蒼の鏡を覗き込む


どちらも甘い睦言を囁き合うような性格ではないが、そうした触れ合いを疎んでいる訳でもない。
だが、オブラートに包んだ言い方をすれば、両者ともに口下手と言われる性質だ。
更に言えば、相手は他人と目を合わせる事すら不得意なので、目と目で通じ合う等と言う事も難しい。

幸いなのは、彼が案外と判り易い性質だと言う事か。

生まれて間もない仔猫を思わせるキトゥンブルーの瞳は、彼自身は全く自覚していないのだろうが、彼の心の内をありありと映してくれる。
平時、其処には不機嫌、不愉快、不満と言った、尽くマイナスの感情面が浮かんでいるのだが、それだけに、反ってそれ以外のものが浮かび上がった時、蒼の光は顕著に揺らぎを見せるのだ。
彼が目と目を合わせて会話をする事を苦手としている理由に、「心の中を覗かれているようで落ち着かない」と言うものがあるのだが、強ち、間違ってはいないのかも知れない。
遠目に見ていると、複雑に折り重ねられているかのように隠された彼の胸の内は、もっと近くで覗き込んでみると、意外と真っ直ぐに見通せるのだ。

だからこそ、彼に心魅かれた事は、確かなのだけれど。





一人で斥候に出ていたカインは、その帰路の途中、山道を上る一人で歩く少年を見付けた。

心なしか煤けて見えたその背中は、今日の予定では、賑やかな仲間二人に挟まれていた筈だ。
火薬の痕跡を残す気配を見るに、此処から遠くはない何処かの歪で、イミテーションか混沌の戦士と戦闘をしたのは間違いないだろう。
仲間達とは、その時に逸れたのだろうか。

カインが少し歩く速度を上げると、カシャリ、カシャリ、と言う具足の音が聞こえたのだろう、俯き気味に歩いていた少年の足が止まる。


「スコール」


声に出して名を呼ぶと、ゆっくりと顔を上げた少年は、蒼の瞳にカインの姿を認めて、微かに空気を緩ませた。


「……あんたか」
「一人か?」
「……悪いか」


カインの問いに、スコールは傷の走る眉間に皺を寄せて答えた。
確認しただけなのに、そうも機嫌を損ねる問い方をしただろうかと考えて、一昨日、目の前の少年が、リーダー役の光の戦士と口論していた事を思い出す。

原因は、秩序の聖域付近に現れたイミテーションを駆除する為、スコールが独断・単独で行動した事を、ウォーリア・オブ・ライトが咎めたと言う事。
聖域付近までイミテーションが現れたと言う事は、女神の加護の力が弱まっているからだ。
もたもたしていては、イミテーションは増殖し、混沌の戦士が指揮する軍勢となって、聖域に押し寄せて来るかも知れない。
その前に早急な対応が必要────と言う判断の結果、その日、待機組だったスコールは、一人先行してイミテーションの駆逐に赴いたのだ。
これを探索組に割り当てられていたウォーリア・オブ・ライトが事後に報告を受け、仲間がいるのに何故一人で無茶をしたのか、とスコールに言った事で、一触即発の空気となった。

昨日の今日で一人で行動している事を言及されたのが、今のスコールには不愉快だったようだ。
眉間にこれでもかと言わんばかりの深い皺を刻むスコールに、カインはそれに気付かぬふりをして、考えるように顎に手を当てる。


「お前は今日は───確か、ジタンとバッツと素材集めに行っていた筈だな。二人はどうした?」
「……」
「戦闘中に逸れてしまったか?」


置いて来た訳ではないのだろう、とカインは確信していた。
昨日の今日で、意図して単独行動している訳ではない筈だ。

カインの言葉に、スコールはしばしの沈黙の後、深々と溜息を吐いて、


「……闇の神殿の中で、時空転移が起きて」
「脱出が間に合わなかったのか」
「……ああ」


不安定な次元の歪みに巻き込まれ、仲間達と逸れる事は、この世界では珍しくない。
それぞれ近くに身を寄せ合っていれば、バラバラに飛ばされる事もないのだが、戦闘中はそれぞれが敵を相手に立ち回っているので、大抵、お互いの間合いの邪魔にならないように距離を取っている。
そんな時に転移に見舞われると、皆全く別の場所に転送されてしまうのだ。

スコールが飛ばされたこの場所は、混沌の大陸に程近い事もあり、上級種のイミテーションの姿がちらほらと見かけられる所だった。
イミテーションに発見、襲撃される前に、急ぎテレポストーンの場所まで向かおうとしたスコールだったが、その前に秩序の気配を感じ取った。
ひょっとしたらジタンとバッツかも知れない、と一先ず合流しようと決め、テレポストーンの位置とは逆から感じられる秩序の気配を辿り、────今に至る。


「あんたは、ジタンとバッツ、どっちか見なかったか」
「いや。此処から向こうには、誰もいなかった。コスモスの気配もないな」


カインの言葉に、スコールは短く嘆息した。
何やら、“宛てが外れた”と言う風なその反応に、カインの琴線が微かに震えた。

テレポストーンに向かって歩き出すスコールの背中は、いつも通り真っ直ぐに伸ばされている。
それなりに上背のあるスコールだが、カインよりはまだ低い。
加えて、坂道を下りている所為で、スコールの頭はカインの目線よりも僅かに低い位置にあった。
旋毛の見える後頭部を見下ろしながら、カインは口を開く。


「お前は、あの二人に随分気を許しているな」
「……は?」


カインの言葉に、スコールが振り返る。
いきなり何を言い出すんだ、と言外に告げる蒼の瞳を見下ろして、兜の下でカインは笑う。


「よく一人で行動している割に、あの二人と一緒にいる事も多いだろう」
「それは、あいつらが勝手に俺を引き摺って行くからだ」
「振り払おうと思えば出来るだろうに」
「……疲れるんだ、そう言うのは。あいつらはしつこいから」


スコールの言葉に嘘はない。
実際に、スコールがうんと言うまで、ジタンとバッツが粘り強く彼を誘っている場面はよく見るものだ。

しかし、彼等がスコールを誘う事を諦めないのは、決して彼等の粘り強さだけが理由ではない。
スコールは確りとしているように見えて、意外と押しに弱い。
そして、蒼灰色の瞳の奥に、決して彼等を嫌っている訳ではない事が見て取れるから、あの二人はスコールの事を諦めないのだ。

何かと他人を突き放す言動が多いスコールが、秩序の戦士達の中で孤立せずに済んでいるのは、間違いなくジタンとバッツのお陰だろう。
カインも、そんな二人に感謝している。
カインがスコールの本質を知る事が出来たのは、スコールの頑なな殻を破ってくれた、彼等のお陰なのだから。

………とは言え、これでも一応、カインはスコールの“恋人”だ。
それらしい会話を全くする事がないとは言え、“恋人”が自分以外の誰かを、自分以上に信頼するのは、少々妬けるものがある。

────カシャリ、と具足の音が一つ鳴って、止まる。
カインが立ち止まった事に気付いて、数歩遅れて、スコールも足を止めて振り返った。


「カイン?」


カインの突然の静止を、異変が起きたものと思ったスコールの瞳に、警戒が灯る。
スコールは辺りに目を配り、何か不自然なものや、イミテーションの影はないかと探した。
が、それらしいものはどこにも見当たらない。

数秒の静寂の後、変異が何処にもない事を確かめて、スコールの眉間の皺が深くなった。


「カイン、何か─────」


あったのか、と問い掛けたスコールの声は、最後まで形にならなかった。
数歩分の距離があった筈の二人の距離は、スコールが僅かに意識を逸らしている間になくなっている。




少年の狭い世界で、細い金糸が閃く。

蒼の瞳に映る男は、其処に自分だけが存在している事を確かめて、ひっそりと笑った。





2014/04/08

4月8日なので、カイン×スコール!

気を許した相手には、無自覚に無防備になるスコールと、スコールが仲間と仲良くしているのは良いけど、ひっそり焼きもち焼いてたカインでした。