ある夏の日の風景 3


先ずは、いつものようにザックスが働いているカスタムショップに行き、バイクをタンデム仕様にカスタマイズ。
普通のタンデムではなく、親子タンデムとなる事を説明し、出来るだけ子供の安全を配慮した仕様に出来るようにと依頼した。
作業は店に任せ、その間に子供用のバイクヘルメットを購入。
安全性と快適性のどちらかを重要視するかで悩んだが、一先ずは快適性を優先し、ハーフジェットタイプのヘルメットに決まった。
サイズは調整が可能で、着脱はワンタッチで出来るし、重量も軽い───これはこれで強度に不安があったのだが、子供用だ。重くては子供の方が辛いので仕方がない───。
ついでに、「ステッカーとかつけると、自分専用だって思うから、大事にしてくれるぜ」と言うザックスのアドバイスを受けて、ライオンをモチーフにしたステッカーも購入した。
他にも、タンデム用のセーフティベルト、ヘルメットに仕込む無線通信機、キッズサイズの上着とズボンの一式を揃えておいた。

レインには、スコールをバイクに乗せてやると約束した後、直ぐに説明した。
やはり母親としては心配は尽きないようだが、クラウドを信じてる、と言って、彼女からは許可が下りた。
父ラグナの方も、案の定心配していたが、クラウドの事は彼もよく知っているし、スコールが赤子の頃から面倒を見ていた事も知っている。
無闇に怪我をさせるような事はしないだろう、と信じて、彼もスコールのバイクデビューを許してくれた。

そして当日、クラウドはスコールを連れて、バイクを手押ししながら、近所の河川敷に赴いた。
その河川敷には真っ直ぐに伸びた舗装道路が備えられており、朝夕にはランニングに励む人の姿が見られる。
其処なら街の道路のように行き交う人や車を気にしなくて良いし、直進ストレートなので、カーブなど重心が変わる時にスコールが振り落とされる事もない。

今日も今日とて暑い日だが、河川敷は川からの風のお陰で涼しかった。
バイクを舗装道路の傍まで運び、スタンドを立てていると、スコールは草葉の陰から覗く花に意識を浚われていた。
広い河川敷の中、ちょこんと蹲ってじっと花を見詰める麦わら帽子の後ろ姿に、可愛いな、と思いつつ、クラウドは彼を呼んだ。


「スコール、おいで」
「!」


呼ばれた事で、なんの為に此処に来たのか思い出したのだろう。
スコールはやや上気した顔で、駆け足でクラウドの下に急ぐ。

クラウドはトップケースの蓋を開けて、昨日購入したばかりの上着を取り出す。


「先ずはきちんと準備しないとな。バイクは肌を出していると危ないから、これを着るんだ」
「あつそ……」
「まぁな。でも、スピードを出すと寒くもなるから、着ておいた方が良いぞ」
「うん」


ぎらぎらと照り付ける太陽の下で、長袖の上着。
嫌がれるかもな、と思ったが、スコールは素直に袖を通した。
普段から日焼けを嫌って(黒くなる前に真っ赤になって痛くなるらしい)長袖でいる事が多いお陰だろうか。

ズボンは事前説明をしたお陰か、レインがきちんとジーンズの長ズボンを履かせている。
これで服装の問題は、一応のクリアだ。

クラウドはスコールに水を飲ませてから、トップケースからヘルメットを取り出す。
大人のクラウドでは到底入るまい大きさのヘルメットに、スコールの瞳が俄かに輝いた。


「ほら、スコール。これがお前のヘルメットだ」
「ふあ……!」


サイドに貼ったステッカーが見えるように渡してやれば、益々スコールの瞳が輝く。
らいおんさん、と呟いて、小さな手が伸ばされる。

ヘルメットは全体が黒塗りで、表面にマット加工が施されている。
どちらかと言えば地味で固い印象のあるチョイスに、ザックスからは「もっと可愛いのあるぞ?」と言われたが、ライオンのステッカーが映えるのはこれだと思ったのだ。
実際、スコールは、黒の中で雄々しく吼えるプラチナカラーのライオンに夢中になっている。

クラウドはスコールの頭から麦わら帽子を取り、トップケースの中に入れた。
自分のヘルメットとセーフティベルトは、ハンドルに引っ掛けておく。


「ヘルメット、被れるか?」
「ん、ん……」
「サイズがちゃんと合うと良いんだけどな…」


もぞもぞと格闘するスコールに手を貸し、小さな頭をヘルメットの中に入れる。
幸いサイズを調整する事はなく、締め付けられる程苦しい事もないと言う。

クラウドはスコールの小さな体を抱き上げて、バイクのシート後部シートに乗せた。
目線の高さがいつもと全く違う事に驚いているのだろう、スコールはきょろきょろと不思議そうに周りを見回している。
クラウドはそんなスコールのヘルメットを、コンコン、と叩いて振り向かせる。

碧と蒼が真っ直ぐに交差して、クラウドはふう、と一つ息を吐き、昨日も言い聞かせた言葉を反芻させた。


「いいか、スコール。バイクは早い乗り物だ。車と同じ位の、それよりもっと早く走る事もある。車だと判らないスピード感とか、そう言うものが全部ぶつかって来る。判るか?」
「うん」
「それでもって、今回は俺が前に乗って運転してる。だから、お前は前が見えない。これは、結構怖い事なんだ。それでも大丈夫か?」
「うん」


迷わず、スコールは頷いた。
昨日と同じ反応だ。

何事にも恐がりで消極的なスコールが、これだけ脅し染みた事を言っても引かないのだ。
これはもう、スコールの中で覚悟が決まっていることなのだろう。

クラウドは小さく笑って、スタンドを倒し、バイクに跨った。
ハンドルに引っ掛けていたセーフティベルトを腰に回し、後ろに乗っているスコールにもそれを差し出す。


「スコール、これを腰につけろ。落ちなくなるから」
「うん」
「でも、ちゃんと俺に掴まれよ。放すんじゃないぞ」
「うん」


かちん、と後ろで装着完了の音がする。
念の為、クラウドは自分の手でベルトを引っ張り、きちんとスコールが其処に繋がれている事を確認した。

クラウドもヘルメットを被り、仕込んでおいた無線機をONにする。
ジジ、ジジ、と言う雑音が聞こえた後、「…ふわ」「…わぁ」「あはっ」と小さな声が聞こえてきた。
興奮を隠せない子供の声に、クラウドはくすりと笑い、


「スコール」
「!」


名を呼ぶと、びくん、と背中で跳ねる気配がした。
ヘルメットを被ってから、聞こえていない訳ではないが遠くなっていたクラウドの声が、突然耳元が聞こえたものだから、きっと驚いたに違いない。

脇の下から其処にいる子供を見れば、ガード越しに見上げて来る蒼の瞳とぶつかる。


「ちゃんと聞こえるな?」


こくこく、とスコールが頷く。
よし、とクラウドも頷いて、前に向き直る。


「最初はゆっくり走る。少しずつ速度を上げるから、怖くなったら遠慮なく言え」
「ん、うんっ」
「じゃあエンジンをかけるぞ。しっかり掴まっていろ」
「うんっ」


ぎゅっ、と背中にしがみつく温もりを感じながら、クラウドはバイクのキーを差した。
クラッチレバーとスタートボタンを押すと、一拍の間を置いてから、低い音が響いてエンジンがかかる。
大きな音に、ビクッ、と背中で小さな身体が強張るのが判った。

ドッ、ドッ、ドッ、と言う低音と、シートから伝わる振動に、スコールのしがみ付く力が強くなる。


「怖いか」


無線越しにクラウドは言った。

恐くなった、止めたくなったと思うのなら、それでも構わなかった。
小さな子供に怖い思いをさせてまで乗せたい訳ではないし、今の状況が怖いのなら、速度が出ればもっと怖いかも知れない。
自分で運転するのと違って、同乗者と言うのは、自分の意思と関係なく身体が進むのだ────それもかなりのスピードで。
クラウドも何度かタンデムを経験した事があるが、自分が運転している経験があっても、運転手が信頼している人間でも、やはり慣れるまでは顔が引き攣る事があった。
小さな子供で、バイクに跨るのも初体験で、それが特に車体の大きな大型バイクともなれば、尚更だろう。

しかし、背中にくっついた小さな子供は、


「……こわくない」


隙間なく密着して、スコールは言った。
無線越しに聞こえた声に、クラウドがもう一度後ろを見れば、蒼の瞳が見上げている。


「運転するの、クラウドおにいちゃんだもん。こわくない」


真っ直ぐに見上げて告げた言葉に、クラウドは目を瞠る。
そんなに信じてくれているのか、と。

我慢している様子も、強がっている様子もない。
背中を握り締める小さな手には、不安に震える様子もなく、ただクラウドに言われた通りにしっかり掴まっているだけ。
信じている人に、そうしていろと言われたから、その通りにしているだけだ。

なんだか無性にくすぐったい。
そんな事を考えながら、クラウドはハンドルを握った。



初めはゆっくり、そして少しずつ。
スピードが上がって行くにつれ、背中に縋る力も強くなる。
はしゃぐような高い声も聞こえず、かと言って泣き出している様子もなく。
やっぱり少し怖かったか、と思ってブレーキを踏んで、振り返る。

恐かったかと聞けば、怖くなかったと言う。
どうだったと聞けば、すごかったと言う。

また乗ってみるか、と聞けば、子供は嬉しそうに笑った。




2014/08/02

大型バイクに子供がちょこんと乗ってるの可愛い。
と思いながら書いたら、子スコにメロメロなクラウド(多分CC仕様)になってしまった。

こんな子スコですが、遊園地の絶叫マシーンとかは大嫌い。
大好きなクラウドお兄ちゃんが運転してるから、安心して乗ってたんです。