暗黙の距離感


カインとスコールが恋仲である事を知っているのは、ジタンとバッツ、そしてカインの親友であるセシルのみ。
他の面々は、彼等が想いを寄せ合っている事を知らないばかりか、接点すら碌にないと思っているのではないだろうか。
二人揃って寡黙な性質な上、パーティを組む事も少ないのだから、無理もない。
カインと言う人間を知っているセシル、スコールを観察する事に長けたジタンとバッツだからこそ、二人が纏う微妙な空気の変化に気付いたのだ。

誰から見ても接点が薄い筈の二人が、どうやって心を寄せ合うようになったのか────元はと言えば、スコールの単独行動が原因であった。
一人でふらりと出掛けては、無理な戦闘をして負傷して帰ってくるスコールにカインが気付き、危なっかしさにカインの方が先に彼を目で追うようになった。
スコールの単独行動そのものについて、カインが注意や警告をした事はない。
何となく、言っても聞かないだろうと言う空気もあったし、スコールが自身の単独行動について、ウォーリア・オブ・ライトと何度となく口論している所も見た事がある。
下手に突いて蛇を出すより、出来るだけ注視し、危険に首を突っ込む様子があれば、その時に止めに入れば良いだろうと思っていた。

そしてカインがスコールを観察するようになってから、何度目かの単独行動の最中、スコールは上位イミテーションとの戦闘で傷を負った。
イミテーションは討伐したものの、ケアルのストックを切らせたスコールは、体力が回復するまで一人蹲っていた。
スコールがまんじりともしない時間を過ごす間、カインは彼を遠目に見詰め、彼の下へ近付こうとする周辺の敵を先手を打って駆逐して行った。
その後、休息から復帰し、聖域へと帰還したスコールから「……礼だけは言って置く」と微かに赤い顔で言われたのが、二人が直接話をした初めての記憶ではないだろうか。

それからは、互いに遠巻きな距離の関係が続く。
スコールは相変わらず単独行動を止めないし、カインはそれを咎める事はせず、しかし遠目にスコールの行動を見守っていた。
基本的にスコールは誰かに庇われる事や、干渉される事を嫌うが、カインに対してはそうではなかった。
干渉と言うには遠く、庇われると言う程あからさまな行為を、カインが取らなかった所為もあるだろう。
遠目に感じるカインの気配を知りつつ、スコールは「ついて来るな」等と言う言葉を向ける事はなく、カインも彼に拒絶されていないのならばと、彼を見守り続けていた。

事が動いたのは、カインのそうした行動に気付いたセシルと、スコールのカインへの態度の変化に気付いたジタンとバッツの行動に因る。
カインは、自分がスコールの事を気にするのは、云わば保護者のような感覚なのだと思っていた。
だが、スコールと同じ年頃であるヴァンやユウナ───彼女の場合、既にジェクトと言う庇護者がいるのもあるが───、最年少のルーネスには、其処まで気をかけている事はない。
彼等がスコールのように無断で単独行動を取るタイプではないから、と言うのもあるが、では仮に彼等が単独行動を取った時、余計な刺激を与えないようにと言う配慮をしてまで、単独行動自体を自由に赦すだろうかと言われると、首を傾げるものがある。
ヴァンもユウナもルーネスも、言えば素直に聞く方なので、此処もスコールと比較しようがない事になってしまうのだが、少なくとも、一言二言の忠告するだろう。
それがスコールに対してのみ、彼を無為に刺激する事なく、無理に連れ帰る事もせず、わざわざ手間にしかならないであろう、彼の単独行動の度に遠目に見守るような真似をしているのは、何故なのか。
それらをセシルに指摘されて、ようやくカインは自分の中にいつの間にか芽吹いていた感情───「スコールを放っておけない」と言う事に気付いたのだった。

スコールの方は、ジタンとバッツに言及されたお陰か、カインよりももう少し早く、自分の中の違和感に気付いていたらしい。
ジタンやバッツのように強引に引っ張るでもない、ウォーリア・オブ・ライトのように正面からぶつかって来るでもない、自由にさせているのに放置する事はしないカイン。
彼が自分を見ている気配を感じつつも、何か言って来る訳でもなく、強制される様子もなかったので、スコールは好きにさせていた。
その“好きにさせていた”事が、ある意味で珍事なのだと、ジタンとバッツは言った。

それからは、ジタンとバッツがお膳立てし、カインをセシルが煽り、ひっそりと想いは重ねられた。

その後、二人の付き合い方が大きく変化した事はない。
最近、スコールが比較的丸くなったと言う変化はあるが、カインと同じ時間を過ごすのは稀な事だ。
カインも相変わらず遠目にスコールを見守っており、二人が会話らしい会話を交わす時と言ったら、周囲に誰の気配も感じられない時だけ。
「もっと話をした方が良いんじゃないか」とカインはセシルに、スコールはジタンとバッツに言われたが、今まで殆ど会話の無い付き合い方をしていたのに、いきなり喋れと言う方が無理だ、と両者───主にスコールの方───が思った為、一見殺風景な恋人関係が出来上がったのである。




いつものように、スコールがジタンとバッツに引き摺られ、素材集めに行った帰りの事だった。
目当ての武器防具、アクセサリー類のトレードをする為、秩序の聖域から程近い場所にあるモーグリショップに立ち寄ると、其処に恋人とその親友の姿があった。


「おっ、セシルとカイン」
「やあ、偶然だね。買い物?」
「トレードの方。おーい、カタログ見せてー」


ジタンとバッツに急かされ、モーグリが店の奥から分厚いカタログファイルを持って来る。
二人はファイルを開いて目当ての品を確認すると、荷物袋から今日集めて来たばかりの素材を取り出し、トレードに必要な数を確かめる。

こっちよりこっち、いやあっち、と有用な物を吟味している二人を、スコールは遠巻きに眺めていた。
目当てのアクセサリーがない訳ではなかったが、今日は運が悪かったようで、どう数えてもトレードに必要な数が揃えられていない。
詰まる所、スコールはモーグリショップに用事がなかった訳だが、一人で帰ると言ってもジタンとバッツは赦すまい。
後から「置いて行くなんて酷いじゃないか!」と涙ながら(目薬使用)に訴えられる面倒臭さを思うと、彼等の気が済むまで付き合う方が平和である為、同行しているのである。

暇を持て余していたスコールは、特に興味もなく、並べられた商品を眺めていた。
色とりどりの宝玉を使って精製された指輪やピアスは、一つ一つに魔力が込められているらしく、ドーピングのように魔力を上げるもの、毒を治療するもの等がある。
スコールの世界では、アクセサリーと言うと装飾品以上の価値はなかったから、アクセサリーを身に付けるだけで何某かの恩恵に与れると言うのは、少々不思議なものであった。


(……まあ、俺には関係ないな)


毒を治療すると言う類ならともかく、魔力の増幅は、スコールには余り意味がない。
スコールが使う魔法は、この世界では下級レベルの魔法にも劣る程度の威力しかなく、牽制以上の役目にはならない。
下手に苦手分野を強化して補おうとするよりも、得意分野を伸ばした方が有用だろう。

そんな事を考えつつ、深い紺色の宝石を頂いた指輪を手に取る。
オーバルカットされた宝石は、角度を変えるときらきらと光を返し、スコールの目に反射する。
スコールの世界で考えれば、相当な金額になるであろう指輪だが、掲示されている値段は随分と安価であった。
また一つ、不思議な気分にかられつつ、指先の石をじっと眺めていると、


「お前にそれは必要ないんじゃないのか」


突然聞こえた声に、スコールの心臓が思い切り跳ねた。
思わず落としそうになった指輪を慌てて掴み取り、スコールはじろりと隣を睨む。

蒼灰色に睨まれた男の顔は、兜の所為で口元しか見えない────が、微かに弧を描くその唇に、スコールの眉間に深い皺が刻まれる。


「…気配を消して近付くな」
「そんなつもりはなかったんだが」


睨むスコールに、カインは苦笑交じりに言った。


「そんなにその石が気になるのか?」


カインは、スコールの手に握られた石を指差す。

気配に敏感な筈のスコールが、気配も足音も消さずに近付いたカインに気付かなかった。
余程宝石に夢中になっていたのか、と問うカインの声が、子供を窘めるような柔らかさを含んでいる事に、スコールの眉間の皺が更に深くなる。
カインはそんなスコールから視線を外し、並べられたアクセサリーの品を眺め、


「何か欲しいものでもあったのか」
「別に。見てただけだ」


カインの言葉に素っ気なく返して、スコールは手にしていたアクセサリーを元の位置に戻した。
丁度良くそのタイミングで、トレードが終わったジタンとバッツ、セシルの声がかかる。


「スコール、終わったぞー」
「こっちも終わったよ、カイン」
「早く帰って、風呂入ろうぜ!」


それぞれの連れ合いの声に、二人もそれぞれ頷いた。

セシルがジタンとバッツを伴ってショップを出て、スコールも続く。
カインは僅かに遅れてからショップを出、殿を引き受けるようにゆっくりと進む。

いつも定位置とばかりにスコールの傍から離れないジタンとバッツだが、カインが同行している時は、彼に場所を譲っている。
恋仲である筈なのに、それを全く臭わせない程の距離感で付き合っているスコールとカインの様子が、彼等にはどうにもむず痒いものがあるらしい。
セシルは、そんなジタンとバッツに同調しているのか、恋仲同士を純粋に応援しているのかは判らないが、やはり「もう少し傍にいても良いんじゃない?」と思っているそうなので、スコールとカインの間に割って入るつもりはないらしい。
……そう言った判り易い気遣いや行動が、スコールには反ってプレッシャーに似たものとして感じられてしまうのだが。

少し歩く速度を落とした方が良いのだろうか。
背中を見守るようにして進む、背後の男の気配を感じながら、スコールは考える。
前を歩く三人は、スコールが少し遅れた程度で振り返る事はないだろう。
けれど、背後の男と並んで歩く、と言うのも、スコールには無性に難しい事のように思えてならなかった。

彼と話をしたくない訳ではない。
だが、どんな話をすれば良いのか判らない。
そんなジレンマに苛まれながら、スコールが黙々と足を動かしていると、


「スコール」
「……!」


距離があるとばかり思っていた彼の気配が、直ぐ後ろにあった。
近い距離で聞こえた声に、またしても心臓が跳ねる。

驚かすな、と言う気持ちで、判り易く顔を顰めて振り返る────が、眼前に差し出された銀色に、蒼灰色から剣呑な光が抜ける。


「体力を補えるアクセサリーだ。こっちの方が、お前には有用だろう」


そう言ってカインが差し出していたのは、燻し銀が鈍い光を反射させる、シルバーバングルだった。
突然の事に、スコールはきょろんとした表情で、カインとバングルを見詰める。

何も言わない、動かないスコールに対し、カインも何も言わずに動いた。
歴戦を臭わせる武骨な胼胝のある手が、スコールの手を掴み、持ち上げる。
バングルがスコールの手首に通され、黒のジャケット裾と手袋の隙間に、微かな重みが加わった。
その重みによって、スコールはようやく我に帰る。


「カイン、」
「持って置け。お前は直ぐにスタミナ切れをするからな」
「おい、」
「銀装飾なら、お前もそれ程抵抗はないだろう?」


自分が何を言おうとしたのか、スコールにもよく判っていなかった。
ただ、要らない、あんたが使え、と言う類のものであった事は違いなく、カインはそれを先回りするように言って、また歩き出す。

言葉を先回りされた事で、出鼻を挫かれたスコールは、数秒の間、其処に立ち尽くしていた。
遠くから聞こえるジタンとバッツの声に我に帰り、慌てて歩を再開させ、早足でカインを追い越して行く。




擦れ違い様、赤くなった耳を彼に見られていた事に、少年は気付かなかった。





2014/03/18

なんか思い付いたので書いてみたカイン×スコール。
普段はスコールに無理のない距離を保つのに、不意打ちで近付いて来るカインとか良いかなって。

カイン、大人で兄貴分で紳士とか難しい。孤高だけど、隊長とかやってたし、人付き合いは問題なさそう。