back alley puppy T







何処かで泣き続ける仔犬を見た


あれはきっと、自分なのだと思った




───彼に捨てられた日の、自分なのだと

























雨の音が煩い。
そう思ったのは、今日が初めてではない。

でも悟空は、雨が嫌いじゃなかった。
三蔵や八戒の表情がなくなるから、苦手ではあったけど。
嫌いと言えるものではなかった。

きっと悟浄まで表情を無くしていたら。
ずっと昔に、嫌いになっていただろうけど。





「ほら、次お前の番だぞ」




カードを手に、悟浄が告げた。


雨音に注がれていた意識は、そこで現実に帰る。
こうやって悟浄が一人、相手をしてくれる。
だから雨を嫌いにならないで済む。

傍らではジープが身体を丸めて眠っていた。



気分が憂鬱にならないと言えば嘘になる。

悟浄だっていつも以上に、煙草を吸う量が多い。
換気のために薄く開けた窓から、冷たい風が入る。
寒くて締めたいけど、そうすると煙たくなるから。




カード勝負の結果は慣れたもので。
それでも、鬱々とした空気の中にいるよりいい。

けれど、飽きる心は否めない。





「……外行くか?」




悟浄の言葉に、悟空は窓向こうを見る。
ずっと降り続く雨は、今はまだ弱い方で。
雫は多いけど、それ程大きさはなかった。


部屋の中で、蟲になってるよりはいい。






なんだか誰かのすぐ傍にいたかった。
誰かの温もりを感じていたかった。







悟浄が歩く直ぐ隣で。
悟空は濡れないようにと、傘からはみ出ないよう気を付ける。
雨に打たれたからといって、すぐ体調を崩す事はない。

それでも、いつも八戒が心配するから。
その時、常以上に、不安げな顔をするから。

そんな顔を見たくなくて、極力濡れないように。
悟浄もそれが判るのか、離れないようにしていた。





「寒くねぇか?」




悟浄の言葉に、小さく頷く。
意外と彼は優しいのだ。





「……悟浄は?」
「俺はなんともねぇよ」




それ位の会話しか浮かんでこなかった。



外に出たいと思った理由は。

ただ、部屋の中でじっとしていたくなかった。
ジメジメとした湿気に塗れていたくなかった。
ただそれだけ。

遊びたかった訳じゃない。
旅に出る前なら、遊びたがっただろうけど。





「何処行くよ?」
「…んな事聞かれても…」
「……だよなぁ」




決めないで出て来たから。
遊ぶようなつもりもなくて。
ふらふらと二人で出て来てしまっただけ。





「よく考えたら、金持ってねーわ」
「じゃ何処も行けないじゃん」
「そうなんだよなー」
「…どーすんだよぉ」




くい、と悟空が悟浄の服袖を引っ張った。

ふと、悟空が振り返る。
悟浄もそれに習うよう、視線を動かした。





「……どうかしたか」




悟空が見ているのは、狭い路地の奥。
壁は埃やススで汚れていて。
ゴミが所々、道を隠している。

#その奥へと、悟空が歩き出した。
いぶかしみながらも、悟浄もそれについて行く。

何故そんな気分になったかは、悟浄も判らない。
取り敢えず、「雨だから」と片付けて。




奥へと進むたび、聞こえてくる鳴き声。
それが犬の鳴き声だと、悟浄は大分経ってから気付く。

聞き取れるか否かのか細い声。
この声を、悟空はずっと後ろで聞いていたのだ。


動物だな、と思う。


それでも。
次の瞬間見た、子供の顔に。




ゴミの隙間に見えた、仔犬。
雨に濡れて、泥で汚れて。
悪い言い方になるが、みずぼらしい、というもので。





「……一人ぼっち?」




そんな仔犬に、悟空は声をかける。

淋しそうに、痛みを受け取るように。
孤独を知っているから。



仔犬は尚も鳴き続ける。
誰かを呼ぶように、誰かを求めるように。


そんな仔犬の鳴き声に。
悟浄は目の前の少年を見た。

(……似てんなぁ……)

声には出さず、思った。
声に出す事は、許されないと思った。

悟空の手が伸ばされる。
仔犬は小さな牙を見せ、唸っていた。
明らかに警戒している。





「…おい、よせ───」




ウゥゥ………



既に遅かった。

悟空の手に、仔犬の牙が食い込んで。
そこから鮮血が流れ落ちる。





「バカ…警戒してんの位、判るだろ」
「………うん……」




それでも、悟空は仔犬を引き剥がそうとしないで。
そのまま抱き上げてやって。
濡れないようにと、包み込む。





「でも、あんまり痛くないんだよ」




弱弱しく唸る子犬を見つめながら。
その金色は、翳りが差し込んでいた。

仔犬が、牙を緩める。

いや……子犬の身体から、力が抜けていた。
あれほど警戒の色を見せいていた瞳は、閉じていて。

魂一つ抜けて。
もう冷たいのも、痛いのも感じないだろう。
代わりに、悟空の掌から、鮮血が流れ落ちる。

それすらも残酷に、雨は流して行った。


仔犬がどうなったのか判らない程、悟空も子供ではなく。
けれど、仔犬の身体を離そうとはしない。





「……痛くなかったんだよ……」




ぎゅ、と仔犬の身体を抱き締める。
身動ぎ一つしないで、仔犬は大人しくて。





「…そっか………」




抱き締めてやりたかった。
けれど今、悟空はそれを望まないだろう。


───泣いている所なんて、見られたくないだろうから。






それでも。
このままにして置けなくて。

このままにしてしまえば、この子供は。
また一人で、傷付いていくだろうから。





「…どっか、埋めてやって帰るか……」




震える肩に手を置いて。
そっと顔を上げる悟空。
雨の所為で濡れて、涙と雨の雫が入り混じる。

けれどその表情は、子供の泣き顔で。



嗚咽を堪え、頑なに結ぶ唇に。
優しく口付ける。


傘が音を立てて、転がり落ちた。

それを気にする事もなく、口付けは徐々に深くなり。
悟空の身体の力が抜け初めて。
細い身体を、悟浄が片手で支えた。


悟空を壁に押さえつけて。
悟浄の手が、悟空の服の中へと侵入する。
拒まれなかった事を心の中で理由付け、悟浄は胸の突起に触れた。





「…っん……!」




唇を塞がれたままで、悟空は緩い批難を上げる。
それでも男の腕は止まらなくて。

腕の中の仔犬を落とさないように、と。


(……バカだよなぁ…こいつ)


そんな悟空を見ながら、思った。
誰より優しいこの子供を。

ようやく唇を解放する。
予想していた批難の声は、無かった。
代わりに仔犬を落としたくないと。

(こんな時に、そー言う事考えるか……)

思いながら、悟空の頭を撫でてやる。



ずるずると悟空が座り込む。
悟浄もその場にしゃがみ、悟空の同じ目線の高さで。





「ん…ぁ……」
「……ちゃんと犬抱えてろよ」
「……う……ん………」




顔を真っ赤にして、悟空は頷いた。


悟浄の手が胸元を探ると、僅かに身体が震える。
服をたくし上げると、薄く色付いた果実が目に止まる。

そこにゆっくりと舌を這わせた。


降りしきる雨は激しくなる。
でも悟空とその腕の中の存在に、雫が当たる事は無い。
だけど、悟浄は。





「ん…ご、じょ……」
「……あん?」




与えられる快感に身体を震わせながら。
悟空の視線は、悟浄の紅い髪に。
流れ落ちる雫が、どうしても気がかりで。

そんな悟空の瞳に。





「俺ぁジョーブなんだよ」




にっと笑って言ってやる。
ようやく金瞳が安堵の色を覗かせた。





「……もう喋ってる暇ねぇぞ」
「………えろがっぱ」




聴きなれた言葉。
けれどいつもの口調じゃなくて。



そこにいるのは、誰より優しい子供だった。




誰より優しくて。
誰より傷付きやすくて。

誰より子供で。
誰より大人で。



ズボンの上から、秘所に触れる。





「はっン……あ……」




びくん、と悟空の身体が跳ねる。
既に其処は立ち始めていて。
悟浄はその手を下着の中へと忍び込ませる。

泣きそうな顔で見下ろしてきたが。
羞恥の表情はあるものの、拒否はしない。


したくないのか、出来ないのか。
それは悟浄には判らないけれど。





「や、あ……んぅ……っは……」
「我慢すんじゃねーぞ」




耳元で小さく囁いた。
ほんの僅かだが、頷くのが見て取れた。

少しずつ、悟空の息が早くなる。
艶を含ませた声が、雨の音と連なり、消える。





「ご…や……ごじょぉ……」




限界が近くなっているのか。
悟空は片手だけで悟浄に縋りつく。
抱えたままの子犬は、放さないで。





「イっちまいな……」
「あ…ぅ……ふっ…」




震える悟空の身体を抱き締める。
その身体はやはり、自分よりずっと小さくて。





「あっ……あ、ぁあっ!……」




悟浄の掌に、白濁の液が零れる。





もう泣き出していても可笑しくない。
そんな表情で見上げられた。
何も言わないで、ただ抱き締める。





「そいつ、埋めてやってから帰るか」




悟空は緩く頷いた。





もっと言ってやりたい言葉はあった。
胸に顔を埋めるこの子供に、言ってやりたい言葉はあった。

誰より優しいこの子供に。
伝えたい言葉は、数知れなくて。


悟空が怖がるものが判るから。
何故それを怖がるのか、判っているつもりだから。

だから、本当は言ってやりたい。



言ってやりたい。
伝えたい。
きっと、この場にいない彼らも思う事だろうから。










仔犬を見下ろすお前に、言ってやりたかった言葉がある





誰もお前を捨てやしない

俺たちはお前を捨てやしない





こんなふうに、一人ぼっちで死なせやしない。







FIN.



後書


ソフトな感じの裏で。

うちの犬見てたら、急に思い立ちました。
既に三年飼ってる犬です。
なんで急に思いついたんだろう……

でも道路で跳ねられた犬とか猫とか。
何処か埋めてやりたいなぁと思うことも。
結局出来ずに、其処を通り過ぎる自分が情けないです。

あのまま晒されているのもなんか嫌で。
ゴミとして回収されるのも可哀想で。
でも何もしないで通り過ぎてる自分に、バカとか言ってる私です。


そんなのがこの話の誕生秘話。