プライベート・ワンタイム


国際社会に復帰して以来、エスタの大統領は世界各国に引っ張りだこになっている。
元敵国であったガルバディアへも外交の窓口は開いており、頻繁に来国していた。
その際、未だ混乱の多いガルバディア軍は勿論、今も地下で政府打倒を目論んでいるレジスタンスと、不安要素が拭えない為、特別編成の警護チームが作られている。
その編成が“特別”とされる最たる所は、やはり、先達ての魔女戦争の“英雄”が含められている事に尽きるだろう。

魔女戦争の“英雄”ことスコール・レオンハートは、専ら大統領の近衛警備に当てられている。
一時の休憩時間や公的な会談の場を除き、常にエスタ大統領ラグナ・レウァールに最も近い場所にいるのだ。
各々の打ち合わせの為、一時離れる時であっても、直ぐに互いの連絡が取れるように専用の通信機を持ち歩いている。
この通信機はラグナが持つ方に特殊なGPSが組み込まれており、スコールの持つ通信機からその場所が割り出す事が出来る。
止むを得ず離れなければならない時、万が一を考えて、スコールがラグナに持たせたものだった。

─────のだが、その通信機は、現在の所、専らスコールの想像の斜め上の使われ方をしている。

ラグナが特別編成の警護チームと共に、ガルバディアの首都デリングシティに来て、今日で三日目。
ラグナが午後の打ち合わせの為、限られた官僚とエスタ兵の護衛を連れてホテルの部屋に引き籠った後、スコールも同様に打ち合わせの為に別の部屋へと移動した。
午後の警備予定に関して再確認し、明日の予定についてもう一度目を通す。
今日の午前の警備中、不審な影が見られると言う情報を元に、警備プランを部分的に修正し、念の為明日の警備は増員する事が決まった。
今のガルバディア軍は、何処で何が破裂するか判らない上、それを狙うレジスタンスもあちこちで不穏な動きが増えている。
準備には念を入れておくに越した事はないのだ。

そうして、入念にチェックを繰り返した打ち合わせが終わって間もなく、スコールのジャケットの中で電子音が鳴り始めた。
ピーピーピーと言う味気ないその音に、書類をまとめていたキスティスが顔を上げた。


「あら。何かあったかしら」
「……さあ」


ポケットからシンプルな通信機を取り出して、スコールは眉根を寄せた。
通信をオンにして、直ぐに耳に当てる。


「此方レオンハート、何か────」
『スコール!打ち合わせ終わったぜ!な、まだ戻れないか?もうちょっと時間かかるか?』


ありましたか、と言うスコールの問いは、最後まで形にならなかった。
聞きなれた陽気声が通信機の向こうでスコールを呼ぶ。
ざわっと周りのSeeD達がざわめくのが判って、スコールの眉間に深い皺が刻まれた。

スコール、スコールと何度も呼ぶ声に、周囲のざわめきが益々大きくなって行く。
無理もあるまい、スコールが手にしている通信機は、非常時用の大統領との直接回線だ。
それが鳴り出し、たとなれば、警護に集められた者達が騒然とならない訳がない。

しかし、スコールは溜息を吐き、キスティスはくすくすと笑う。
全く緊張した様子のない指揮官とその補佐官に、周囲がおや、と思い始めた頃、通信機から聞こえる声が静かなものに変わった。


『すまない、スコール君。打ち合わせは終わったかな』
「はい」
『では、至急此方へ来て貰えると助かるのだが』
「……了解しました」


短い返答をして、スコールは通信を切った。
もう一度深い溜息を吐くスコールに、キスティスは咳払い一つ。


「こっちは私に任せて良いから」
「……ああ。俺はそのまま警備につくから、後は予定通りに動いてくれ」
「了解」


最低限の指示を残して、スコールは部屋を出て行く。
何かあったんですか、と問うSeeD達に、スコールは答えなかった。

会議用に使っていた部屋を出て、エレベーターを使って大統領宿泊の為に貸し切られているフロアに上る。
フロアは静かなもので、所々にエスタ兵とガルバディア兵の警備がある以外には、人の姿はない。
これを見る限り、大統領の身に危険が起きた訳ではない事が判る。


(……緊急時以外は使うなと言ってるのに……)


何度目かになる溜息を吐いて、スコールはある扉の前で止まる。
壁は熱いが、扉はそれ程でもないのだろう、その向こうから騒がしい声が聞こえていた。
それが自分の名前を連呼している事に気付いて、頬に朱が上る。

正直言って、入りたくない。
しかし、入らない訳には行かない。

腹を括るまでたっぷり十秒を使って、スコールは扉をノックした。
直後、ドタバタと騒がしい音がしたが、ドアを開けたのは想像とは違う人物だった。
厳つい顔をした、丸みのある筋肉を乗せた大きな体躯の男────ウォードを見上げて、スコールはほっと息を吐く


「大統領閣下はご無事ですか?」
「……」


一応とばかりに固い表情で問うスコールに、ウォードは大きく頷いた。

扉が大きく開けられ、入るようにと促される。
些か重い足を動かして、スコールは数十分振りに大統領の部屋へと入室した。
大統領が使う部屋とあって、上等な調度品が揃えられた部屋の中、凡そ肩書きとは程遠いラフな格好をしたラグナ・レウァールがソファに座っている。
ラグナは拗ねた貌をして其処にいたが、ウォードの翳になっていたスコールの姿が見えると、ぱっと破顔してソファを立った。


「スコール!午前の仕事、終わったぜ!」
「打ち合わせが終わっただけでしょう」


外交に出て来ている以上、国に帰るまではどんな時でも仕事中だ───とスコールは思うのだが、ラグナは気にしていない。
いや、判っていない訳ではないのだろう、彼は馬鹿な男であっても、決して愚鈍な馬鹿ではないのだから。

ラグナはスコールの下へ駆け寄ると、スコールの手を取って強く引く。


「よし、行こうぜ!」
「は?」


何処に、と言うスコールの声は、音にはならなかった。
引っ張る手に流されるままに部屋を出て行く、間際に「行ってらっしゃい」と言うキロスの声が聞こえた。

エレベーターホールでは、先に部屋を出ていたらしいピエールが、エレベーターの扉を開けて待っていた。
ラグナはさんきゅー、と言って、スコールの手を引きながらエレベーターに乗り込む。
行ってらっしゃい、とピエールは言って、エレベーターの扉が閉じた。

二人きりになった小さな箱の中で、スコールはじろりとラグナを睨む。
視線を感じてか、振り返ったラグナがへらりと笑ったのを見て、スコールは腕を掴んでいる手を振り払った。


「あー……」


振り払われた手を見下ろして、ラグナの情けない声が漏れる。
それに構わず、スコールはフロアボタンを一つ押した。
直ぐにエレベーターが止まり、扉が開く。

エレベーターから降りようとしたスコールを、ラグナの手が掴んで止めた。


「スコール、怒って、」
「着替えるだけだ」


怒ってるのか、と言うラグナの声を遮って、スコールは言った。
きょとんとした表情で、ラグナは振り返らない少年を見詰める。


「SeeD服のままじゃ目立つ」
「…あ、」
「あんたがエスタ大統領だって気付かれる。そんな格好していても」
「…ああ、うん」


草臥れたワイシャツと、スラックスと、サンダルは流石に止められたのだろう、シンプルな靴。
髪は後ろで無造作に結び、テレビで報道されているような、洗練された雰囲気はない。
それでも気付かれる人には気付かれるかも知れないが、そんなまさかな、と言う気持ちで流される事を祈る。

だと言うのに、スコールがSeeD然とした格好していては意味がない。
せめてデリングシティの街に溶け込む服装にならなければ、此処にいるのがラグナ・レウァールであると忽ち知られてしまうだろう。


「エレベーター、そのまま止めて待っててくれ」


スコールが宿泊する為に取っている───と言っても、殆ど使う予定はないが───は、エレベーターホールの直ぐ近くにある。
急げば五分もなく戻って来れる距離だろう。

早足で部屋へ向かうスコールの背中に、急がなくて良いからな、と言う声。
それに応えずに、スコールは部屋に入ると、ベッド上に投げ出していた荷物を広げた。



三分足らずでエレベーターに戻って来たスコールを見て、ラグナが嬉しそうに笑う。
再び閉じた小さな箱の中で、ラグナは赤らんだスコールの耳にキスをした。




2014/08/08

一部の人には公認、それ以外には秘密の関係で、仕事の合間にお忍デート。
ラグナに振り回されてるだけのように見えても、案外満更でもないスコールでした。