ここはやすらぎの中


スコールは非常に寝起きが悪い。
これを知っているのは、ウォーリアだけだ。

平時、スコールはあまり深く眠る事はない為、何か周囲に異変があると直ぐに目を覚まし、行動を起こす事が出来る。
体力的な問題か、或いは育った環境や微妙な経験値の差か、クラウドやセシルよりも若干反応が遅れる事もあるが、覚醒後の行動の速さは非常に優秀だ。
頭の回転も速く、傭兵となるべく培われた知識や観察眼で、直ちに敵の襲撃に対応する事も可能である。

しかし、それは彼が常に気を張り詰めているからで、人の気配に敏感であるが故に、本当の意味で気を抜く事が出来ないからだ。
それは傭兵としての性もあるのだろうが、どちらかと言えば、彼自身の生来の気質によるもので、他人の気配があると無意識に構えてしまうらしく、深い眠りに就く事も難しい。
だから、本当に気を抜く事が出来るのは、安全が約束された場所であり、且つ周囲に誰も人の気配が存在しない時のみと言える。
時折、精神的な疲労の所為か、寝落ちるように意識を深淵に落とす事はあるようだが、それでも浮上する時の速さはかなりのものであった。

そんなスコールが、ようやく自分の心が安らげる場所を見付けた。
ウォーリア・オブ・ライトと褥を共にしている時だけは、彼は“傭兵”としての自分を忘れ、一人の人間として眠る事が出来る。
そして目覚めるまでの間、彼は“スコール”として生まれたままの無防備な心を晒し、一時の安らぎへと身を委ねるのだ。

そんなスコールが目覚めた時─────彼は他者が見たら驚くであろう、寝起きの悪さを発揮する。



ウォーリアとスコールが思いを遂げるようになってから、仲間達はそれとなく気を遣うようになり、野宿の際は、余裕のある時であれば、二人で一つのテントが使用されるようになった。
それとない割には露骨な気の使い方に、スコールは顔を烈火の如く真っ赤にしていたが、ジタンとバッツに骨抜きにされ、仲間達の気遣いを甘受するに至る。
そして一夜を共に過ごし、二人は泥に沈むように眠りについた。

体を重ね合った翌日、先に目を覚ますのは、決まってウォーリアの方だ。
ウォーリアは元々目覚める時間が癖のように固定されているので、スコールと床を共にしても、これは変わらない。
お陰でウォーリアは、いつもの凛とした表情とは違う恋人の寝顔が見れる。
ウォーリアが常通りに目を覚ますのは、こうした理由もある────スコールには言わないが。

目を覚ましたウォーリアは、自分の腕を枕にして眠っている恋人を、しばし見詰めていた。
眉間の皺のないスコールの寝顔は、酷くあどけなく、彼がまだ少年の域を脱していない事を感じさせる。
そんな彼を見ていると、もうしばらくの間、ゆっくりと眠らせてやりたいとも思うのだが、生憎、この世界は和やかな時間に浸っていられる程優しくはない。


「スコール。そろそろ起きないと、食事を逃してしまうぞ」


自由な腕で、ウォーリアはスコールの肩を揺らした。
しかし、スコールからの反応はない。

これが若しも、ウォーリア以外の誰かなら、彼は触れる前に目を覚ますだろう。
そもそも、腕枕で甘えるように身を預けている事が、先ず有り得ない。
彼がこんな風に眠る事が出来るのは、ウォーリアの前でだけだと思うと、心密かに喜びが浮かぶ。

ウォーリアは小さく笑みを零して、スコールの頬に手を添え、顔を近付ける。


「スコール」


耳元で囁くように名を呼ぶと、吐息が触れたか、ぴくっとスコールの肩が揺れる。
んぅ、と子供がむずがるような声が零れて、スコールの長い睫が震え、持ち上がる。


「……ん……」
「おはよう、スコール」


緩やかな光を宿した蒼灰色が、ウォーリアを映し、また瞼の裏側に隠れる。


「スコール」


もう一度眠ろうとしているスコールに、咎めるように名を呼ぶと、スコールはゆるゆると首を横に振った。
まだ起きたくない、と駄々を捏ねる姿は、小さな子供のそれと全く変わりない。

スコールが枕にしている腕を引き抜こうとすると、またスコールはゆるゆると首を横に振った。
嫌だ、と言わんばかりに、白い手がウォーリアの腕を捕まえる。


「スコール、起きなければ朝食に遅れてしまうぞ」
「……いい」
「朝食は一日のエネルギー源だ。抜くのは良くない」
「……いい……」


ウォーリアの忠告───スコールにしてみれば説教になるのだろうか───を嫌うように、スコールはウォーリアの腕を捕まえたまま、俯せになって丸くなる。
食事云々は愚か、まだ起きたくない、と言わんばかりの恋人の我儘に、どうしたものか、とウォーリアは眉尻を下げて苦笑した。

スコールがこんな風に甘えてくるのは、ウォーリアに対してだけ。
それも、こんなにも素直になってくれるのは、目覚めて間もない、この僅かな時間のみ。
そう思うと、可愛らしい我儘にも目を瞑ってしまおうか、と思ったりもするのだが、このまま過ごしていれば、何かあったのではないかと仲間達に心配をかけてしまう。
流石にそれは良くないだろうと、ウォーリアはスコールの背中を支えながら、二人で起き上がる。


「……眠い……」


呟いたスコールが、ウォーリアの胸に頭を乗せた。
抱き着くように背中を回されると、甘えられている事がよく判る。

スキンシップ所か、触れる事そのものを嫌う傾向のあるスコールが、こんなにも甘えて来るのは、この時だけだ。
早く準備を整えなければ、と思いつつ、ウォーリアは緩む口元を誤魔化せない。


「…うぉる……」
「なんだ?」
「……まだ、出発じゃないだろ……まだ寝れる…」


だから起きない、と言うスコールに、そうは行かない、とウォーリアは言った。


「そろそろ朝食の時間だ」
「……いらないから、まだ、寝れる……」
「それでは、作ってくれているフリオニールに悪い」
「………」


折角用意してくれているのだから、食べない訳には行かない。
今日は野宿とあって、聖域の屋敷にいる時のように、保存して持ち歩くと言うのも難しいだろう。
今食べなければ、作って貰った朝食の殆どは、捨てる運命となる。

食べ物を粗末にするのは良くない、と言うウォーリアに、スコールは沈黙した。
ウォーリアの背中に回されたスコールの手が、抗議するようにぎゅう、と力が篭る。
スコールの顔はウォーリアの胸に埋められているので、彼の表情を伺う事は出来なかったが、きっと拗ねた貌をしているのであろう事は判った。

背中の手からゆるゆると力が抜けて、ウォーリアに寄り掛かっていたスコールが体を起こす。
ようやく見る事が叶った青灰色の瞳は、また半分瞼の影に隠れていた。


「……ん……」


寝惚けた眼を手の甲で擦るスコールは、猫が顔を洗う姿を彷彿とさせて、なんとも愛らしい。
ウォーリアはその手を柔らかく掴むと、ぼんやりとした瞳で見上げて来る恋人の額に、触れるだけの口付けを落とした。

柔らかいものが触れて、離れて。
スコールは、きょとんとした表情を浮かべて、端正な男の顔が離れて行くのを見詰め、─────ボッ!と火がついたように真っ赤になる。


「おはよう、スコール。目が覚めたようだな」
「……あん、たっ……!」


ウォーリアの挨拶に、スコールは答えない。
だが、澄んだ青灰色の瞳はぱっちりと大きく見開かれており、覚醒は完全なものとなっているのが明らかだ。

はくはくと、何か音を紡ごうとして、開閉される薄い唇。
だが、思考も何もまとまらないのだろう、スコールは顔を真っ赤にして唇を動かすばかりで、言葉はない。
そんな恋人の唇にキスをした後、ウォーリアは出立の準備に取り掛かった。




2014/01/08

1月8日なのでウォルスコ!
普段はツンツンしてるけど、寝起きは素直で甘えたがりなスコールと、そんなスコールにベタ甘なウォルさんでした。