未成年(と大人)の主張


ぶつけるように合わさった唇。
がち、と硬い音がしたと同時に、二人は口元を抑えて蹲った。


「っ……!」
「痛……」


折角の雰囲気が、ぶち壊しだ。
口元を押さえながら、スコールは思った。

何度も何度も飲み込んだ言葉を、ようやく音にして、驚く事に受け取って貰う事が出来た。
その時はそれだけで幸せの絶頂に来たような気がしたけれど、日が経つほどに、今度は逆に不安になった。
受け取って貰えたのは、自分が年下だからで、彼が殊更に年下に甘いからで、特にスコールに対しては寛容の言葉を通り越している程に甘いからで。
本当は、自分を傷付けない為に頷いてくれただけなのではないかと思い始めたら、止まらなかった。
誰にも伝えなかったその不安を、彼が一人気付いてくれた時でさえ、スコールの不安は増すばかりだった。

レオンは何もかも、スコールを先回りする。
スコール自身が気付かない、自分自身の事でさえも、彼は気付いてくれる。
それは若しかしたら、とても幸せな事かも知れないけれど、スコールにはただただ怖かった。
ひょっとしたら、スコールが傷付かない為に、スコールが求める言葉を先に考えて、先回りして用意しているんじゃないか────そう思えてならない。

レオンはいつもスコールを子供扱いしているから、スコールの告白も本気だと思っていないのかも知れない。
そう思ったら、不安だった心が、一気に別の方向へと働き始めた。

子供じゃない、嘘じゃない、本気なんだ。
けれど、きっとそれを口に出して伝えても、レオンは判ってくれないだろう。
聡いようで何処か鈍い彼に、自分の気持ちを理解して貰う為には、行動するしかない。
それもスコールは相当なハードルだったのだが、妙に目敏いジタンやバッツのお陰で、聖域に二人きりで残されて、後は頑張れと背中を叩かれた事で、思い切る事を決めた。

………その結果が、キスをしようとして勢い余って歯をぶつけると言う、非常に情けないもの。


「スコール、大丈夫か?」


痛みが引いたのか、いつもの表情に戻ったレオンが、スコールに言った。
スコールはじんじんとした余韻が残るのを隠して、小さく頷く。


「そうか。なら良かった」
「………」


ちっとも良くない。
男として、これ以上ない程に情けない醜態を晒したスコールは、そう思った。

正直な話、キスなんて生まれてから一度もした事がないから、やり方なんて判らない。
物心ついてからの17年間、誰かを好きになった事もないスコールだから、無理もない事だ。
それでも、経験云々はともかく、知識だのイメージだのと言うものはあるから、なんとなく、こうすれば良いんだろうとは思っていた。
向き合って、ゆっくりと顔を近付けて、そっと唇を合わせて─────と、考えていたつもりだったのに、彼が余りにも無防備に目の前に座った瞬間、考えていた事が何もかも吹き飛んだ。
それでも、やらなければ、と一種の使命感に駆られて口付けようとして、……勢い余ってしまった、と言う具合だ。

唇を噛んで、赤い顔で俯くスコールに、レオンが柔らかく微笑みかけている。
慰めるように、レオンの手がスコールの頭を撫でていた。
そうした子供扱いが、またスコールのプライドを刺激する。


「……っレオン!」
「ん?」


頭を跳ね起こして、スコールはレオンの名を呼んだ。
彼は驚く事なく、なんだ?と訊ねて返す。

スコールの目の前にある、柔らかくて優しい、青灰色の瞳。
其処に自分だけが映り込んでいる事が、どうしようもなく嬉しくて堪らない。
けれど同時に、もっと見て、自分だけを見て、と貪欲な感情が生まれるのも確かだった。

スコールはレオンの肩を押して、ベッドの上に押し倒した。
レオンからの抵抗はなく、それはきっと、スコールが今からしようとしている事を、本気に捉えていないからだろう。


(悔しい)


寛容されていると言う事が、赦されていると言う事が。
嬉しいのに悔しくて、悔しいのに嬉しくて。

そんな気持ちをぶつけるように、スコールは己の唇で、レオンの唇を塞ぐ。
一瞬、レオンの身体が驚いたように強張ったのを感じて、スコールの心は俄かに喜んだ。


(俺は、子供じゃない。あんたが思ってるような、子供じゃないんだ)


確かに、初めて抱いた感情に、酷く戸惑ったけれど。
自分よりも年上の男に焦がれて、それは憧れと同じものだと言われたら、否定するだけの言葉も浮かばないけれど。
それでもこの気持ちは、子供が抱くような、ただの純粋な感情ではないと判る。

……とは思いつつ、唇を触れ合わせたまま、スコールは固まった。
これからどうすれば、と戸惑っていると、ベッドの上で投げ出されていたレオンの手が持ち上がる。
やめろと言われても、絶対に離さない、と強い力でレオンの肩を抑えていると、スコールの予想に反して、レオンの腕はスコールの背中へと回された。


「ん……」
「……っ!?」


ちゅく、と何かが咥内に滑り込んで来たのを感じて、スコールは目を見開いた。
生温いそれの正体を本能的に感じ取り、反射的に離れようとするが、背中に回された腕がそれを阻む。


「ん、んっ…!!」
「……っふ……」
「ん……っ!」


レオンの舌が、スコールのそれと絡められ、ちゅく、ちゅく、と音を鳴らす。
歯列をなぞられ、ぞくぞくとしたものがスコールの背中を上る。

しばらくの間スコールの咥内を愛撫していたそれは、やがてスコールの舌を誘うように撫で始めた。
スコールは、直ぐ近くで青灰色の瞳が何処か楽しそうにしているのを見て、我に返る。
こんな時まで子供扱いか、と一気に頭が沸騰して、畜生、と思った。

誘うように舌を撫でるそれを捕まえようと試みる。
しかし、レオンの舌はさっさと引っ込んでしまい、唇も離れてしまった。


「っは……!」
「大丈夫か?」


問う声に、スコールは眦を吊り上げて、レオンを睨む。
けれども、レオンは相変わらず、柔らかな笑みを浮かべてスコールを見て、


「キスの仕方は、これで判ったか?」


────その“大人の余裕”を如実に表わす表情が、スコールには憎らしくて堪らない。
いつだって一歩も二歩も先を行って、背伸びをするスコールを愛しげに見詰めている。
此処までおいで、と言うように、両手を広げて、待っている。

もう一度、スコールはレオンの唇を塞いだ。
今度は自分から、レオンの咥内に舌を入れて、彼のそれを絡め取る。



夢中で、一所懸命、目の前の男を貪って。

本当は、余裕の表情の裏側で、彼がずっとずっと待ち侘びていた事は、少年の知る由もない。




2013/08/08

スコレオスコ!と言うかもう寧ろ百合だこれ。
頑張ってこっち向かせようとするスコールと、余裕な振りして内心ドキドキしてるレオンさん(言わないと判らない)。