BELOVED





「ドジ」




宿屋に着いて、しばらくの沈黙を終えてからの、第一声。
それが今日の同室である、悟浄からのものというのは明白で。
悟空はぷくっと頬を膨らませた。

──その少年の腕には、包帯。
一目見たところでは、連日の強行軍にやられたのかと思うほど、しっかりと巻かれている。
だがその実、これはただの保護者達の過保護の所為。
悟空や悟浄は、別に大したことはないと思っている。


それでも悟浄の口から突いて出てきた、罵倒。




「バカだよな。お前は」
「うるさいなっ!!」




牙をむいて反抗する。


いつもの癖で右腕を振り上げようとして、動きを止めた。
悟空の顔が痛みで歪む。


今朝、この町に辿り付き、宿を取った。

部屋割りを決める時、悟空は三蔵と一緒になりたいと言った。
結局今後のルート決めの為、それは却下されてしまう。


ふてくされる悟空を見て、八戒が見兼ねた。





「お菓子作ってあげますから、今日は我慢してください。すいませんね」




と、対悟空専用の優しい笑顔で告げて。
あっさり食べ物につられて、しぶしぶながらも了承した。

俺の意見は聞かないんだなと悟浄は思ったが。
……今更では無いので、黙っておいた。



それから約束通り菓子を作っている最中、悟空が手伝うと言い出して。
焼き菓子を作っていた八戒は、火傷するかも知れないと断った。
しかし、悟空も聞かなくて。

強引に手伝う事を押し切って、八戒の隣にいた。
八戒も悟空の不器用さは判っていた為、火を使わせることはしないで。

だが何をどうドジったのか。
多分、油が跳ねてしまったんだと悟浄は思う。

飛び散った油が、悟空の腕にかかったのだ。
赤みを帯びたその箇所は、軽い火傷になっていて。
そんな大層に心配するものでもないのだが。
過保護な保護者と保父は、オーバーなほど治療を行った。



その事に、悟浄は別に不満は無かった。
自分だって心配だったのだ。
久しぶりにビールを煽りながら寛いでいたら、キッチンから悟空の短い叫びがあった。
八戒に聞いてみれば、火傷したらしいと。

直接見て、大したものではないと判った。
だが心配していなかった訳ではない。
保護者達ほど慌てなかったものの、驚いたのは事実。

悟空が料理を手伝うと言い出した時点で、何かしらドジをするとは判っていたが。




先刻の悟浄の台詞に、悟空はぷぅっと頬を膨らませる。





「……ドジじゃねぇもん」
「何処がだよ」




悟空の漏らした呟きに、悟浄は呆れながら言った。





「…ドジじゃないもん」




同じ言葉を繰り返す。


ちらりと悟空の腕に目をやると、しっかりと巻かれた包帯が視界に映る。
明らかにうざったそうである。





「傷、見せてみろ」




ぶっきらぼうにそう言えば、悟空は大人しく腕を差し出す。
慣れた手付きで包帯を解くと、熱による腫れは既に無かった。
保護者二人の適切な処置のお陰か。





「痛くねぇよな?」
「うん。もう平気」




幼さの残る喋り方。
本当に18歳なのかと疑問を憶えずにはいられない。
それにくっと笑う。





「じゃぁコレでもか?」
「え……うひゃ?!」




悟空が素っ頓狂な声を張り上げた。





「ごっ、ごじょおっ!!」
「痛くねぇ?」
「痛くない、痛くないけどっ!!」




悟空の顔は既に真っ赤になっている。
その反応が面白くて、悟浄はますます調子に乗ってしまう。

悟空の火傷痕を、悟浄は丹精に舐めていた。
その滑った舌の感触に、悟空は震える。

(おもしれぇ)



それでも幾分もすれば、震えることは無くなる。
代わりに、くすぐったいとクスクス笑い出した。
じゃれあっているのと変わらないなと悟浄は思う。

ちらりと腕から視線を上げると、悟空の無邪気な笑顔が其処にある。





「くすぐったいって、悟浄」
「なんだよ、いーじゃん」
「良くない」




言いながらも口調は二人とも楽しそうで。
軽く、真紅の髪を引っ張られた。





「いてぇよ」
「いいじゃん」
「…良くない」




違う立場で、同じ遣り取り。

する、と悟浄の手が悟空の背中に回された。
それでも悟空は警戒心の欠片も抱かない。

未だに悟浄の舌は、少年の細い腕を舐めている。





「あー、唾でべとついてる」
「今更言うかよ」




小さな躯を抱き寄せれば、すっぽりと腕の中に入ってしまう。
小さな折の中に、無邪気な小鳥を捕まえる。



腕から顔を離すと、今度は悟空の首元に顔を埋める。





「悟浄、くすぐったいったら」




甘えられているようで嬉しいのかも知れない。
普段、悟空は甘える側だ。
滅多にないことで、ただ悟浄の行動を甘受している。

ちゅ、と首の付け根に吸い付いた。
ぴくん、と悟空の躯が反応を返す。

素直な奴、そう思う。





「イイか?」




耳元でそう囁いた。
その言葉に金瞳を正面から捕らえれば、真っ赤になっていて。
首元についた紅い華に、悟浄は気をよくする。


悟空は少し身動ぎをして、悟浄の頬に口付ける。
触れるだけのコドモのキスに、悟浄はまた笑ってしまう。
こういう、純粋な所に何処までも惹かれてしまう。

頬に残ったほのかな温もり。

悟浄はお返しとばかりに、悟空の唇と自分のソレを合わせた。
悟空のようにコドモのような触れ合いじゃない。
何もかも奪うように──でも、優しいキス。





「んっ……んぅ…」




息苦しさからか、漏れる声。
解放してやれば酸素を取り込もうと必死になっている。





「……気持ちいいか?」
「……ふわふわする…」




いつまでもオトナのキスに慣れてこない。
悟浄の深いキスに、最初の頃はそれだけで気を失うこともあった。
今は、そんな事はない。

それでも。





「……天国見えそ?」
「…かもしんない…」
「……オコサマ」
「うるさいやい」




ぷぅっと膨れる。

そんなコドモのような、けれど本当は既にオトナで。


深く深く───口付けて。
名残惜しそうに、唇が離れる。

笑うソレは、一体何に対してだろう。


それでも、悟浄のこんな表情は好きだった。

好きでいていいと、好きでいて欲しいと。


好きでいていいから。





「もっと、上にイこうぜ」




愛撫は、優しい。
いつもより、ずっと。
全部委ねていいから。
それでも、じゃれあっているようで、時折お互いに笑う。





「お前な、笑うなよ」
「なんで?」
「だってよ、俺は真剣にやってんだぜ?」
「だってぇ」




クスクスと笑う事を止めない悟空に、悟浄も半ば呆れるように笑い出す。





「んっ…ふにゅっ」
「ドーブツだぜ、お前」




胸の突起を撫でれば、僅かに漏れる喘ぎ。
それでも悟空は笑う。





「笑う暇もなくしてやる」
「何ムキになってんの?」
「いいから黙ってろって。ほら、笑うな」




悟空を抱き上げて、膝の上に正面向で乗せた。
悟空の視界が、鮮やかな緋色に染まる。

優しいキス。
悟空は抵抗などしない。
ただそれを甘受し、悟浄の首に腕を絡ませた。

悟浄の手が、形のいい少年の尻を撫でる。
キスから解放されて。





「……えろがっぱ」
「そりゃどおも」




顔を真っ赤にして、嫌そうな顔を一つもしていない。


胸の突起を丹精に舐め、吸い付ける。
小さく跳ねる躯に、悟浄は苛めたい、などと思ってしまう。





「……恥ずかしい?」
「……ぅん…」




悟浄の問いに、悟空は小さな声で答えた。
それがますます可愛く思えて。





「その恥ずかしいってのも、すぐになくなるって」




悟浄はなれた手付きで、手際よく悟空の服をひん剥いた。
少し悟空の体勢を変えて、悟浄は自分の跨がせる。
細い躯を抱き寄せる。
膝立ちのような格好になっている悟空の顔は、ベッドに胡座をかいている悟浄より、ほんの少しだけ上にある。





「……なんだよぅ」




じっと見上げてくる悟浄に、悟空は拗ねたように。
けれどそれは、羞恥からきているもの。





「カワイーなって」
「あっ……ご、じょ……っ」




身体を密着させて、左手で悟空を押さえ込んで。
右手で胸の突起を刺激する。





「や、あん……」
「おいおい、髪引っ張んなって」
「だってぇ……あっう…」




悟浄の手が小さな躯の上を、生き物のように動き回る。
柔らかい刺激を与えられながら、悟空はもどかしそうで。





「ご…じょぉ……」




何か言おうとした唇を、キスで塞いでしまう。





「いいから全部俺に任せろって」
「だってぇ…ごじょ、は…イジワルばっかだもん……」




すっかり子供帰りして見える。
じっと強請るようなその視線に、悟浄は弱い。
潤んだ熱っぽい瞳で見られたら、我慢なんか利かない。


──イジメたくなるよなぁ。

悟浄を見下ろす金瞳に、そんなことを考えてしまう。

胸に刺激を与えて、太腿を撫で上げる。
それでも。


肝心な場所に触れてくれない悟浄に、悟空は焦れてしまっていて。





「もぉ……さわってよぉ……」




煽る言葉を、紡ぐ。





「あっ、あうっ、んはっ……」




くぷっぴちゃっという音が部屋の中に響く。
悟空の口からは嬌声しか漏れてこない。
そして秘部は、既に愛液が絶え間なく流れていた。





「もーこんななってんぜ?」
「んぅ……うぁ…っは…」
「ちょっと膝立たせてみ」




にやり、とした笑みを浮かべながら悟浄は告げる。
悟空は言われる通り、震えながら膝立ちする。

その脚の間に、悟浄の顔が入り込んで。

ぴちゃり。

悟浄の舌が、悟空の秘所を舐め取った。
悟空の腰をしっかりと掴んで、顔だけをそこに近付けて。
悟浄に間近で見られていると感じたのか、悟空は顔を真っ赤にした。





「やっ…だぁ……」




どうにか悟浄を引き剥がそうとしても、力は空回りする。
戦闘時の力は何処へ行くのか。
そう悟浄は思った。





「気持ちよくしてやるからさ」
「やぁんっ…あ、はっ……しゃべんな…でぇ……」
「なんで? いーじゃん」




悟浄の吐息が、直接悟空の秘部にかかる。
それすらも悟空には快感になってしまう。





「だめ…なのぉ……」




そんな声も、悟浄は聞かない。

舌先を尖らせて、埋め込ませた。
ヒクッと悟空の躯が跳ねて。





「ごじょ…あ、あっ! だ、だめぇ…っ……!!」
「我儘言うなって」
「ちが…あぅうっ!」




悟浄が言葉を発するたびに、埋め込まれた舌が動いて。





「やぁっ…あ、あはっ……」




悟空はただ声を上げる。
悟浄の髪を引っ張ったり、肩を強く掴んだり。
そんなものは抵抗のうちにも入らなくて。





「やだっ、やぁ…あっあっ、あんっ」




イキモノのように動く、悟浄の舌。
ぬめりとした感触に肉壁を刺激される。

ぴちゃぴちゃと鳴る音すら、悟空には羞恥で。





「───腕、貸せ」




ようやく悟空の秘所から舌を抜いて。
今度は、悟浄は悟空の腕を引っ張った。





「なに…するのぉ……?」




火傷の痕は、もうほとんど無かった。
あった場所を舐める。
ひくりと悟空の躯が震えるのが判った。

その腕を、悟空自身の下肢へと持っていく。
快楽と熱に浮かされた悟空は、放心状態で。
そんな少年の秘所に、悟空自身の指を埋め込ませた。





「や、はっ……!」




その腕を、悟浄は舐める。





「なに……っご…じょ……!」
「ほら、動かせよ」
「やっあ! や、やぁっ」




どれだけ声をあげても、悟浄はお構いなしだ。





「やだっ…やだぁ……ごじょぉがしてぇ……」




悟空の手の上に添えられた、悟浄の大きな手。
戯れとばかりに、悟空の指を押して。
抜き差しを繰り返す。





「はっ…やだぁ……やっ…イジワルぅ……」
「おめーがそういう顔してっからだよ」




悟空の秘所から流れる愛液は、二人の掌を流れていく。
雫となって落ちた液が、ベッドのシーツに染みを作る。





「ごじょぉがしてぇ……」
「我慢できねーのな、お前」




面白そうに呟いた。
必死になって強請る悟空に、もう折れてもいいだろうと。





「ごじょおのが、イイ」




すがりつく悟空の大地色の髪を、優しく撫でる。
繋がり合ったままでお互いを求め合って、抱きついて。
キスを強請ってくるその姿が、悟浄にはたまらなく愛しかった。



───いつだったかは、自分が生きている事すら否定した。

『俺がいなければ、母さんは泣かなかった』

初めて愛した女性に、愛を貰った記憶は無い。
暗い暗い部屋の中で、ただ愛されたいとだけ願ったけれど。
結局、最後まで愛される事は無かった。

……それでも。

……それでも良かった。
傍に置いてくれる事が、一つの幸せだった。

道端に捨てられたって可笑しくなかったのに。


昔の事を忘れた訳じゃない。
ただこうやって、無二の存在と求め合っている時だけは。
その事は、頭の中から追いやられて。

………今でも、母のことは愛している。
最初に愛した女性だから。

───けれど、もう違う。





「んっ……あ…はっ……」
「……いちばん上まで、イけそうか?」
「……ごじょ…と、一緒じゃなきゃ……や…」
「……あんま煽るなよ」




今愛しいのは、腕の中ですがりつく小さな身体の少年。
この無邪気な存在に、きっと出逢った瞬間に囚われた。





「はっ…はふっ……あっ……」




震える身体を抱き締めてやる。
いつだったかは、誰も手に掴む事は出来ないと思った。

禁忌の子に、温もりは不要だと。
血の色を持っている限り、きっと何をやっても駄目なんだと。
誰かを、不幸にして、泣かせるだけなんだと。





「んぁっ…あっ…い、イクぅ……っ」
「もーちょっと待てって」
「ムリぃ……っあ…」




でも、今は違う。
この無邪気な存在に、何もかも救われた。

出逢った時から、いつも何か楽しそうにしていて。
けれどふとした瞬間、その綺麗な金瞳は翳る。

保護者に無邪気についていって、保父に懐いて。
……禁忌の子の自分に、笑いかけてくれた。





「やぁ……も…だめぇ……」
「……いいぜ…イけよ」




その笑顔に、何もかも。
浚われていったんだと。


















『なーんだ、やっぱり冷たいや』



生まれて初めて愛したヒトは、血の色だと言った。

だから、じゃないけど、俺もそうとしか思わなかった。

だけど。





『燃えてるみたいに真っ赤だから
熱いのかと思った』





なぁ、あんたは恨むかな?


あんたを不幸にしておいて

一人幸せになっちまった俺の事


















意識を飛ばした悟空を寝かせて、一人で紫煙を吹かしていた。
保護者に見つかったら大目玉だなと思いながら、見せ付けてやろうか、などと思っていて。
そんなことしたら、きっと相当な殺意が向けられるだろう。

(おっかねーこと考えたな、俺……)

まだ命は惜しい、と思いながら。





「……ん……」




もぞ、と傍らの存在が身動ぎした。
ちらりと見やれば、うっすらと意識を覚醒させている。
煙草を灰皿に押し付けて、悟空の大地色の髪を撫でてやる。





「まだ朝方だぜ……寝てろよ」
「………ん…」




すぐに、寝息は聞こえてきた。



………昔は、いつ死んだって良かった。


今だって、死ぬ事を怖いとは思っていない。
いちいち脅えていたら、生きていけないからだ。
死と隣りあわせで入る限り、気を抜けばそれで終わりなのだから。



昔は、死んだって良かった。





「今はまだ……死にたくねぇな」




そう思うようになったのは、今傍らで眠るソレの所為。
誰かが傷付けば、自分の事のように泣き出すから。
そんな悟空を置いて、自分達が逝ってしまったら、どんな顔をするんだろう。





「今までにない声で泣きまくるんだろうな」




──女の涙は苦手。

それ以上に、この子供の涙は嫌いだから。
















なぁ、あんたは怒るかな?



あんたを不幸にして、挙句死なせちまったこの俺は、こんなにでかくなっちまった。
勝手に生きて、勝手に大事なもん作っちまった。




なぁ、あんたは怒るかな?



今じゃあんたより、このガキの方が大事だって言ったら───




FIN.


後書。

書き終えてから、ものすごく甘々なのに気付きました……
三空焔空で書けてない甘々を、浄空で書きましたι

悟浄はお兄ちゃんなんです。
だからほのぼの(言い訳)