back alley puppy U








狭い暗い路地にいた仔犬

いつかのオレが其処にいるみたいだった




……独りぼっちで泣き続けてる


























ずっと部屋に篭っていても仕方が無い。
八戒は重い身体を、半ば強引に起こした。


視界の端に窓が映り、その向こうの雨音が煩くて。
一瞬浮かび上がる幻を、頭を振って掻き消す。
いつまでも捕われている暇は無い。

…それでも、傷痕は容易なものでは無くて。



古傷が痛み出すのが判る。
けれど、こんな疵はなんともないんだと。

…あの子供が抱く、永遠に近い孤独を思えば。

誰かが傍にいないと、いつだって泣きそうな顔をする。
きっと、今だって。



あの子にそんな表情は似合わないのに。




白竜が不安げな表情を向けた。





「……大丈夫ですよ」




笑って答えてやる。
いつもの笑顔なのかは、判らないけれど。




きっと今は、悟浄が遊び相手をしている。
また何事か騒いで、空腹を訴えている頃だろう。

気晴らしも兼ねて、何か作ってあげよう。
悟空が好きな甘いものも、なんだって。
あの子供が笑ってくれるのなら。





「……すっかり依存しちゃってますねぇ」




こうやって優しくするのは。
悟空に笑って欲しいから。
本当は悟空が思うように、それほど優しい己ではないけれど。

あの子供が笑ってくれるのなら。
例え、この想いが届かないものだとしても。


宿屋のキッチンを借りる為、八戒は二階の部屋から一階へ降りる。


その時。





「───八戒」




不意の声に、八戒は振り返る。
其処に立っていたのは、悟浄と悟空で。





「ちょっ…びしょ濡れじゃないですか!」
「んー…ちょっくら外行ったもんだから」
「なんで傘差さなかったんです!? 別に貴方がどうなろうと僕は構いませんが、貴方の所為で悟空が体調崩すのは僕、許しませんからね!」
「さりげにヒッドーイ……」




こんな大雨の中を外に出たというのか。
確かに数十分前まで、雨の勢いはさほど酷くなかったけれど。
それでも、こんな雨の中を外に出るなんて。





「わりーけどタオル持って来るから、悟空頼むわ」
「早くして下さいよ」




踵を返し、悟浄は宿奥へと走っていった。


残された悟空の頭を優しく撫でてやる。

雨に打たれた身体は、冷たくなっていって。
いつもの子供特有の温もりは何処へ行ったのか。

ちらりと外を見れば、また少し雨は強くなったようで。


(こんな日に外に出るなんて)



雨が苦手な八戒には、判らない。
どういうつもりで外に出て行ったのか。
けれど悟浄も、これだけ濡れるとは思わなかっただろう。

元より、悟空が彼の所為で風邪でも引いたりしたら。
八戒だけでなく、あの保護者も黙っちゃいないだろうから。



急に悟空が抱きついてきた。
いや、しがみ付いてきたと言うべきか。


八戒の胸に顔を埋めて、俯いて。
どうかしたのかと聞こうとして、やめる。
小さな身体が、震えていたから。

それが雨の冷たさによるものではないと判ったから。



ふと、泥で汚れた手が見えて。





「……どうしたんです? 悟空…」




優しく身体を離して。
悟空の掌をそっと開かせる。
両手ともに、泥の汚れがくっきりと浮かんでいて。

嫌がりはしない。
けれど、何も言おうとしないままで。

外に行って、一体何をしていたのか。




先刻からずっと黙ったままと言うのも珍しくて。



ばさ、とタオルが投げられる。
放られたタオルを手に振り返ると、悟浄がいて。
タオルを肩にかけて、いつもの飄々とした顔で。


けれど、不意にそれは無くなった。
憮然とした表情で、悟空を見詰める。

それに悟空が気付いているかは判らない。
ただずっと俯いたままだから。





「……悟空」
「────……」




悟浄の呼び声に、悟空は緩く頷いた。

ぽん、と悟空の頭に悟浄の手が乗って。
それでも何も言わないままで。
また、八戒に抱き付いた。


悟空が八戒から離れようとしないのを見て。
悟浄は溜息を吐きながら「交代ね」と言った。
引きとめようとする八戒の声を聞かず、そのまま部屋へ戻っていく。



八戒の視線は、また悟空へと向けられて。





「悟空、少し離れて……このままじゃ僕、動けませんから」




優しく笑いかけて、伝える。
悟空もゆっくりと身体を離して。
けれど、右手が八戒の服裾を掴んだままだった。


頭を撫でて、いつものように笑う。
悟空が好きだと言う、笑顔で。





「これからおやつ作ろうと思ってたんですよ」




言いながら、悟空の背を押して。
キッチンに一緒に行こうと言うと、悟空もゆっくりと歩き出した。


キッチンで泥塗れの手を洗わせて。
置かれていた椅子に悟空を座らせた。


相変わらず何も言わない悟空に苦笑して。
立ち上がって悟空から離れる。

その一瞬前に。

また、服の裾を引かれた。





「……悟空?」




ガタンと椅子を倒して、悟空は八戒に抱き付いた。
先刻からずっとこうだ。
何も言わない、表情も見せない。

ただしがみ付いてくるばかりで。


何かあったと言うなら、教えて欲しいのに。

(………僕じゃ、駄目なんですか?)

声に出さないで、問い掛ける。
それを言葉にして、答えを聞く自信はない。
ただ抱き締め返すだけ。





「………なぁ……」




悟空の声に、八戒は視線を落とした。
やはり悟空の顔は見えないままで。

けれど判る。今にも泣きそうな顔をしていると。
見えなくても、判るから。





「なんですか?」




抱き締める腕に力を込めて。
あやすように先を促す。





「………きらいに…なんない……?」




聞き取れるか否かの声で。
震える声で問われて。





「突然どうしたんですか? ……嫌いになんかなりませんよ」




震える身体を抱き締めて、囁く。
そんな事は有り得ないからと。
子供をあやすように、慈しむように微笑んで。




気紛れに外に出たくなって、悟浄に連れられて宿を出た。


何をするでもなく、ふらふらとしていた時。
仔犬を見つけたんだと言う。

捨て犬だったのか、野良だったのかは判らない。
けれど、小さな仔犬だった。
泥だらけで、傷だらけで。
狭い路地のずっと奥に蹲っていた。


悟空が近寄ると、警戒して牙を見せて。
抱き上げようとした悟空の手に噛み付いた。





「でも……痛くなかったんだ………」




仔犬の身体には、もう力は無くて。
ただ脅えて。

けれど、鋭い筈の牙は。
食い込んでは来るけれど、痛みを伴う事は無く。

悟空の腕の中で。



小さな命は、そのまま────………






その帰り、悟浄と仔犬を埋めてやった。
雨の当たらない所で、大地に還してやりたかった。
だけど、そんな場所は見付からなくて。



(また……この子は───)

泥塗れの手は、誰にも知られず死んでいった仔犬への優しさ。
そんな優しさに、惹かれた自分がいる。

そして同時に、助けたいと。


誰より優しく、傷付きやすいこの少年を。
誰より子供で、誰より大人のこの少年を。
逃れられない孤独を背負う、この少年を。

助けたいと。


悟空の顔を上向かせた。
一瞬驚いた表情で見詰められて。
その唇に、吸い寄せられるように口付けた。

拒否されると思っていたが。
悟空はされるがままで。


本当に、この子供は優しい。
その優しさが時に、残酷である事も知らないで。





「…はっかい……」




一体何処まで、純粋なのだろうか。
この大地が慈しんだ少年は。





「嫌いになんか、なりませんよ……」




その先に続く言葉は、言えない。

答えを判っていて聞ける程、自分は強くない。
答えを知って尚、優しく出来る自信はない。


だから、そこで言葉を終わらせる。
優しかった口付けが、少しずつ深くなる。
震える悟空の身体を、強く抱き締めた。





「ん…ぅ……っ…」




息苦しそうな声が漏れて。
ゆっくりと唇を離すと、名残惜しそうに銀糸が光った。


悟空の綺麗な金瞳の端に、涙が浮かび上がる。

それが息苦しさからなのか。
口付けられた事からなのかは、判らない。
ただやはり、拒否は無くて。





「いい…ですか……?」




そんな問い掛けをしたら───この子供は拒否できない。
判っていながら、こんな事だけは言葉にして。
ずるいとは思っている。

でも、どうしても。
これから自分がしようとする行為は、拒否される気がしたから。





「ん……ふぁ…っ…」




首筋を舐め上げて。
右手で秘所を高ぶらせて行く。


(好きです……悟空……)


言葉に出来ない想いを、静かに囁いた。
出来る事なら伝えたい。
けれど答えは判ってしまっているから。





「あっ、ん…んぅ……っ」




トロリと愛液が漏れ始める。





「あっ…や…はっかぁ………」
「大丈夫ですよ…」




優しく囁いて。
いつもの笑顔が出来ているか。

目尻の涙を、舌で救い取る。
ひくりと震えた身体を、あやすように撫でる。




煩かった筈の雨が遠い。


秘部に指を差し入れる。
短い悲鳴の声が上がり、脅えに似た瞳を向けられる。





「大丈夫です…怖がらなくていいから」
「だって…あっ…ん……」




八戒が動かす指が快楽を生み出して。
悟空の頬が羞恥に染まる。
それでも少しずつ、全てを八戒に委ねて。

小さな身体を抱き締めたまま。
秘所を高ぶらせ、扱く。


白濁の液が少しずつ零れ出して。





「あっ…やぁっ………!!」




意識を飛ばした悟空を抱き締めて。
悟空の言葉を思い出す。





「…嫌いになんかなりませんよ」




今更、なれないのだから。

悟空になら全て、捧げてもいいと思えるから。
だから今更、嫌いになんてなれない。

どんなに悟空に嫌われても、八戒が悟空を嫌いにはなれない。



酷く不安定なこの子供を、安心させてやりたい。
失う事に脅える、優しい子供を安堵させてやりたい。

いつだって自分は傍にいると。
いつだって好きでいるからと。
嫌いになんてならないんだと。



───好きだから。
















仔犬の事を話す貴方に、伝えたかった






誰も貴方を捨てはしない


誰も貴方を独りにしない






だから怖がらないで欲しい


僕らと共にいる事を








FIN.


後書

このシリーズ、次は三蔵です。
前回、今回、次回と、やっぱりストーリー主体で。


やっと裏に八空です。
裏設置して大分経つ筈ですが(その割に放ったらかしの時間が永いですが)。
…とっても時間がかかってすいませんでした、八空ファンの方。