嘘じゃないぞ


真面目な顔をして、真面目な事しか言わないから、性質が悪い。
スコールは、ヴァンと言う人間を、そう認識している。

良くも悪くも、彼は真っ直ぐなのだと思う。
何も考えていないようで、意外と深い部分を突いて来る彼は、よく他人のペースを悪気なく乱す。
あのラグナでさえ調子を外してしまうのだから、その影響力たるや、相当のものではないだろうか。
勿論、本人はそんなつもりは毛頭なく、ただ思った事を思ったままに口に出しているだけなのだが、その“思った事をそのまま口に出す”と言う事が、どれだけ難しいか。
それをあっさりと遣って退けてしまう彼を見て、ラグナやジェクトは「大物かもな」と笑っていた。
その時は自分は、ただデリカシーがないだけだ、と非難染みた事を考えていたと思う。

まさか、その“思った事をそのまま口に出す”矛先が、自分に向くなど予想だにしていなかった。


「────なあ、スコール。スコールってば」


後ろをついて来る少年を徹底的に無視して、スコールは足を動かし続けていた。
競歩の如く早足で歩くスコールを、ヴァンは距離を縮めず拡げず、同じ速度で歩いてついて来る。

それなりに早い速度で進んでいる筈なのに、聞こえて来るヴァンの声は、いつもと何ら変わらない、平静としたもの。
なあってば、と呼び止めて来る癖に、その声にはまるで強引さがない。
ついでに付け加えると、追い駆けては来るものの、彼は本気で追い付こうとは思っていないらしく、足を動かし続けるスコールを無理やり捕まえようともしなかった。


「なー、スコール。聞いてるか?」


スコールは依然、振り返らない。
目的地としているイミテーションの巣窟がある歪に辿り着くまで、黙々と歩き続ける。

途中、目的地ではなかったが、歪を見付けたので飛び込んだ。
ついて来る仲間を撒こうと思っての行動だったが、彼は直ぐについて来て、逃げる暇もない。
おまけに歪の中はイミテーションが巣食っていたので、このまま無視して行く訳にも行かず、止む無くヴァンとの共闘となった。

一見茫洋としているように見えて、ヴァンは器用だ。
剣や槍に限らず、銃器類まで様々な武器を得意とし、近中遠距離に幅広く対応できる。
威力の強い魔法も扱えるので、近接戦闘を主とするスコールにとっては、あらゆる面でカバーしてくれる優れた仲間と言える。
戦闘中はどちらともなくスタンドプレーである事が多いが、背中を気にしなくて良い、と言うのは、非常に有用な事であった。

────だが、しかし。


「スコール」

「なあスコール」

「スコール、聞いてるか?」

「スコールってば」


平時ならいざ知らず、戦闘中まで及ぶマイペースは如何なものか。
無駄話を嫌うスコールにとって、彼ののんびりとした声は、どうにも気が散って仕方がない。

積もりに積もったストレスをぶちまけるように、スコールはイミテーションを打倒して言った。
その様子を見たヴァンが、「なんかイライラしてるみたいだな」と言うものだから、また苛立ちが募る。
スコールはその苛立ちを、最後に残った空賊にぶつけたが、それでも苛立ちは消えなかった。

最後の一撃を放ち、砕けたイミテーションの破片が砂になって消えて行くのを、スコールはじっと見下ろしていた。
特に意味はない、ただ胸の奥がぐらぐらと煮えているのが収まるまで、動く気にならなかっただけだ。
────そんなスコールの下に、事の原因である当人が、槍を両肩に担いでひょこひょことやって来た。


「どうした、スコール。どっか痛めたか?」


ケアル、いるか?と訊ねて来るヴァン。

俯いたスコールを見た彼は、傍らにしゃがんで、スコールの貌を覗こうとした。
が、それよりも早く、顔を上げたスコールが、ギッ!とヴァンを睨み付ける。


「あんた、いい加減にしろ」
「ん?」


睨み据えるスコールに対し、ヴァンはきょとんと首を傾げた。
何処までもマイペースを崩さない彼とは正反対に、スコールの苛立ちは尚も募る。


「なんであんたは俺に付き纏うんだ」
「付き纏う?」
「揶揄うのも大概にしろ」
「別に揶揄ってないぞ」
「だったらもう俺に構うな」
「うーん。それは無理だな」


スコールの最後の言葉に、考える素振りだけを見せて、ヴァンはけろりとした顔で言った。
スコールの傷の走る眉間に深い皺が寄る。

何故構う。
何故付き纏う。
何故────何度その言葉を繰り返し問うただろう。
その度、ヴァンは決まって、同じ言葉でスコールの口を塞ぐのだ。


「俺、スコールの事が好きだから」


だから、スコールが何処に行きたいなら一緒に行くし、戦うなら一緒に戦う。
声をかけるのはいつか帰って来る反応が楽しみだからで、その内容は何でも良い。
スコールが一瞬でも自分を振り返ってくれるなら、それだけで十分だ。

真っ直ぐに青灰色を見据えて言ったヴァンは、思った事を思ったままに口にしている。
其処に恥ずかしさや臆面なんてものはないから、彼は全くの素面で、思った事を口にする。
それは余りにもあけっぴろげで、真っ直ぐで、それなのに不意打ちのようにやって来るから、スコールには避けようがない。


「……スコール?」


顔を近付けて、まじまじと観察して来る、真っ直ぐな瞳。
それに背を向けて歪の出口に向かって歩き出せば、また付かず離れずの距離でついてくる気配。


「スコール。なあ、スコールってば」


背中に聞こえる声に、スコールは振り向かない。
絶対に振り向いてなどやるものか、とスコールは心に決めて、歪の出口へ早足で歩く。

歪を出て空気が変わっても、スコールは黙々と歩き続けた。
目的地に着くまでに、背中をついて来る人物をなんとか振り払わなければならない。
戦闘が始まれば、彼の存在は頼もしいが、平時まで彼とこうして延々と歩き続けるのは御免だ。


「なあ、スコール。好きって言うの、嘘じゃないぞ」


無視を決め込んだスコールの背中に、ヴァンは言った。
スコールはやはり振り返らない。
何も言わずに歩き続けるスコールの背中を、ヴァンは相変わらず、呼び続けながらついて行く。



(嘘じゃないって?)

(そんなの知ってる)

(あんたはいつも、本気で思った事しか言わないんだ)

(……それぐらい、知ってる)



だから絶対、振り返らない。





2013/12/08

12月8日なのでヴァンスコ!

素面で真っ直ぐに臆面なく言うヴァンと、そんなヴァンが苦手だけど拒めないスコール。
ヴァンの告白は不意打ちに来ると思う。本人的にはそんなつもりはないけど。それでいつもスコールがドキドキして真っ赤になってたらいい。