はなふぶき





不器用な上に、長く集中力が続かない悟空である。
手を貸そうとする八戒に断りを入れるのも、直にギブアップして泣き付くだろうと誰もが思っていた。

同じ作業を繰り返すだけだと言うのに、中々上手くは行かないらしく、何度かやけくそ気味の声が響いた。
その都度、ジープが宥めるように頬を舐めて、その間悟空は頬を膨らませてぐちゃぐちゃに絡まった花々を見た。
なんでちゃんと出来ないんだろ、と呟いて、指先で花をくるくる廻して遊びながら。


しかし、意外や意外、悟空は奮闘した。


三蔵の煙草が三本目を終える頃。
此処まで来る際に疲労した体を休ませる為、昼寝をしていた悟浄が目覚めた頃。
のんびりと森林浴に身を委ねていた八戒が、そう言えばあの子達はどうしただろう、と思う頃。

大人達が見た子供の姿は、その以前に見たものと同じもの。
一所懸命に不器用な手元で、花の蔓を編んでいた。



広い花畑の真ん中で、悟空がじっとしている。
それが先ず不思議な光景に見える。


基本的に、悟空はじっとしている事が苦手だ。
加えて、細かい作業も、同じ事を繰り返す作業も得意ではない。

近くをじっと睨んで疲れた目を何度も擦っている。
そんな風になるまで、今の作業を続けている事が、常を思えば奇跡に近い。
そう言えばお決まり文句も今日はまだ聞いていないような気がした。



空でトンビが鳴いた。
高い音が澄んだ空に響き渡り、遠くまで広がっていく。
そのトンビは、くるくると悟空の頭上で円を描いていた。

鳥の影が自分の周囲を何度も回転するのに気付いて、悟空は空を見上げた。
もう一度トンビが鳴いて、悟空がひらひらと手を振る。

トンビは満足そうにもう一声鳴いて、ふわりと風に乗って飛び去った。


それを切欠にしたように、悟空が立ち上がる。





「でーきたっ」





両の手首に一つずつ、両手で一つ、合計三つの花冠。
嬉しそうに笑って宣言する悟空に、ジープも嬉しそうに鳴いた。


花冠を持って、悟空はくつろいでいた三人に駆け寄る。




「見て見て、出来た!」
「ああ、上手に出来ましたね。凄いですよ、悟空」




八戒の言葉にほんのり頬を染めて、悟空は照れ臭そうに頷いた。
自分でも上々の出来だと思っているらしい。


奮闘し始めて最初の時は、何度やっても絡まったり、奇妙な形になったり。
何処をどうしたらそうなってしまうんだと、逆に聞いてみたいくらいだった。

それが今は綺麗な曲線を描き、花弁はバランス良く飾られ冠に色を添えている。




「じゃ、これ八戒の」
「え?」




悟空の言葉を聞き返すよりも早く、花冠が八戒の頭に乗せられた。
一瞬、何が起きたのか判らずに、八戒は瞠目する。

その間に悟空は悟浄へと駆け寄って、




「これ悟浄の!」
「んぁ? ……って、おい猿」




悟浄の頭にも花冠を乗せると、悟浄が呼び止めるのも聞かずに次へ。




「はい、三蔵!」




要らない、と三蔵が口を開こうとした時には既に遅かった。
金糸に最後の一つを乗せて、悟空は満足そうに傍らにしゃがんで笑っている。
その肩の上で、ジープも嬉しそうに尻尾を振っていた。


三蔵は眉間に皺を寄せて、頭に乗せられた花冠に手を触れた。
正直言って邪魔なだけなのだが、取り払うのは中々容易な事ではない。
少なくとも、この子供が目の前で此方を眺めている間は。

悟浄と八戒もどうしたものかと持て余し気味であったが、退かせるような事はしなかった。


退かせる訳にも、かと言ってこのままにしておくのも珍妙な風景で。
三蔵は一つ溜息を吐いた。




「……ったく、何がしたいんだ、お前は」




問う形の言葉に、悟空は少し考えるように頬を掻いてから答える。




「お疲れ様のごほーび、みたいな。あと、ありがとうのお礼」
「お礼、ですか?」




後ろから訊ねる八戒に肩越しに振り返って、悟空は頷いた。




「八戒、いっつも美味いモン食わせてくれるから、ありがとうのお礼」
「俺は?」
「悟浄はオマケ。ついで」
「ンだと、このチビ猿!」




憤慨して立ち上がる悟浄に、悟空の反応は早かった。

ぱっと立ち上がって地面を蹴ると、花畑に向かって走り出す。
当然、悟浄はそれを追った。


その時の悟空の楽しそうな表情に、八戒は成る程、と納得する。
勿論悟空から悟浄への感謝は漏れる事なくある訳で、でもそれを正直に言うような相手ではない。

遊んでくれてありがとう─────と。
言われなくても悟浄も感じ取ってはいるだろうが、彼自身、それを認めるのは気恥ずかしいだろう。
それでも、捕まえた悟空にヘッドロックする悟浄は事の外嬉しそうにも見えた。




「…僕らの方こそ、お礼しなきゃいけないと思うんですけどね。そう思いません?」
「……俺に振るな」




じゃれあう二人と一匹を見ながら呟く八戒に、三蔵は眉間に皺を寄せた。
なんだって俺がバカ猿に、と吐き出した紫煙が言葉の代わりに語るように揺れる。


悟浄に引っ張られて、悟空が戻ってくる。

何が楽しいのか大人達には判らないが、悟空は終始笑っていた。
腕を引っ張る悟浄の背中に突進したり、飛び乗ったり。
悟浄はそれに文句を言いながらも、結局は悟空の好きなようにさせていた。


花畑の中で転んだのか、大地色の髪には小さな花弁が幾つも散っていた。




「冗談なのにさ。マジで追っ駆ける事ねえじゃん」
「お前が逃げるからだろーが」
「追われたら逃げるに決まってんじゃん」
「だから追っ駆けるんじゃねえか」




背中にくっつく子供と、意味のない会話。
それでも悟空は構って貰えるのが嬉しいらしい。


悟空が悟浄の背中から降りたのは、二人の傍に戻って来てからだった。

地面に降りた悟空を、早速八戒が呼ぶ。




「悟空、いらっしゃい」
「うん」




呼ばれた悟空は素直に近付いて、八戒の前にぺたんと座った。


癖っ毛に絡まった花弁を、一つ一つ丁寧に取り除いてやる。
悟空はその間大人しくしていて、足元に咲いていた花に意識を奪われていた。
手を伸ばして茎をつついてみたり、花に顔を近付けたジープがくしゃみをするのを笑って見ていた。

長い後ろ髪にくっついた花弁も、綺麗に取り除く。
黄色に白、時々青、たまに草の緑も絡まっていた。



丁寧に、引っ張ったりしないように、丁寧に髪を梳く八戒の手。
それが心地良くて、悟空は知らず知らず睡魔に誘われていた。

それをジープが覗き込んで、「もうちょっと起きていようよ」と言うように顔を舐めた。


ジープとまだまだ遊びたいけれど、本当に眠い。
三蔵はもう煙草を吸っていなかったけれど、残り香が漂ってきて、それが悟空に安心感を与えた。
それが花の香りと喧嘩をしないから、不思議だと思う。




「はい、悟空」
「…とれた?」




とろりとしていた目を擦って問うと、八戒が頷いた。

欠伸を一つ漏らして、悟空はその場から動こうとする。
が、八戒に方を抑えられて、それは叶わなかった。




「八戒?」




どうかした? と首を傾げる悟空に、八戒は答えない。
答えない代わりに、悟空の大地色の髪に一つ花を挿した。

悟空の手が自分の頭に触れて、しばし彷徨う。
何かが其処にあるのは判っているが、何があるのかが判らない。
悟空はしばらく手で何かを探ろうとしていたが、結局判らず、きょとんとした目で八戒を見上げた。




「花ですよ。お礼です」
「…花冠の?」
「まあ、そんな所ですね」




他にも色々あるのだけれど────言っても悟空はまた首を傾げるだけだろう。
だから八戒は、曖昧にぼかすように答えて頷いた。




「お礼のお礼?」
「ええ」
「変なの」




言いながら、悟空は照れ臭そうに笑う。
似合ってますよと囁けば、また嬉しそうに頬を染めた。

それを見ていた悟浄も、悟空を呼ぶ。




「おい悟空、ちょっとこっち来い」
「何?」




今度は八戒に制される事なく、立ち上がる。

とことこ歩いて行けば、此処に座れと悟浄が自分の前を指差した。
首を傾げつつ、言われた通りにしゃがむ。


ふっと視界に影が差して、それが悟浄の腕である事に気付いて。




「どうせなら、こういう事はキレイなお姉ちゃんにしてやりたいんだけどな」




もう一つ、大地色の中に花が咲く。

自分の頭だから、悟空にはなんの、どんな色の花が咲いているのか見えない。
でも抜き取ってしまうのは勿体無くて、判らなくてもいいか、と思う。
どんな花でも、綺麗な色をしているのだから。


肩に乗っているジープに似合う? と聞いてみれば、答えるように明るい鳴き声。
ふと、ジープに作ってやっていない事に気付いて、後で首飾りを作ってあげる事にする。
ジープの体の色は白だから、同じ白よりは鮮やかに見えるだろう、黄色の花で。

今すぐ作ってあげれば良いのだろうけれど、やっぱり疲れている。
それに、眠気もあって。




「………悟空」




今度の呼ぶ声は三蔵だった。

振り返れば紫闇が此方を向いていて、言葉なくてもそれで判る。
悟空は保護者へと駆け寄った。


隣にしゃがんで、何? と問い掛けようとして────それよりも先に。




「わっ?」




急に引っ張られて、悟空は抵抗もなく倒れ込んだ。
三蔵の膝の上に。

ジープが驚いてひっくり返った声を上げたのが聞こえた。


一瞬何が起きたのか判らずに目を白黒させていたら、頭に手が落ちてきた。
撫でるように、ただ触れているだけのようにも思える、そんな温もりを持って。





「寝てろ」





簡潔な一言だけを告げると、三蔵はもう何も言わなかった。

どうやら、眠い事はとっくにバレていたらしい。


頭の花飾りを潰してしまわないように、ごそごそと暫くの間体勢を模索する。
三蔵の膝に頬を押し付ける形を取ると、頭は上を向いて、花を潰す心配はなくなった。
…寝相にてんで自信がないものだから、寝落ちてしまったらどうなるか判らないが。

ジープは地面の上に降りていて、長い大地色の髪が眠りの邪魔にならないように、咥えて綺麗に後ろへと流していた。
一頻り終えると、ひょいっと顔を覗き込んできて、おやすみなさいの挨拶のように軽く頬を舐めた。


その間も、三蔵の手は離れる事はなく。

最近仕事詰めだった三蔵に、こうして触れられる事が随分久しぶりのような気がして。
だから今日は優しいのかなと思う。



見上げた金糸に、花が綺麗に装飾している。
似合うと言ったらこの人は怒るだろうか。




(だって、キレイ)




三蔵の金糸だけじゃない。
悟浄の紅にも、八戒の黒髪にも。

本人たちは否定するだろうけど、結構似合っている───悟空はそう思う。


横になって花畑の方を見れば、いつもと違う視点で違う世界が見える。
さっきまで駆け回っていた花畑が空から降りてくるように横半分を占めている。




キレイなものは、世界にこんなに沢山溢れている。












眠りの世界へ誘われながら、夢でも今と同じ景色が見れたらいいと思う。








































世界は光で溢れてる

世界は色で溢れてる




世界はきれいなもので溢れてる






キミの世界で溢れてる











キミの光で、この世界はきれいなもので一杯になってる






















FIN.




後書き