プレゼントボックス 1


今日がクラウドの誕生日名のだと知った秩序の面々の行動は、早かった。

様々な世界の断片が入り乱れたこの神々の闘争の世界で、今日が何月何日であるかなど、正確に判るものなどいない。
春夏秋冬等と言うものはないし、真夏日の翌日には雪が降っている、と滅茶苦茶なのは最早日常。
当てになるものと言ったら、モーグリショップで購入したカレンダーくらいのもので、これも捲り始めた日が本当は何日であるのか、明確な標になるものはなかった。
だから、今日が“8月11日”であると言うのは、カレンダーを捲り始めてからそれだけの時間が経った、と言う程度のものだ。
半年以上もこの世界で闘争を繰り返しているのかと思うと、些か気が滅入りそうにもなるが、そんな時こそ、楽しいイベントは重要視される。
常識だの理屈だのと言う事はさて置いて、今日と言う日が特別な日にして、盛り上げる事が先決だ───とは、賑やか組三名の言葉である。

バッツ、ジタン、ティーダの三人のお陰で、今日の秩序の戦士達は、籤引きでハズレを引いた二名を残し、皆でクラウドの誕生日を祝う事になった(ちなみに、ハズレを引いたのはフリオニールとジタンである)。
とは言え、ハズレのメンバーも、仲間の誕生日の祝いたいので、任務は秩序の聖域周辺をぐるりと見回って来ただけ。

改めて秩序の戦士が揃った所で、クラウドの誕生日パーティは始まった。
肉をメインにしたご馳走に、バッツが買って来たシャンパン(未成年メンバーは果実ジュースだ)、ケーキはティーダがスコールにせがみ、ルーネスに手伝って貰いながら作ったもの。
ついでに、リビングはティナとセシルとが飾り付けを行い、可愛らしくも華やかである。
ウォーリア・オブ・ライトも飾り付けを手伝ったようで、所々歪な飾り輪がそれだろう。

そんないつもより華やかなリビングで、仲間達から何度も祝いの言葉を投げかけられて、クラウドは鼻先がくすぐったくなるのを感じていた。


(二十歳も越して、今更こんなに祝って貰うような事でもないんだがな)


隣のセシルから注いでもらったグラスを傾けつつ、クラウドは喉奥で笑みを殺す。
逆隣からは、ティーダがこれも食べろあれも食べろと、沢山の肉をクラウドの皿に移して来る。
幾らなんでも、そんなには食べれない、とクラウドは思うのだが、ティーダの楽しそうな顔を見て、クラウドは断りの言葉を飲み込んだ。
ケーキも食べ終え、ティナやルーネス、フリオニールも楽しそうにしているし、此処は自分もこの空気に酔うべきだ。
ウォーリアも、明々楽しむ仲間達を叱る事なく、この賑やかな夕食を、心なしか和らいだ眦で眺めていた。

こんな風に盛大に祝って貰うような柄ではないが、祝って貰える事は、やはり嬉しい。
そう思いながら、クラウドはグラスの中身を空にした。


(だが……スコールは何処に行ったんだ?)


唯一、この祝いの席の不満を胸中で呟いて、クラウドは目線だけでリビングを見回した。

誕生日会と兼ねて夕食が始まった時、リビングには秩序の戦士十人が揃っていた。
しかし、いつの間にか三人の仲間がこの空間から姿を消している。
こうした賑やかさが好きなバッツとジタン、逆に苦手として敬遠しているスコールだ。

スコールが騒がしさを嫌うのは、クラウドもよく知っている。
だから、さり気無くを装って、こっそりとこの場を逃げたのも、無理はない────とは思う。
思うが、折角の恋人の誕生日なのだから、何か一言くらいは行って貰えないものだろうか、と密かに期待していたクラウドとしては、少々悲しいものがある。

零れかけた溜息を、もう一度グラスを傾けて誤魔化した。
そんな時、パン、パン、と大きな手拍子の音が響く。


「よーし、もうすぐ11時だ」
「お開きにしようぜ」
「えーっ。これからが楽しいトコじゃないっスか!」


スコールと同じく、いつの間にか姿を消していた筈のジタンとバッツの言葉に、ティーダが判り易く不満そうな顔をした。
無理もあるまい。
テーブルには、まだ沢山の豪華な料理が並び、シャンパンボトルも残っている。
お開きにするなんて早過ぎる、と言うティーダを、フリオニールが仕方ないだろう、と宥めた。


「明日からは、また戦いが始まるんだ。今日はもう休んで、明日に備えないと」
「ちぇー……もうちょっと楽しみたかったのにな」


今日の誕生日パーティが、夜の11時でお開きになる事は、事前に決められていた。
遅くまで騒いでいては、明日からの行動に差支えが出てしまう。
其処を混沌の戦士に攻められては、堪ったものではない。

もうちょっと祝いたかった、と言いながら、ティーダが席を立つ。


「じゃあ、クラウド。誕生日おめでと」
「ああ、ありがとう、ティーダ」
「おやすみー」


今日何度目か判らない祝いの言葉を改めて伝えて、ティーダはリビングを後にする。
ティナとルーネスも、片付けをフリオニールとセシルに頼んでから、クラウドの下へ駆け寄り、


「お誕生日おめでとう、クラウド」
「おめでとう。プレゼントも何も用意できなくてごめん」
「ありがとう、ティナ、ルーネス。俺には、その気持ちだけで十分だ」


ふわりと花のように柔らかい笑みを浮かべたティナと、少し照れ臭そうに頬を赤らめたルーネス。
そんな二人の表情と、貰った言葉だけで、クラウドは満たされた気分だった。

かしゃん、と金属の音が鳴る。
クラウドが顔を上げると、人形のように整ったウォーリア・オブ・ライトの顔があった。


「誕生日おめでとう、クラウド」


きっと、ティナやフリオニールから、誕生日にはこう言って祝うのだ、と教わったのだろう。
ウォーリアが言葉を告げた時の、何処かぎこちない言葉尻を感じ取って、クラウドは思った。


「あんたに言って貰えると、なんだか妙にくすぐったいな」
「……言わない方が良かっただろうか」
「いや、そういう事じゃない。嬉しいって事だ。ありがとう、ウォーリア」


クラウドの言葉に、そうか、と微かにウォーリアの口端が緩む。

踵を返し、ウォーリアがリビングを後にする。
ドアボーイのように扉前に立っていたジタンとバッツが、エスコートするように扉を開けた。
そして、ぱたり、と扉を閉じると、くるりとクラウドへと振り返り、


「クラウド、たんじょーびおめっとさん!」
「めでたいな!こう言う日って、もっとあれば良いのにな」
「ありがとう。ああ、そうだな」


賑やかし事好きなジタンとバッツにとっては、今日のような日は楽しくて仕方ないに違いない。
ティーダの「クラウドの誕生祝をやろう!」と言う言葉に、真っ先に乗ったのも、この二人だった。
豪華な料理を作って、リビングを飾り付けして、プレゼントも用意しよう、と彼等は言っていた。
結局、プレゼントは用意出来なかったのだけれど、代わりに二人はクラウドを楽しませる為、あれこれと曲芸や隠し芸を披露してくれた。

その割に、二人は夕食の席から、いつの間にか忽然と姿を消していたのだが。

皆の誕生日も祝いたいな、と言うバッツに、そうしよう、とジタンが頷いている。
ウォーリアの誕生日ってどうする?と言うジタンに、バッツが唸って首を捻った。
そんな二人に、クラウドは咳払いを一つして、


「あんた達、スコールは何処に行ったか知らないか?」


ジタン、バッツ、そしてスコール────この三人は、よく一緒に行動を共にしている。
だから、三人揃っていなくなっていると言う事は、てっきりスコールもこの二人と一緒にいるものだとばかり思っていたのだが、違うのだろうか。

今日一日、何も言わずに(ケーキは作ってくれたけれど)いなくなってしまった、恋人。
口下手な彼の事だから、こう言う状況になる事は予想していた。
けれども、せめて今日と言う日が終わる前に、もう一度彼の顔を見てから眠りたい。



彼の事だから、やはり自分の部屋か。

そんな事を思いながら訊ねたクラウドに、ジタンとバッツは、にんまりと笑った。





2013/08/11

長くなったので分けました。