夏の青春ダイアリー







食事が終わった後の昼休憩は、時間一杯寝て過ごすのが悟空のスタイル。
満腹になると眠くなると言う、見事な健康優良児っぷりであった。

紅咳児は大抵、悟空が起きるか午後の授業が始まるまでは隣で暇を持て余している。
他の三人はまちまちで、所属する委員会やら何やらで忙しない時期もあった。
が、今日はどうやら揃って暇らしく、眠る悟空を真ん中にして円形に座している。


悟空を欠いたこのメンバーで話が弾むことなど一度としてなかった。



降り注ぐ陽光を一杯に浴びて眠る悟空は、本当に気持ちが良さそうだ。
食べ物の夢でも見ているのか、時折口をもごもごと動かしている。
寝相ははっきり言って悪いので、あっちにゴロゴロ、こっちにゴロゴロと落ち着かない。

今は悟浄の方に転がっていて、暇を持て余した悟浄に頬を突かれている。


むに、と悟浄が悟空の頬を軽く摘んで引っ張った。



「うー……」



いやいやする子供のように、悟空は寝惚けたままで悟浄の手を押し退ける。



「駄目ですよ悟浄、起きちゃいます」
「いいじゃねーか、面白いぜ」



確かに、面白いくらいによく伸びる頬である。

突けば、ぷに、という感触がしそうだ。
年頃の女の子のようなコスメ等とは縁もなく、純粋な餅肌だ。



「しかし、お前ら暇人だな」



高校生であるにも関わらず、堂々と煙草を吹かしながら三蔵が言った。
確かこいつは生徒会長じゃなかったかと思う紅咳児だったが、何も言わない。
文句を言った所で意味はない、第一真正面からそれを注意できる人物なんてもとよりいないのだから。

それを見た悟浄もヘビースモーカーで、自分も吸いたくなったらしい。
制服の内ポケットに入れていた煙草を取り出しながら、言った。



「そう言うお前の方こそ、どういう風の吹き回しよ? いつも屋上なんか暑いだけだって言ってんじゃん」
「此処じゃねえと吸う場所がねえからな」
「とか言う前にお二人とも、立派な法律違反ですからね」
「……今更だろう、そいつらには」



此処───屋上だったら、自分達以外に上がってくる生徒はいない。
教師も滅多に上がってこないのは何故だろうか。
ついでに火災探知機も設置されていないので、喫煙者には持ってこいの場所だった。

だがそれが上辺だけの理由だと──勿論、嘘でもないのだろうが──誰もが判っている。
……眠る悟空を覗いては。



「で、お前らはなんで教室に戻らねえの?」



紫煙を燻らせながら問う悟浄であったが、既に答えは判っているのだろう。
此処でその答え意外を口にするなら、さっさと戻ってしまえ、とも思っているのだ。


八戒がにこりと笑って、悟空に視線を落とす。



「悟空が寝ちゃってますからねえ。貴方達に預けたら、何されるか判りませんし」
「腹黒間人がよく言う………」
「此処は狼の巣ですからね。ちゃんと守ってあげないと」
「狼より性質の悪そうな狐もいるけどな」
「おや、誰の事でしょう?」



にっこり笑顔でいけしゃあしゃあと言う八戒に、三蔵が眉根を寄せ、悟浄が引き攣り、紅咳児は無言で睨み付ける。



「それで、貴方はどうなんですか?」



向けられる冷たい視線をものともせずに、八戒が紅咳児に問う。


ころん、と悟空が寝転がった。
大の字に眠る姿は実に健康的である。

……周囲で物騒な会話が続けられているとも知らないで。



「……クラスメイトを危険に晒す訳には行かないだろ」



寝惚けてもう一つ、ころりと悟空が転がる。
今度は横向きになって丸くなり、すやすやと安らかな寝息を立てている。


その、半径一メートル周囲。
鮮やかな空と、夏の入道雲に似つかわしくないブリザードが吹き荒れていた。

此処で午後の授業を知らせる鐘が鳴ったとしても、今の彼等はきっと気付かないだろう。
少しでも此処を離れれば、この均衡が崩れ、自分は脱落者となる事を知っている。


何も知らぬは、眠る子供のみ。



「お前も危ないんじゃねえの、紅咳児」
「お前達程じゃない」
「僕らを出し抜いて、校舎裏に連れ込もうとしてたのは誰でしたっけ?」
「なんの話だ?」
「惚けても無駄だ」



紅咳児が周囲を見渡せば、あの三蔵までもが薄い笑みを浮かべていて。
─────要するに。








皆、同じ事を考えていた、ということだ。








渦中の中心人物のみが知らぬ所で始まった争奪戦が、いつしか平行線を保つようになった。
この場にいる誰もが次の出足を躊躇っていて、タイミングを逃すまいと血眼になっている。

けれども、望むタイミングが一向に現れないから、現状に至っている。


強引に振り向かせたところで、悟空の気持ちは其処に追いつく事はないだろう。
そんな虚しいことは誰も望んでいないから、鈍る出足を無理に進めることも出来ない。

人物、無機物、食べ物もごちゃ混ぜになった悟空のランキングの中から、飛び出なければならない。
その為にこうして、自分達の得意とする分野、尚且つ悟空の範囲内で先発争いを繰り返している。


だが、今のままでは後退こそなく、進展もない。
悟空の中では4人とも同列にいて、今のままではそれを打破する事が出来ない。
同じ時間を4人で同じように過ごしている限り、悟空の中ではいつまでも十把一絡げなのである。

それを打ち壊すための手段として、二人きりでいられる時間を作ろうと考えた。
紅咳児も、三蔵も、悟浄も、八戒も────他の誰かに取られて堪るかと。



「……油断も隙もあったもんじゃないな……」
「ですよねぇ……」



この平行線も長い。
そろそろ、全員が限界なのだろう。

失敗すれば即脱落、もう一度同じ場所まで進むことは困難だろう。
しかし躊躇っていれば掻っ攫われる。
もう追い風を待つのも飽きた。



「いい加減に決着付けようじゃねぇか……」
「勝てるつもりか? 貴様ら…」
「僕、負けるつもりはありませんよ?」
「……誰に向かって言ってるんだ?」



それぞれの視線の交わる丁度真ん中で、火花が飛び散る。



「後輩は潔く先輩に譲るとかしろよ」
「先輩方こそ、後輩に優しくしようとは思わないのか?」
「優しくしようと思ってますよ、だから早く辞退した方が良いと言っているんです」
「そいつは余計な気遣いだな」
「命はいらねえって事だな?」



三蔵の手が懐に差し入れられる。
其処にあるのは、小銃だ。



「あ、お前それナシな」
「ああ?」
「貴様一人で武器所有はズルだな」
「真剣勝負にズルも何もあるか」
「あ、じゃあいいんですね? なんでもアリって事で」



妨害、同盟、裏切り、なんでもアリ。
恋に撃たれた男達の思考回路の、なんと愚かな事か。



「じゃあもう出し抜きだのなんだの、文句はないんだな?」
「それは貴方も同じですよ、悟浄」



にっこりと完璧な笑みを浮かべる八戒に、悟浄もこの時ばかりはニヤリと嗤う。
三蔵の手は懐に入ったまま、紅咳児は眼光鋭く3人を睨む。


このメンバーを相手に正攻法で勝つ気なんて更々ない。
ただでさえクセの強い人間ばかりなのだから、少しでも臆したり躊躇ったりすれば負け。

紅咳児はこの時、自分の事を考えずにいたが、彼も十分アクの強い人物である。
これだけクセの強いメンバーに囲まれて平然としていられるのだから、その強さたるや他者の比ではないのだ。
こういう事態で自分のアクの強さを計算しないのは、誰であっても同じことだ。
目の前の強敵を打ち倒す事しか、頭の中には残っていないのだから。


気持ち良く晴れ渡った空の下、屋上の一角だけに嵐が吹き荒れている。









しかし其処に吹き込む、夏の暑さを忘れさせる、爽やかな風が一陣。








「んー………ふぁ……」







起き上がった少年に、取り巻く4人の動きがピタリと止まる。


眠気を残す頭を持ち上げ、悟空は人差し指で目元を擦る。
その仕種の幼さに、その場にいた誰もが釘付けになった。

無遠慮な視線など気付くこともなく、悟空はぐっと背筋を伸ばし、もう一つ大きな欠伸をする。



「あふぅ………」



その場に座ったまま、がしがしと悟空は荒っぽく大地色の髪を掻く。
少年らしいその動作を、一同はただ無言で見つめていた。


寝起きに太陽の光がきついのか、目を細めて天を仰ぐ。
廂を作る指の隙間から、太陽よりも眩しい金色が煌めいていた。

もう一度目を擦って、悟空はそこでようやく周りが自分を見ていることに気付く。



「……おはよ」



時刻は正午を過ぎているが、寝起きの言葉としては正しいのだろうか。



「ああ」
「おう、おはよ」
「おはようございます」
「相変わらずよく寝る奴だな」



先から紅咳児、悟浄、八戒、三蔵。
数秒前の剣呑さは何処へやら、見事なスイッチの切り替えだった。

各々の性格の見える返事に、悟空は嬉しそうに笑う。



「なあ、今何時? 授業まだ?」



今時珍しく、悟空は携帯電話も持っていないし、小洒落た腕時計も持っていない。
携帯は直ぐに落としたり忘れたりして失くすから、腕時計は遊んでいる間にぶつけて壊してしまうからだ。

クラスが同じだからか、いつの間にか時間管理は紅咳児の役目になっていた。



「あと10分はあるな」
「んー……だったらあと5分寝てりゃ良かったかも」
「寝すぎると目玉が溶けちゃいますよ」
「うえっ、マジで!?」



八戒の言葉に悟空は大袈裟に反応する。
同じ会話を一週間前にもしたと紅咳児は覚えていたが、言わなかった。
素直な反応を見るのは、何度でも微笑ましいものである。



「あ、三蔵と悟浄、煙草吸ってる」
「なんだ今更」
「別に。見つけたから言っただけ」



堂々と喫煙する二人を、悟空も非難した事はない。
時々煙を吹き掛けられるのは流石に怒るが、そうでなければ気にしていない。
父親は嫌煙家らしいが、その友人にまたヘビースモーカーがいるので、悟空自身は特に気にならないようだった。

寧ろ偶には好奇心を擽られるようで、二人に煙草を強請る事がある。
一息吸い込んだだけで盛大に咽返るのが通例だ。


悟空がもう一度、広い屋上の真ん中でころんと寝転んだ。



「また寝るのか?」



紅咳児が尋ねると、悟空は首を小さく横に振る。




「こうしてると、皆の顔がいっぺんに見えるんだ」




悟空を中心に、綺麗な四方形を描いて座っているから、それは当然だ。
起き上がると顔を背ける半分は見えないが、寝転がっていれば視界の端に皆が映っている。


空が見えて、クラスメイトと先輩達とが見えて、悟空は嬉しいらしい。
くすくす笑う悟空に、紅咳児も小さく笑みを漏らした。








「やっぱり、皆一緒がいいや」








でも、それだけはちょっと。


─────とは言えないのが、惚れた弱みというものだろうか。















恋に嵌った男達の愚かな戦いは、まだまだ続いていく模様。





































可愛いあの子は天使な小悪魔




天使の羽と、悪魔な尻尾




いつまで経っても振り回されて













君の笑う顔が好きだから





二の足踏んで、君の笑顔がいつか独占できる日を夢見てる
































FIN.




後書き