仕方がないな。薬も飲んだんだし、直に効いて来るだろうから、それまでの辛抱だ」


ぽんぽん、とレオンはクラウドの金色の頭を撫でであやす。
ガキじゃないんだぞ、と言う目が此方を睨んだが、レオンは気にしなかった。


「しかし、誕生日に風邪とは、お前も運がないな」
「……そう言えばそんな日もあったか……」
「忘れていたか。まあ、俺もユフィが言わなければ忘れてたんだが」


レオンがクラウドの誕生日の事を思い出したのは、三日前の事だ。
そろそろだよね、と言ったユフィは、クラウドの誕生日プレゼントやパーティを考えていたらしく、レオンにクラウドの予定を聞いてはいないかと尋ねてきた。
生憎レオンが知る由もなく、ユフィはパーティの準備をするかしないかを悩み続けて、今日を迎えている。
結局、帰ってきたクラウドが真面に動ける状態ではないので、パーティなど開ける訳もなく、クラウドが治ってから改めて彼を捕まえて計画するつもりのようだ。

レオンはベッド横に椅子を寄せて座り、頬杖を突いて、赤い顔をしているクラウドを見下ろしていた。
じっと眺める蒼眼に、なんだ、と碧眼が眉根を寄せて見返す。


「…何か用か。今日は何も出来ないぞ」
「判っている。病人に仕事をしろとは言わないさ」
「……じゃあ何だ?」


単に見ているだけ、と言う訳ではないだろう、とクラウドは言った。
レオンとしては、それでも別に構わないのだが、


「いや、何。ユフィからお前の誕生日プレゼントを考えておけと言われていたんだが、特に何も浮かばないし。お前が帰ってきたら訊こうかとも思ってたんだが、その有様じゃあなと。一応聞いてみるが、今何か欲しい物はあるか?」
「……水」
「じゃあプレゼントしてやる」
「ちょっと待てまさかそれカウントしないだろうな。おい、こら」


すっくと椅子から立ってキッチンに向かうレオンに、クラウドがベッドの中から手を伸ばす。

おい、と呼ぶ声を背中に聞きつつ、レオンはくすくすと笑いながら、グラスに水を注ぐ。
大きめのピッチャーも食器棚から出して、水と氷を入れた。

ベッドに戻れば、クラウドが赤い顔で起き上がっていた。
レオンが差し出したグラスを受け取り、ごくごくと一気に飲み干して行く。


「美味かったか」
「それなりに。だが、これで本当に誕生祝が終わりとか言うなよ」
「欲が深い奴だな。大して物欲もない癖に」
「それは否定しないが、別の欲ならある」


空になったグラスをサイドテーブルに置きながら言うクラウド。
何の話かとレオンが首を傾げれば、ちょいちょいとクラウドが指を振ってこっちに来いと促す。
それを見てなんとなく意図を掴みつつ、レオンが顔を近付けてやれば、ぐっと胸倉が捕まれて、ぶつけるようにキスをされた。

咥内でねっとりと唾液を塗した舌が蠢いて、レオンのそれを絡め取る。
ちゅく、ちゅぷ、とわざとらしく立てられた音が耳の奥で鳴っていた。
されるがままになっているのも癪のような気がして、レオンの方からも相手の絡め取って吸ってやる。
ひくっと舌の根が震えたかと思うと、今度はレオンの舌がまた絡め取られて、じゅるじゅると音を立てながら啜られた。

中腰の格好だったレオンの肩が震えて、バランスが前傾に傾く。
かかる重みを支える気など最初からなかったのだろう、クラウドは掴んでいたレオンの胸倉を引き倒す形で、ベッドへと転がした。
上に覆い被さって来る男の手は熱く、どっちの熱なんだか、とレオンは呆れた。


「────っは……、はあ…」


ようやく解放されて、レオンは籠った空気を吐き出して、新鮮な酸素を吸い込む。
その間に、クラウドの唇が喉元に寄せられて、ちゅう、と吸い付く感触があった。


「おい……」
「誕生日プレゼントなら、俺はあんたが欲しい」
「……お前、病人だろう」
「ああ。だから優しくしろ」
「俺に伝染ったらどうしてくれるんだ」
「その時は俺があんたを手厚く看病してやる」
「碌な事にならないから止せ」


家事一般がまるで出来ない男に看病されるなんて、想像するだけで恐ろしい。
レオンの脳裏には、いつであったか見た、彼がキッチンを大惨事にした光景が蘇っていた。
あれを片付けたのはレオンなので、あんな悲劇を二度も起こす位なら、風邪でも熱でも自分が動けるなら自分で動いた方が良い、とレオンは思う。

熱を持った手がレオンのシャツを捲り、肌の上を彷徨う。
下肢に押し付けられる固い感触の正体を察して、元気な事だ、とレオンは溜息を吐きつつ、体の力を抜いた。
その意図をクラウドも察し、またレオンの首筋にキスが落ちる。


「レオン」
「今日だけだぞ。悪化しても俺は責任は取らない」
「ああ。大丈夫だ、こう言うのは汗をかけば治ると言うだろ」
「悪化もし易いがな」
「で、治ったら後で改めてプレゼントを楽しませて貰おう」
「おい、さり気無くこれをノーカンにしようとするな」
「だがあんたはプレゼントだろう?じゃあ貰った俺のものだ。だから治ってから好きなだけ堪能したって良いだろう」
「……屁理屈にもならんな。お前、熱で頭が回ってないんじゃないか。やっぱり今日は止めた方が良いな」


レオンはクラウドの体を圧し退かせ、もう一度逃げようとするが、肩を抑える力は強い。
病人の癖に、と舌打ちしていると、背中に腕が回されて、二人の肌が密着する。
熱い、と健康的な意味ではないクラウドの体温を感じつつ、言っても無駄だと早い内に抵抗を止めた。

折角の誕生日に風邪なんてものに捕まったのだから、哀れと言えば哀れだ。
そう思うと、まあ甘やかす理由としては十分か、とレオンも思う。
それならば、とレオンの手がするりと伸びて、クラウドの下肢を撫でる。


「……レオン?」
「プレゼントだし、お前は病人だしな。俺がしてやる」
「マジか」
「ああ。お前の好きなように、俺がしてやる。こんなのは今日だけだぞ」


特別だと囁いてやれば、触れる場所が硬く張り詰める。
全く元気な事だと呆れつつ、レオンはクラウドの熱を更に煽るべく起き上がった。




2019/08/11

クラウド誕生日おめでとう!!
風邪ひいちゃって災難かと思いきや、思わぬラッキーが転がり込んだクラウドでした。