止まり木は気難しい


ジタンは自分の身長がそれ程低いとは思っていなかった。
特別に背が高い訳ではないが、特筆する程低い訳ではない────そんな認識だ。

ジタンの世界には、様々な人種がまぜこぜになって暮らしている。
だからジタンが持つ尻尾も特別に目立った事はなかったと思う。
全く同じ特徴を持つ者が他にいなかった、と言う事に気付いた事はあるが、それも特に深い意味があるとは考えなかった。
体格は種族の違いは勿論、個々人でも差が大きく、随分と大柄な者もいれば、ジタンより遥かに小柄な者もいる。
だからジタンは、自分が全体的に小柄な方であると思ってはいても、それを強く意識する事はなかったのだ。

だが、どうやら他の世界を基準にした場合、ジタンはかなり背が低い方になるらしい。
異世界で出会った仲間は、皆見上げなければ顔が見えないし、自分より背が低いのは一人二人。
それも一人は目線の高さがほぼ同じだし、もう一人は元の世界ですら小柄な種族であるらしい。
自分自身への認識を引っ繰り返されたのは、ジタン一人───もしかしたら対に召喚された彼もそうかも知れないが───のようだった。

自分の身長が低いからと言って、悲観に囚われる必要はなかったし、そう考える事もなかった。
強いて言うのであれば、足が長い誰かさんが普通に立っている所を見るだけで、そりゃあ格好良く見えるよなと思う事はある。
だが人間の深みと言うのは身長や体格で決まる訳ではないし、ジタンは自分の体格が自分の能力に見合っている事を解っている。
ああなれたら、と細やかな羨望が混じる事はあっても、今の自分の体を捨てたいと思う事はなかった。
何よりジタンは、“足が長い誰かさん”を気に入っている。
見張りと称して立っていたその肩に、上から飛び降りて行く位には、気安い気持ちで。

正に今ジタンはその状態で、“誰かさん”───スコールの肩の上に乗って、周囲をきょろきょろと見回していた。


「西に鳥の巣発見。魔物じゃなさそうだな。異常なーし!」
「……了解」


ジタンの報告に、スコールは短い返事をしながら、自身も首を巡らせて周囲の様子を確認する。
視力はそれなりに良い方であるが、盗賊として鍛えられたジタン程、遠見は効かない。
そもそも此処は森の中なので、木々の遮蔽の所為で見通しも良くないので、スコールの目視確認は近くの茂みの音や、その向こうで微かにちらつく影の正体を探る事に向けられていた。

一通り周囲の確認をし、警戒すべきものが今はない事を確かめると、スコールは一つ息を吐いた。
溜息にも似た音をジタンは聞いていたが、気にせずに手で庇を作って遠くを眺める。
なんか小さな生き物がいるな、リスか、と思いつつその動きを目で追っていると、


「……ジタン」
「んー?」
「……いつまで其処にいる気だ?」


かけられた言葉に、おおやっと言った、とジタンは思った。
かれこれ30分はこの格好で過ごしていたので、随分と悠長な指摘であるが、ジタンはそれが少し嬉しい。

ジタンは背中を丸めて、上からスコールの顔を覗き込んだ。
逆様になって視界に入ってきたジタンに、スコールは眉間の皺を深くして、睨むように見つめ返す。
心なしか尖った唇が、なんだよ、と言っているのをジタンは音もなく聞きつつ、訊ねる。


「オレ、邪魔かい?」
「……重いんだ」
「だいじょーぶだいじょーぶ。お前なら平気だって」
「現実に重さを感じている」
「耐えられない程でもないだろ?」
「……」


ジタンの言葉に、スコールは口を噤んだ。
肩に乗っているジタン一人の重みに耐えられない、と言うのは、戦士としてのスコールのプライドが許さないし、実際にそれ程苦痛に感じる程に重い訳でもない。
それでも、嘘でも重いと言えばジタンは素直に降りるつもりだったのだが、スコールはそうは言わなかった。
不満を隠さない顔を向けては来るが、強引にでも振り落とさない所に、ジタンは彼の優しさと甘さを感じる。

ジタンの尻尾がゆらゆらと揺れる。
スコールからは見えない位置にあるそれは、上を向いて小刻みに踊っており、ジタンが上機嫌である事を示していた。


「いやー。背が高い奴の視界ってのは良いな。遠くまでよく見える」
「…そう思うなら、確り見張りの仕事をしてくれ」
「判ってるって。うーん、なんだか世界が違って見えるぜ」


ジタンはスコールの頭に腕を乗せ、其処に顎を乗せた。
頭部を覆う重みと体温に、スコールの眉間の皺がまた深くなったが、彼は何も言わなかった。
やれやれと一つ溜息を吐いて、勝手にしてくればかりに体の力を抜く。

そんなスコールの肩の上で、ジタンは普段と全く違う視界を楽しんでいた。
自分で地に足を点けている時に比べると、地面が遠く、その所為か少し空が近くにあるような気がする。
木々の枝葉が擦れる音も、発信源が数十センチ分近くにあるからか、心なしか音の形がはっきりと聞き取れるような気がした。
たかが数十センチの違いでそんなに違うものなのか、と思う者もいるだろうが、女性が数センチ高いヒールを履いただけでも、見える視界は普段と変わるのだから、身長の二倍の高さの視界ともなれば、それはもう全く別の世界である。


「うん、良いな、この感じ。スコール、お前の此処、俺の指定席にして良い?」
「却下だ」
「そうつれない事言うなよ。な?」
「……あんたを俺の専用椅子にして良いなら」
「そりゃ勘弁」


中々怖い発言を貰って、ジタンは直ぐに要望を引っ込めた。
それから、そんな言葉を言ってくれる位には気を許してくれているのだと、ジタンの口元に笑みが浮かぶ。


「指定席は諦めるけどさ。偶にこうやって乗っても良いか?」
「……」
「見張りの時とか、遠くまで見えて良いんだよ」
「木に登った方が高いだろ」
「登れる木が必ず近くにあるとは限らないし」
「フリオニールやセシルの方が背が高い」
「鎧が刺さりそうなんだよなー」
「……バッツ」
「お前の方が高いじゃん」
「………」


大した差じゃないだろう、とスコールが胡乱な目をするが、それを言った先に述べたフリオニールやセシルもそうだ。
彼等はスコールよりも背が高いが、十何センチも差がある訳ではなく、それこそ誤差程度である。

跳ね付ける理由が尽きたのか、スコールはまた溜息を吐いた。
腕を組んだ姿勢になって何も言わなくなったので、もう勝手にしろ、と言う空気がひしひしと感じられる。
ジタンはそんなスコールの背を尻尾で撫でながら、スコールの顔を覗き込んだ。
翳る視界が見張り仕事の邪魔になったのだろう、不機嫌な目がジタンを見上げて睨む。

往々にして不機嫌を振りまいている蒼灰色の瞳であるが、ジタンはそれに臆する事はなかった。
機嫌が悪く見えるのは、癖のように寄せられている眉間の皺があるからで、それを隠すとこの瞳は様々な感情を内包している事が判る。
観察眼に長けた者がその事に気付けば、スコールが言葉の代わりに目で喋っている事が判るだろう。
因みに今のスコールの目は、不機嫌ではあるが、それは見張り仕事を妨げられているからであって、ジタンに対して本気で怒っている訳ではない事が感じられる。

まじまじと至近距離で見つめ続けるジタンに、スコールは居心地が悪くなったのだろう、


「……なんだ?」


用事があるならさっさと言え、とスコールは短い言葉で促した。
それに対し、いやあ、とジタンは笑って、


「俺はスコールに愛されてるなあと思って」
「は?」


ジタンの言葉に、スコールはぽかんと目と口を丸くした。
いつも整った顔立ちを殆ど動かさずにいるスコールが、そんな表情をしたのが面白くて、ジタンは「ははっ」と声を出して笑う。

あんたは何を言っているんだ、と言う言葉すら出なくなったスコール。
ジタンはそんなスコールの前髪を撫で上げて、露わになった傷のある額に唇を当てた。
触れただけで直ぐに離れたそれに、スコールが益々混乱した様子で、丸い目がじっと逆様に映るジタンの顔を見詰めている。

ジタンが顔を上げても、スコールは固まったままだった。
俺は今何をされたんだ、ジタンは今何をしたんだ、これの意味は、と考えている気配を感じつつ、そう言うものは考えるのではなくて感じるのだとジタンは思う。
思うがそれを口にはしない。
ジタンはまたスコールの頭に腕を置き、それを枕に顎を置いて、すっかり思考の海に沈んでいるスコールの代わりに、見張り仕事に従事する事にした。



それからしばらくの後、スコールも現実に反って、また見張りを始める。
ジタンの行動に対し、何か答えを見つけたのか、面倒になって考えるのを辞めたのかは判らない。
だが、何れにしろ、肩に乗ったジタンを振り落とそうとはしないので、やっぱりオレは愛されてるなあとジタンは思うのだった。




2019/09/08

9月8日でジタスコの日!

相手からの好意にも、自分の相手への気の許し方の自覚にも鈍いスコールが好きです。
それを感じ取りつつ、スコールがそれ位に自分に甘かったり、距離が近い事を許している事を嬉しく思ってるジタンでした。