フォト・メモリー


モデル出身で現在俳優として売出し中の同僚が、多忙の身であるにも関わらず、家族サービスを欠かさない事は、同事務所の先輩後輩にもよく知られた話であった。
なんでも彼は、年の離れた弟がいるらしく、彼の事をとても可愛がっているらしい。
幼少期から多忙であった父と、早くに亡くした母に代わって、彼が手ずから育てた弟だと言う。
そんな弟も今年で17歳となり、殊更に庇護の手が必要な歳ではなくなったのだが、面倒を見る事が習慣化しているのか、まだまだ弟を放っておく事が出来ないようだ。

そんなレオンが仕事の合間に電話をかける相手と言ったら、弟しかいない。
レオン同様、モデル出身で現在俳優業に足をかけ始めたクラウドは、それよよくよく知っていた。
何せ彼が弟の様子を気にするのは、クラウドが彼と出逢った頃から変わらない事なのだ。

今日もレオンは、撮影と撮影の合間で、携帯電話を手に取る。
電話とメールの着信履歴をそれぞれ確認した後、レオンはメール機能を立ち上げた。
慣れた様子で手早く返信メールを打つレオンに、クラウドはじりじりと背後から近付いて、


「いつもの奴か、レオン」
「判っているなら、覗き込むな」


背後から、レオンの肩口に顎を乗せて覗き込んでくる後輩を、レオンはじろりと睨み付けた。
プライバシー保護のカバーフィルムのお陰で、クラウドからレオンの携帯画面を見る事は出来ない。
それでも、勝手に携帯電話を覗き込まれるのは気分の良いものではない。

レオンは打ち終えていたメールを送信すると、携帯電話をポケットに入れようとした。
しかし、それを横から伸びた手が攫う。


「クラウド!」
「……おい。また新しい写真になってないか、待ち受け画面」


メール送信完了の画面が消えて、待ち受け画面に戻った液晶には、一人の少年が映し出されている。
レオンと同じ青灰色の瞳に、首下までの短いショートの濃茶色の髪と、彼とよく似た面差し。
いつの間にかクラウドもすっかり見慣れてしまった少年の名は、スコールと言う。
面差しがそっくりだと言う事を見れば判るように、彼はレオンの正真正銘の弟だ。

液晶画面に映る少年の姿は、クラウドが見る度、変わっている。
クラウドがレオンと出逢ったばかりの頃、スコールはまだ10歳になったばかりだった。
その頃からレオンの携帯の待ち受け画面は、必ずスコールの画像と決まっており、日に日に変わる弟の成長を具に映し出していた。
丸かった顔の輪郭がシャープになり、円らで子供らしかった瞳が、兄とよく似た眼差しになる、その変化を全て、レオンの携帯電話は記録している。
その変化に加え、子供の頃は真っ直ぐにカメラを見上げていた弟が、成長と共に撮られる事を嫌がるようにカメラから目を背ける事も増えていた。

今日のレオンの待ち受け画面は、寝起きで寝癖を跳ねさせ、眠たげに目を擦る弟の姿だった。
着ているサイズの合わないシャツの衿口が肩に落ちて、猫手で目を擦るスコールの姿は、まるで仔猫を思わせる。


「相変わらず、寝起きは弱いんだな」
「返せ」


レオンの手が携帯電話を取り返そうと伸びて来る。
クラウドはそれを避けて、画像フォルダを開いてみた。

画面一面に弟の画像のサムネイルが表示されたのを見て、クラウドは胡乱に目を細める。


「あんた、本当にブラコンだな……いや知ってたけど」
「煩い。返せ!」


素早く伸ばされたレオンの手が、今度こそ携帯電話を取り返す。
全く、と眉尻を吊り上げて、レオンは携帯電話の開かれたウィンドウを全て閉じる。
また取られては敵わないと考えて、レオンは携帯電話をジャケットの内ポケットに入れた。


「毎日毎日、弟の写真撮って。飽きないのか?」
「そんな事は、俺の勝手だろう」
「いい加減、撮るような事って言うか、撮って残しておくような変化もないと思うが」


子供の頃ならともかく、スコールも今年で17歳───著しい変化も、もうそろそろ落ち着いた事だろう。
中学生に上がる頃に一気に伸びた身長も、近年は一年に1cm伸びるか否かだと言う。
レオンや父の身長を思うと、もう少し伸びる可能性はあるが、それも直に打ち止めではないだろうか。

クラウドはそう思うのだが、どうやら、レオンにとってはそうではないらしい。


「変化なら、毎日あるさ。よく見ていれば判る」
「……俺にはさっきの画像の何が違うのか、さっぱり判らなかった」
「よく見ていないからだ」
「じゃあ、見せてくれ。ちゃんと見るから」


堂々と頼んでみると、レオンから何処となく冷たい目が向けられた。
なんだその眼は、と思いつつ真っ直ぐに身返していると、レオンは一つ溜息を吐いて、渋々と言う表情で携帯電話を取り出す。


「余計な所を触るなよ」


画像フォルダを開いて、他の所を見るな、と釘を刺してから、レオンは携帯電話をクラウドに差し出した。
頷いて受け取ったクラウドは、早速並べられたサムネイル欄を見て、眩暈を覚える。

サムネイルにはタイトルが表示されているのだが、デフォルトの設定のまま変えていないのだろう、撮影日時と思われる数字がタイトルになっている。
その数字を追ってみると、ほぼ毎日、新しい画像が撮影されているようだった。
寝起きのスコール、勉強をしているスコール、パンを食べているスコール、歯磨きをしているスコール……もしもこれを撮影したのが実の兄でなかったら、ストーカー認定を受けても可笑しくはないのではないか。
いや、兄が撮影したとしても、普通は有り得ないような画像の数だが。

サムネイルだけで腹一杯になった気分のクラウドだが、ちゃんと見るって言ったし、と気を取り直し、先頭にある画像を一つ開く。
それは今の待ち受け画面になっているスコールの画像で、寝惚け眼でカメラを見て、少し首を傾げている。
クラウドはじっとそれを見詰めた後、サムネイル欄に戻って、リストをスクロールさせる。
何処まで行っても弟だけを映している画像の中から、二週間前の日時を記録した画像を開く。
友達が遊びに来た時の画像なのか、これは珍しく、弟以外の少年達が一緒に映っていた。
ピースサインをしている金髪の少年と、浅黒い肌の少年がきょとんとした貌でカメラを見ており、スコールは眉間に皺を寄せて、捕まえるように肩を組んでいる金髪の少年を睨んでいる。
次にクラウドは、一気にリストをスコールさせ、二ヶ月前の画像を探し出した。
映っているスコールは、テーブルに教科書やノートを開いたまま、うとうとと半目になっている。
うたた寝している所をこっそり撮ったのだろう。
その次の画像は、風呂上がりだろう、濡れた髪をタオルで拭いているスコールが映っており、カメラに気付いてか、赤い顔で画面を睨んで何か言おうとしている。

他にも数枚の画像を閲覧したクラウドだったが、レオンが言うような、“毎日の変化”と言うものはよく判らなかった。
伸びていた襟足がさっぱりした事や、服が違うとか、そうした“変化”はあるが、レオンが言う“変化”は恐らくそういう事ではないだろう。


「……駄目だ。やっぱり判らない」


ギブアップ、と携帯電話を返すと、レオンは不満げな表情で携帯電話を受け取る。


「なんで判らないんだ」
「なんだ、その不思議でしょうがないって顔は」
「毎日ちゃんと違うだろう」
「………判らない」


仮に、レオンの言う“弟の毎日の変化”が、表情や仕草のようなものであるとして。
それでもやはり、クラウドには画像のスコールが何が違うのか、判らない。
何せスコールは、お世辞にも愛想が良い性格ではないので、表情のバリエーションも少なかった。

それよりもクラウドは、ほぼ毎日、何某かの弟の写真を撮っているレオンの行動の方が不思議でならない。
兄弟ってこんなものなんだろうか、と一人っ子故の疑問を考えるクラウドだが、いや絶対違う、と思い直す。

そんなクラウドの心境に気付く事なく、レオンは言った。


「笑った時の目とか、返事をする時の振り返った時の顔とか。怒る時も、その時その時でいつも違う」
「……うん。まあ、そう…か?」
「同じ瞬間なんか、二度とないんだ。寝ている時だって、嬉しそうだったり、楽しそうだったり、な」
「………」
「そう言うものは、写真に切り取って残したからって、どうなるものもないけど。何より、俺が覚えているから、こんな事をしなくても忘れるつもりはないけど。残して置けば、後で見た時、この時何があったのかって直ぐに思い出す事が出来るだろう?」


一瞬一瞬、全てが違う、弟の顔、表情、仕草。
兄の真似をしたり、真似ではないけれど似て来たり、また違う一面を見せてくれたり。
その全てがレオンにとっては愛しくて堪らない。
時には、もう一度あの貌を見せてくれないだろうか、と思う時もあるけれど、見せてくれる貌は必ず似て非なる別の貌で、その貌が再びレオンを夢中にさせる。
だから、二度と見れない弟の貌を一つ一つ記録に残して、眺めて、記憶を呼び覚ますのだ。

────語るレオンの表情は、とても柔らかい。
クラウドは、レオンが撮影など仕事の時には決して見せない、演技の時にも作った事のない貌をしている事に気付いていた。
この貌は弟の為だけに、意識せずに浮かべられる、云わばレオンの本心が零れ落ちている時の貌だ。
其処には、何よりも大切な家族を想う、彼の無心の愛情が本物である事を伺わせる。

そんな顔をして言われれば、クラウドもこれ以上は何も言えない。
そうか、とだけ返すと、ああ、とレオンからもごく短い返事。
手の中の携帯電話を見詰めるレオンは、今は何を思い出しているのだろう。
クラウドには判らなかったが、兄弟それぞれの生活の中で離れる時間が増えている今、携帯電話に保存された沢山の弟の表情は、今のレオンにとって何物にも代えられない心の拠り所なのだろう。
きっと明日には、また新しい弟の表情が保存されているに違いない。
思春期に入って、撮影される事を嫌がるようになった弟だけれど、レオンにはその嫌がる表情さえ、愛しいものなのだ。

レオンとクラウドを呼ぶ声がかかる。
レオンは携帯電話をジャケットの内ポケットに入れて、現場へと歩き出した。
その後ろをクラウドが追う。


「まあ、あんたのブラコンは今に始まった話じゃないが……一つ聞いていいか?」
「なんだ?」


声を潜めた隣の男に、レオンが訊ね返す。
クラウドは辺りのスタッフを確認すると、顔を近付け更に声を潜め、


「今待ち受けの奴、他にも幾つか。寝起きとかの寝惚けてるスコールの画像、あれパンツ履いてないんじゃ」
「忘れろ」


絶対零度に地を這う低い声音で言われ、クラウドは黙る。



すたすたと遠退いて行く先輩の背中を眺め、まあ、今更驚かないけど、と小さく呟いた。




2013/08/08

モデル出身俳優なレオンさんと、後輩クラウド。

さり気無く惚気るイケメンなのになんか残念なレオンさんネタを頂いたので、勝手に書いてしまった。
そして余計な所はしっかり見ているクラウド。こいつもイケメンなのに中々残念。