はるのななくさ


「せり、なずな、ごぎょう、は、は…」
「はこ?」
「はこべら、ほとけのざ、すずな、すず、す、…」
「すず、し?」
「すずしろ!」


最後の一つを元気よく発表したスコールに、レオンはくすくすと笑いながら、よくできましたと頭を撫でてやった。


「凄いな、スコール。もう全部覚えたのか」
「うん!」


膝の上に乗せた小さな弟は、嬉しそうに兄を見上げて頷いた。
ぷくぷくと丸い頬が赤らんでいるのが、なんとも可愛らしい。

そんな二人の前には、クッキングヒーターが出されており、その上には鍋が置かれている。
その中で温かな湯気を立ち上らせているのは、今日の夕飯の七草粥。
柔らかく溶けた粥の中に、所々に散らばっている緑色が鮮やかで、他にも輪切りにされた白い茎が入っている。
年末年始から色々と華やかな食卓が続いたが、今日は質素なこの一品と、薄味の味噌汁と漬物のみ。
しかし、スコールは質素な食卓をつまらなく思う事はなかったようで、そんな事よりも、兄から教えてもらった“七草”を暗記暗唱する事に夢中になっていた。

レオンは膝上のスコールを抱え直すと、半纏の垂れた袖を捲りあげて、鍋に入れていたお玉を手に取った。
ぐるぐるとかき混ぜて、もう良いかな、と呟くと、スコールが炬燵テーブルの端に置いていた大小のお椀の内、大きなお椀を取る。


「はい、お兄ちゃん」
「ああ、ありがとう」


差し出されたお椀を受け取って、レオンは鍋からお椀に粥を移す。
それから、スコール用の小さなお椀にも粥を移し、


「ほら、スコール。熱いから、ちゃんとふーふーして食べるんだぞ」
「うん。いただきます」


お椀をテーブルに置いて、きちんと手を合わせて、食前の挨拶。
レオンも一緒に手を合わせ、習うように挨拶をした。

粥は箸では少し食べにくいだろうと、レオンが用意したのはレンゲだ。
猫のマークが描かれたレンゲはスコール専用で、使う度に嬉しそうにしている。
今日もスコールは、レオンに渡された猫のレンゲを嬉しそうに見つめた後、粥を掬ってふーふーと息を吹きかける。
あーん、と大きく口を開けて、ぱくん、とスコールは一口。


「はふ」
「まだちょっと熱いか」
「ん、でもおいし」


はふはふと口の中の熱さを逃がそうとするスコールに、レオンはくすくすと笑う。
こくん、と粥を飲み込んで、スコールは二口目は念入りに冷ましてから口の中に入れた。


「梅、あるぞ。塩の方が良いか?」
「ウメがいい」
「丸ごとは大きいか。解そうな」


小さな器に入れていた梅は、ふっくらと果肉を膨らませている。
レオンは箸で梅の果肉を解して細かくし、スコールの粥の中に少量入れてやった。
少し掻き混ぜてから、スコールは粥を掬い、ふーふー、と息を吹きかけて、口の中へ。


「どうだ?」
「んぅ……ふへへ」
「そうか」


見上げるスコールの後頭部が、こつんとレオンの胸に押し当てられる。
にこにこと嬉しそうに見上げてくる弟に、レオンは笑みを浮かべて良かったと言った。
零れるぞ、と苦笑しながら言えば、うん、と素直な返事が返ってきて、スコールは食事に向き直った。

レオンも膝上のスコールに粥を零さないように気を付けながら、自分の分を口に入れる。
すっきりとした味が口内に広がって、少し塩気が足りなかったかなと思っていたのだが、これくらいなら許容範囲だろうと安堵した。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「ん?」
「これ、なあに?せり?なずな?」
「スズシロかな」
「すずしろ。これ、すずしろ?」
「うん」
「すずしろ」


確かめるように繰り返して、あーん、とスコールはスズナを口の中に入れた。
むくむくと顎をしっかりと動かして、スコールは粥を飲み込んだ。


「これは?」
「うーん……ナズナかな?」
「なずな」
「多分」


蕪のスズナや、大根のスズシロは、刻んでも触感や見た目ですぐに判るが、他は混ぜてしまうと少し判り難い。
よくよく見れば、茎や葉にもそれぞれ特徴があるから判るのかも知れないが、レオンもそこまでは把握していなかった。
曖昧な返事にスコールが起こることはなく、なずな、と確かめるように呟いて、ぱくりと食べる。

普段、あまりハイペースで食べる事がないスコールだが、今日は腹が減っていたのか、薄味の粥が食べ易かったのか、あっという間にお椀を空にした。
すっきりとしたお椀を見詰めて、物足りなさそうな顔をするスコールに、レオンは遠慮しなくて良いのに、とくすりと笑う。


「お代わり、あるぞ」
「食べるっ」
「よしよし」


もしも動物のような耳や尻尾があったら、きっと耳はピンと立って、尻尾は嬉しそうに振られていたことだろう。

二杯目は一杯目よりも、心持少なめに。
粥は食べ易いものではあるが、案外と腹に溜まる。
今日のスコールはいつもよりもよく食べているが、元々スコールは小食な方だから、あまり沢山は食べられないだろうと思ったのだ。

クッキングヒーターの上で温まっていた粥。
ほこほこと湯気を立てる二杯目のそれを、スコールはレンゲで掬ってふー、ふー、と冷ました後、


「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「ん?」
「あーん」


レンゲから粥が零れ落ちてしまわないように、気を付けながら持ち上げて、スコールは言った。
ぱちり、とレオンが瞬きをすると、スコールはにこにことして、


「はい、あーん」


言葉と一緒に、どうぞ、と差し出されるレンゲ。

レオンはくすりと笑みを零し、あーん、と口を開けた。
子供用のレンゲはレオンには小さくて、掬われていた粥も一口で空になる。
もぐもぐと顎を動かすレオンを、スコールはじっと見つめていた。


「おいし?」
「ああ。おいしいよ」
「……えへへ」


粥はレオンが作ったものだけれど、夕飯の買い出しをスコールは手伝った。
ハーブや香菜が売られている棚で、七草粥に使う七草がまとめて入ったパックを探して来て、と言われたスコールは、棚の端から端まで順番に捜して、「ななくさ」と書かれたパックを見つけた。
これ?と言って持って行ったら、レオンは笑顔を浮かべて頭を撫でてくれたから、スコールは大きな使命を終えたような気持ちで嬉しくなった。

だからこの七草粥に入っている七草は、スコールの功績なのだ。
それを食べて、おいしい、と言って貰えて、嬉しくない訳がない。

レオンの膝の上、炬燵の中でスコールの足がぱたぱたと遊ぶ。
ずり落ちそうになるスコールを支えながら、レオンはスコールの手からレンゲを取る。
きょとんとして見上げるスコールの視線を感じながら、レオンは自分のお椀から粥を掬って、ふーふー、と冷まし、


「ほら、スコール。あーん」
「あーん」


促すレオンに応えるように、スコールが小さな口を大きく開ける。
ぱく、とレンゲを口いっぱいに頬張れば、丸い頬がぷくんと膨らんで、レオンはくすくすと笑った。

口端から粥が零れないように気を付けながら、スコールの口からレンゲを抜く。
むぐむぐと顎を動かすスコールの口端に、米がちょこんとくっついていた。
レオンは炬燵テーブルの上に置いていたティッシュを取って、スコールの口のまわりを優しく拭く。


「おいしいか?」
「んく……うん!」


きちんと口の中にあったものを飲み込んで、スコールはレオンを見上げて頷いた。



今年も一年、どうか元気で。
膝上で無邪気に懐いてくる弟を抱きながら、レオンは心からそう願った。




2012/01/07

おこたでおひざ抱っこであーんし合ってるお兄ちゃんと子スコが書きたかっただけです。
あと七草を暗記しようと頑張る子スコって可愛いなと思って。