雨と鼓動と温もりと


探索から秩序の聖域に戻る途中、雨に見舞われた。

不安定なこの世界では、前触れもなく雨雲が現れ、発達する事は珍しくない。
地域によっては嵐、雪、雹が唐突に降って来る事もあるのだから、雨風で済む程度なら幸運だ。
しかし、視界が悪い状態で進むのは得策ではないだろうと、兵士と傭兵の意見は一致し、丘の上に点在していた文明の跡地で雨宿りする事にした。

辛うじて建物の体を残している場所を見付けて、其処に滑り込む。
直後にざあざあと雨音が大きくなったのを聞いて、ギリギリセーフだったとクラウドは息を吐いた。


「あと少し遅かったら、ズブ濡れになっていたな」
「……ああ」


クラウドの言葉に言葉少なに頷いて、スコールは濡れたジャケットを脱いだ。
立派な鬣を思わせるファーは、水分を吸ってすっかり情けない有様になっている。
濡れ鼠にはならなかったが、お気に入りのジャケットが残念な事になっているのが、スコールには少々応えたようだった。
あからさまに残念そうな溜息が漏れている。

ぽっかりと空いた窓から外を見ると、けぶる雨で一寸先も見えない状態だった。
無理に先に進もうとしなくて良かった、と自分達の判断が正しかった事を確認して、クラウドは窓に背を向ける。


「止むまで待つしかないな」
「…そうだな……」
「焚火でも起こせると良いんだが」
「燃やせる物なんかないぞ」


スコールの言う通り、火種になりそうなものは何処にもない。
物がなくても、魔法があれば何処でも火は起こせるが、生憎この場にいる二人では、其処まで小規模な魔力コントロールは出来ない。

建物の中は、がらんどうになっていた。
歪みの中で遭遇する民家なら、忘れ去られたように食糧や何某かの道具が見付かったりするのだが、遺跡ではそうも行かない。
雨で濡れた体に暖を取りたかったのだが、ないのなら仕方がない、クラウドは諦める。

が、隣で細い躯が微かに震えるのを見て、眉尻を下げる。


「寒いか?」
「……別に」


長袖のジャケットを脱ぎ、いつもより薄手の格好になっている事が、スコールには堪えるのだろう。
腕を組む振りをして、体を庇うように抱えている。

参ったな、とクラウドは頭を掻いた。
フリオニールやセシルならマントがあるのだろうが、クラウドは上に羽織れるようなものを持っていない。
持っていたとしても、雨の中を走って此処まで来たのだから、スコールのジャケットと同じ結果になっていたのは目に見えている。
今日の偵察は日中に戻る予定であった為、毛布の類も持ち合わせていない。


「……っくしゅ!」


押し殺そうとした失敗した、そんな小さなくしゃみが聞こえた。
その方向を見れば、スコールは全く明後日の方向を向いている。


「大丈夫か?」
「……問題ない」
「そうは見えないんだが」


細身に見えても、スコールとて傭兵である。
柔な体の作りはしていないと知ってはいるが、やはり筋肉も脂肪も薄いとなると、寒さは大敵だ。


「上着、着ておいた方が良いぞ。濡れてるだろうが、ないよりはマシだろう?」
「……まあ……」


クラウドの言葉に、スコールは気が進まないと言う表情で、持っていたジャケットを広げる。
袖を通す気にはならなかったようで、背中に羽織るだけだったが、肩が冷えないだけでも随分違うだろう。

スコールはジャケットの端を握り開きと繰り返しながら、窓の外を眺めてるクラウドを見て訊ねた。


「あんたは、平気なのか?」
「寒さには慣れてる。故郷がそう言う場所だったしな」
「雨が多い所…?」
「そう言う訳でもないが、山の中の田舎でな。冬には雪が降ったし、夜は結構冷えた」


クラウドの言葉に、ふぅん、とスコールからは気のない返事。

ざあざあと雨は降り続く。
このまま明日まで降るのではないかと言う勢いで、空の雫は地面を叩き続けていた。


「……っく、しゅっ」


また堪えようとして失敗したくしゃみが聞こえた。
そんなに冷えるだろうか、と振り返って訊ねようとして、クラウドは納得した。
スコールが座っている場所は、隙間風が丁度当たる位置だったのだ。
濡れた体に細く冷たい風とくれば、一層体が冷えてしまうのも無理はない。


「スコール、こっちに来い。そこ、冷えるだろう。隙間風があるんだ」
「………」


意地を張って、問題ない、と言われるかとも思ったが、スコールは素直に近付いてきた。
雨が止めば此処から秩序の聖域まで歩かなければならないのに、これ以上体調を崩す訳には行かない。

のそのそと移動したスコールは、クラウドの隣に身を寄せる位置で落ち着いた。
これ以上の熱を逃がすまいと、膝を抱えて蹲っている。
そんなスコールを見て、クラウドは徐にスコールの背後へと移動すると、後ろから彼を抱き締めた。


「……!?」


突発的な出来事に弱いスコールは、戦闘以外で予測していない事態に見舞われると、固まる癖がある。
今回も発揮されたその癖に、幸いとばかりにクラウドは抱き締める腕に力を込めた。

触れた場所から伝わる体温は、クラウドには少し冷たく感じられる。
やはり、雨と隙間風の所為で体温を奪われてしまったのだろう。
自分の体温を分け与えるように、体を密着させて強く抱き締めると、触れた胸の奥で鼓動が逸っているのが感じられた。


「ク、ラ…何……っ」


何をしている、何を考えている。
スコールが言おうとしたのは、大方そんな所なのだろう。
言葉少ない者同士であるからか、それとも誰よりも心を近付け合う仲となったからか、クラウドはなんとなく、スコールが言おうとしている事が判るようになった。


(…ま、この状況なら、俺でなくても判るだろうが)


欲目だったな、と自分の思考を叱りつつ、クラウドはスコールの肩に顎を乗せた。

スコールの首下が、クラウドの目の前にある。
其処がほんのりと赤らんでいる事に気付いて、クラウドはこっそりと笑って、言った。


「寒いんだ」


独り言にも近い音量で呟かれた言葉に、スコールが「え?」と聞き返す。
しかしクラウドは、それきり口を噤んで目を閉じた。

抱き締める腕の中で、とくとくと早い鼓動が鳴っている。
それは次第に速度を緩めて行くものの、恐らく常よりは早いリズムである事は変わらないままだった。
だが、温もりを嫌う筈の少年が、背中に密着した男を振り払う事はない。



抱き締める腕に、そっと冷たい手が重なる。
それを絡め取るように握ってやれば、また一つ鼓動が跳ねてるのが聞こえた。




2014/08/08

『クラスコでほのぼのらぶらぶ』リクを頂きました。

この後、雨が止んでも中々出発しないと思われる。