違和なき違和と、違和の然
残念なクラウド。格好良いクラウドはいません。


 ぱしゃり、と水が跳ねる音。
清廉とした透明な薄膜が地面を覆う其処に、大きなその屋敷は建っている。

 平穏な正午を迎えようとしたその屋敷に、今、混沌の気配が近付きつつあった。




「あーっ!それ俺のっスよ!」
「ティーダはさっきでかいエビ食っただろ。って訳で、これはオレの!」
「さっきのはエビで、それは肉だろ!別物っス!」
「これはいい焼き加減だな。表面がカリッとしてて、中はジューシーで柔らかくて……」
「む……?これは、見たことのない野菜だな…」
「このドレッシング美味しい!ほら、ティナも食べてごらんよ」
「うん、ありがとう。ね、このウィンナー可愛いね。顔が作ってあるの」
「この辺一帯はおれの領土だぜー!」
「行儀悪いよ、バッツ」


 わいわいと賑やかな、屋敷のリビング。
其処では十人のコスモスの戦士が全員揃い、テーブルには豪華な料理が所狭しと並べられている。
鮮やかな彩、香ばしい匂い、食べ盛りのメンバーをもってしても十二分なボリューム……コスモスの戦士の中には、フリオニールやスコールを筆頭に、料理の心得があるメンバーが複数いるが、それでもこれほどの料理が並ぶことは珍しい。
何せ作る量が十人分プラスアルファであるから、毎日作るとなると、何処かしらに妥協や手抜きが出てしまうのは致し方ない事だ。
毎日毎日、こんなに豪勢な料理を作っていられる程、彼らは暇ではない。

 では、今日は暇な日だったのかと言うと、それは違う。
特別大きな襲撃や戦闘は起きていないものの、探索と斥候、イミテーションの駆逐に歪の解放、待機組も鍛錬や聖域周辺の警戒など、決してのんびりと給仕事に勤しんでいる時間はなかったし、気力もない。
ならば何故、今日の彼らの食事が、これ程豪華になっているのか。

 ────その答えを持つ人物が、キッチンから次の料理を持って現れた。


「一通り、リクエストのものは作ったと思うが、他にまだ食べたいものはあるか?」
「ないでーす!」
「っつーかこれ以上作って貰ったら、オレ達明日にゃ豚になるぜ!」
「あ、俺もう一個肉欲しいっス!ジタンに喰われた分!」


 手を上げて主張したティーダの言葉に、キッチンから顔を出した人物は、くすくすと楽しそうに笑って「直ぐ用意する」と言った。
それを受けたティーダは、手に持っていたフォークを天高く突き上げてはしゃいだ。
行儀悪いなあ、とルーネスが顔を顰めるのは見えていない。

 キッチンで食欲をそそる音がして、程なく、肉を乗せたフライパンを持った人物が戻ってきた。
直ぐにティーダが皿を持って行くと、お目当ての肉が乗せられる。
ブロックから切り出した分厚い肉の塊を見て、ティーダの目が爛々と輝いた。


「でっけー!やーりぃ!」
「あ、ずりぃぞ、ティーダ!オレもオレも!オレももう一枚食いたい!」
「じゃあおれもー」
「お、おい。皆ちょっと図々しいだろ。これだけ準備してくれたんだから、もう」
「いや、構わない。肉を焼くだけだしな、手間にはならないさ」


 際限なくリクエストをしそうなティーダ、ジタン、バッツの反応に、フリオニールが慌てて割り込んだ。
しかし、リクエストを受ける当の本人はのんびりとしたものである。


「あんたもよく食べるようだし、良ければ追加するぞ?」
「え、い、いや、俺は………あ、その、良かったら…お願いします…」


 ごにょごにょと語尾が縮んで行くフリオニール。
それを見て、判った、と言って彼はまたキッチンへ入って行った。

 元気な少年達のリクエストを、嫌な顔一つせずに甘受するのは、レオンと言う名の青年だった。
クラウドやセシルよりも年上で、落ち着いた雰囲気と社交性の高さで、彼はコスモスの年下メンバー達にすっかり懐かれている。
面は少々仏頂面───と言うか、堅さが見られる所があるが、面倒見も良い性格らしく、年下からの頼みは嫌な顔一つせずに聞いてくれる。
かと言って際限なく年下組を甘やかしている事はなく、適度に距離を置き、落ち着きのない彼らのストッパー役も務めてくれる。

 キッチンから戻ってきたレオンを見て、直ぐにジタンとバッツが皿を持って並ぶ。
俺も並ばないといけないのだろうか…と気恥ずかしさを感じつつ、フリオニールも二人に倣う事にする。


「うおお、でっけー!」
「うひゃ〜!こりゃ食べるの大変そうだぜ」
「折角焼いて貰ったんだから、残すなよ?」
「当然!そんな勿体ない事しないって」


 うきうきと自分の席に戻って、ジタンとバッツは食事を再開させる。
フリオニールも追加の肉を貰い、ありがとう、と礼を述べてから席に戻った。

 レオンはキッチンにフライパンを戻し、水に晒して、またリビングへ。
テーブルに並べられた沢山の料理は、わいわいと賑やかな声がする中で、順調に減って行く。
それを見たレオンの瞳は、とても穏やかで優しいものだった。

 ────しかし、賑やかな食卓の中、ぽつんとした静寂を見付けて、首を傾げる。


「どうした、スコール」


 自身とよく似た面立ちの少年の名を呼べば、びくっ、と驚いたようにスコールの肩が跳ねた。


「あ……」
「ん?スコール、どうかしたか?」
「どうした〜?腹痛いのか?」
「気分でも悪いの…?」


 ジタンとバッツ、隣に座っていたティナの声に、スコールは顔を上げた。
自分を覗き込んでいる仲間達を見ると、慌てて首を横に振る。


「い、いや、なんでもない」
「でも全然食ってないっスよ」
「今から食べる」


 最初にセットされたまま、1ミリも動かしていなかったフォークを掴んで、スコールはメンバーから大分遅れた食事を始める。
ナイフを入れて切ったステーキを口に入れれば、柔らかな肉は簡単に噛み切れて、舌の上で蕩けて行く。
成程、ティーダやジタンが夢中になって食べる訳である。

 レオンは、スコールが食事を始めたのを見て、嬉しそうに目を細めた。
スコールは青灰色がじっと自分を見ている事に気付いていたが、見返す事はせず、只管食事に集中する事にする。

 向けられる視線は、決して悪意のあるものではなく、寧ろ慈しみさえ感じさせる程だ。
しかし、スコールはそれに対してどう反応すれば良いのか判らない。
だから気付かない振りをして、視線の持ち主の相手は、人懐こくてよく喋る仲間達に任せる事にする。


「レオンって凄いな。こんなに沢山料理が出来るんだもん」


 ルーネスの言葉に、レオンはくすぐったそうに笑ってみせる。


「そう大したものは作ってないさ。切って焼いて、千切って並べて。それだけだ」
「でもこんなに豪勢だし」
「食材が良いんだ。仕入れてくれるモーグリに感謝だな」


 謙遜するレオンを見て、ルーネスの瞳が感動したようにきらきらと輝く。
きっと、目標とする理想の大人の姿を見付けた気分なのだろう。
じっと見上げる少年に、レオンが柔らかく笑いかけてやれば、尚更ルーネスの瞳は爛々と輝いた。

 レオンが場所を移動すると、行き付いたのはスコールの傍だった。
椅子の数が足りないので、彼が食卓に着く事はなかったが、食事を採るスコールの隣でテーブルに腕を杖にして寄り掛かる。


「美味いか?」
「……まぁ…悪くない」
「スコール〜、たまには素直になろうぜ〜」


 にやにやとして言ったのは、スコールの正面に座っていたバッツだ。
じろりとスコールがバッツを睨むが、効果など毛程もない。
バッツは直ぐに、隣に座っているジタンと魚のムニエルの奪い合いを始めた。

 スコールが露骨に溜息を吐いて見せる傍ら、レオンはやはり楽しそうに、バッツ達の遣り取りを眺めている。


「いいな、賑やかで」
「……煩いのは好きじゃない」
「でも、嫌いでもないんだろう?」


 聞こえた言葉にスコールが顔を上げると、柔らかな視線が落ちて来る。
天井の明かりで逆光になって見える彼の表情は、とても穏やかなものだった。

 何もかも見透かすような、知っているような、そんな蒼。
レオンは度々、そんな視線でスコールの事を見詰めて来る。
どうして彼がそんな顔で自分を見るのか、スコールはよく知らなかったし、何故と尋ねてもレオンもはぐらかしてばかりだった。
知らないのに知られている、と言うのはとても落ち着かなかったが、反面、スコールもこの男に対して、他の仲間達に対するものとは違う意味で────安堵感、とでも言うのだろうか。
そんなものを感じている事も多かった。


「なーに見詰め合っちゃってんの、お二人さん」
「は?」
「ん?」


 スコールとレオンが声のした方を向けば、にやにやと楽しそうにしているジタンがいた。

 ジタンの手元の皿に乗せられた肉は、既にあと一切れになっている。
ジタンはそれにフォークを刺すと、大きく口を開けて一口で頬張ってしまった。
むぐむぐとよく噛んで飲み込むと、水を一口飲んで、ふぅ、と息を一つ吐く。


「珍しいよなあ、スコールが人と目を合わせて嫌がらないのって」
「確かにそうだなぁ。スコール、人と目合わせるの苦手なのに」


 同調するバッツの言葉に、スコールはむっと顔を顰める。


「別に、そんな事は……」
「じゃあオレの目見て」
「……何故」
「平気なんだろ〜。睨めっこしようぜ、睨めっこ。先に目逸らした方が負けな」
「ルールが違うだろ。大体、今は食事中だ。遊ぶな」


 勝負も何も、最初から目を合わせる気も、必要もないとばかりに、スコールは明後日の方向を向いた。
すると、丁度此方を見ていたティナの藤色の瞳とぶつかる。

 きょとん、と首を傾げるティナに、スコールは首を反対方向へ回した。
────途端、


「ティナちゃんの勝ちー!」
「え?」
「ちょっと!変な勝負にティナを巻き込まないでよ!」


 高らかに宣言されたジタンの言葉に、ティナが目を丸くして、彼女の向こうに座っていたルーネスが噛み付く。

 ルーネスが吠えた事で、スコールは「負けてない」「そもそも勝負していない」と言いそびれてしまった。
別にどうしても撤回しなければならない事ではないので、結局スコールはそれらの言葉を飲み込んだのだが、どうにも燻った気持ちが誤魔化せない。
イライラとして、行儀が悪いと判ってはいたが、スコールはフォークを肉に突き立ててやった。

 くく、と笑う声が聞こえて、傍にいる男を睨み付ける。


「何が可笑しいんだ」
「ああ……いや、悪かった。気にするな。ただの思い出し笑いだから」


 思い出し笑いって、なんの。
聞いた所で、きっとレオンははぐらかすに違いない。

 知らない事は落ち着かない────そんな事が頭を過ぎった直後、くしゃり、と大きな手がスコールの頭を撫でた。


「怒るなよ」
「だったら、これも止めろ」


 撫でる手を払って睨むと、ああ、悪かった、と直ぐに詫びの言葉。
見詰める青灰色の柔らかさは、相変わらずのままだった。
それを睨んでやっても、レオンは「うん?」と様子を問うように首を傾けるばかりだ。

 ────ドン、とリビング全体に固い音が響き渡った。
賑やかだった食卓が、水を打ったように一気に静まり返り、賑やかに料理の取り合いをしていたジタン、バッツ、ティーダも動きを止めている。
和やかに料理に舌包みを打ち、語り合っていたフリオニール、セシル、ウォーリアも同様だ。


「……クラウド?」


 恐る恐る、ティナが音の発信源である人物の名を呼んだ。
呼ばれた青年は顔を上げず、握り締めた拳をテーブルに乗せたまま、真一文字に口を噤んでいる。
お世辞にも穏やかとは言えない空気を纏った仲間に、その場にいる全員が一様に息を飲んだ。

 ガタン、とクラウドは蹴倒す程の勢いで腰を上げると、じろりと長身の男を睨み付けた。
ガラス玉によく似た、不思議な光彩を宿す碧眼に、鋭い光が宿る。


「こんな事して、あんた、一体何を企んでいるんだ」


 睨まれた男───レオンは、クラウドの言葉に不思議そうに首を傾げる。


「企む?なんの話だ?」
「とぼけるな。カオスの戦士であるあんたが、俺達にこんな事をするのに、何の理由もないなんて有り得ないだろう」


 クラウドの言葉に、場の空気が一気に凍り付いた。

 スコールの傍らに佇む男は、穏やかな物腰や雰囲気を持つ身に反し、明らかな混沌の気配を醸し出している。
それはこの場にいる誰もが知っている事だったが、いつの間にか、皆知らない振りをするようになっていた。
それ程にこの男は、秩序の戦士達の中に馴染み、溶け込んでいたのである。

 よくよく考えれば、それはとても恐ろしい事だ。
秩序の聖域は、コスモスに召喚された戦士達のホームであり、言わば懐である。
其処にカオスに召喚された戦士────決して道が交わる事のない“敵”がいるのが当たり前になるとは、どういう意味か。
己の心臓を悪魔の前に掲げ、生贄の準備を自ら行っている事と変わりない。

 だが、その事はコスモスの戦士達も重々承知しているのだ。
承知し、ウォーリアやセシルを筆頭にして考えた末に、彼を受け入れる事を選んだ。
混沌の戦士には、レオンと同じように、決して好戦的ではない者もいる。
無論、敵である以上、向かう方向は決して同じになる事はないけれど、だからと言ってどうしても敵対しなければならない訳ではない筈、と言う答えに行き付いた。

 静まり返る十人の秩序の戦士と、一人の混沌の戦士。
今までの和やかな食卓風景は既に残っておらず、テーブルの上の豪華な料理が酷く場違いなものにすら見えてくる。
この昼日中のリビングで、きっと一番場違いなのは、この張り詰めた空気である筈なのに。

 ゴツ、と固い音が鳴った。
クラウドのブーツの音だ。
険しい顔付のまま進むクラウドを、仲間達はじっと見つめる。


「スコール」


 呼ぶ声と共に、クラウドは足を止めた。
見下ろす碧眼の鋭さに、反抗するようにスコールの表情も険しくなった。

 クラウドの手がスコールの腕を掴み、引っ張って無理やり椅子から立たせる。
蹈鞴を踏んでバランスを崩したスコールに、レオンが手を伸ばした。


「スコール!」


 クラウドが掴んでいる腕とは反対の腕をレオンが掴み、スコールは辛うじて倒れずに済んだ。
そんな三人を見て、周囲の止まっていた時間が動き出す。
ジタンがテーブルを乗り出した。


「クラウド!何やってんだよ、お前!おまけに、まるでレオンが俺達を嵌めようとしてるみたいな事言って」
「そ、そうっスよ。そりゃ、レオンはカオスの戦士だけど……でも、俺達に何か企むとか、そんなのないって!」
「いいや、それは違う。俺には判る。────スコール!」


 突然矛先を向けられて、スコールの肩が跳ねた。
何だ、と視線を向ければ、真っ直ぐに見つめる碧眼とぶつかる。


「あんた、判らないのか?」
「は…?」
「そいつは、あんたを狙っているんだ。俺には判る!」


 ────屋敷のリビングに、再び沈黙が落ちた。
先刻の重苦しいものとは違う、なんとも間の抜けた空気の沈黙が。

 十秒、二十秒、一分、五分……いや、実際にはそれ程長くはなかっただろう。
しかし、それ程長い時間に思える程、その場にいた面々の時間は停止していたのである。


「…………………………………え?」


 スコールが首を傾けたのを期に、時間はまた動き出す。
クラウドがずいっとスコールに顔を近付けた。


「レオンの狙いはお前なんだ、スコール。お前の行く先々に現れて、まるでストーカーみたいにお前に付き纏ってるじゃないか!昨日はエルフ雪原、一昨日とその前はアース洞窟、その前は海沿いの遺跡……そいつはずっと、お前の行く所で待ち伏せしていただろう!」


 クラウドの言う事は、事実であった。
昨日のスコールは、ジタンとバッツに連れられてエルフ雪原に行き、レオンと逢った。
レオンはジタンとバッツにねだられるまま、雪合戦をしたり、雪だるまを作ったりして、それを眺めていたスコールにも雪うさぎを作って見せていた。
一昨日とその前日は、スコールは単独行動でアース洞窟に素材採取に赴いており、その道中でレオンと合流した。
レオンもスコールと同じようにアース洞窟に素材採取に行く所だったと言う。
奇妙な組み合わせであるとはスコールも思ったが、レオンは決してスコールに対して害意を見せないし、アース洞窟は凶暴な魔物も多く生息している為、───単独行動をして置いて、可笑しな話かも知れないが───同行者がいるのは有難かった。
騒がしいジタンやバッツやティーダ、人懐こいフリオニール、何か言いたげな視線で見詰めて来るティナやルーネスやセシル、無言でじっと只管見詰めて来るクラウドやウォーリア────と言った具合の仲間達とは違い、レオンは基本的に喋らない。
気付いた時に見られている、と言う時はあるのだが、ティナ達のように話しかけようとして躊躇っている、と言う訳でもなければ、クラウドやウォーリアのように威圧感(だとスコールは思っている)を放つ事もないので、スコールとしては無視し易い。
戦闘に置いても、勿論絶対の信頼が置ける────これも、敵相手に可笑しな話ではあるが。

 更に遡って行けば、きりがない。
単独行動をしている時、仲間と行動を共にしている時、逸れた時……ふらりとレオンは現れる。
その際、彼は決して気配を隠す事はなく、明け透けにカオスの気配を漂わせている。
よく行動を共にするジタンとバッツもそれを覚えており、最近はカオスの気配を感じると「レオンじゃないか?」と言い出すようになった。
無論、本人の姿を確認するまで警戒を怠りはしないけれど、彼らがレオンとの合流を心待ちにしているのは、確かであった。

 だが、今のスコールは、そんな事よりも気になる事がある。


「……クラウド……」
「なんだ」
「……なんであんたが、俺の行動してる範囲を知ってるんだ」


 昨日も一昨日もその前も、そのまた前も、スコールはクラウドと行動を共にしてはいない。
ジタンやバッツのようにあれこれ問うて来たり、ウォーリアのように単独行動を咎めて、行った場所について詰問して来た訳でもない。
そんなクラウドが、何故スコールの言った場所を、その先でレオンと行動していた事を知っているのか。

 胡乱な顔で問うたスコールに、クラウドは真摯な瞳でスコールを見詰めて言った。


「愛しているお前を見守るのは、俺の役目だろう」
「…………頼んでない」
「ああ、俺が自分で決めたんだ。スコール、お前は俺が守ってや」


 がしっ、とクラウドの顔面を掴む手。


「どうもスコールの周りでちょろちょろする気配があると思ったら、お前か……」


 おや、とクラウドが瞬きした直後、襟首を掴まれ、彼の体は上下逆転となっていた。
どすん、とクラウドの頭が床に落ちる。
見事に決まった背負い技に、ジタン、バッツ、ティーダが「おお〜」と言う歓声と共に拍手を送る。


「人の事をストーカー呼ばわりする、お前の方こそストーカーだろう」
「……失礼な…!俺は、俺のスコールがお前の毒牙にかからないように」
「お前の存在が毒だ」


 ごすっ、とスコールを庇うように立ったレオンの脚がクラウドの頭を踏みつけ、彼はクラウドを見下ろしてきっぱりと言った。
それから後ろにいたスコールに振り返ると、ぽかんと呆けているスコールの顔を覗き込む。


「大丈夫か、スコール」
「……え……あ、ああ……?」
「そうか」


 くしゃ、とレオンの手がスコールの髪を撫でる。
それからレオンは、他のコスモスの戦士達を見回し、


「すまんな、つい。お前達の仲間に……」
「あ、いいっていいって。オレ達も手焼いてた所だからさー」
「そうそう。ちょっとは良い薬になっただろ」


 顔面を床に埋めて動かなくなったクラウドを、ジタンとバッツがつんつんと突つきながら言う。
それを受けて、申し訳なさそうに眉尻を下げていたレオンは、安堵したように笑みを浮かべた。


「じゃ、謎の電波も静かになったし。昼飯の続き続き〜」


 空気と、未だにぽかんとした表情で固まっている仲間達に向かって、ジタンがパンパンと手を叩きながら言った。
そのまま彼とバッツが席に戻って食事を再開させ、レオンもスコールを席に座るように促す。
呆けたまま、スコールはそれに従う形で、椅子に腰を下ろした。


「え…えっと……クラウド、大丈夫…?」
「いいよ、ティナ、気にしなくて。それよりほら、モーグリがいるよ」
「えっ、どこ?」


 心配そうにクラウドを見ていたティナだったが、ルーネスの言葉にころりとそんな事は忘れてしまった。
ルーネスが差し出したモーグリの小さなパンケーキに夢中になっている。
フリオニールもまた、ティナと同じようにクラウドの様子を覗き込んでいたが、隣からティーダの襲撃を受けて、それ所ではなくなってしまった。

 スコールの隣に座っていたセシルが、クラウドが立ったことで空いた椅子に移動する。


「レオン、君もどうぞ」
「ん?…いや、俺は」
「沢山料理をして、大変だっただろう。君も食べなよ。作って貰った僕らが言う事じゃないけど」
「いや、ありがとう。邪魔するよ」


 セシルの気遣いに甘えて、レオンも椅子に腰を下ろす。
スコールの隣の席に。

 それを見たクラウドが、がばっと跳ね起きた。


「ちょっと待て、セシル!何してるんだ!」
「何って……お客さんに立たせっ放しって訳にもいかないだろう?」
「そいつはお客さんなんかじゃない、スコールを狙っているストーカーだぞ!」
「君が言うかなあ、それを。レオン、君、お酒は飲める?」
「ああ。でも、あまり強くないんだ」
「僕もだよ。良ければ今日、泊まって行かないかい?ウォーリアも良いだろう?」
「……そうだな。君ならば、何も心配はあるまい」


 秩序の戦士一行のリーダー役であるウォーリアの言葉に、レオンはありがとう、と気の良い笑みを浮かべて感謝を述べる。
セシルも良かったね、と言って笑い、自身の後ろで取り残されている形になっている男の事は既に頭に残っていない。


「部屋に余裕がないから、リビングか、誰かと同室と言う事になるが」
「スコールの部屋がいいんじゃない?」
「………え?俺…が、何…」
「うむ、そうだな。積もる話もあるだろう。頼んだぞ、スコール」
「な、ちょ、ちょっと待て、なんの話だ!?」


 突然振られた話について行けず、スコールは慌ててウォーリア、セシル、レオンの三人を見渡して説明を求める。
その傍ら、放置されていた事に気付いたクラウドは、慌ててウォーリアに詰め寄った。


「ウォーリア!奴をスコールに近付けるのは駄目だ。まして泊めるなんて、とんでもない。スコールがレオンに喰われる!」
「何故、彼がそのような事をする理由がある?」
「スコールを狙っているからに決まっているだろう!」
「それではあまりに極論だし、君の言葉には根拠がない。全て君の憶測だろう」
「確かに証拠はない。だが、根拠はある!奴は俺と同じだからだ!」
「……それはつまり、君が彼の立場であったら、君はスコールに何某かの危害を加えると言う事か?」
「危害と言うと語弊があるが、まぁ、そういう事だな」


 胸を張って言うクラウドに、「威張れる事じゃないと思うよ」とセシルが呟いたが、クラウドには聞こえていない。
二対の青灰色が絶対零度で睨んでいる事も構わず(気付いていないとも言う)、クラウドはウォーリアに考えを改めるように詰め寄った。


「ウォーリア!どうしても停めると言うなら、奴は俺が預かる。俺が一晩、見張りをしよう」
「…こっちの台詞だ。俺が貴様の見張りをする必要があるようだな」
「待って、レオン。お客さんにそんな事はさせられないよ」


 酷い言われようだとレオンが物騒なオーラを纏って立ち上がろうとするのを、セシルが宥めて制す。
クラウドは相変わらずそれには構わず、尚もウォーリアに進言する。


「いや、待てよ……そうだ、俺の部屋を空けよう。ベッド周りは片付けているから、寝るぐらい問題ない。あ、でもベッドの下は漁るなよ」
「誰が漁るか」
「…クラウド、今度、僕が君の部屋を掃除してもいいかな?色んな予感がするんだけど」
「……俺、なんか寒気がして来たんだが」


 突如、言い知れない不安に駆られたスコールは、鳥肌の立った腕をジャケットの上から抱いて摩る。
何故だろう、と首を傾げるスコールに、レオンとセシルは無言で金糸の男に目を向けた。
ウォーリアは常と変らず、眉一つ動かす事なく、クラウドと向き合っている。


「それで、彼に部屋を貸して、君はどうするつもりだ?」
「俺はスコールの部屋で寝る。俺が一晩傍にいれば、レオンが襲って来ても俺が守ってやれる!」
「断る!必要ない!大体あんた、さっき不穏な事言ってなかったか!?」


 席を蹴倒す勢いでテーブルに乗り出し、叫んだスコールの言葉に、レオンとセシルが「言ってたな」「言ってたねぇ」と頷く。
それはウォーリアの方もしっかりと覚えていたようで、


「クラウド。君は先程、スコールと二人きりになったら、何某かの危害を加えると言っていただろう」
「危害じゃない。怪我をさせる事は絶対にない。明日の朝、しばらく起きられなくなってるかも知れな」


 ゴッ!!と硬質かつ低い音が鳴り、クラウドは顔面を床に埋める事となった。
その隣にはいつの間にか席を立っていたレオンの姿がある。


「相変わらず、見事な足捌きだ」
「いや、それ程でもないさ」


 床に沈んだ仲間を放置し、敵を賛辞するリーダーと、それを笑顔で謙遜して受け流す男。
セシルもレオンに拍手を送り、それが伝染して他の仲間達も拍手を送った(ティナは首を傾げ、フリオニールは床に沈んだ仲間をちらちらと見ていたが、場の空気によりそれ以上は動けなかった)。

 やがて拍手が止んだ頃、レオンは呆然として固まっているスコールに笑いかけ、


「悪いな。今夜、邪魔するぞ」


 邪気のない笑顔に、スコールは思わず「あ、ああ」と短い返事をして頷いた。





混沌レオンVS秩序クラウド→スコール……と言う事で。
クラウドが完全に残念です。ごめんなさい。しかし楽しい。

レオンもクラウドもやってる事は近いのに、こうまで印象&信用が違うのは、堂々としてるかコソコソしてるかの違いだと…思う。多分。