ペットショップ・ファンタジア 3



「へえ、可愛いな。こいつらだけ二匹一緒だ」


聞こえた声に目が覚めた。
起き上がると、若草のような緑色の目をした生き物が、透明な箱の向こうから此方を見ている。


「おっ、起きた。こっちの方が大きいな、オスって事は兄ちゃんか」


興味津々と言う顔で見つめてくる目。
じっとそれを見返していると、腹の上ですぅすぅと眠っていた子供がもぞもぞと身動ぎをして、目を覚ました。

おにいちゃん、どうしたの、と尋ねる子供の頭を撫でてやる。
子供はくすぐったそうに笑った後、自分をじっと見つめている若草色の目に気付いた。
なあに?と見上げる子供を見て、若草色が爛々と輝く。


「おっ、ちっこい方も目が覚めたか。リボンつけて貰って、似合ってるなあ。可愛いな」


大きな生き物は、ごそごそと何かを取り出して、透明な壁の前に何かを差し出した。
ぷらんとぶら下げられたのは銀色の細い鎖で、鎖には四角いプレートのようなものが提げられている。
生き物がプレートをぷらぷらと揺らせば、プレートは振り子のように左右に揺れて、子供の目がその動きを追い駆ける。

子供は起き上がって、そろそろと透明な壁に近付く。
ぷらぷらと振れるプレートを追い駆けて、子供の首が左右に揺れる。


「はは、興味津々だな。可愛いな〜」


楽しそうな生き物の声がする。
その生き物の後ろから、別の生き物がやって来て話しかけた。


「決まった?ラグナ」
「おお、レイン。いや〜、どの子も可愛いから迷っちまって……でも、この子はどうかなーって」


若草色の目の生き物が箱から離れて、別の色の目をした生き物が除き込んでくる。
─────その色を見て、思わず息を飲んだ。


「あら、可愛い」
「だろだろ?どうかな、この子。レインと同じ瞳の色してるんだぜ」
「うーん……私もこの子がいいけど、二匹ペアかあ…ちょっと高いわね」


子供は、聞こえる声を気にしておらず、プレートが引っ込んでしまって、子供の尻尾がしょぼんと垂れていた。
気になるものがなくなってしまって、子供はくるんと振り返ると、兄の傍らで塊になっていた毛布に向かってダイブする。
毛布の世界に頭から飛び込んだ子供は、あれ?あれ?と毛布の中できょろきょろじたばたもがいている。
毎日同じ事をしているのに、飽きないな、と思いつつ、毛布を掴んで持ち上げて、子供を毛布の世界から救出した。
ぷぅ、と子供はぷるぷると頭を振る。
毛布の世界から抜け出した子供は、兄の顔を見付けて、嬉しそうに体を寄せた。

その様子を、若草色と青灰色がじっと見詰めている。


「仲が良いんだなあ。こりゃあ確かに、バラバラにしちまったら可哀想だな」
「うーん……そうねえ」


若草色が笑って、青灰色も笑う。
生き物達はしばらく楽しそうに話をした後、傍にいた優しい生き物を呼んでいた。

おにいちゃん、と呼ぶ声がした。
見てみると、子供がお気に入りのオモチャを持って、遊ぼう、とねだる。
毛布の上に置いたオモチャを前足で押すと、ぷきゅう、と言う音が鳴った。
子供がぺしぺしと前足で何度も叩けば、ぷきゅ、ぷきゅ、と何度も音が鳴って、子供の尻尾が楽しそうにゆらゆらと揺れる。
それを見て、自分の尻尾もゆらゆらと揺れた。

────がちゃり、と箱が開いて、優しい生き物の前足が伸びてくる。
最初に子供が、それから直ぐに自分の体が持ち上げられて、一緒に箱の外へと連れ出された。
おふろ?と子供が尋ねているけれど、お風呂はついこの前も入った筈だし……と思っていると、風呂へは連れて行かれずに、大きな生き物の色々な臭いがする場所に連れて行かれる。

漂う臭いに、びくん、と子供の尻尾が膨らんだ。
以前、この臭いのする場所に連れて行かれた時、とても怖い思いをした。

いや、と子供が暴れ出す。
優しい人達は何かを言って、子供の首や背中を撫でて慰めようとしたけれど、子供はちっとも落ち着かない。
子供はいや、いや、いや、と泣き出して、じたばたと暴れて、優しい人達の手から逃げ出した。
それを見て、早く追い駆けなくちゃと抱える手を抜け出して、床に降りた。


いや、いや、いや、おにいちゃん。
おにいちゃん、たすけて!


兄を呼びながら駆け回る子供を追い駆ける。
自分は此処にいる、一緒にいる、傍にいる。
子供を呼びながら叫ぶけれど、あの火と同じで、子供には届かない。

駆け回る子供が、何かにぶつかって転んだ。
それは、子供と同じ色の瞳をした、あの生き物の後ろ足で。


「あら。貴方から来てくれるなんて。びっくりね」


細くて白い前足が、子供を持ち上げる。
それを追い掛けて飛ぼうとして、立ち止まった自分を、若草色の瞳をした生き物が持ち上げた。


「お兄ちゃんも来てくれたか〜」
「そんなに私達の事、気に入ってくれたの?」
「そっかそっか。こりゃやっぱり、二匹とも一緒に連れて帰ってやんなきゃな」


ぎゅっと抱き締められて、子供も自分も目を丸くしていた。

頭や腹をくすぐられる感覚が、優しい生き物達にされる時とよく似ている。
なんだかむずがゆくて、なんだかぽかぽかとして、この生き物達に抱かれているのは居心地が良い。
あんなに逃げ回っていた子供も、青灰色の瞳をした生き物に抱かれて、きょとんとした顔で青灰色を見上げている。

なんだろう。
この感覚は、なんだろう。
初めて感じるような気もするし、そうでないような気もする。


「すみません、お客様。ご迷惑を…」
「ああ、いいって、いいって。気にしてないし。俺達より、そっちの方こそ大丈夫か?お店の方とか」
「あ、はい。それは……大丈夫です。ありがとうございます。それで、えっと…」


駆け寄ってきた優しい人が、若草色に抱き締められている自分を見た。
それから、青灰色に抱き締められている、子供を。

視線に気付いた若草色と青灰色は、それぞれ抱いた子供と自分を撫でて笑う。


「うん、この子達にするよ。な、レイン」
「ええ。一緒に引き取るわ。離れ離れにしちゃ可哀想だもの」


笑いかける青灰色と若草色。

ぱちり、瞬きを一つ。
青灰色に抱かれた子供を見ると、子供も此方を見ていた。
おにいちゃん、と呼ぶ子供の幼い瞳には、もう怖がっている様子はない。


おにいちゃん、おにいちゃん。
あのね、あのね。
なんだかね、ぽかぽかあったかいの。
おにいちゃんみたいに、あったかいの。
これ、なあに?


首を傾げて尋ねる子供に、なんだろう、でも同じ気持ちだよと言うと、子供は嬉しそうに笑った。
笑った子供を見て、青灰色の生き物が子供の頬に顔を寄せて、嬉しそうにすりすりと擦り寄せる。

それをじっと見詰めていたら、首の下をくすぐられて、思わず喉を仰け反らせた。
そんな自分の鼻頭に、つんと何かが触れて、楽しそうに笑う若草色が間近にある。


「これからよろしく」
「仲良くしてね」


笑う青灰色と若草色が、温かくて、くすぐったくて。

おにいちゃん、と呼ぶ声に子供を見れば、子供はやっぱり笑っている。
その傍らで、子供と同じ青灰色が笑っている。
見上げれば、若草色も笑っていて、其処に映り込んだ自分も、何処か。



ああ、良いかな、と思った。

だって、子供が笑っている。
怖がらないで、笑っている。
子供と、自分を、一緒にいさせてくれる。


ずっとずっと願っている。
子供と一緒に、暖かくて柔らかい、優しい場所にいられる事を。

ずっと、ずっと──────……




2013/06/27

たからもの(かぞく)がふえました。

行き先はカフェバーか、大統領官邸か。
どっちでも、すごく可愛がって貰えると思います。と言うか私が可愛がりたい。