甘い吐息を分け合って


バレインタインデーだからと、浮足立って用意しようと思った訳ではない。
自分がその手の年中行事に極端に疎い事も、彼───レオンがこうした行事に拘る人ではない事も判っている。
自分に至っては、寧ろこうした行事に浮かれ、騒ぐ人々を、白い目で見ているタイプだ。
それでも、彼とは一応“恋人同士”と言われる関係だから、全く何もしない訳にも行かないのではないか、と思ったのだ。

もう一つ理由を挙げるなら、普段、何かと“して貰う側”でいる自分でも、こう言ったタイミングなら、何かを“する側”になれるのではないか、と思ったのだ。
彼は何もかもを持っているから、今更何かをして貰う事もないだろうけれど、それでも、いつも自分が彼に何かを“して貰う側”である事に、後ろめたさとプライドが疼かないと言ったら、嘘になる。
何気なく、さり気無く、スコールの為に手を回してくれたり、欲しがっていたものをプレゼントしてくれる彼に、お返しがしたい、と思う事は少なくないのだから。

学校帰り、甘い匂いが漂う、可愛らしい洋菓子店に立ち寄って、きゃっきゃと商品を選ぶ女性達の中に混じるのは、非常に抵抗があったが、何とかやり遂げた。
選んだのはビターチョコレートを使った、ワイン入りのチョコレートトリュフだ。
リボン付のラッピングが施されたそれは、三個セットになっていて、甘い物が余り得意ではない彼でも、無理なく食べられるのではないかと思えた。
これで準備は万端、後は帰って来た彼に渡せば良い────筈だったのだが、それが簡単には行かなかった。

仕事を追え、家に帰って来た彼の手には、会社の女性社員達から贈られたのであろう、沢山のチョコレートがあった。
同僚としての義理よりも、明らかに本気を意識した、市販の高級品から手作りまで、様々なチョコが紙袋一杯に詰め込まれていたのである。
それを見て口を噤んだスコールを見て、レオンは眉尻を下げて「断る訳にも行かなくてな…」と言った。
確かに、渡されたチョコレートの本気度云々は置いておくとしても、基本的にそれらは好意の上で贈られたものであるから、無碍に突き返す訳にも行くまい。
かく言うスコールも、学校の下駄箱やら、自分の席やら、ロッカーやらと、至る所にチョコレートやクッキー等が置かれていた為、レオンも同様───それ以上───の出来事に見舞われているであろう事は、容易に想像が出来た。
本音を言えば、内心複雑な気持ちを禁じ得ないのだが、それを口にして不満を吐露出来る程、スコールは独占欲をあからさまにする事は出来なかった。

しかし、独占欲以上に、スコールは別の気まずさで閉口せざるを得なかった。

スコールが決死の想いで買って来たチョコレートは、学校帰りに学生が立ち寄っては買い食いをして帰る様な店のもの。
レオンが会社で貰って来たような高級品や、ラッピングまで手の込んだチョコレートに比べると、なんともチープであった。
こう言うものは気持ちの問題であって、幾ら金を使ったとか、時間を費やしたとかは別問題なのだが、包装紙まで判り易く手の込んでいる代物が詰め込まれているのを見ると、気持ち負けした気がしてならない。

そんな訳で、スコールは完全に委縮してしまっていた。


(……もう、渡さない方が良いかも知れない)


冷蔵庫を占拠したチョコレートの山───三分の二がレオンが貰った分、残りの三分の一がスコールが学校で貰って来たものだ───を見る度、どうしようか、と眉尻を下げるレオンを見る度、スコールはそんな思考に行き着く。
元々、甘い物がそれ程得意と言う訳ではないのだから、これ以上食べなければならないものを増やすのも良くない。

……それに、自分が渡したチョコレートが、あのチョコの山の中に紛れてしまうのが、何だか嫌だった。


(……でも……)


あれは、レオンの為に買ったチョコレートだ。
いつも自分を愛してくれる彼に、何か返したいと思った、その形。
あんなもの一つで、今まで彼から貰ったものの対価になるとは思っていないけれど、素直に口に出来ない“ありがとう”の代わりに渡したい。

いっその事、彼の部屋のデスクの上に置いておこうか。
学校で、机やロッカーに一方的にチョコレートを置いて行く女子生徒の気持ちが、今は少し判るような気がする。

ちら、とスコールが視線だけでレオンの姿を探すと、彼はキッチンに立っていた。
遅い夕飯を終えて、食器の片付けをしているのだ。


(……今、レオンの部屋に置きに行けば…寝る前には、見る、よな?)


本当は直接手渡せたらと思っていたのだが、既にスコールの心は折れている。

今の内に、こっそり部屋に置いて行けば、今晩、遅くても、明日出掛ける前に必要なものを集めている時、デスクの上にあるものに気付いてくれる筈。
そうしよう、それが良い────そう思って、スコールは座っていたソファから腰を浮かせた時だった。


「スコール」


名を呼ばれてスコールが顔を上げると、キッチン前に立っているレオンが振り返っていた。
こっちへ、と手招きされて、スコールは首を傾げつつ、レオンの下へ向かう。

上背のあるレオンを見上げて、スコールは「なんだ?」と問う。
するとレオンは、口元に小さな笑みを浮かべて、「ちょっとな」と言った。
何処か悪戯好きな子供を思わせる笑顔を浮かべている男に、スコールが眉根を寄せていると、


「スコール、口を開けてみろ」
「……?」


レオンの言葉に、スコールの眉間に深い皺が刻まれる。
何故、と無言で理由を問うスコールに、レオンは笑顔のまま動かない。
仕方なくスコールが薄く口を開かせると、「もっと」とレオンは言った。

怖々と口を開けて行きながら、自分が随分間抜けな顔を晒しているような気がして、スコールはもう口を閉じようか、と思った。
そのタイミングを狙ったかのように、レオンが動き、スコールの口の中に何かが放り込まれる。


「……!?」


反射的に閉じた口の中で、とろりと甘いものが蕩けて行くのが判る。
甘い中にほんのりとしたカカオの苦味を伴ったそれは、柔らかい口どけの、生チョコレート。

あまり馴染みのない口の中の甘さに目を丸くしていると、顎を捉えられて、上向かされる。
其処に柔らかい唇が押し当てられて、驚いて開いた口の中にレオンの舌が滑り込む。
侵入者は、スコールの咥内で舌を捉え、その上に乗っていたチョコレートごと、ねっとりと舐って行く。


「ん、んっ…!ふぅっ……、んっ…」


レオンの舌が、スコールの口の中で蕩けたチョコレートを舐め取るように、ゆったりと舌の表面を撫でる。
スコールは背中を奔るぞくぞくとした感覚から逃げようとしたが、顎を捕えられ、腰に腕を回され、目の前の男から離れる事も出来ない。

あやすように赤らんだ頬を擽られて、スコールは観念したように目を閉じた。
ちゅ、ちゅぷ、ちゅぱ、と舌を舐めるそれに、同じように自分の舌を絡めて応えれば、腰に回された腕に力が篭る。


「んぅ…ふ……あむっ、んん……」
「は、ふっ……ん……」


口の中も、零れる吐息までもが甘い気がする。

スコールは、甘い物は苦手だ。
食べられないと言う程ではないが、好んで手を付ける事もないし、匂いも長く嗅いでいると胃もたれに似た感覚を覚える。
────それなのに、今だけは、もっと味わっていたい、と思う。

けれども、チョコレートがすっかり溶けた頃に、スコールの舌に触れていた甘味はするりと逃げてしまった。


「……あ……」


思わず、心許ない声が漏れた事に気付いて、スコールは顔が熱くなるのを感じた。
それを間近で見詰める蒼灰色の瞳が、悪戯が成功したように楽しげに輝き、


「来月は、お前の方から貰えると、嬉しいな」


期待してる、と付け加えて囁かれ、スコールは耳まで赤くなっていた。



鞄の中にあるチョコレートは、結局、直接手渡す事は出来ないまま。
デスクの上に置いて行く事は出来たし、それにも「ありがとう」と言われた。

けれどそれ以上に、また貰った分が大きくて、来月の“お返し”こそはと密かに心に決めるのであった。




2014/02/15

バレンタインで現パロレオスコ!いちゃいちゃしてるだけヾ(*´∀`*)ノ
来月は来月で、またレオンもお返し考えてると思います。そんな感じで堂々巡り。