雨宿り


突然降り出した雨から逃げる場所を求めて、一目散に走る。
けれど、濡れた地面はつるつると滑り易くて、後ろを一所懸命に追い駆けていた幼子が何度も転ぶ。
降りしきる雨の所為で視界も悪く、それが尚更、幼子を転ばせていた。
結局、何度も転んで足下が覚束なくなった幼子を掴まえて、運ぶ事にした。

大粒の雫が足下で跳ね上がり、体にぶつかって、頭の天辺も足下も関係なく濡らして行く。
朝はあんなにも綺麗に晴れて、抜けるような青空が見えていたと言うのに、一体何の因果だろう。
一寸先も雨煙にやられて見えなくなってしまうような、こんな土砂降りに遭うなど、想像してもいなかった。

この状態で棲家まで駆け抜ける自信がなかったので、途中で道を曲がった。
いつもと違う景色の道を走る兄に、幼子があれ?あれ?と不思議そうに辺りを見回す。
どこいくの、と言う幼子の声に答える暇もなく、ただ只管、目当ての場所へ走る。

雨煙の中を走り続け、辿り着いたのは、小さな公園。
いつもなら沢山の甲高い声が響き、沢山の気配があちこちで走り回っている場所なのだけれど、土砂降りの雨に見舞われた今日は、生き物の呼吸の一つさえ感じられない。
公園の地面はコンクリートには覆われておらず、茶色が何処も剥き出しなのだが、今日は何処も池だらけになっている。
その池を一つ、二つと飛び越えて、敷地の中心に立つオブジェに向かって走る。

オブジェの中は配管のよいうに入り組んでいて、色々な所から出入り出来るようになっていた。
その穴にするりと潜り込んで、抱えていた幼子を下ろしてやる。
幼子はしばしきょとんとした表情で佇んでいたが、ぷるっ、と大きく体を震わせると、


くしゅん!


細い配管の空間で、幼子のくしゃみの声が響いた。
続けて、くしゅん、くしゅっ、と何度もくしゃみが続く。

幼子の小さな体は、頭の天辺から足下まで濡れている。
自分も同じで、頭の天辺から足下まで濡れていて、泥塗れになっていた。
その水気を、体を振るって追い払ってやると、幼子も真似するように小さな体をぷるぷると震わせた。
小さな水滴が、狭い配管の中であちこちに飛び散り、伝い落ちる。

大きな水粒はこれで追い払う事が出来たけれど、体はまだまだ濡れている。
濡れた顔をこしこしと拭う幼子の頭も、まだぐっしょりと湿っていた。
それをそっと拭い取ってやれば、きょとん、とした顔が兄を見上げる。


おにいちゃん、なあに?


訊ねて来る幼子に、体を拭かなきゃ寒いだろう、と言って、濡れた頭を拭いてやる。
子供は大人しくされるがままになっていて、時々くすぐったそうに笑う声が聞こえた。

丹念に、丹念に、幼子の頭や体を拭いてやる。
体が冷える事は、小さな幼子にとって良くない事だ。
くしゅん、くしゅん、と言う幼子のくしゃみが止まるまで、丁寧に幼子の体を拭き続ける。
幼子も自分で拭ける所をきちんと拭きながら、体の湿りがなくなるのを待った。

十分に幼子の体を拭いてやって、これでよし、と体を離す。
ようやく自分の体を拭こうと座ると、幼子が駆け寄ってきて、濡れた兄の顔を拭いた。


おにいちゃんは、ぼくがキレイにしてあげる。


そう言って、兄の真似をする幼子。
幼く拙いなりに、一所懸命に、兄の体を丁寧に拭いて行く。

兄の背中を拭こうとして、届かない事に気付いた幼子は、よいしょと体を大きく伸ばす。
それでも届かない幼子の為に、体を伏せてやれば、ぽてんと背中に乗る軽い重み。
そのままもぞもぞ、うんしょ、うんしょと、幼子は一所懸命兄の体を拭いて行く。
その間に、泥塗れになった足下を、自分で手早く拭き終えた。

頑張る幼子をしばらく待ってから、もういいよ、と言うと、幼子はころんと兄の背中から転がり落ちた。
逆さまになってしまった幼子を起こしてやると、小さな体がすりすりと寄せられる。


おにいちゃん、あったかい。


幼子のその言葉を聞いて、ほっとした。

雨の中はとても冷たくて、幼子の体温をあっと言う間に奪って行く。
なんとか此処まで逃げて来る事は出来たけれど、小さな体はまだ冷たい。

丸くなって、おいで、と言うと、幼子は嬉しそうに兄の胸に飛び込んだ。


おにいちゃん、あったかい。
おにいちゃんも、あったかい?


幼子の問いに、うん、暖かいよと答えると、幼子は嬉しそうに笑った。

外ではざあざあと雨音が鳴り続けている。
幼子は兄の胸の中から、ひょこりと顔を上げて、降りしきる公園風景を見詰める。
その横顔が、しょんぼりとつまらなそうな顔をしているように見えるのは、兄の気の所為ではない。

雨、やまないかなあ、と幼子が小さく呟いた、その時。
────ゴロゴロゴロ、と言う音が鳴って、幼子がビクッ!と硬直した。


やだ、やだ、なあに。
あれってなあに、なんの音?


小さな体を一層小さく縮こまらせて、ぷるぷる震える幼子。
そんな幼子を見て、ああ、これは初めて聞くものだったか、と思い出す。

あれは雷。
空の上で、大きな何かが、大きな音を鳴らしている。

ゴロゴロゴロ、ともう一度大きな音が鳴って、幼子がビクッ!と硬直する。
いやいや、と幼子は頭を伏せて、兄の胸に顔を埋めた。
それでもゴロゴロゴロ、と言う音は聞こえて来て、幼子の体がぷるぷると震える。


かみなり、こわい。
かみなり、きらい。


ゴロゴロゴロ、と鳴り続ける雷の音に、幼子はすっかり怯えていた。
その小さな体を抱き込んで、大丈夫、と小さな頭に額を押し付けてやる。
そうすると、幼子はそろそろと顔を上げて、目の前にある兄の顔を見ていつも安心する。

────けれど。
その時、ゴロゴロゴロ、と一際大きな音が鳴った後、ガシャァン!と更に大きな音と共に光が走って、幼子は思わず悲鳴を上げた。


やだやだ、やだぁ!
たすけて、たすけて、おにいちゃん!


幼子の泣く声が配管の中に響いて木霊する。

もう一度、ゴロゴロゴロ、と音が鳴って、子供はビクッ!と跳ね上がった。
パニックになった幼子が、聞こえる音から逃げようと立ち上がった事に気付いて、急いで駆け出そうとした幼子を捉まえる。
じたばたと暴れて逃げようとする幼子を引っ張って、もう一度胸の中に閉じ込めた。

ビクビクと震える幼子の体をゆっくりと撫でて、宥めてやる。
小さな体がこれでもかと言う程に怯えているのがよく判った。


たすけて、たすけて、お兄ちゃん。


大丈夫、大丈夫。
此処にいるから、傍にいるから。

繰り返しそう言い聞かせていると、少しずつ、幼子は落ち着きを取り戻す。
しかし、ゴロゴロ、ガシャアン!と大きな音が響き、雨の向こうでピカピカと光が走る度、幼子はビクン!と体を硬直させる。
兄の胸に顔を埋め、ふるふる震える幼子の目には、大きな雫が浮かんでいた。


…かみなり、こわい。
…かみなり、きらい。


閉じ込めた温もりの中で、幼子が言った。
そうだな、俺も嫌いだよ、と言えば、幼子はすりすりと頭を摺り寄せて来る。




幼子を怖がらせる、雷。

降りしきる雨を見ながら、早く何処かに行けば良いのに、と思いながら、丸くなる。
胸の中に閉じ込めた幼子が、どうか夢の中まで怖がらないようにと、願いながら。





2013/07/14

耳ぺたーんで尻尾ぶわっ!な子スコと、落ち付いてるけど耳ぺたーんってなってるレオン。
パイプ管みたいな場所で、二匹一緒に丸まって雨宿りする猫って可愛いなと思って。