一つで十分


夕飯を終え、今日の内に済ませて置かなければならない課題や仕事を片付けて、交代でのんびりと風呂に入った後は、もう眠るだけ。
寝室にはベッドが二つ、どちらも綺麗にノリの効いたシーツが被せられている。
それぞれのベッドヘッドには、参考書やプログラム構築に関する分厚い書物、プリントや書類ファイルが詰まれている。
そして、二つのベッドの真ん中に置かれたサイドテーブルには、二人の共通の趣味である、シルバーアクセサリーの雑誌やカタログがあった。
隙間に挟まれているトリプル・トライアドを特集したカードゲーム雑誌は、スコールのものだ。

先に寝室に入ったのは、スコールの方だった。
レオンは風呂上りに、会社からのメールのチェックの為、リビングでパソコンを立ち上げていた。
受信メールの確認と返信、作成した書類データを今一度確認し、パソコンの電源を落とす。
やっと休める、と一度背を伸ばしてから、レオンはリビングの電気を消し、寝室のドアを開ける。

寝室の電気は消えており、レオンはドア傍で目が慣れるのを待った。
暗闇の部屋の中で、僅かに影の形が見えるようになった頃、レオンは自分のベッドを見て、ぱちりと瞬き一つ。


「スコール」


誰もいない筈のベッドに、丸くなった布の塊が一つ。
ミノムシ宜しくと言った形のそれに、同居人の名を呼んでみると、びくっと布の塊が動いた。

もう一つのベッドは、シーツが綺麗に整えられたまま、無人。
此方は同居人のベッドの方で、その証拠に、ベッドヘッドには分厚い参考書があった。
其処まで確認せずとも、左はレオン、右はスコールと決まっているので、スコールが自分のベッドではないと判っていて、レオンのベッドに潜り込んでいたのは確かだろう。
寝惚けていたのならともかく。

呼んだ瞬間の反応の後、布のミノムシはまたじっと静かになった。
レオンは零れかける笑みを堪えて、自分のベッドへ上る。
ぎしり、とスプリングが音を鳴らした。


「お前のベッドは、あっちだろう?」
「……」


布の端を持ち上げれば、俯せになったスコールがいる。
返事はなかったが、眠っている訳ではないだろう、とレオンは確信している。

スコールが包まっていたシーツを奪うのは、思いの外簡単だった。
少しは抵抗されるのかと思ったのだが、それも布の端を摘むように握っていただけで、軽く引っ張ってやるだけで解けた。
しかし、スコールは相変わらず俯せになったまま、動かない。

顔を上げないので、レオンにはスコールの表情は判らないが、彼は全身で「こっちで寝る」と訴えている。
そんなスコールに、レオンはくすりと笑みを漏らし、


「仕方ないな。俺はあっちで寝るか」


そう言って、ベッドを下りて隣へと移動しようとする。
しかし、ぎし、とスプリングが鳴ったと同時に、くい、と何かがレオンのシャツの背中を引っ張った。

何がシャツを引っ張っているのか、確かめるまでもない。
想像通りの反応に、レオンはくつくつと笑う。
それが聞こえたのだろう、抗議するようにシャツを握る手がぐいぐいと引っ張った。

堪え切れない笑い声を漏らしていると、もぞ、と背中でスコールが動いた。
笑うレオンの背中がぐいっと引っ張られて、レオンはベッドに倒れ込む。
沈んだ身体に何かが覆い被さって来て、ぎゅう、とレオンの頭を捉まえて抱き締める。


「スコール、苦しいだろう」
「あんたが悪い」
「ああ、悪かった。でも、お前も素直にならないからだろ?」


首に回されたスコールの腕には、大して力が入っておらず、レオンはきっと簡単に振り解けるだろう。
しかし、それでは勿体ない。
レオンは首の腕をそのままに、間近にあるスコールの髪を撫でてやる。

スコールの腕が緩むと、レオンは起き上がり、スコールへと体を向き直らせた。
真っ直ぐに向き合ってみると、スコールはレオンから目を逸らす。
そんな彼の腕を掴んで抱き寄せて、一緒にベッドへ倒れ込めば、おずおずと背中に細い腕が回される。

────ちゅ、と耳元にキスをする。
暗闇に慣れたレオンの目に、真っ赤になった白い耳や頬、首が見えて、レオンはくつくつと笑う。


「可愛いな、お前は」
「……かわいくない」
「可愛いよ」


ずりずりと位置をずらして、レオンの胸に顔を埋める少年の頭を撫でる。
ふるふると、否定するようにスコールは首を横に振ったが、レオンは撤回しなかった。
そうして否定する所も、レオンには可愛く思えて仕方がない。

レオンが心地の良い温もりを抱き締めてじっとしていると、腕の中でスコールがもぞもぞと身動ぎする。
息苦しくなったかな、と思ったレオンだったが、────ちゅ、と首下を微かに吸われる感覚に、微かに肩が震えた。


「……スコール」
「………」


名を呼べば、ぎゅう、と顔を隠すようにレオンの胸に顔を埋めるスコール。
背中に回された腕が、見るなと言わんばかりに爪を立てていた。

きっとレオンの首下には、ほんの僅かに浮き上がる、赤い花があるのだろう。
スコールからこんな事をしてくれるのは、本当に珍しい。
なんの気紛れかな、と思いつつ、レオンは背中を丸めて、スコールの頭に顔を近付け、


「スコール、顔を上げろ」


言うと、スコールはしばらくの沈黙の後、そろそろと顔を上げた。

額にかかる前髪を持ち上げて、キスを落とす。
もう少しスコールの顔が上げられると、目尻に、頬に、少しずつ位置を変えて、キスの雨を降らせる。
スコールはレオンの唇が触れる度、恥ずかしそうにしていたが、その内、身を委ねるように、体の力を抜いた。

リンゴのように赤くなったスコールの頬に手を添えて、そっと持ち上げる。
素直に従い、顔を上げたスコールの唇を、レオンは己のそれで塞いだ。


「…ん……」
「……ぅ、ん……」


背中から離れたスコールの手が、レオンの首へと回される。
緩やかに、甘えるように。

舌を絡めて互いの味を確認し合うように堪能して、ゆっくりと離す。
はぁっ、とどちらともなく熱の篭った呼吸が漏れる。
熱の篭った蒼灰色の瞳が、同じ色の瞳を見詰め、


「……レ、オ……」


名を呼ぼうとするスコールの声を、レオンは塞いだ。
首に回されたスコールの腕に、仄かに力が篭ったのが判る。



二人分の重みを受け止めたスプリングが、抗議するように音を鳴らす。
けれど、それはレオンにも、スコールにも聞こえない。

聞こえるのは、感じるのは、お互いの声と体温だけで十分だったから。




2013/08/08

88の日でツイッターより頂いたリク。
『寝る前にベッドでじゃれあう(意味深)レオスコ』でした。

いちゃいちゃレオスコヾ(*´∀`*)ノ