アイム・ベリー・ハングリー!


元来、スコールは自分が決して気が長くない事を自覚していた。
数時間の待機命令であれ、数日間の根競べ勝負であれ、任務と言われればこなして見せるが、平時は違う。
表立って苛立ちを露骨に見せる事こそしないものの、スコールは短気な性質である。
ついでに、一人静かに過ごしたい時、他人のその時間を壊されるのも、非常に嫌いな性質であった。

仲間達の多くは、そんなスコールの性格を知ってか知らずか、スコールとは適度な距離を開けている。
だが、それを無視して、容易く垣根を乗り越えて、私有地に侵入してくる輩は、いつでも何処にでもいるものだ。
例えばジタンやバッツのように、何の目的があるのか、殊更にスコールに構い付けたがったり、鬱陶しいと追い払っても逃げたと思ったら戻って来て飛びついて来たり。
この二人に関しては、既に言っても無駄だと言う事を理解したので、好きにさせる事にした────要するに、根負けしたと言う事だ。

ジタンやバッツを除けば、他のメンバーはつかず離れずの距離で、スコールにとっては快適だ……と、思っていたのだが、もう一人、例外がいる。
これもやはり、ジタンやバッツのように、他人の心情などお構いなしで、自分のペースを崩さない人物───プリッシュであった。

何の因果か、彼女と秩序の屋敷で二人きりで待機となってしまったスコールは、プリッシュから常に「腹減った」「何か食えるものないか?」と常に問われ続けていた。
ちなみにプリッシュは、朝食・昼食共に、ティファが用意して行ってくれたものを、綺麗に平らげている。
他の仲間達がいつ帰るか判らないからと、鍋一杯に沢山作られていた筈の料理が、小柄なプリッシュの胃袋にどうやって全て治まるのか、スコールには皆目見当がつかない。
それでいてプリッシュは、もっと食べるものはないか、とスコールにしつこく強請るのだ。


「なあ。なあってば。腹減ったよ」
「………」
「何か食えるモンないか?」


食べられるものなら、あんたが全て食べたじゃないか。
スコールは書庫から持って来た文庫本に視線を落としたまま、苛々と眉間の皺を深くして思う。

どうして今日の待機組を、この組み合わせにしたのだろう……と言う疑問は、愚問だ。
スコールは先日のアルティミシアとの戦闘で負傷、プリッシュははしゃぎ回った末に頃んで足を捻った。
無手の格闘術で戦うプリッシュにとって、軸となる足は大切なものであり、きちんと直すまでは冒険禁止(つまり待機)、となった。
スコールの傷は既に治療魔法で治してあるが、念の為に、一日大事を取る事にしたのだ。

…それにしても、せめてもう一人誰か残して行ってくれても良いではないか。
何故よりにもよって、このペアだけで待機させる事を良しとしたのだろう。

黙したまま本を見詰めるスコールの手は、随分と前から、ページを捲る事を止めていた。
プリッシュはそれも気にしない(気付いていないのかも知れない)まま、なあなあ、とスコールの肩を揺さぶる。


(大体こいつは、なんで当たり前のように俺の隣に座っているんだ?)


昼食の時、プリッシュは食卓用のテーブルに座っていた。
スコールは午前中からずっと、今も座っているソファに落ち付いている。
そのままの距離感がスコールにとってはベストだったのだが、プリッシュは昼食を終えた後、犬か猫が懐くように、ちょこんとスコールの隣に座ってしまった。

嫌なら自分の部屋にでも引っ込めば良いだろう、と言われるかも知れないが、そうも行かない理由がある。
以前、プリッシュが一人で秩序の屋敷に待機する事になった時、彼女は空腹を満たそうとして、冷蔵庫の中のもので料理をしようとした。
その結果は燦々たるもので、しばらくは屋敷のキッチンが使用不可能になった程だ。
無邪気な彼女に、また同じ事を繰り返されては堪らないので、プリッシュはキッチンの出入り禁止の上、お目付け役が必要と言う結論に至った。
スコールがプリッシュを放置する事が出来ないのは、そのお目付け役と言う任務の所為だ。

プリッシュの監視をするだけでも気が進まなかったスコールだが、彼女が自分と一定の距離を保っていてくれれば、構わなかった。
彼女がキッチンにさえ入らなければ、スコールは最低限、彼女の様子を確認しているだけで済む。
コミュニケーションの必要はない────と、思っていたのだが、まさかこんな事になるとは思っていなかった。


「なあなあ。スコール、腹減らないか?」
(減ってない)
「何か食いたくないか?」
(食べたくない)


胸中でのみ、スコールは答えを返す。
口にしないのは、喋れば相手をしなければならない羽目になるからだ。

そんなスコールをじっと見詰め、プリッシュが頬を膨らませる。


「スコールー。スコールってばー。腹減ったよ、何か食わせろよ」


耳元で声を大にするプリッシュに、もう監視任務も放棄して良いだろうか、とスコールは本気で考え始めていた、その時。
かぷ、と耳朶を噛まれて、スコールは思わず飛び退いた。


「………!?」
「あ。ワリ」


驚愕の余りに声も出ないスコールに、プリッシュが頭を掻きながら詫びた。


「スコールの耳、柔らかそうだなーと思って。パイだっけ?餃子だっけ?耳たぶと同じ位の柔らかさって言う奴。そしたら、段々旨そうに見えて来て」
(意味が判らない!大体俺は食べ物じゃない!)
「悪い悪い。凄く腹減ってたからさあ」
(だからって人間を食おうとするか!?)


きゃらきゃらと笑う彼女には、決して悪意はないのだろう。
それだけに、スコールの驚愕と恐怖は一入である。

このままだと、本当に食われるかも知れない─────そう思ったスコールは、意を決してソファを離れた。
「スコール?」と呼ぶ声を無視して、キッチンに入ると、卵、牛乳、小麦粉等々、記憶を頼りに必要なものを取り出して、分量を量って全てボウルに放り込む。
本当は色々と手順がある筈だが、其処まで明確には覚えていなかったし、何より、気が急いていた。
出入り禁止を律儀に守ってか、キッチンの入り口に佇む少女の視線が、今のスコールには無性に恐ろしい。

ボウルの中身が粉っぽさをなくした所で、出来た生地を五つのココット皿に小分けにして、オーブンに入れる。
10分、20分と時間が経つ内に、オーブンから漂い始めた香ばしい匂いに気付いて、じっとスコールを眺めていたプリッシュの瞳が爛々と輝き出す。

オーブンがチーン、と焼き上がりの音を鳴らしたので、蓋を開ける。
熱くなった鉄板の上で、こんがりと狐色の焼き色をつけたマフィンが現れた。
竹串を差して中まで火が通っている事を確かめ、粗熱が取れるまでの少々の時間を割いた後、トレイに乗せたマフィンをキッチンから運び出した。
目の前を横切るスコールを───マフィンを───、プリッシュがきらきらとした瞳で見詰める。

食卓用のテーブルにマフィンを置いて、スコールは直ぐにその場を離れた。
ソファへと戻るスコールを、プリッシュの声が追う。


「これ、オレが食べて良いのか?ホントに良いのか?」


スコールは答えなかった。
勝手にして良いから、もう付き纏わないでくれ、と思いつつ、ソファに放っていた本を開く。

出来たてのマフィンは、外はカリッと香ばしく、中はふわふわ。
一つ一つの大きさは決して小さくない為、一つでも食べればそれなりに腹が膨れそうだが(少なくともスコールは一つで十分だ)、プリッシュにはそんな事は関係ないらしい。
両手に一つずつマフィンを持って、プリッシュは嬉しそうに齧りついている。

取り敢えず、これでしばらくは静かになるだろう。
ようやく胸を撫で下ろして、しばらくぶりに本の世界に没頭しようとして、


「美味いな、これ!ありがとな、スコール!」


飛んできた無邪気な声に、妙に胸の奥がくすぐったくなった気がした。



後日、プリッシュから話を聞いたジタンとバッツが、オレ達にも食べさせろ、とねだって来る事については、また別の話。




2013/11/08

11月8日なので、プリッシュ×スコール。
何処に需要があると言うのか。しかし楽しかった。

スコールの心の声は、きっと全部バレてる。
これを切っ掛けに、今後ずっとプリッシュがスコールに懐き回るんだと思う。
なんでマフィンかと言うと、今日私が作ったからです。お手軽。