いっしょにあそぼ! 1


高いキャットタワーの上が、スコールの特等席であり、指定席だった。
其処にいれば、下がどんなに賑やかでも、被害を被る事はない。

しかし、スコール、スコール、と繰り返し呼ぶ声は、相変わらずよく通って、スコールの鼓膜に届く。


「おーい、スコールぅ」
「遊ぼうぜー」


キャンキャンと犬の声がして、スコールは伏せていた頭を上げた。

傍らの窓から差し込む、ぽかぽかと温かな陽気が、丁度スコールの腹に当たって気持ちが良い。
くぁあ、と欠伸をして、消えない微睡に目を細めていると、もう一度、キャン、と呼ぶ声。
煩いな、と思いながらスコールが視線を下へと落とすと、二匹の犬が尻尾を振って此方を見上げていた。


「おっ、やっと起きた」
「おーい。新しいボール貰ったんだよ。一緒に遊ぼうぜ!」


二匹の犬の名前はジタンとバッツで、スコールと一緒に住んでいる。
懐こい性格の二匹は、スコールの事を痛く気に入って、毎日のようにじゃれついていた。

スコールは犬ではない。
丸い顔、小さく折れた三角形の耳、細長い尻尾、しなやかに動く手足と、瞳孔を細めたキトゥン・ブルーの瞳を見れば判るように、正真正銘の猫だった。
生まれが何処であるかは判らない、生まれて間もない頃に道の隅で段ボールの中で捨てられていたのを、フリオニールと言う物好きな人間が拾ってくれ、その時既に家にいたジタンとバッツと共に育てられた。
ちなみに、ジタンとバッツも生まれは何処とも知れないらしく、バッツは傷付いて倒れている所を、ジタンは家族と逸れて一匹で彷徨っている所を、偶然見つけたフリオニールが拾ったとの事だ。

ジタンとバッツは犬、スコールは猫とあって、両者の生活には色々と差がある。
広い場所を駆け、じゃれあって遊び回るのが好きなジタンとバッツに対し、スコールは日向でのんびりと昼寝をするのが好きだった。
元々、スコールは大人しい性格をしており、仔猫の時分から、はしゃいで遊び回る事は少なかった。
しかし、ジタンとバッツはそんな事はお構いなしで、スコールに隙さえあれば飛びついて行く────のだが、今日のスコールはキャットタワーの天辺で優雅に昼寝。
猫と違って高くジャンプするのが難しいジタンとバッツは、スコールに「下りて来いよ」と何度も鳴いて呼んだ。


「ほら、これこれ。すげー跳ねて面白いんだぜ」


バッツが足元に置いていたボールを咥えて、持ち上げて見せる。
半透明のボールの中で、きらきらとした星粒が光っていた。


「きらきらしてて綺麗だろ?スコールも気に入るかもって、フリオニールが選んだんだってさ」


だから、これを使って一緒に遊ぼう、とジタンが誘う。

スコールはしばし、櫓の上でじっと下方を見詰めていた。
それを見上げる空色と褐色の瞳には、ボールよりもきらきらと輝いて、期待に満ち満ちているのが判る。

───-が、スコールは、ぷい、とそっぽを向いた。


(……眠い)


ぽかぽかとした陽気が、スコールの眠気を更に助長させている。
ジタンとバッツのテンションに付き合う気になれず、それよりももう一眠りしたい、とスコールは丸くなる。

たらん、と櫓の天辺から垂れたスコールの尻尾を見て、クゥン、とジタンとバッツの声が零れる。


「おーい、スコールぅ」
「あーそーぼー」
「あーそぼー」


尻尾を振りながら、ジタンとバッツは繰り返す。
それに対し、スコールはゆら、ゆら、と垂れた尻尾を微かに揺らすだけ。

ジタンとバッツは、ぐるぐると櫓の周りを回り始めた。
スキップするようにぴょんぴょんと足元を弾ませながら、スコール、スコール、と繰り返し呼ぶ。
二匹とも櫓上にいるスコールを見上げながら回っているので、全く前を見ていない。
そんな訳だから、案の定、ごちんと衝突して引っ繰り返った。


「あってぇ!」
「いって!顎いって!」
「鼻いてぇ!」


悶えるようにごろごろと櫓の足下で転がり回る二匹。
身体が小さい二匹とは言え、揃ってこうも賑やかにされると、スコールの短い堪忍袋は容易く張り詰め、


「……あんた達、煩い」


腹に埋めていた顔を上げて、もう一度二人を見下ろし、スコールは顔を顰めた。
静かにしろ、と睨むスコールの視線の先では、二人でごろごろと転げ回っていた二匹が、何が面白いのかけらけらと笑っている。

眼下では、起き上がったジタンとバッツが、ぶつかったのはお前の所為だ、いやお前の所為だ、と責任の押し付け合いをしている。
ならば勝負で決めよう、と言い出したバッツに、ジタンが先手必勝!と高らかに再現しながら飛び掛かった。
後ろ足で立ってジャンプしたジタンがバッツに覆い被さるが、バッツは前足でジタンの顔面を押し退ける。
フリオニールが買ってきたと言うボールは、ころころと明後日の方向に転がった。

ボールで一緒に遊べと言う話は一体何処へ行ったのだろう。
呆れつつ、スコールは今度こそ、と丸くなって目を閉じる。

ぽかぽかと心地の良い陽気の傍ら、もっと陽気で無邪気な声が、スコールの耳に届く。


「やったな、ジタン!仕返しだ!とうっ」
「うぉおっ!あっ、こら、耳噛むなよ!」
「じゃあ舐めてやるよ」
「オレを毛繕いして良いのは、可愛いレディだけだっ。野郎はお断り」
「そう言うなって、おれ達の仲だろ〜」
「あいてて、お前乱暴だからイヤなんだっつの!」


ばたばた、キャンキャン、ごろごろ、キャンキャン。

賑々しい二匹のじゃれ合いに、静かにしろよ、とフリオニールは叱りに来ない。
出掛けているのか、何か手が離せない事でもしているのだろうか。
ちょっとで良いから、叱りに来てはくれないだろうか、と櫓の上で騒がしさに辟易しながらスコールは思う。

あっ、ボール、ボールで遊ぼうぜ、とようやっと思い出したジタンが言い出した。
そうだった、そうだった、と言いながら、バッツがボールを回収しようとすると、横から風が駆け抜ける。
一足先にボールを奪ったジタンが、ふふん、と尻尾を振って自慢するように咥えたボールを見せ付けた。
おれのだぞ!と奪い取ろうとするバッツから、ジタンが走って逃げ回る。

キャンキャン、どたばた、キャンキャン、どたばた。

ああ、煩い。
スコールは音を嫌うように耳を伏せながら思った。
折角気持ち良く昼寝をしていたのに、これでは二度寝出来そうにない。


(………)


むくっと起き上がったスコールの狭い眉間には、くっきりと皺が浮いている。
スコールは四方50センチ程度の足場に立つと、櫓を一段、二段とゆっくりと音を立てずに下りて行く。

スコールは地上までは下りなかった。
櫓の一番下で足を止めて座ると、ボールを転がして結んだタオルを引っ張り合って遊ぶジタンとバッツを一瞥し、


「……あんた達、もうちょっと静かにしろよ」
「おっ」
「おぉっ」


我慢の限界を訴えるように、低い声で言ったスコール。
ジタンとバッツは、タオルを引っ張って二匹揃って上下逆さまに引っ繰り返った状態で、スコールを見上げた。
何をどうしたらそんな体勢になるんだ、とスコールは益々呆れる────が、そんな悠長な事をしている暇はなかった。


「スコール!」
「スコール!」


遊ぼう!と二つの声が重なって、スコールに二匹が飛び付いた。
一瞬の内に間近に迫った二匹の影に、思わずスコールの尻尾がぶわっと爆発する。

櫓の一段にいたスコールは、二人に押し退けられるように、後ろに引っ繰り返った。
どうしてあの櫓の一段目は、あんなに低い位置にあるのだろう、と妙に冷静な事を考えたのは、一瞬だけ。
ごちっ、とスコールは後頭部を打って、その上にジタンとバッツが二匹揃って覆い被さって来たものだから、溜まったものじゃない。
幾ら二匹とも小型犬で、猫のスコールと大差ない体格をしているとは言え、二匹分の体重はやはり重い。
ごろごろと団子になった状態で転がった後、三匹は上からバッツ、ジタン、スコールの順で重なり合って倒れた。


「あいててて……」
「うあー……やっちまった」
「………このっ!」


暢気に呻くバッツとジタンの声に、スコールが苛々とした声を上げた。
ぐっと体に力を入れて起き上がり、背中に乗った二匹を振り落とす。
ころんころん、と二匹が床を転がっている隙に、スコールは大きくジャンプして、櫓の三段目に上った。


「あっ」
「あっ」
「ふん」


櫓は全部で四段になっており、一段目は低い位置にあるが、二段目からは高さがある。
猫のスコールにとっては特に問題のない高さだが、犬のジタンとバッツにとってはそうではない。
だから此処は、スコールにとって絶対不可侵の安全地帯だ。


「スコールぅ」
「スコール、悪かったよ。怒るなよ」
「………」
「お詫びにおれのおやつ、あげるからさ」
「オレもオレも」
「………」


訴える二匹に、スコールは知らない、と言わんばかりにつんとそっぽを向いてやる。

台から食み出て重力に垂れる尻尾に、二匹の鼻先がじゃれてくる。
スコールは尻尾の先端で、ぺしっと二匹の頭を叩いてやった。
それきり、スコールは尻尾すらも引っ込めて、つんと二匹に背中を向けて丸くなった。




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2013/10/30