君の手は此処に在る



キスしてやりたい。
そんな風に思う事が、唐突に、ある。



そんな時、彼は大抵、少しだけ遠くを見ていて、寂しげな横顔を覗かせている。
バッツは、そんな彼を見付けると、そっとして置いてやろうと言う。
普段、あれだけ無邪気な子供のように振る舞っている癖に、こんな時には大人なんだなと思った。

多分、きっと、その方が良いのだろうとジタンも思う。
記憶の中に映る何か、誰か、きっとそれを思い描いているのだろうと言う事は、ジタンにも判る。
記憶の中の情景は、その人の中にでしか存在し得ない不可侵的なものだから、記憶の世界に思いを馳せている彼を邪魔しては行けない。
仲間達がそれぞれ大なり小なり記憶が欠けている世界にあって、ジタンは比較的元の世界の記憶を多く所有していたが、やはり部分的に欠けてしまっている所があるのは否めない。
だから、自分自身の意義すら曖昧にしか覚えていなかった者が、懐かしい記憶を思い出した時、懐かしむようにぼんやりと立ち尽くす時の気持ちは、全く判らない訳ではなかった。

───判らない訳ではない、けれど、ジタンは彼を放って置く事は出来なかった。


「スコール!」


立ち寄った歪の中にあった、満開の花畑の中に、スコールは立ち尽くしていた。

白、藍、黄色の淡い花々の中に、黒衣の彼はよく映える。
ジタンは、そんな彼の背中に勢いよく飛び付いた。


「っ……お前か」
「おう。どーした、そんな所でぼーっとして」


突然の背中の衝撃に蹈鞴を踏みつつ、スコールは踏み止まって、腰にくっついた尻尾の少年を見た。
ジタンはゆらゆらと金色の尻尾を揺らし、一つ年上の長身の青年を見返して訊ねる。


「……別に、どうもしない」
「そうか?」
「ああ」


そうか、ともう一度ジタンが言うと、ああ、とスコールももう一度言った。

スコールの視線が、また遠くへと向けられる。
彼の青灰色の瞳は、遠くまで広がる目の前の穏やかな景色を見ていない。

ジタンは、しばらくそんな青年をじっと見詰めていたが、


「なあ、スコール」


名を呼んで、重力に従い降ろされていた手を握ると、びくっとスコールの肩が跳ねた。
構わずに捕まえた手を握り締めると、始めは強張っていたその手が、少しずつ緩んでジタンの手に委ねられる。

委ねられた手は、微かに震えていた。
まるで怯える子供のように震えていて、ジタンはその理由を彼に問うた事はない。
良くも悪くも頑固で口下手なスコールは、震えている理由を聞いた所で、言葉を探して戸惑いに視線を彷徨わせるばかりだろう。
そして、言葉よりも雄弁にその心を映し出す瞳で、ジタンをじっと見詰めるのだ。

だからきっと、ジタンがどう足掻いても、スコールが何に怯えているのか知る事は出来ない。
それは少し淋しい事ではあるけれど、知らないままでも良い、とジタンは思う。


「大丈夫だよ」


言うと、スコールがゆっくりと此方を見た。
ぎゅっと手を握って笑みを浮かべてやれば、スコールはぱち、ぱち、と瞬きを繰り返す。

スコールの口が開いた。
何を言おうとしたのか、多分、「あんたは何を言っているんだ」とか、そんな所ではないだろうか。
当たらずとも遠くはないだろうと思いつつ、ジタンはスコールの声が音になる前に、繋いだ手を引っ張った。

悔しい事に、スコールはジタンよりもずっと身長が高い。
世界の違いか、種族の違いか、二人の身長差はかなりのもので、ジタンは見上げなければ───スコール相手に限った話ではないが───スコールの顔を見る事が出来ない。
だから、ふとした瞬間に駆られた衝動に従おうと思ったら、少し強引な手段を取らなければならない。
女性が相手であれば、身長差すら演出の一つにして見せる自信があるけれど、相手は男で、それも稀代の鈍感天然となれば、話は別だ。
綺麗に飾った口説き文句も、物語仕立ての演出も、何もかも首を傾げて此方の思惑を通り抜けてしまうのだから、直球勝負しか道はない。

出逢った当初の人を寄せ付けない空気に反し、スコールは気を許した人間に対して無防備である。
突然引っ張られるとは思っていなかったのだろう、スコールはがくっと姿勢を崩して、ジタンへ向かって倒れ込んだ。
慌てて踏ん張ろうとするスコールだったが、ジタンはその肩を掴まえて、もう少しだけ引き寄せる。
一瞬、唇が触れ合って、直ぐに離れた。

すとん、とコールの膝が地面に落ちた。
呆然とした表情で、スコールは間近にあるジタンを見詰める。
ジタンはそれを真っ直ぐに見詰め返し、


「大丈夫だって。恐い事なんかないからさ」


だから今は、こっちを向けよ。

そう言って、ジタンは笑った。
スコールはぱちり、と瞬きをして、ジタン、と音なく目の前の少年の名を紡ぐ。

膝をついたままの彼を、ジタンは強く抱き締めた。
ぽんぽん、と子供をあやすように背中を叩いてやると、ことん、と彼の首が傾いて、柔らかい髪がジタンの肩をくすぐった。

そっと、額の傷にキスをする。
他の場所に比べるとほんの僅かに皮膚が薄いからだろうか、スコールは其処にくすぐったそうに目を細めた。
ついでにもう一度唇にキスをしようとしたら、黒革の手に押し返される。


「良いじゃんか。もう一回しようぜ。励ましたオレにご褒美ちょーだい」
「そう言うのは、自分から打診するものじゃない」
「言わなきゃしてくれないじゃんか」


長い腕を突っ張って押し返されれば、リーチの差でジタンの負けだ。
ちくしょう、と密かに悔しく思うジタンを無視し、スコールはすっくと立ち上がる。

いつものように眉間に皺を寄せるスコールに、ジタンは小さく笑みを零す。


「そろそろ行こうぜ。バッツがあっちで待ち草臥れてる」


そう言って差し出したジタンの手を、スコールは訝しむように睨んだ。
構わずジタンはスコールの手を掴まえて、歩き出す。

繋いだ手は、振り払われる事はない。
ジタンが羨む長い足を持つスコールの歩は、心なしか覚束なく、夢心地の中にいるように思える。
それでも、ジタンが繋いだ手を握る手に力を籠めれば、少し驚いたような間の後で、同じ力で握り返してくれた。



少し離れた場所で、バッツが青空を此方に背を向けて、抜けるような青空を見上げていた。
名前を呼んで彼の下に急ぐと、振り返って褐色の瞳が無邪気に笑う。

何も知らない、気付いていない振りをしてくれる友に感謝して、ジタンは繋いだ手を強く握った。




2013/09/08

9月8なので、ジタスコ!
ジタンなら、スコールの不安とかも全部ひっくるめて包んでくれるくらいの包容力があると信じてる。
だってFF界きっての男前だもの。

でもちょっとムキになり易いジタンも好きです。
そして、そんな若い二人を見守る大人なバッツも好き。