世界で一番幸せ者


誕生日と言うものを、いつまでも指折り数えていられると言うのは、きっととても幸福な事なのだろう。
20代、30代、40代、そして50代になった今でも、もういくつ寝ると誕生日、と年の瀬の歌に合わせて歌い出す父を見て、レオンとエルオーネはくすくすと笑いながら、そんな事を思った。
「プレゼント、楽しみにしてるぜ!」と満面の笑顔で言って、一つも卑しさが感じられないのが、父の良い所だ。

そして迎えた1月3日────何よりも今日を楽しみにしていたラグナは、うきうきとした気分で帰路を辿り、家の玄関を開けた。
「たっだいまー!」と元気よく響いた声の直後、弾けた音に、何事かと目を丸くして、


「ハッピーバースディ、父さん」
「おじさん、誕生日おめでとう!」
「…おめでと、」


赤、黄、青のクラッカーをそれぞれ手に、祝福の言葉を投げかける子供達。
それを見ただけで、ラグナは目頭が一気に熱くなるのを感じた。


「うぉおおお!レオン〜、エル〜、スコールぅうう〜!!」
「きゃっ」
「!!」


3人を一度に抱き締めるラグナに、今度は娘と末息子が目を丸くする。
長男は父の行動に予想がついていたので、特に驚く事も抵抗する事もなく、父の温もりに身を預けた。

ぎゅうぎゅうと抱き締める父に、スコールが顔を顰める。
思春期真っ盛りで気難しい年齢のスコールにとって、父の過剰なスキンシップは受け入れ難いものなのだ。
しかし、今日は姉や兄から“父の誕生日だから”と言い含められている為、逃げ出そうとまではしない。
エルオーネは昔からラグナのスキンシップが好きだし、レオンも良い歳をしてと少し恥ずかしくは思うものの、昔からの事だから慣れたものだ。


「あー、俺生きてて良かったあ」
「なんだ、大袈裟だな。と言うより、まだ早いぞ、その台詞は」
「そうよ、おじさん。ほら、こんな所に立ってないで、リビングに行こう?」
「……息、出来ないから…そろそろ離してくれ」


エルオーネとスコールの言葉に、ラグナは渋々、子供達を抱き締めていた腕を解く。
ちぇ、と拗ねたように唇を尖らせるラグナに、エルオーネがその手を取ってこっちこっちと引っ張る。
スキンシップから解放されて、ほっと息を吐いているスコールを、レオンが手を引いてリビングへと促した。

リビングに入ったラグナは、おお、と目を見開いて感歎の声を漏らした。
リビングのテーブルには、いつも遅い帰宅を余儀なくされる父の為に夕食が用意してあるのだが、今日は並べられた全ての料理がラグナの好物になっていた。
メイン料理からサラダやスープまで、彩も盛り付けも綺麗で、食べてしまうのが勿体ない位だ。

きらきらと目を輝かせる父に、レオンとエルオーネが顔を見合わせて笑い合う。
それから、良かったな、と音なく兄が呟けば、弟が赤い顔でふいっと目を逸らした。


「どうする、父さん。風呂も沸いてるけど」
「先にお風呂に入る?スコールが背中流してくれるって」
「えっ、マジ?」
「エル!しないからな、そんなの!」
「え〜」


判り易く残念がるラグナに、スコールはふんっとそっぽを向いてしまう。
スコールが冷たいよう、と父に抱き着かれたレオンは、慰めるように父の頭を撫でてやる。


「よしよし」
「レオン〜」
「それで、風呂と夕飯、どっちにするんだ?」
「ん?うーん」


ぎゅうぎゅうと抱き締める父を好きにさせて問えば、ラグナは首を傾げて考えた。
うーんうーんと唸る父に、其処まで悩む事だろうか、と眉根を寄せたのはスコールだ。


「スコールと一緒にお風呂も捨て難いけど、」
「入らない!」
「皆はもう晩飯食べちゃったのか?」
「いいや」
「おじさんが帰って来てから、皆で食べようと思って」


威嚇するように目尻を吊り上げるスコールを宥めながら、レオンとエルオーネが答える。
二人の言葉に、またラグナの目頭が熱くなった。
ラグナはじわじわと浮かんで来る涙をそれをごしごしと拭い、


「よし、じゃあ先に飯にしよう!3人ともお腹ぺこぺこだろ、こんな遅くまでありがとな〜!」
「大袈裟だな」
「でもお腹減ったよ〜」
「だろだろ。さ、食べようぜ!スコールも座って座って」
「判ったから押すな!」


ラグナがスコールの背を押して、定位置の椅子に座らせる。
その隣にラグナが座ったのを見て、スコールの前にエルオーネを座るように促し、自身はラグナと向かい合って座る。

拗ねた表情をしているスコールに、エルオーネが笑いかけた。
ちら、とそれを見た青灰色が、仕方ないから、と言いたげな空気を滲ませて伏せられる。
くすくすと笑うレオンとエルオーネ、拗ねた表情のスコールを見渡して、ラグナは嬉しそうににこにこと頬を緩ませ、


「はいっ、手を合わせて!頂きまーす!」
「頂きます」


ラグナの号令に合わせて、レオン、エルオーネ、スコールも言葉を繰り返す。

4人揃って食事をするのは、随分と久しぶりの事だった。
高校生のスコールと、大学生のエルオーネは規則正しい生活をしている為、午後6時か、遅くても7時には夕飯を食べる。
レオンは日によって仕事が終わる時間が違うが、早く帰れる日には、必ず妹弟と一緒に食事をするようにしている。
しかし、ラグナだけは遅くなってしまう為、息子達がそろそろ眠ろうかと言う時間にならなければ帰る事すら出来ていなかった。
酒を飲むレオンと語らいながら遅い夕食をする事はあるけれど、娘や末息子と過ごす時間が減っている事は────仕方のない事ではあるけれど────、ラグナにとってとても寂しい事だった。

それを思うだけで、無性に涙が出そうになるのを堪えながら、ラグナはスプーンを手に取った。
どれから食べよう、と目移りしたラグナだが、先ずは手前にあるものから、と自分の下に置かれたオムライスを見て、ぱちりと瞬きを一つ。


「あ、それね、私が書いたの」
「オムライスを作ったのは、スコールだな」
「言わなくて良い…!」


鮮やかな黄色のオムライスには、ケチャップで『おめでとう』の文字。
ラグナが隣に座る末息子を見れば、彼は明後日の方向を向いていた。
しかし、母譲りのダークブラウンの髪から覗く丸い耳は、これでもかと言う程真っ赤になっていて、


「スコールぅうう!」
「うわっ!」
「あ」
「危ない!」


顔を背けていたが為に、無防備になっていたスコールは、抱き着いて来た父に押されて、椅子から転がり落ちた。
レオンとエルオーネが思わず声を上げたが、遅い。

どたたた、と穏やかではない音がする。
兄姉が慌てて椅子を立ってテーブルの反対側に回り込むと、カーペットの上に座り込んだ弟と、弟に抱き着いて離れない父の姿。


「ありがとな、ありがとな!」
「べ、別に…!夕飯くらい、いつも作ってるから、今更…」
「うん、そうだけど。いっつも美味いもの作ってくれるもんな。でもやっぱり嬉しいんだよ〜!」
「……う、な、泣くな!判ったから、頼むから夕飯ぐらいで泣くな!」


顔をくしゃくしゃにして喜ぶ父に、スコールは顔を真っ赤にして叫んだ。

取り敢えず、二人とも怪我はないらしい。
それなら良かったと、レオンはラグナを抱え起こして、スコールから離させた。


「ほら、父さん。早く食べないと、スコールが作ったご飯が冷めるぞ」
「え。ひょっとしてこれ、全部スコールが作ってくれたのか?」
「……エルも作った」
「でも、殆どスコールがやってくれたんだよ。プレゼント用意できなかったから、ご飯は作ってあげたいって言って」
「エル!」


なんで言うんだ、と慌てて姉の口を塞ぐスコールだったが、既に遅い。
ちら、と父を伺い見れば、エメラルドグリーンにじわじわと大粒の涙が浮かんでいて、スコールはぎょっとした。


「だ、だから、泣くなって……」
「だってよぉおおお〜!」
「よしよし。ほら、父さん、ちゃんと席に着いて」
「スコールも座って。おじさんの隣ね」


おいおいと泣くラグナの隣に座らせたスコールが、変わって欲しい、と言う目でエルオーネを見詰めたが、エルオーネは素知らぬ振りで自分の席に戻った。
その隣にレオンも座ったので、スコールは眉根を寄せて俯く。
眉尻が吊り上がっている所為で、怒っているようにも見える表情だったが、恥ずかしがっているだけだと言う事は、赤くなった頬や耳を見れば直ぐに判る事だ。


「全部!全部食べるからな、スコール!」
「……腹壊さないようにしてくれ」
「平気平気。おっ、ポテトサラダ美味い!スープも!」
「あ、このナゲットはね、私が作ったの」
「うん、美味い美味い!」
「父さん、さっきからそれしか言ってないぞ」
「だって本当に美味いんだよ〜」


今日は息子達が、自分の為に夕飯を作ってくれたのだ。
それも、ラグナの好きな物ばかりを。
そんな息子達の気持ちだけでも、ラグナには食卓に並んだ全ての料理が美味しくて堪らなく思えてくる。
実際に食べてみれば、これまた頬が落ちそうな程に美味しくて、いつもは薄味に作られている料理も、今日ばかりはラグナの味覚好みに味付けがされている。

涙を浮かべながら、家族と囲んで食べる夕飯の美味しさを、ラグナはひしひしと噛み締めていた。
仕様がないなと見詰める長男、くすくすと楽しそうに笑う娘、恥ずかしがり屋だけれど優しい末息子、────そして窓辺には、優しく笑う妻の写真。


「ご飯食べ終わったら、プレゼントもあるからね」
「おおっ、なんだなんだ?」
「まだ内緒ー」
「え〜、なんだよぅ、教えてくれよぉ」
「開けるまでのお楽しみだ」
「…………」
「スコールからのプレゼントは、ご飯と、ケーキね」
「スコール、ケーキも作ったのか?」
「……暇だったから」
「ティーダ達から遊ぼうってメールを断ってたな」
「…レオン…!」


だからなんで言うんだ、と睨む弟に、兄も姉も微笑んで見せるだけ。
隣からひしひしと伝わる熱い視線に、スコールは知らない振りを決め込んだ。

ずぴっ、と鼻を啜るラグナに、レオンとエルオーネが耐え切れずに笑い出した。
酷い顔、と言う二人に、だってよぅ、とラグナは言う。
そんな父の顔を、スコールはこっそりと伺い見て、こっそりと笑みを漏らすのだった。




2012/01/07

皆でパパのお祝いです。
遅刻したけど、ラグナ誕生日おめでとう!

うちのラグナは感動屋らしい。子供たち皆可愛いくて仕方ない。