ドント・ミスアンダースタンド・ミー
スコール in ZCCで、タークス見習いと言うパロディ。


 ホテルの宛がわれた部屋へと篭ってしまえば、赤の他人への心配事はなくなる。
けれども、こうなると、もう一つ問題が出て来る。
出て来ると言うか、コスタ・デル・ソルに休暇に来てから付き纏い続けている問題が再浮上する。


(だから!不味いって!これは!)


 テレビから、コスタ・デル・ソル一押しキャンペーンガールの声が聞こえて来る。
海にいる観光客同様、水着の開放的な姿で出演しているキャンペーンガールは、胸も大きく、尻の形も中々のもので、常のザックスであればきっと食いついていただろう。
男の性である。

 しかし、今はそんな画面向こうの遠い楽園よりも、直ぐ後ろで静かにしている存在の方が、ザックスの意識を完全に占領していた。

 ぱふっ、ぱふっ、とマットレスを叩く軽い音。
ソファに座っているザックスがちらりと後ろを伺えば、ベッドの上に寝転んで、すらりとした長い脚を遊ばせながら、雑誌を開いている少女───スコール・レオンハートがいる。
浜辺で着ていたパーカーは脱いでおり、その下に着ていた水色のシャツと、ホットパンツと言う格好。
別に、彼女がどんな格好で過ごしていようと、それは彼女の自由なのだが、────ああ言った格好は、こんな状況でして良い格好ではない、とザックスは思う。


(っつーか、男と二人っきりにさせるのは不味いだろ。何考えてるんだよ、ツォンの奴!!)


 付き合いは深くないが、それでも顔見知り程度には面識のある、彼女の上司に当たる男に愚痴を吐く。
スコールに、ザックスと同じ“休暇”を言い渡したのは、間違いなく彼だ。
だから恐らく、この部屋───神羅カンパニーが予約した宿泊部屋───を彼女に宛がう事を許可したのも、あの男である筈。

 彼が俗に言う“堅物”気質である事は、なんとなく、纏う雰囲気から感じられた。
任務に私情は挟まず、物事は効率的に運ぶべきであり、最優先すべきは“本社からの命令”であると言う姿勢は、彼と何度か会話をすれば読み取れる事だ。
しかし、その反面、案外と情に厚いと言うか、ちょっとした事には目を瞑ってくれる柔軟性もある。

 で、あれば!この状況が普通に考えて可笑しい事も、彼は判っている筈!


(なのに!なんで!なんで年頃の女の子を、野郎と二人っきりにしたりするんだよ!)


 ……ザックスのこうした心の叫びは、コスタ・デル・ソルのホテルに来てから、定期的に呟かれている。
何度か音にした事もあるし、その時は、ツォンに直接電話して訴えたりもした。
此処は神羅御用達のホテルだし、隣なり向かい部屋なり、今からでも確保する事は難しくあるまい。
しかし、ツォンはそうしたザックスの訴えに対し、「そんな手間をかける必要はない。そもそも、今の状況に何ら問題はない」と一蹴するのみ。

 ベッドの上で、スコールがころん、と寝返りを打った。
俯せで読んでいた雑誌を両手に持って、仰向けになる。
その拍子に、シャツの裾が捲れて、ヘソ周りが見えた。
ぐるん、とザックスは方向転換する────テレビでムキムキマッチョな男がポーズを取っていた。
見るんじゃなかった、でもあのままあっちを見ててもやっぱ不味かったよな、とザックスは二重苦に顔を顰める。


(あーっ、くそ!)


 ザックスは、ソファから腰を上げ、テーブルに投げていたPHSを掴んだ。


「ザックス?」
「ちょっと電話して来る」


 何処に行くのかと訊こうとするのを遮って、ザックスは手に持っていたPHSを掲げて示す。

 部屋から出て、ドアを閉めると、ザックスはPHSの着信履歴を開いた。
『Reno』の番号を探し出して、発信ボタンを押す。
プルル……と四回のコール音が鳴った後、


『もしもし、此方レノ、と』
「おいレノ!お前、ツォンになんとか言ってくれよ!」
『……唐突過ぎて話が見えないぞ、と』


 電話向こうの相手に怒鳴るように言ったザックスだったが、相手の反応はのんびりとしたものだった。
しかし相手───レノの反応の言葉も確かであったので、ザックスは一呼吸して、心中を落ち着ける。


「……あのよ。ツォン本人にも言ったんだけどさ、スコールの部屋、今からでも取ってやれよ……」
『ん?うちのお姫様、何か問題あったか?と』


 “お姫様”とは、レノがスコールに対して使う、彼特有の呼び名だ。
彼がどれだけスコールを溺愛しているかが、この言葉によくよく籠められていると言っても良いだろう。

 ───なればこそ、この状況が可笑しい事が判らないものだろうか。


「だからさぁ、不味いだろって言ってんだよ。俺とスコールが一緒の部屋って。別にホテルの部屋が予約で一杯って訳じゃないだろ?何処か一つくらい、予約なしでも部屋取れるんじゃないのか。やっすい部屋しか取れないってんなら、スコールじゃなくて俺がそっちに移動するからさ」
『……無理だぞ、と』
「なんでだよ。お前らさー、普段あれだけスコールに過保護なのに、なんでこういう所いい加減なんだよ。スコールの身に何かあったらとか思わねえの?」
『それは要するに、お前がうちのお姫様に何か良からぬ事を企んでるって事か?と』
「なんでそうなる!俺は子供には手出さねーよってそういう話じゃなくてだな!」


 電話の向こうでけらけらと笑う声がする。
どうも揶揄われているらしい。
高めの声も聞こえるので、きっと傍にシスネもいるのだろう、ひょっとしたらルードやツォンまでも。

 ザックスは、胡乱な目でPHSを見た。
その向こうにいるであろう男を睨む気持ちで。


「……なあ。ひょっとしてタークスって、いつもこんな調子でスコールにも仕事回してるのか?」
『こんな調子、ってのは?』
「だから、今の俺みたいにしさ。男と2人っきりにさせるような任務とか」


 諜報や暗殺も仕事内容の一つだから、その中の手法の一つとして、女性が男性を籠絡させたりと言う手段を使うのは、理解できる。
女性は女性である事で、既に一つの武器を有しているようなもので、それを有効活用できれば、かなり仕事の幅も広がるし、仲間の助けにもなる。
しかし、そうした手段を使って上手く立ち回れる女性ばかりではないし、ましてスコールはまだ10代の少女である。
“見習い”である事を差し引いても、言動には所々青さが目立つし、意地っ張りや背伸びが顔を出す事も多い。
どう考えても、今のスコールにはそうした仕事は向かない。

 それ以前に、スコールはザックスの前で無防備過ぎる。
女子と言うものは、往々にして男よりも早熟で、他者からの目を気にするものではないだろうか。
それなのに彼女は、ザックスの前で惜しげもなく肌を晒し、無防備に眠ったりするのだ。
同じ空間に、同じ部屋に、もっと言うならすぐ隣に、男がいると言うのにも関わらず。


「駄目だろ、こういのが当たり前みたいにしたら。お前らに取っちゃ、俺とスコールが一緒にいる方が色々都合が良いんだろうけどさ〜」


 ザックスの言葉に、「何の事だかさっぱりだぞ、と」と言うレノの言葉が聞こえたが、それについては言及しない。
した所で意味がないし、今ザックスが言いたいのはその点ではないのだ。


「とにかくさ。スコールに別の部屋用意してやってくれよ」
『そんなに言うなら、お前が用意してやればいいと思うぞ、と』
「取ったよ、一回。でも、俺が部屋取ってやっても、俺と同じ部屋にいるって一点張りで聞かないんだ。でもツォンが言うなら、大人しく聞くと思うんだよ。一応リーダー命令にもなるし」
『…確かに、うちのお姫様、そういうのには弱いな、と』
「だろ?だから俺もツォンに言ったんだけど〜…ツォンの奴、今のまんまで問題ないって言ってお構いなし。問題ありすぎだっつーの!って訳でレノ、お前からツォンを説得してくれ!」
『悪いが無理だぞ、と』


 余りにも早く、呆気なく返って来た返事の意味を、ザックスは一瞬判じ兼ねた。
数秒沈黙し、おーい、と電話向こうからの呼ぶ声を聞いて、我に返る。


「なんでだよ!?お前、スコールが取り返しのつかない事になっても良いのか!?」
『そういうアヤシー仕事はさせないだろうから問題ないぞ、と。お前はうちのお姫様に絶対手出さないって言うし。結論、問題なし、と』
「だから一緒の部屋にいるって事が問題────あっ!」


 プツッ、と通話が途切れる音。
ツー、ツー、と無慈悲な電子音を鳴らすPHSを睨んで、ザックスはぎりぎりと歯を噛んだ。


(確かに手出す気はねえよ?あんな子供に何かしたら犯罪だし、見習いったってタークスだし。万が一にも変な気起こしてみろよ、シスネに三枚下ろしにされる。大体、まだ子供なんだから、妙な気起こせって言うのが無理な話だろ)


 ザックスは、自分がどちらかと言うと軽い性質であると自覚している。
女の子にモテれば嬉しいと思うし、可愛い子を見れば声をかけて話をしてみたいし、美人な女性と知り合えばお近付きになってみたいと思う。

 けれど、スコールはまだ心も体も成長し切っていない子供である。
整った顔立ちをしているし、きっと成長すれば美人になるだろうが、それも未来の話だ。
今現在、ザックスの傍に付きっ切り状態になっているのは、あくまで“少女”。
ザックスが彼女を“一人の女”として見る対象としては、無理があった。

 しかし、世の中には、未成熟な少女を性的な目で見る不埒な輩も多い。
これでスコールがもっと───極端に言えば醜い顔立ちであれば、そうした心配も少なくて済んだだろう。
しかし、スコールは正しく“美少女”と言う言葉が似合う。
それでいて無防備に佇んでいたりするものだから、先刻、浜辺のロッジであったような出来事が頻繁に起こる。


(ああいうのは、大人がちゃんと教えてやらないと駄目じゃねえか。だってのに、レノもルードもシスネもツォンも、何考えてんだか。本当、一緒にいるのが俺で良かったよ……)


 確かに彼女は可愛い。
任務の最中の、凛とした冷ややかな青灰色も、ふとした瞬間に覗く幼い表情も、全てひっくるめて可愛いと思う。
けれど、彼女が幼いから───だろうか。
ザックスは、自分の彼女に対する目は、言うなれば“妹”を見ているようなものなのだろうと、自覚していた。
田舎住まいの一人息子で、兄弟もいなかったので、弟や妹と言うものがどう言った存在であるのかは判らなかったが、危なっかしいのを見ていられないとか、自分が守ってやらなければ、と思うのは、やはり“庇護欲”と呼ぶのが正しいのだろう。
彼女はそうした子供扱いを嫌うけれど、そんな背伸びをしたがる所も含めて、“守ってやりたい”とザックスは思う。
彼女の上司であり先輩であり、保護者であるタークスのメンバーも、同じ気持ちなのだろう。


(でもさ。やっぱ駄目だって。こういう事の積み重ねって、後で結構響くんだぜ。俺の所為で、スコールがこれからどんどん、こう…似たような状況になった時、警戒しなくなったとか言う羽目になったら、絶対スコールの為にならないよなぁ。その辺、シスネなら判る…と思うんだけどなー)


 タークスの面々から信用が得られていると言う事は、非常に嬉しく思う。
しかし、それとこれとは別だ。
スコールはきちんと、自分の危機の可能性と言うものを理解するべきだ。

 しかし、保護者であるタークスの面々があれでは、どうしようもない。


(仕方ねえか。俺がちゃんと言って聞かせてやらないとな)


 携帯電話をズボンのポケットに入れて、よし、と気合を入れ直す。
言い聞かせるべき言葉をきちんと頭の中で組み立てつつ、ザックスはドアノブを回して押し開ける。


「おーい、スコール。ちょっと話があるんだけど、いいか────」


 先ずは自分の服装について、いやこの状況についてが先か、とぐるぐると思考を巡らせつつ、まだベッドにいるであろう少女の下に行こうとして、


「─────あ」
「………うわわわっ!?わる、ごめ!??」


 一人取り残されていた部屋の真ん中に、彼女は立っていた。
着ていたシャツを、今正に脱ごうとしている格好で。

 たくし上がった水色のシャツの下から、日焼けをしない白い肌が見えている。
ヘソチラとかそういうレベルではない、あと少しで胸元が見えてしまうと言う程の露出。
ホットパンツのベルトも緩められており、細腰に引っ掛かっていはいるものの、裾を引いてやればストンと落ちてしまいそうだ。
そうなったら─────其処から先は考えては駄目だと、思考が強制ブレーキをかけた。

 思わず盛大に取り乱したザックスだったが、とにかく見ていてはいけない、と言う道徳心だけは正常に作動してくれた。
ぐるん!と勢いよく背中を向けて、ドアの前にしゃがんで丸くなり、掌で目を隠す。


「何してるんだよ、お前!」
「……何って……風呂、入ろうと思って。汗流したい」
「ロッジでシャワー浴びてたんじゃなかったのか?」
「人が多かったし……あいつらが声かけて来たから、それ所じゃなくなったんだ」


 スコールの言葉に、成程、と蹲ったままでザックスは納得した。
あいつら────とは、ロッジでスコールをナンパして来た男達の事だろう。
男と違い、女性はシャワーだけでも長いだろうし、女性用のシャワールームが混むのは当然だ。
スコールは人ごみが嫌いなので、きっとシャワールームの中ではなく、通路で空きを待とうとしたのだろう。
其処へあのナンパ男達がやって来て、シャワールームは空かないし、男達はしつこいしで辟易し、ザックスの下へ戻って来たと言う事か。

 そして、部屋に戻って来てから改めて風呂に入ろうとは思っていたものの、このホテルの部屋には、脱衣所と言うものがない。
幾ら鈍感な所があるとは言え、年頃の女の子だし、人前で服を脱ぐと言うのは流石に抵抗があったのだろう。
其処へザックスが電話をすると言って部屋を出たので、今の内なら、と思い至ったのか。
タイミングが少々遅いような気もするが、それは今は言うまい。


「そか……じゃ、俺こっち向いてるから、その間に入れよ。出る時は、面倒だろうけど一言くれりゃ、見ないようにするからさ」
「……なんで見ないようにする必要があるんだ」
「いや……当たり前の事だろ、そんなの。っつか、俺がいなくなったから風呂入ろうとしたんじゃなかったのかよ…」


 男が女性の脱衣シーンをじろじろ見る訳には行くまい。
……と、それが普通だとザックスは思うのだが、スコールにとっては普通ではないのだろうか。


(ほらー……こういう事になるから、ちゃんと教えとけって言ってるのによー!部屋も変えろって言ってるのに!こう言うの、据え膳とかって勝手に勘違いする男っているんだぜ……)


 目の前のドアに額を押し付け、ザックスは深々と溜息を吐いた。
その後ろで、バスルームのドアを開ける音がする。
閉まる音をきちんと聞いてから、ザックスは曲げていた膝を伸ばし、無人となった部屋へと振り返った。


「……後で、ちゃんと言って聞かせてやらないとな……」


 バスルームから、鍵をかける音は聞こえない。
本当に、一緒にいるのが自分で良かった、と今日何度目か知れない事を考えるザックスだった。




 体を洗っている間に、湯船には十分湯が溜まってくれた。
その中に身を沈めて、スコールはぐっと息を詰めた後、ゆっくりと吐き出す。
呼吸と合わせて、体の筋肉が解れて行くのが判った。

 潮風やら汗やらでベタベタしていた体も、これですっきりした。
この“休暇”が続く限り、また直ぐに潮風やら汗やらに塗れるのは判り切っていたが、やはり毎日の風呂は欠かせない。
潔癖症ではないけれど、ベタつきはいつまでも残していたくはないし、汗疹になるのも嫌だ。
シスネに貰った医薬用のクリームを使っているお陰で、今の所、汗疹もシミもないし、日焼けで肌が赤らむ事もなかったが、それを使っているのをザックスに見られる度、スコールは煮え湯を飲む思いをしている。


(ザックスの奴……いつまで俺を女だと勘違いしてるんだ?)


 ぶく、と湯に沈めた口元を尖らせて、スコールは不機嫌に目を細めた。


(さっきだって、……俺は男なんだから、何処で服脱いだって問題ないだろ。……いや……露出狂じゃないんだから、何処ででもって訳でもないけど……そういう事は、ちゃんと判ってるし。そもそも、俺は女じゃないんだから、ザックスが思ってるような心配とか、一つも意味ないんだぞ)


 ザックスは、激しい勘違いをしている。
それも、スコールと出逢った頃から、ずっと。

 スコールは、湯に浸かった自分の身体を見下ろした。
レノやルード、ツォンだけでは飽き足らず、シスネにまで細くて白くて綺麗、或いは可愛い、と言われる、発展途上の身体。
けれども、少しずつ、男女の境が曖昧な時期の年齢は脱しつつあるのだ。
筋肉だってつくだろうし(元々肉付きし難い体質ではないかと言われたが、そんなものは鍛えればなんとかなる。筈だ)、シスネよりも低い身長も伸びるだろう。

 昔から、スコールはよく揶揄われた。
「女の子みたいで可愛い」と。
白い肌も、細い手足も、零れそうな大きな瞳も、小さく淡い色をうした唇も。
何もかも、「女の子みたい」だと。


(どいつもこいつも、ふざけるなよ……俺は男だ!)


 ────スコールは、生まれてから今まで、歴とした男である。
女性特有の膨らんだ胸もないし、下肢を見れば女性には絶対に存在しないものが付いている。
それは、スコールが“女の子”ではなく、“男”である事の何よりの証明だ。

 だと言うのにも関わらず、スコールは幼いころから度々女児と間違われる。
ロッジで男達に声をかけられた時のように、“女”と思ってナンパをして来る者も少なくない。

 ザックスも同様であった。
ザックスがナンパ紛いの事をしてきた事はないが、彼は時々、スコールを「お嬢ちゃん」と呼ぶ。
その言葉は、男であるスコールを揶揄ってのものではなく、心からスコールを“女”と思っての呼び名だ。
それがスコールには、尚の事苦々しくて仕方がない。


(俺は男だって言ってるのに、なんで誰も信じないんだ。ロッジのあいつらも、ザックスも)


 ナンパをされた時、スコールは自分が男である事をちゃんと口に出して主張した。
出来る事なら、あんな卑しい輩と口を聞きたくもなかったが、何も言わずにいると、強引に連れて行こうと手を出してくるのは経験済みだった(そうした経験をしている事が、またスコールにとって屈辱であった)。
だから苦い舌を動かし、自分が男である事、ついて行く気もない事を男達にはっきりと言ったのだが、彼らはお構いなしだった。
その上、「男だ」と言うスコールの言葉を信じず、……いや、2人の内、片方は信じたような口振りをしていた。
それも信じると言うよりは、「男でも良いのではないか」と言った風だったので、スコールの主張は結局空回りしていたと言う事なのだろう。

 ぶくぶくぶく、と気泡が生まれて弾ける音がする。
不満をあらわにした“彼”の眉間には、これでもかと言わんばかりに深い皺が寄せられていた。


(ロッジの奴らは、腹は立つけど、もうどうでも良い。どうせもう会う事はないだろうし。でも、ザックスは)


 ザックスがスコールを女だと勘違いしたのは、出逢った時、今よりもスコールが幼かった所為だ。
タークスには今と同じように“見習い”として籍を置いていたものの、前線的な仕事は一切させて貰えなかったし、稀に任務を任されても、必ず誰かが一緒にいた。
それが上司・先輩であるツォン達の親心的な配慮であると判っていても、今よりも幼かったスコールには、その配慮が自分を荷物扱いしている証のような気がしてならなかった。
それが我慢ならなくなって、待機命令を無視してモンスター退治に赴いたのが、ミッドガルがモンスターの襲撃を受けた時の事。
あれがスコールにとって、殆ど初めての実戦で、────今考えれば当然の結果だが────モンスターに囲まれて正に絶体絶命と言う所で、ザックスに救われた。
その時の出来事を、ザックスははっきりと覚えており、事件後、神羅カンパニー社内でスコールと再会した時、社内に子供一人でいた事で迷子扱いした上、「あの時のお嬢ちゃんか」と言ってスコールの頭を撫でた。

 それから、スコールとザックスは、神羅カンパニーのビル内で時折顔を合わせる程度だが、長い付き合いが続いている。
ザックスがタークスのリーダーであるツォンと作戦を共にしたり、シスネやレノ、ルードと言った各面々と付き合いがあったりと言う事もあり、スコールが『タークス見習い』である事も知られた。
それでも、付き合い方を変える事のないザックスの事は、スコールの中で、少なからず良い印象であったのは確かであった。

 神羅カンパニーの暗部を担うタークスは、表向きは『総務部調査課』と言う部を与えられている。
スコールには、この『総務部調査課』がどう言った影響力を持つのかは判らないが、他の社員にとっては、味方に付ければ有益なものらしい。
そしてスコールは、その『総務部調査課』に助手的立場として出入りしている。
これを知った社員達は、幼いスコールならば手籠めに出来るだろうと、必ずと言って良い程色眼鏡で声をかけて来る。
『総務部調査課』=『タークス』と知っている神羅カンパニーの幹部の中にも、スコールを通じてタークスを操ろうとしている者がいる。

 数年前まで、スコールは孤児院で暮らしていた。
資質を見出して引き取ってくれたのは、シスネだった。
スコールが孤児院に来る以前に、同じ孤児院で過ごしていた彼女は、ほんの気まぐれで“故郷”を訪れたのだと言う。
其処で、1人で過ごしているスコールを見付け、直感的な“何か”に惹かれて、スコールを引き取る事を決めた。
だからスコールにとって、シスネは姉のようなもので、そんな彼女の同僚達は、兄のようなものであった。

 スコールが信頼できる人間は、タークスの人々だけ。
それ以外は、いつも色眼鏡で見て来る。
男だと知っていても、女だと勘違いしていても、それは変わらなかった。
そんな中で、ザックス・フェアは異彩だったのだ。

 でも────いや、だからこそ、と言うべきだろうか。
彼に「お嬢ちゃん」と呼ばれるのが、スコールは我慢ならなかった。


(ずっとお嬢ちゃんって……女扱いで、子供扱いばっかりだ)


 出逢ったばかりの頃のように、「お嬢ちゃん」と呼ばれる回数は減った。
けれどそれは、そう呼ぶとスコールが怒るから、名前で呼ぶようになっただけの事。
彼の意識の中で、スコールはいつまでも「お嬢ちゃん」のままだ。

 バスタブから上がって、水捌けの良い床の上で、スコールは背を伸ばして立った。
鏡にスコールの体が映し出されている。
細くて白い、成長途中の体が。

 女性であるシスネよりも、細い身体。
年齢的な問題もあるのだろうが、どうやら自分は、体格そのものにおいて、あまり恵まれなかったらしい。
せめてこんなに白い肌ではなく、ザックスのように血色が良いとか、健康的に日焼けでも出来ていれば、きっと印象も変わるのだろうに。


(こんなだから、レノに“お姫様”なんて呼ばれるんだ……)


 シスネに引き取られて、神羅カンパニーに来たばかりの頃、レノは度々スコールを女児扱いして揶揄った。
ルードやツォンが嗜めてはいたものの、彼のその扱いはすっかり根付いてしまい、“お姫様”呼びも、揶揄の意味ではなく呼び名として定着してしまった。


(……そうだ。レノだ。レノの所為だ)


 兄代わり的な存在である青年の顔が頭に浮かんだ途端、スコールの眦に剣呑な光が灯る。


(レノがザックスの前で“お姫様”とか呼ぶから、ザックスが余計に勘違いしたんじゃないか)


 “お姫様”なんて、どう考えても、男に対する呼び名ではあるまい。
すっかり定着していたので、スコールもその呼び名に慣れてしまっていたが、それも可笑しな話だろう。

 この“休暇”が終わって、神羅ビルに帰ったら、真っ先にレノを殴ろう。
“お姫様”なんてふざけた呼び名も、金輪際禁止させよう。
スコールは心に決めた。


(あと……ザックスの勘違いもどうにかしないと。……このまま部屋に行けば手っ取り早いけど…そんなの、ただの露出狂だし……)


 何度口で言っても信じてくれないザックスを、どうやって説得したものか。
自分が口下手で、あまり言葉を選ぶのが上手くない事は自覚している。
実際に見せてしまう事が出来れば手っ取り早いが、そんな行動を恥ずかしげもなく堂々と取れる程、スコールは幼くない。
そもそも、先程の───部屋で服を脱ごうとしていた所に彼が戻って来た時の行動を鑑みるに、スコールが少しでもそうした行動を見せたら、直ぐに止めにかかるに違いない。
その時、彼がスコールの体を見分する等と言う行為は、絶対に取らないだろうことが判る。
それは紳士的な行動なのだろうが、それは女性に対してするべき行動であって、男であるスコールには要らぬ気遣いだった。

 取り敢えず、この“休暇”の間に、なんとか誤解を解かなければ。
幸い、時間はたっぷりある。
今までは仕事の連絡が入ったり、ザックスも任務などで腰を据えて話す時間などなく、一方的に会話を終了させていたが、今ならよっぽどの事がなければ邪魔も入らないだろう。
揶揄ってきたり、会話の腰を折ってくるレノやシスネと言った面々がいないのも、スコールの背を押した。

 よし、とスコールは意気込んだ。
そうと決まれば、いつまでものんびりと入浴していないで、部屋に戻ってザックスと話をしよう。

 ────と、風呂から出ようとして、


「うあっ!?」


 水捌けの良い床でも、泡も一緒に流れてはくれなかったらしい。
体を洗った時に落とした泡が、タイルの溝に残って、スコールの足を取った。

 崩したバランスを元に戻そうと、必死で手足をジタバタと暴れさせたが、伸ばした手が掴んだのは、シャワーレバー。
掴んだレバーが力に従って回転し、下げ方式で放出させる仕様だったのだろう、シャワーが泣き出した。
スコールの足下の泡が水を受けて流れ出し、またスコールの足を取った。




 持て余した退屈をスクワットで消化していた最中、バスルームからどたんばたんと騒々しい音が聞こえた。
それから、どたっ!と落ちる音がして、がらんがらんと金ダライのような音が響く。


「………スコール!?」


 バスルームに危険があるとは思っていなかったが、足を滑らせたりしたら怪我をするかも知れない。
最悪、バスタブに頭を強かに打って……と言う話だって聞くのだ。
今のは、そんな出来事を彷彿とさせるような不穏な物音だった。

 ザックスは慌ててバスルームに駆け寄ると、ドアノブを捻って引き開いた。


「スコール、大丈夫か!?」


 シャアアア……とシャワーの音が響く、決して広くはない浴室の中で、降り注ぐ水滴を受け止めながら、蹲っている少女がいる。
床に片手をついて、もう片方の手は、打ち付けでもしたのか、赤くなっている背中を摩っていた。

 肩口から見える少女の眉が、辛そうに潜められている。
頬に伝う雫は涙なのか、単に降り注ぐ水滴によるものか、ザックスには判らなかった。
けれども、彼女が声も出ない程の痛みを堪えていると言うのは、その表情を見れば直ぐに判った。


「スコール、大丈夫か。転んだのか?」


 ザックスは、服が濡れるのも構わず、スコールの傍に膝をついて赤らんだ背に触れた。
びくっ、と小さな肩が震えるのを見て、慌てて触れた手を放す。


「わ、悪い」
「…へい、きだ。打っただけだから……」
「そ、そか。あ、頭とかは、ぶつけてないのか?」


 こくん、とスコールが小さく頷く。
それを聞いて、良かった、とザックスはほっと息を吐く。


「ザックス……」
「ん?」
「あの、もう、平気だから。煩くして…その、悪かった」
「いや、それは別に────」


 気にしなくて良い、と言おうとして、ザックスは気付いた。
緊急事態であったとは言え、女性の入浴の場に断りもなく踏み込んでしまった事に。

 俯いていた少女の面が持ち上がり、肩越しにザックスを見た。
白い頬がほんのりと桜色に染まっているのは、温度の高い湯が降り注いでいる所為か、それとも。
スコールが丸めていた背を伸ばすと、陰になっていた胸元がちらりと覗いて、鮮やかなピンク色が見えた。


「………─────!!」


 しばしその瑞々しい色を見詰めていたザックスだったが、我に返ると、慌てて身を後退させた。
どんっ!と背中を壁にぶつけたザックスに、スコールがきょとんと首を傾げる。


「…何?」
「いや!うん!なんでも!いや!」
「……?」


 スコールが訝しげに眉根を寄せたのを見て、いやもっと他にするべき反応があるだろう、とザックスは思った。


「と、取り敢えず!その、うん。怪我とかしてないなら、良かった!ごめんな、直ぐに出るから!」


 スコールが悲鳴を上げなかったのは、ザックスにとって幸運だったが、これはこれで大問題だ。
この事についても、後で言って聞かせないと、と思いつつ、ザックスは急いでバスルームを後にしようと立ち上がる。

 それがいけなかった。
流しっぱなしのシャワーの湯と、先程スコールも足を取られた泡はまだ残っており、慌てて立ち上がったザックスの足を滑らせた。
つるん、と前のめりに転んだザックスに、当人も、それを見ていたスコールも目を丸くする。


「お?」
「え、ちょ────」


 スコールの言葉が終わるのを待たず、風呂場には大きな音が響く。
隣室か階下の部屋からクレーム来そうだな、と暢気に思考する頭は、恐らく、現実逃避をしているのだろう。


「いってー……」
「う……」


 タイル床に打ち付けた膝が痛い。
けれども、上半身の方は、何か柔らかくて温かいものの上に落ちたお陰で、痛みはない。


(……柔らかい?)


 このバスルームで、そんな───柔らかくて温かいものなんて、あるとしたら、一つしかない。
まさか、と思ってザックスが体を起こすと、


「……退いてくれ」


 ────未だ嘗て、こんなにも近い距離で、こんなにも澄んだ青灰色と向き合った事があっただろうか。
ザックスはスキンシップを好む方ではあるが、相手が嫌がるのなら、それも自重できる。
スコールは他人に触れられる事、近付かれる事も嫌いなようだから、ザックスも可惜に触れないように努めていた。

 だから恐らく、初めてだと思う。
こんなにも、ほんの少しでも頭を下げれば、唇が触れそうな程に近い距離で、この少女と向き合うのは。


「……退いてくれ、ザックス」


 聞こえていないのか、と一言一句同じ言葉を繰り返すスコールの声に、ザックスはまた意識が遠くへ出かけていた事に気付く。


「あ…わ、悪い」
「あと……」
「?」
「……手、重い」


 手────と言われて、ザックスは自分の右手を確認した。

 倒れた体を起こした時、上体を支えようとして手を突いた場所。
固いタイルとは違う、滑らかで柔らかで温かい、降り注ぐシャワーの水滴を弾かせ雫を伝わせる白い肌の、平らな胸の上に、ザックスは己の右手を置いていた。

 思わず、右手で軽く揉んでしまった。


「………うぉおおっっ!?悪、ごめ、でもちょっと嬉、いや、」


 自分が何を口走っているのか、ザックスは判っていなかった。
心の声も漏れたような気がするが、スコールが何も言わないと言う事は、彼女には聞き取れなかったのだろうか。
それなら聞き直されたりしない内にと、ザックスは今度こそ大急ぎでバスルームを出た。


「悪い!ごめん!あの、事故!事故だから、な!」
「………」


 閉じたバスルームのドアに向かって叫ぶザックスに、内側からの返事はない。

 不味い、気を悪くさせたかも知れない。
これから大事な話をしようと思っていたのに、会話どころではなくなってしまった。
ザックスが言い訳をせずとも、事故であるのは明白であったが、彼女が受けた辱めは“事故”の一言で片付けられるものではないだろう。


(だーかーらー!こういう事にもなるから、部屋を別にしろって言ったんだろー!!)


 繰り返しの訴えに対し、悉く『問題ない』で済ませて来た少女の保護者達に向かって、ザックスは胸中で叫んだ。

 明日からの“休暇”がどうなるのか。
いや、先ずは目の前にある問題────こんなトンデモ事故の後でも、2人は同じ部屋で過ごさなければならないと言う状況をどうにかせねば。

 止まないシャワーの音を聞きながら、ザックスはふらふらとソファへ移動し、ぐったりと沈み込む。
それから、投げ出した自分の右手にふと視線をやって、


(うーん…これからって感じ、が………って、何考えてんだ俺!!)


 無意識的に食指を動かしていた右手に、頭をぶつける。
がしがしと髪を逆立てた頭を掻き毟りながら、“休暇”終わりに三枚おろしにされるのを想像して身を震わせるザックスだった。




なんだこれはラブコメか。生まれて初めてラブコメ書いた気がするぞ。

ザッスコだけどザッスコ未満。お兄ちゃん目線のザックスでした。
このタークス見習いスコールは、12、13歳くらいのイメージです。まだ中世的な雰囲気が抜け切らない頃。
そんなスコールを「お嬢ちゃん」扱いするザックス萌え。