授業中断


魔道師と言えば、その力の本領となるのは当然、魔法術の活用である。
それは戦闘となれば勿論のこと、日常の些細な面でも言える話で、自身が持つ魔力を如何にして、どのように、場面に合わせて効率良く使えるかが、魔道師の格の違いと言える。

戦闘の場面において、魔道師は魔力を攻撃、或いは防御に使用する。
炎を生み、水を操り、雷を呼び、風をまとう。
これらは自身の魔力で生み出すものではあるが、全てをそれに頼る場合、消耗と枯渇はあっという間にやって来る。
だからレベルの高い魔道師と言うのは、その場その場で自然界に滞留している力を触媒にし、0を1にではなく、既に其処に存在している0.1を足場にして、それを幾重にも膨らませる方法を知っている。
または、生み出したものを中心として、周囲の力の流れにそれを乗せる事で、放出に使う魔力の消費を抑える事も可能であった。

こうした魔道師の本領が発揮できるのは、やはり獲物を遠くから狙う事を前提に、自身が魔力を練り上げる時間が作れる余裕が必要であった。
シャントット程の実力者ともなれば、無詠唱でガ級の魔法を唱える事も朝飯前だが、しかし威力は本来の詠唱を行った時よりも遥かに落ちる。
良くて3割、悪ければ5割までその威力が落ちるとすれば、リスクは決して無視できるものではない。
だが、敢えて威力を下げた状態で、連続して唱えて乱発するのであれば、戦術としては十分に使える。
無詠唱である為、敵が接近している状態でも、自衛として使う事も不可能ではない。

とは言え、やはり魔力を扱うには、相応の準備がいる。
下手な扱いをして魔力が逆流したり、暴走したりすれば、意図せぬ被害を及ぼすことは勿論、自滅する可能性もあるからだ。
強大な力を有する魔道師ほど、それを忘れてはいけない。
それ程の力を常に持ち得ているからこそ、魔道師は時に崇められ、時に恐怖の対象ともなり得るのだ。



イミテーションの多くはシャントットにとって造作もなく壊せる程度の人形である事が殆どだ。
自身の姿をしたものについては、まるで映し鑑のように生み出されたその精巧さに、よく研究されているものだと思う事はあれども、それ以外の感慨を覚える事はない。
模造品など、ファイアの一つもぶつけてやれば、呆気なく壊れて行く。
比較的頑丈なものも時には現れるが、それも数発の魔法を当てれば結局は粉々になるので、シャントットの琴線を強く震わせるには至らないのである。

とは言え、数の利で押し寄せられると、流石に面倒だ。

しばらく前から、シャントットはスコールから魔法の使い方についての指南を求められていた。
元々が近接を持ち場としているスコールであるが、彼は自分の戦術の幅を広げる為、どうしても不利になる遠距離からの戦闘方法を模索していた。
シャントットが元の世界で研究者であると誰かから聞いたのか、自ら頼みに来たその行動は、中々豪胆なものである。
彼にとってもシャントットが応じてくれるとは思っていなかったようで、駄目元で来たつもりだったそうだが、彼が持つ魔力の性質と言うものがシャントットの興味を引いた。

元々魔法が当たり前に存在しており、素質と理解力があれば誰もが使う事が出来るシャントットの世界と違い、スコールの世界にはそう言った要素がない。
魔法はあるにはあるが、それは科学的に解明され、本物を真似て作られた“疑似魔法”であると言う。
スコールは環境が整っていた為、それを扱う術を知っているが、しかし根本的に“真似事の魔法”であることもあって、その威力は他の魔法使いたちの足元にも及ばない。
秩序の戦士の中で、魔力の強さに関しては、下から数えた方が早い、と言っても良いだろう。
それでも使えない訳ではないし、使える力ならば有効的に活用するべきだと考えている。
神々の闘争と言うこの世界に置いて、その考え方は正しいのだが、彼は研究者ではない上に、魔法の仕組みと言うものの全体像を知っている訳ではない。
其処で、元の世界でも様々な研究を行っており、多方面の知識を持ち、且つ自身も強大な魔力を扱う事に慣れているシャントットに一度指南を頼んでみようと思ったのだ。

シャントットは後進の育成自体に抵抗はないが、他者に指南をする事は、特に歓迎するような事でもない。
寧ろ他人に関わっているが為に、手元の研究を停めざるを得ないのなら、煩わしいこととも言える。
そんな彼女がスコールからの魔法指南の頼みを受けたのは、彼に指導を与える事で、自分の世界にはない魔法について知ることが出来るかもしれない、と思ったからだ。
同時に、元々低い魔力でコントロールされているスコールの魔法の威力を上げる方法が分かれば、魔力のより効率よく使う方法を見付ける事が出来るかも知れない。
指導の労はあるが、研究者としての視点で見れば、これは千載一遇のチャンスであった。
異世界の魔法の仕組みなど、こんな事態でもなければ、出会う事はないのだから。

スコールへの魔法指導────授業は定期的に行われ、それなりの成果を上げている。
シャントットが机上で計算したほどスコールの魔法の威力は上がらなかったが、それは元々の性質の違いもあるので、及第点に至った所で一先ずは良しとした。
授業中のスコールの態度は実に優秀で、時折此方の指示に対して眉を顰めたりと言った様子はあるものの、基本的に無駄口や反発はなく、先ずは言われた通りを実行して見せる。
授業の日には、講義代のように、茶葉や豆、ちょっとした茶菓子なども持ってくるので、気が利いている。
座学についても真面目に聞いているし、理解力も低くはないので、教鞭を取る者としては、教え甲斐があった。

今日もシャントットはスコールと授業を行っており、内容は実技的なものを予定していた。
授業で繰り返し行う事は、感覚を体に覚え込ませる作業として行っているが、問題は本番でどれだけそれをトレース出来るかだ。
戦場は一瞬で自分の命が消えるのだから、まごついている暇はない。
だから先ずは程好い練度のあるイミテーションか、或いは魔物を相手にしてみよう────と言う予定だったのだが、それはご破算になった。
授業場所にと選んだ海岸に辿り着いた所で、練度の高い複数体のイミテーションが、此方がその接近に気付くよりも早く、襲撃を仕掛けてきたからだ。

勇者、義士、英雄、銃士、雷光と言うラインナップに、舌を巻いたのはシャントットもスコールも同じだった。
雷光が隙を許さぬ連撃で迫り、その攻撃の隙間を縫うように、義士と英雄がスコールを襲う。
銃士は遠く距離を取ってシャントットの魔法詠唱を阻み、こちらが反撃しようとすれば勇者が盾となる。
銃士と勇者の動きが一瞬でも止まると、そのタイミングを外さずに雷光がターゲットをシャントットに切り替え、その間スコールには義士と英雄が二体がかりで張り付く。
せめてもう一人、敵を抑えられる手が欲しい、と無い物強請りを考えるのも、無理はない状況だった。


(せめて、一体)
(それだけでも潰せば)


逃げるには遅く、仲間を呼ぶには遠すぎる。
増援が望めないこの状態で、スコールとシャントットは、場を引っ繰り返す為に必要な策を練っていた。
だが、この数の不利を無視して一気に打開するには、シャントットが魔力を練る時間が必要だ。
ならば狙うのは銃士か、それとも、と止める訳には行かない思考が、二人の隙を生む。


「シャントット!」
「────!」


呼ぶ声はなくとも、判っていた。
銃士からの遠距離からの攻撃に気を取られている隙を、雷光が刺しに来る。
眼前に迫る刃の閃きに、シャントットは舌打ちと同時にエアロを放った。

詠唱を無視して打ち放った風はただの突風の塊でしかなかったが、雷光を吹き飛ばすことには成功した。
しかし、首筋の嫌な感覚は変わらず、その正体をシャントットは直ぐに理解した。
銃士の警護にほぼ終始していた勇者が背後に迫り、刃がシャントットの小さな体に向けて振り下ろされる。

その刃を叩くように砕いて、ガンブレードが勇者の頭部を貫いた。
勇者の元になった人物の声帯を真似て、耳障りな音を交えた断末魔の声が響く。
そして間を置かずに、スコールの背に風圧を凝縮させたような剣氣が襲った。


「スコール!」


無防備を晒していた背を襲った衝撃に、スコールの体がそのまま打ち飛ばされる。
戦場の輪から追い出される形となったスコールを、義士、英雄、雷光が更に追った。
が、それをシャントットの放った氷の弾丸が打ち、足が止まる。
標的を切り替えた光のない三対の目が振り返った時には、其処にシャントットの姿はなく、彼女は地面に俯せに倒れているスコールの前に立っていた。

スコールは英雄の放った衝撃刃を喰らい、吹き飛ばされ地面に叩きつけられたダメージも重なって、意識を失っている。
切り裂かれた黒のジャケットの背中から、赤黒く滲んだシャツが覗いていた。
それを見下ろすシャントットの口から、ふう、と溜息が漏れる。


「はあ。全く、今日はとんだ厄日だこと」


呟いて振り返れば、開いた距離を走る三対と、それに遅れて射程距離へと入ろうと近付いて来る銃士の姿。
足の速い雷光が一歩先に辿り着くかと言う所だが、既にそんな猶予を与える事はない。

シャントットを中心に、強大な魔力の渦が噴き上がって行く。
傍らに倒れ伏したままのスコールの髪が、渦の昂ぶりに煽られて揺れていた。
人形を見るアーモンド型の瞳に、鋭く冷たい光が宿る。


「良い生徒なんですのよ。それなりに」


自身が研究室としている洞窟にスコールが来訪する日を、シャントットは少なからず気に入っている。
少々生意気な所はあるが、授業態度は真面目だし、課題はちゃんと熟してくる。
シャントットからの課題と言うのは、半分は彼女の実験的な試みも含んでいる為、必ずしもスコールがクリア出来るものではない場合もあった。
それでもスコールは可能な限りの試みを行い、どうしても難しい場合は、現状で確認できる限りの事を期碌に留めて、シャントットの下を訪れる。
そうした姿勢は、少々真面目で勤勉過ぎて、偶に面白味に欠けるのだが、それは良しとしよう。
ともあれ、シャントットはこの成績優秀な生徒に、それなりに目をかけてやる気分でいるのだ。

振り翳した杖から、閃光が放たれ、空へと突き刺さる。
常に空を覆う重く暗い雲の向こうへとそれが飲み込まれた直後、轟雷が鳴り響いた。
激音と共に降り注ぐ何十発と言う野太い雷が、海岸線を黒焦げにして行く。
決して狭くはない海岸一帯を焼き尽くさんと降り注ぐ雷の雨の中、悪魔の笑い声が高く吸い込まれて行った。




潮の匂いなどこの世界にあるのか判らないものだが、焦げた匂いの海岸と言うのは不穏なものである。
が、シャントットは全く気に留めなかった。
雷が消え、それに撃たれ壊れた人形が、欠片も残さず塵となった頃、シャントットはスコールの傷の手当てを終えた。


「……こんなものかしら。まあ、死にはしないでしょうし」


背に傷を負ったスコールは、俯せのまま、地面の上に寝かせている。
ポーションで消毒し、傷口全体を保護するように巻かれた包帯は、痛々しい姿ではあるが、出血は酷くはなく、呼吸も安定しているので、時間が経てば目を覚ますだろう。

シャントットは魔道師であり、様々な魔法の研究を行い、新たな魔法を生みだした経歴も持っている。
しかし、シャントットが専ら使っているのは破壊の力を秘めている黒魔法であり、治癒を主たる力と持つ白魔法ではない。
理屈や心得がない訳ではなかったが、不得手なものである事は事実で、シャントットもそれを自覚していた。
そんなもので付け焼刃の治療を施すよりも、ポーションや包帯による医療処置の方がこの場は適していると判断したのだ。

手頃な岩が傍にあったので、シャントットは其処に座り、スコールが目覚めるのを待つ事にした。
気付けでもして強引に起こしても良かったが、なんとなくその気にはならなかった。

数十分前の緊迫が嘘のように、海辺は静かな潮騒に包まれている。
その音を聞きながら、今日の授業の振り替えはいつにしようかしら、とシャントットは今後のスケジュールを調整し始めたのだった。




2019/11/08

11月8日なので、シャントット×スコール。と言い張る。

別に特別に優しくしたり、相手を敬ったりと言う間柄でもないけど、なんとなく愛着だったり多少なりの敬意はある。
そんな先生と生徒のような関係の二人がいたら楽しい。