今、此処にある幸せを抱いて


ごちん、と言う音の後、わあああん、と大きな声が響いて、レインは振り返った。
声の発信源を探せば、ローテーブルの足下で座り込み、わんわんと泣いている小さな息子がいる。


「うわっちゃ〜。スコール、大丈夫か?」


テーブル傍のソファに座っていた夫が、泣きじゃくる息子スコールを抱き上げた。
スコールは額に大きな赤を作っており、ラグナが其処に触れると益々声を上げて泣く。
どうやら、原因はそれで間違いないらしい。

レインは持っていた包丁をまな板に置いて、息子と夫を振り返る。


「大丈夫?ぶつけたの?」
「うん、そう。テーブルの下に落ちた玩具を取ろうとして、ごーんって」


よしよし、痛かったなあ、とラグナがスコールの頭を撫でる。
ぐすん、ぐすん、と愚図りながら、スコールは父を見上げた。

ばたばたばた、と階段を下りてくる足音が響く。
転ばないと良いけど、と言うレインの胸中は杞憂で済み、ガチャバタン、と慌ただしくリビングのドアが開く。
現れたのは、今年で五歳になったエルオーネと、九歳になったレオンだ。


「スコールが泣いてる声が聞こえたけど。何かあった?」
「スコール、だいじょうぶ?」


二階でぬいぐるみ遊びに夢中になっていたのに、末弟の事となると、本当にこの兄妹は敏感だ。
二人は父の腕の中で泣きじゃくる弟を見付けると、一目散に駆け寄った。


「スコール、どうしたんだ?」
「おでこごちーんってしちゃったんだよ」
「スコール、いたいの?いたいのね。かわいそう」


父の説明に、エルオーネがスコールの頭を撫でて慰める。
スコールはまだ愚図りながら、潤んだ瞳で姉を見た。
引っ込みかけていた涙が、またじわぁ、と滲み出して、ぼろぼろと溢れ出す。


「……ふわぁあああん!」
「いたいの?よしよし。いたくない、いたくない」
「父さん、スコール、ぶつけただけ?他には?」
「ないよ。それより、其処の玩具、取ってやって」


ラグナが指差したのは、テーブルの下に転がった、ラッパの玩具だ。
レオンが身を屈めてテーブルの下に潜り込み、玩具を拾う。
そんな間にも、スコールは大きな声で泣きじゃくり、弟を慰めようと奮闘するエルオーネも、泣き止まない弟に釣られたように、泣き出す一歩手前の顔になる。

空気ポンプで音が鳴るラッパの玩具は、スコールの今一番のお気に入りだった。
レオンは、そのラッパの空気ポンプを押して、ぱふ、と音を出した。
泣いていたスコールの声がぴたっと止み、くるりと首が巡ってレオンを見る。

ぱふ、ともう一度音を鳴らせば、小さな手が伸びて来る。


「うー、あう」
「あ、泣き止んだ」
「スコール、いたい、ない?」
「あーう、あー。ふぁう」
「うん、コレな。落とさないように」


レオンはスコールの小さな手を取って、ラッパの玩具を握らせた。
自分や妹よりも、ずっと小さな手が玩具を握るのを確かめて、レオンは手を放す。
玩具は床に落ちる事なく、スコールの両手に収まり、空気ポンプが押されてぱふっと音を鳴らした。

ぱふっ、ぱふっ、とラッパが鳴る度、スコールが楽しそうに笑う。
それを見て、エルオーネも嬉しそうに笑い、レオンもほっと安堵した。
ラグナは、そんな三人の子供達の様子を、すっかり蕩けた貌で眺めている。


「うー、う。はぐ」
「あっ。スコール、それ食べちゃダメ!」
「食べ物じゃないんだぞ、スコール」
「んぐぅ」
「美味しくないだろ?ほら、離して」
「うーうー、うぅうううう…!」


ラッパの端を口に含んだスコールに、レオンとエルオーネが叱る。
ラグナが強引に口に含んだそれを取り出そうとすると、スコールはまた泣き出してしまった。
おろおろと戸惑う幼い兄と姉の姿に、レインはくすりと笑って、キッチンを離れた。

リビングにやって来た母に、レオンとエルオーネの目が輝く。


「母さん、スコールが」
「はいはい。こら、スコール、お口開ける」
「うぇあああああああ……」
「よいしょ。ラグナ、これ拭いておいて」
「はいよー」


スコールの唾液でべとべとになってしまったラッパを、ラグナがティッシュで綺麗に拭く。
レインは泣きじゃくるスコールを抱き上げて、ぽんぽんと背中を叩いてあやし始めた。

リビングの食卓テーブルの回りをぐるりと歩きながら、レインは腕に抱いた息子をあやす。
その後ろを、エルオーネが弟を見上げながらついて歩く。
妹が弟を見上げてばかりで歩くから、転んでしまうんじゃないかと心配した兄が、その後ろをついて歩く。
今はまだ家族四人分の椅子が並んだテーブルの回りを、妻と子供達がぐるぐると歩くのを、ラグナはソファに座って眺めていた。


「ふぁ、あー、あー…あーっ」
「よーしよし。あれは食べ物じゃないのよー」
「スコール、スコール。食べちゃダメなのよ」
「エル、足元見て。転ぶぞ」


エルは母の真似をして、スコールに玩具は食べ物じゃないんだと言い聞かせる。
そんな小さな姉も、ほんの三年前までは、スコールと同じように色んな物を口に入れて、小さな兄を大慌てさせていた。
そしてそんな小さな兄も、生まれたての頃は、なんでも口に入れて父親を大いに慌てさせていた。

腕に抱いた小さな息子が少しずつ泣き止んで、ぐすん、ひっく、としゃくり上げる声だけが聞こえて来る。
このまま眠ってしまうかな、と背中を撫でていると、ぱふっ、と言う音がリビングに響いた。
ぴくっ、と小さな体が反応して、音の発信源を探してきょろきょろと首を巡らせる。


「スコール〜」


夫の声がして、スコールの視線が其方へ向かう。
ぱふっ、ぱふっ、とラッパの音が鳴った。


「あーう、あーう」
「はいはい、あっちね」


音のする方へ行きたがる息子に応じてやる。

振り返ったレインに夫の姿は見えず、彼は身体を縮めてソファの背凭れに身を隠していた。
レオンとエルオーネがぱたぱたと駆け足でソファに向かい、背凭れの裏側から乗り出して、其処に隠れている父を見付ける。


「父さん、何してるんだ?」
「なにしてるの?」
「わっ、しーっ、しーっ」


末息子を驚かせてやろうとしたのに、上の二人のお陰で台無しだ。
レインはくすくすと笑いながら、ソファの前へと回り込んだ。
妻と末息子とばっちり目があったラグナが、へらりと笑って、ラッパの玩具をぱふっと鳴らす。


「だぁう」
「うん、これ、スコールのな」
「もう食べちゃ駄目よ」


母から父へ、末息子を抱く腕が交代する。

キッチンへと戻るレインに代わって、ラグナはスコールを膝上に乗せた。
その両隣にレオンとエルオーネが座る。


「ほーら、ぱふぱふー」
「だう、あぅ、あうー」
「スコールは音の出るオモチャが好きだな」
「ああ、そうだな。レオンやエルと一緒だな〜」
「わたし、オモチャ食べたりしないもん」
「あははは」
「どうして笑うの?」
「はは、なんでもない、なんでもない。そうだ、レオン、宿題は?」
「さっき終わった」
「エルは、明日の幼稚園の準備は?」
「終わった!」
「そっかそっか。よしよし」


ラグナはスコールを抱き締め、エルオーネの頭を抱き寄せて、レオンの額と自分の額を合わせる。
レインは鍋の具をおたまでくるくると掻き回しながら、夫と子供達の様子を見て、小さく笑う。

すっかり蕩けた夫と、恥ずかしそうな長男と。
嬉しそうな娘と、玩具に夢中になっている末息子。
子供の成長は大人が思っているよりずっと早くて、手を放す日が訪れるのもも、きっと自分が思っているよりずっとずっと早いのだ。
けれども、それは明日今直ぐにと言う事ではないから、その日まで、こんな日々を大切にしたい。



お母さん、お腹空いた。
催促する子供の声に、はいはいもう直ぐよと応えて、レインはコンロの火を止めた。




2014/08/08

スコールくん1さい。エルオーネちゃん5さい。レオンくん9才。パパとママもいっしょ。
幸せ目指して書いてたのに、なんで私泣きそうなんだろうか。レインさーん!!!

音の出るオモチャに夢中だったのは、うちの姪っ子甥っ子です。死ぬほど可愛かった。
ちなみに甥っ子は1歳未満の時、オモチャよりもサッ○ロポ○トの袋の方が気に入っていた(手が当たるだけで音がするので)。