違和なき違和と、違和の然
残念なクラウド。格好良いクラウドはいません。


 ジタンとバッツとティーダにもみくちゃにされ、フリオニールに助け出されると言う、賑やかな風呂を終えて、スコールはリビングのドアを開けた。
風呂で流した汗と一緒に足りなくなった水分を補給する為と、加減を忘れるジタン達に怒鳴りつけてヒリつく喉を癒す為だ。

 ウッドの扉を開けると、食卓に使っているテーブルをウォーリア、セシル、そしてレオンが使っていた。
L字に固まって座った三人の手元には、薄いオレンジ色の液体が入ったグラスがあり、またその傍らにはラベルの貼られたビンがあった。
スコールが彼らの後ろを通ると、ほんのりとアルコール特有の匂いが香る。


「…飲んでるのか?」


 キッチンに向かう足を止めて言うと、ああ、とレオンが振り返った。


「少しだけ、な」
「………」
「潰れる程は飲まないさ。酒の匂い、あまり好きじゃないだろう?」


 今晩、レオンはスコールの部屋に泊まる。
それなのに、だらしない有様にはなれない、と笑みを浮かべて言うレオンに、「…別に…」とスコールは呟いた。

 スコールは足早にキッチンに入ると、食器棚からグラスを取って水道水を注いだ。
一息に飲み干して、口の端に滑った水滴を手の甲で拭っていると、目の前に真新しいタオルが差し出される。


「あ、すまな……………」


 詫びと謝辞を述べようとしたスコールの唇が止まり、タオルを取ろうとした手も止まる。

 タオルを差し出していたのは、クラウドだった。
入って来た時はいなかった気がするのだが、見落としていたのか、それともスコールの次にキッチンに入って来たのか。
少し気になる所だったが、それよりもスコールが疑問に思うのは、


「……あんた、なんで鼻血なんか出してるんだ?」
「警備をしていたからな」
「何処の」
「風呂場の。レオンが覗きに来るかも知れな」


 ズビシッ!!とクラウドの延髄に手刀が落ちて、金糸が地に落ちる。


「ティーダ達と一緒に入ると言うから、大丈夫だろうと思っていたが……俺が甘かったな」


 どくどくと夥しい赤色(鼻血)を広げていくクラウドを見下ろし、レオンは忌々しげに言った。
スコールもまた、空になったグラスを持ったまま、冷たい眼差しで足元の男を見詰める。


「レオン、スコール、大丈夫かい?」


 セシルとウォーリアがキッチンを覗き、声をかけて来た。
大丈夫だ、とレオンがひらひらと手を振って見せ、スコールの手を引いてリビングに戻る。
キッチンが完全に殺人現場のような状態になっていたが、誰も気に留めはしなかった。


「なんだか酔いが冷めちゃったね。今夜はもうお開きにしようか?」
「すまないな、折角の夜を、俺の所為で…」
「いや、君が謝る事はない。寧ろ、謝るべきは私達の方だろう。私の監督不行き届きの所為で、不快な思いをさせてしまってすまなかった」
「そんなに言わないでくれ。俺は感謝してるんだ。スコールとゆっくり過ごせるからな」


 そう言って笑いかけてくるレオンの顔を見て、スコールの頬に朱色が上る。
思わず顔を反らしたスコールだったが、赤い耳が覗いているのが見えて、三人はくすりと口元を緩める。

 レオンが手を引きながら歩き出したので、スコールも促される形で歩き、リビングを出る。
扉を潜る時、おやすみなさい、と言うセシルの声が聞こえて、スコールは振り返った。
ひらひらと、まるで子供を見守る親のような表情のセシルと、相変わらず無表情のウォーリアがいて、何かスコールはむず痒いものを感じた気がした。
レオンは視線だけは感じていたのか、振り返らずにひらりと手を振って、扉を閉めた。

 手を繋いだまま廊下を歩く。
階段を登る時ぐらい離してくれても、と言うか子供じゃないんだからそもそも手を引かなくても、とスコールは思うのだが、それは一度も言葉にならなかった。
いつも互いにグローブ越しである手は、今は皮膚と皮膚が重なり合った状態で、温もりが直接伝わってくる。


(苦手だ。他人の肌とか、熱とか。そういうのは)


 そう思っているのに、どうしてか、この男の手は振り払えない。

 何故だろう、とぐるぐると考えている間に、二階の五つ並んだ部屋の、真ん中に到着した。
此処で良いよな?と確かめるレオンに頷けば、がちゃり、とドアが押し開かれる。

 部屋の面積はそれ程広くはないが、物が少ない部屋だから、使用者が二人になっても圧迫感はない。
繋がれていた手が離れて、スコールがレオンの様子を見ていると、レオンは窓辺に置いてあった本を手に取った。
オカルト全集、と書かれたそれを見て、「懐かしいな」とレオンが呟く。

 スコールはしばらく立ち尽くしてレオンを見詰めていたが、はた、と思い出してベッド上に丸めていたシーツを広げる。


「あの……あんた、その…やっぱりベッドの方がいいよな」
「いや、床でも構わないぞ。寒くもないし。泊まらせて貰う身だ、贅沢は言わないさ」
「………」


 そうは言われても、とスコールはシーツを持ったまま途方に暮れる。

 立場はどうあれ、レオンは“客”と言う状態だし、昼食だけでなく夕食も作ってくれたし。
其処までして貰っておいて、床で寝ろと言える程、スコールは厚かましくも無神経でもない。
でも本人は良いって言ってるし、下手な事を言って恩着せがましく思われるのも…と思考に耽っていると、くしゃ、と髪を撫でられた。
驚いて振り返ると、直ぐ近くに柔らかい笑みを浮かべた青灰色があった。


「なら、一緒に寝るか?」
「……は?」


 レオンの言葉の意味が一瞬理解できず、スコールは魔の抜けた声を出し、ぱさり、と持っていたシーツを落とした。
落ちたシーツをレオンが拾い上げ、軽く叩いて埃を払う。


「狭いとは思うが、二人で入れない程じゃないだろう」
「え、い、いや…それは、まぁ…でも……」


 スコールは、傍らのベッドを見下ろす。
此処にあるのはシングルベッドで、幾らスコールが細身な方であるとは言え、誰かと同衾すれば、一杯一杯になってしまうのは目に見えている。
寝返りを打つ余裕なんてある訳もないし、恐らく、互いに身を寄せ合って密着していなければ、一人はベッドから落ちてしまうだろう。

 無理だろ、一緒に寝るって。
大体、いい年した体の大きな男が密着し合って寝るって、そんな寒い光景……と考えていると、とん、と背中を押された。
思考に耽っていた所為で、すっかり無防備になっていたスコールは、力の作用に従ってベッドに倒れ込む。
と、それに続いて、ぎしり、と傍らでスプリングの鳴る音がした。


「ちょ、」
「ん?」


 何考えてるんだ、と言いかけて、スコールは言葉を飲んだ。
寝ようと思ったんだが、と言う返事が予想できたからだ。

 スコールはしばし考えた後で、自分が端に寝れば良いか……と思い至ったのだが、


「スコールはこっちだ」
「……え?」


 ぽんぽん、とシーツを叩くレオンを見て、スコールはぱちりと瞬きを一つ。
其方は壁と密接している方で、窮屈さはあるものの、ベッドから落ちる心配のない安全圏である。


「いや、そっちは……」
「壁の方を向いて寝る癖、あるだろう」
「……」
「俺の顔を見るより、壁を見てる方が落ち着くと思うぞ」


 何もかも見透かされている事、知られている事に頭の後ろがチリチリと痒くなる感覚がしたが、スコールは何も反撃できなかった。
反撃する事そのものが面倒臭くなった、と言うのもある。
スコールは溜息を一つ吐いた後、レオンの体の向こう側────壁側に移動した。
その様子を眺めていたレオンが、徐にスコールに手を伸ばす。
薄い肩を掴んで振り返らせ、レオンはスコールの首元に顔を寄せた。


「スコール、」


 ────その直後、


「スコール!無事か!!」


 バキャア!とドアが盛大な破壊音を立てて吹き飛び、煙埃と共に飛び込んできたのはクラウド・ストライフ。
ごろごろと転がり、アクション映画の突撃シーンのように現れた男は、ベッドの上で二人寄り添い合っているスコールとレオンを見て、目を見開いた。


「ス…スコール……!お前……っ!」
「……なんだよ…あんた、ドア壊すなよ」
「うぐぉおおおぉぉおおおおおおおおおお!!」
「聞いてないな」


 血の涙を流して吼えるクラウドの姿に、スコールが顔を引き攣らせ、レオンが立てた膝に頬杖をついて呟く。
そんなレオンの口元は、心なしか笑っているように歪んでいたが、スコールはそれを見ていなかった。


「く……スコール、目を覚ませ!そいつより、俺の方が断然上手いぞ!」
「なんの話だ。意味不明だ」
「思い込みも思い上がりも激しいな。相手をするとキリがなさそうだ。……スコール」


 呆れたように溜息を吐いて見せた後、レオンの腕がスコールの手を掴んで引き寄せる。
鍛えられた胸板に頬を寄せる形になって、頭を抱えるようにレオンの手が後頭部に添えられた。
クラウドが目を見開いて喚き出すが、スコールには聞こえない。


「お前はさっさと部屋に戻れ。俺達の邪魔をするな」


 レオンはクラウドにそう言い捨てると、シーツを引っ張り上げ、スコールと共に包まってしまった。


「あ!!待てレオン、お前にだけ美味しい思いなんてさせないぞ!」
「ちょ…レオン、近……んっ!」
「あああああ!何してるんだ何処触ってるんだ!スコールから離れろ!」
「う、ん…、んん……!」


 もぞもぞと不規則な並を打つシーツの中から聞こえて来る、くぐもった声。
一体何をしているんだとクラウドがシーツを掴んで剥がそうとするが、内側からの抵抗により叶わなかった。


「や、レオン…っ!」
「良いから静かに、我慢していろ……な?」
「力、強い…!苦しいんだっ……!」
「ああ、悪い。でも、少しの間だけだから…」
「ん……!」
「ちょっ!おい!やっぱりか!ほら見ろ俺の言う通りだったじゃないか!」


 スコールがじたばたと足を暴れさせ、その所為でシーツの下部が捲れあがり、彼の細い足が露わになる。
びくっびくっと緊張するように跳ねていた足は、シーツの中から聞こえる声が小さくになるにつれ、大人しくなり始めた。

 数十秒もすると、スコールの声が聞こえなくなり、強張っていた足からも緊張が抜けた。
シーツの上に投げ出されるように伸ばされた足を見て、クラウドはごくりと唾を飲む。
それから、はたと我に返ると、慌ててシーツを掴んで取り去った。


「スコール!今俺が助けてや………」


 シーツを取り去って露わになった光景を見て、クラウドは完全に停止した。

 ベッドに仰向けになったスコールに覆いかぶさるように、レオンの体が重なっている。
二人の顔は触れ合いそうなほどに近い距離で、スコールはほんのりと頬を染め、ぼんやりとした瞳でレオンを見上げていた。
何処かうっとりとしているようにも見えるスコールの表情を、レオンはじっと間近で見詰め、ゆっくりと唇を落とそうとし────


「させるかあああああああ!!」
「煩い」
「ぐはっ!!」


 振り返らずに腕を突き出したレオンの手から、拳大の氷の礫が放たれる。
氷塊はクラウドの顔面に直撃した。

 刺さった!痛い!と床を転がるクラウドの騒々しさに、レオンが顔を顰めて身を起こす。
スコールも片眉を吊り上げて床を見た。
その時、コツリと固めの足音がして、クラウドの傍にスコールともレオンとも違う影が落ち、────ゴゴッ!と固い音が二連続。


「ごめんね、スコール、レオン」


 二人が顔を上げると、セシルとウォーリアが立っていた。
セシル眉尻を下げて後ろを振り返れば、壊れたドアの向こうに、他の仲間達も集まって来ている。
ごめんね、とセシルがもう一度謝る傍ら、ウォーリアが瘤を作って失神しているクラウドを肩に担ぎ上げた。


「彼には、私からよく言って聞かせておこう」
「だから今晩はもう静かになるよ。邪魔してごめんね。皆も、気にしないで休んでくれ」


 セシルに促され、はーい、と戦士達は返事をして散っていく。
心配そうなフリオニールやティナも、それぞれ促されて戸口から離れて行った。

 ウォーリアとセシルの乱入と退室によって、部屋の中にはまた静けさが戻って来たが、壊れた扉はそのままである。
誰か直して行けよ、とスコールは思ったが、今日限定の同室者は気にしていなかった。
起こしていた肩を押されてベッドに沈められ、長いダークブラウンの髪がさらりと頬に落ちる。
見上げれば、その面の全てが見えないほど近い位置に青灰色があった。


「続き、しような」


 低い声音の囁きに、ぎゅ、とスコールは唇を噛んで目を閉じた。





 秩序の戦士達が目を覚まし、リビングに集まった頃には、既に朝食の準備が出来ていた。
ボリュームも品数も豪勢だった昨日の昼夕に比べ、胃もたれしないすっきりとしたメニューで揃えられた朝食に、彼らはまた舌包みを打った。
作った本人もそれを満足そうな表情で眺め、終いには片付けもやると言ったのだが、流石にそれはとフリオニールとルーネスが片付けを買って出た。

 食後の団欒に花を咲かせていた内に、時刻は午前十時。
グランド・ファーザー・クロックが金を鳴らしたのを聞いて、レオンが顔を上げる。


「そろそろお暇するかな」
「え!帰るの!?」
「もうちょっといいじゃんよ〜」
「レオンが作ったご飯もっと食いたいっス」
「こら、皆で困らせるなよ」


 レオンの言葉を聞いて、ルーネス、ジタン、ティーダが口々に引き留めるように言うのを、フリオニールが眉尻を下げて宥めたが、彼も残念に思っているのは明らかであった。
その隣で、レオンが昨日此処に来る途中で食材と一緒に買ってきたと言うモーグリのぬいぐるみを抱いていたティナもまた、ぎゅ、とぬいぐるみを抱き締め、寂しげにレオンを見詰める。

 レオンはそんな年少組を見回して、口元を綻ばせて笑った。


「ありがとう。流石にそろそろ戻らないと、皇帝やエクスデス辺りに勘繰られる可能性があるんだ。だが、それも落ち着けば、また来るよ。お前達が良ければ、だが」
「大歓迎!!」
「待ってるっス!」
「今度は、料理だけじゃなくて、剣の腕も見てみたいな」


 ジタン、ティーダ、フリオニールの言葉に、ルーネスもうんうんと頷いて嬉しそうに頬を赤らめる。
それを眺めていたバッツとティナが顔を合わせ、良かったな、と笑うバッツに釣られて、ティナも笑顔を浮かべた。

 少年達も納得した所で、レオンが椅子から腰を上げ、リビングを出て行く。
そんな彼に、見送りをさせろ!とばかりにティーダとジタンが後を追い、この際だとフリオニール達やセシル、ウォーリアも腰を上げた。
そんな中、テーブルの端でじっと動かない少年に気付いて、ティナが声をかける。


「スコールも、レオンのお見送り、しよう?」
「……あんた達がするなら、いいだろ。俺一人行かなくたって…」
「そんな事ないよ。レオン、スコールにお見送りして貰えたら、凄く嬉しいと思う。ほら、行こう」


 言うと、ティナはスコールの手を取った。
どうにも逆らい難い藤色の瞳に観念し、スコールも席を立つ。

 レオンは、玄関を出て直ぐの所で団子になっていた。
ティーダが背中に飛び付き、ジタンを肩に乗せた状態で、自分の腹の高さにあるルーネスの頭を撫でている。
また来いよ、と言うバッツに、近いうちに、と返すレオンを、セシルが微笑ましそうに眺めている。
ウォーリアもまた、次は手合せを、とフリオニールと同様の申し出をし、レオンもまた頷いて見せた。

 そして青灰色がスコールを見付けて、ふわ、と眦が柔らかくなる。


「じゃあな、スコール。無茶はするなよ」
「…無茶なんか、しない」
「どうだか」


 くくっと笑って、レオンは自分の鎖骨にトントンと指を当てた。
それを見たスコールの顔が火を噴いたように赤くなるのを見て、ジタン達が顔を見合わせる。


「なんだ?どうした?」
「なんでもない!」
「あーやーしーいー」
「煩い!レオン!余計なこと言うな!」
「何も言ってはいないがな、俺は」


 明らかに動揺した様子を見せるスコールに、ジタンとバッツがにやにやと笑う。
スコールはそんな仲間二人にすら益々顔を赤くした。
が、レオンはそんなスコールに構わず、悠然とした歩調で近付くと、自分の物と同じ色合いのダークブラウンの髪をくしゃりと撫でる。


「またな、スコール」
「……あ、あ」


 敵に返す返事ではないとか、子供じゃないのに頭を撫でられたりなんて可笑しいよな、とか。
それを言い出せば、昨日の事など丸々可笑しな話になるのだが、今のスコールにそんな事まで思い出す余裕はない。
ただ、頭を撫でる手をどうして振り払えないのかと考えながら、伝わる柔らかさに顔を赤くするだけ。

 そんな二人の光景は、見ていてとても微笑ましいものだったのだが、


「スコールから離れろ!!」


 声と共に落ちて来た気配を察知して、レオンはスコールの腕を引き、背後に庇う。
ガガッ!と固い床が割られて、大剣の刃が沈む。

 沈んだ剣がゆっくりと上がり、切っ先がレオンへと向けられる。
その持ち主は、クラウド・ストライフであった。


「レオン、貴様……!昨晩はよくも……スコールの純潔を奪ってくれたな…!」
「え、スコール、マジで!?ってか、まさかレオンが…!?」


 クラウドの言葉に真っ先に食いついたのは、ジタンだった。
ブループラネットが信じられないものを見る目でスコールとレオンを交互に見る。


「意味不明だ。純潔ってなんだ、女じゃあるまいし!俺は男だ!」
「お前の清い体を俺の手で暴き、開き、俺の手で染め上げて行く計画が台無しだ……!」
「気持ちの悪いことを言うな!俺で変な妄想をするな!」


 鳥肌を立たせて顔を引きつらせるスコールだったが、その叫びはクラウドにはまるで聞こえていない。
クラウドは剣を構えたまま、滔々と涙を流し、心の底から悔しそうに唇を噛んでいる。
その様子を眺めていたフリオニールが、戸惑いを露わにした表情で、


「クラウドって、時々、なんか、こう…変って言うかよく判らない事を口走ると思ってたけど、昨日と今日は一段と酷いな……」
「……フリオはそれでいいっスよ。判んない方が幸せな事もあるっス」


 フリオニールの言葉に、ティーダが白い眼でクラウドを見詰めながら呟く。

 クラウドは流れる涙を腕で強引に拭い去ると、鋭い眼光でレオンを睨み付けた。
プレッシャーを与える碧眼を向けられ、しかしレオンは気にも留めず、背中にいるスコールに声をかけている。


「大丈夫だったか?当たってないな?」
「あ、ああ」
「良かった。怪我をしていたら、また“あれ”しないといけないからな」
「………!」


 ぼん、と顔を赤くしたスコールを見て、クラウドは稲妻に撃たれたようなショックダメージを喰らう。


「何を…貴様……一体何をしたんだああああああああ!!」


 昨晩同様に血の涙を浮かばせながら突進するクラウド───しかし、その剣はレオンの下まで届く事はなかった。


「其処まで!」


 セシルの鋭い声と共に、小さな方陣から放たれた光弾が連続してクラウドに着弾する。
レオン以外に対して完全に無防備だったクラウドは、先のショック合わせてダメージの許容量を超えたらしく、焦げた体で地面に落ちた。

 俯せに潰れたクラウドを、ウォーリアが担ぎ上げる。


「昨晩、あれだけ注意したと言うのに、君はまだ反省が足りないようだ」
「ごめんね、レオン。彼にはよく言って聞かせるから…って、昨日も言ったね」
「いや、気にしていない。発言や動機はどうあれ、敵である俺を疑うのは当たり前の事だからな」
「大人っスね〜!」


 謝るウォーリアとセシルに向けたレオンの言葉に、年少組が感心したように瞳を輝かせてレオンを見詰める。


「さてと……そろそろ行くか」
「また来いよ!絶対だぞ!」
「スコールも待ってるからな〜」
「な……バッツ!」


 顔を赤くして怒鳴るスコールに、ジタンとバッツがけらけらと笑って逃げる。
肩を震わせるスコールを見て、レオンがくつくつと笑うから、スコールの顔は茹でられたように真っ赤になってしまった。

 スコールが顔の赤みを誤魔化すようにレオンを睨む。
しかし、


「また来る」


 触れ合いそうな程に近い距離で見詰められ、囁かれ────額に柔らかいものが落ちて。


「ああああああああああああ!!」
「煩いよ、クラウド」


 ウォーリアに担がれたままのクラウドが、悲痛な叫び声を上げる。
しかし、仲間達は誰一人それを気にしていなかった。


「お〜っ、大胆!」
「おれもスコールにしてみよっかな〜なんつって」
「スコール、大丈夫?顔、真っ赤だよ?熱があるの?」
「ルーもティナにやれば?額だからそんなハードル高くないっスよ」
「な、ちょ、ティーダ!」
「じゃあオレがティナちゃんに」
「駄目!」
「あ、挨拶…挨拶だよな?レオンがいた所はそういう世界、なんだよな…?」


 わいわいと賑やかな仲間達に囲まれた中で、スコールは呆けたように立ち尽くし、目の前の男を見上げていた。
男は柔らかな眼差しでスコールをじっと見つめ返した後、くしゃりともう一度スコールの頭を撫でて、背を向けた。

 重い玄関扉を開けて、悠然とした歩調で去っていく男を、年少組の面々が声をかけながら手を振って見送る。
レオンは一度振り返って手を振りかえすと、聖域向こうの森へと消えて行った。

 混沌の気配が消えたのを感じて、フリオニールが玄関を閉める。
ウォーリアとセシルがクラウドを担いで二階へと赴く中、誰ともなくリビングへと向かい出すが、バッツが立ち尽くしたまま動かないスコールに気付いて声をかけた。


「おーい、スコール。レオンならもう行っちゃったぞ」
「あ……ああ」


 返事をしてついて来たものの、心此処にあらずと言う様子のスコールに、バッツはふとした事を思い出す。


「なぁ、スコール。さっきレオンが言ってた“あれ”とか、これってなんだ?」


 これ、と言って、バッツは自分の鎖骨を指で突く。
それを見たスコールが気まずそうに目を逸らした。


「別に……」
「そりゃないだろ〜?」


 どうでも良い事だろうと言おうとしたスコールだったが、先にリビングに行った筈のジタンに顔を覗き込まれ、スコールはぎくっと固まった。
にやにやと覗き込んでくるジタンに、スコールは真一文字に口を噤む。

 このまま貝の如く沈黙するかと思われたスコールだったが、相手はジタンとバッツである。
興味津々と覗き込んでくる二人の眼力に負けて、スコールは赤い顔のままで口を開く。


「昨日…此処に、痣があった」


 言って、スコールは自身の首下に手を当てる。


「ああ、覚えてる覚えてる。一昨日の帰りにイミテーションに襲われた時の奴だろ?」
「おれのイミテーションだったよな、確か。蹴りが掠ったんだ」


 ジタンとバッツの確認に、スコールが頷く。

 魔物の牙や武器であれば、毒素などもあるかも知れないので、現場で感歎に応急処置をして、屋敷に帰った後でセシルに診てもらったり、エスナをかけて貰ったりするのだが、今回の相手はバッツのイミテーションだった。
バッツのイミテーションは、バッツ自身と同じように仲間達の武器を作り出して戦う他、体術も得意とする。
スコールはそのペースに引き摺られ、ガンブレードの間合いよりも更に近く────懐まで踏み込まれた。
直接的なダメージはなんとか避けたものの、旅人の蹴り上げた足先がスコールの皮膚を掠め、薄らと鬱血が残ってしまった。
しかし剣や矢で切られた訳ではないし、掠っただけなので、可惜に心配して魔力やアイテムを消費する必要もないだろうと、放置していたのである。

 しかし、ジタンとバッツがスコールの鎖骨を覗き込んでみると、其処には痣もその痕跡も残っていない。
白い肌にくっきりと骨の形が浮き出ている。
まじまじとそれを観察されて、居心地が悪くなったスコールは、二人の顔を掌で押し退けた。


「えーと、それで?」
「それで……昨日、それをレオンに見られて」
「治して貰ったのか」


 出先でスコールが一人でレオンに逢った時、スコールが怪我をしていると、彼は必ず治療する。
それがどんなに小さなものであったとしても、見付けたら放っておけないのだと言う。


「で、なんでそれで、あんなに真っ赤になるんだよ」


 ジタンに言われて、スコールがまた赤くなる。
ぐぐ、と唇を噛むのを見て、スコールは二人から視線を逸らし、


「……治療の仕方に、問題がある……」
「仕方って……こうだろ。こうやって手当てて、」
「違う」


 じゃあどうやって、と問う二人に、スコールは湯気が出そうな程に赤い顔で、


「………口、…近付けて……、なんか、……氣を送り易いって、言うから……」


 ────感覚で言えば、傷を舐めて治すのと同じこと、らしい。
口は呼気だけでなく、魔力や氣、オーラの出入口そのものであるから、掌や指先などを媒介にするよりも、唇そのものを触媒にした方がやり易い、とレオンは言う。

 スコールとてレオンの言う事に納得して身を任せた訳ではないが、自分の世界で“魔法”が当たり前ではなかったように、彼の世界でしか通用しない常識や方法があっても可笑しくはない。
そう考えると、口下手なスコールがレオンの理屈に勝てる訳もなく、彼のペースに合わせる事になってしまった。

 羞恥心に耐え切れなくなったように、スコールは二人の顔を見ないまま、足早に歩き出す。
リビングを通り過ぎた彼は、二階への階段を登って行った。
常ならばジタンとバッツはそれを追い駆け、揶揄い半分、彼に気晴らしさせてやる所だったのだが、今の二人は気心の知れた仲間の事よりも、人の良い顔を浮かべる好青年の事が頭の中を占めていて、


「…なぁバッツ。俺はあんまり魔力ないし、回復魔法も使えないから判らないんだけど。レオンの言ってる事って、どうなのよ」
「……さぁなあ。判らないような、判るような、判らないような……」


 微妙な返事を返すバッツに、ジタンは嘆息する。


「レオンってさ、スコールに色々意味深な行動する事あるよな」
「さっきの奴とかだろ?…挨拶、じゃないよなぁ、あれって。おれ達にはやらないし」
「ギャグっつーか、冗談っつーか。スコールをあやしてる…みたいなもんだと思ってたんだけどなぁ」


 色々と、考えを改めた方が良いかも知れない。
複雑繊細な心を持った少年を思い出しながら、ジタンとバッツは思った。


「でも、うちの電波よりはマシだよな」
「ああ、それはおれも思った」


 頭の中で、勇者と騎士に睨まれているであろうチョコボ頭の男と、いつでも紳士的な獅子を比べてみれば、結果は明らか。
そんな事を思いながら、二人は自室に籠城しているであろう猫の下へと向かった。




ギャグは苦手なんですが、残念なクラウドが書きたかったものでw
そしてレオンがひっそり腹黒です。黒いレオンさん、嫌いじゃないかも知れない。

レオVSクラ→スコというリクエストだったのに、レオ→(←?)スコに偏ったような…