back alley puppy V







狭い路地裏で
仔犬を抱き上げながら思った



いつかオレもこんな風に

消えていくのかなって…………


















降りしきる雨が煩い。
それでも、窓の外から視線を逸らす事は無く。

嫌いな雨を、何故見るのかは判らない。
ただ、逸らせない。
どうせ見なくても、煩い雨音は聞こえてくる。


どんなに拒んだ所で、雨は降る。
どれだけ太陽が輝いても、翳りは落ちる。




紫煙が空気をくゆらせて、消えていく。

いつもは騒がしい子供も、今この場にはいない。
何時からか、雨の日はあまり近寄らなくなった。

昔は一人で部屋に閉じ篭っていたが。
あの二人と知り合ってからは、その片割れとじゃれついている。
三蔵としては、煩くなくて丁度良かった。


けれど、そう思いながらも───


悟空を拾って最初の雨の日は、寺院に戻る途中で。
その時は子供相手に怒鳴る事もバカらしくて。

何より、ただ真っ直ぐな悟空を。
何処かで、脅えさせたくないと思った。


まだ一人で立つ事を知ったばかりの子供に。
恐怖を植え付けるのは、避けたかった。




(───らしくもねぇ…)




そう思う。
妙に優しくしていた、八年前のあの日の自分に。

それでも時が経てば。
悟空は知らず、心の中に入り込んできて。
雨が降る度、泣かせる事もあった。
それでも、悟空は自分を慕ってきて。



そんな子供に、依存している自分がいる。




雲が空を覆っている所為もあるのだろうが。
時刻は既に夜を示している。

あの煩い子供は、いい加減眠りについているだろう。
案外、あの紅い青年と騒いでいるかも知れないが。



昔は「一人じゃヤだ」と言って。
泣き顔でベッドの中に潜り込んで来た。
それはつい最近も続いている事で。

その度、呆れながらベッドに入れてやった。


こんな雨の日にも、それはある。
普段は面倒だと思っていながらも。

なんの気紛れか、傍において。


しがみついてくる小さな温もりに、安堵を覚える事もある。
───らしくない事だとしても。




ギイ、と部屋のドアの開く音がした。
置いていた銃を片手に起き上がる。

しかし、そのドアの向こうに慣れた気配を感じ取る。
軽く溜息を吐きながら、銃を放った。
警戒する必要はないと判った。

一枚板の向こうにいるのは、あの子供だから。


しかし、その子供は中々入ってこない。
気配は動かないまま、じっとしていて。





「いるんだろうが、猿」




呼ぶと、ゆっくりとドアが開く。





「いちいち入るのを躊躇うな。面倒だ」
「ん……ごめんなさい……」




聞こえるか否かの。
この子供にしては珍しい小さい声だった。



けれど、三蔵に取っては慣れた光景だった。
嫌な夢を見たとか、一人が嫌だとか。
この子供は、そんな時いつも、泣き顔で。

八年の時間を過ごしてきた三蔵に取っては。
珍しくも無い表情だった。



けれど。
違ったのは、其処から。

いつもなら、「一緒に寝ていい?」と言うのに。
何を思ったのか、突然抱きついて来た。





「……何やってんだ」




小さく呟くと、ふるふると首を横に振った。





「だったら離れろ」
「……ヤだ…」




言って、また強くしがみつく。
引き剥がすような事も、何故か出来なくて。

大地色の髪を撫でてやる。


雨音が酷くなる。



いつもは子供のような悟空の身体が。
どうしたのか、冷たい事に気付く。
だがそれについて聞くつもりはない。

慣れた温もりが無かった事には、多少苛立ったけれど。



(…いつまでこうしてやがる気だ)


しがみついている悟空を見て思う。

悟空は喋る事も無く、しがみついているだけ。
泣き顔の理由も、何も言わないままで。


冷たい手。

縋り付いた掌が、やけに冷たい。
いつもなら、三蔵の方が体温は低い。
けれど今は、悟空の方が冷えているだろう。

一体こんな夜中に、何をしていたのか。


子供の愚図る声が聞こえる。

今この場で、子供というのは悟空しかいない。
見下ろすと、肩を震わせていた。
法衣を握る手も、また震えて。

嗚咽を堪えているのが判った。


一体何があったか知らないか。
悟空は、泣いているのだ。
小さな身体を震わせて。





「……何があった」
「…なんもない……っ…」
「だったら顔上げろ」




それでも、悟空は首を横に振って拒否する。
益々三蔵の胸に顔を埋めて、嗚咽を漏らす。





「なんもっ……ない…っ……!」




まるで自分に言い聞かせている。
何も気にすることなんかないんだと。





「………なぁ……」




一体どれだけ、悟空が泣いていたか。
それは判らない。
悟空はようやく声を漏らした。





「──……なんだ」




視線を交える事は無いままで。
小さく答えを返してやった。





「……………捨てない?」




その言葉に、直ぐに答えは返さなかった。
一体何に脅えていたのかと思ったら。


捨てているなら、拾ったりなどしなかった。
八年前のあの日を思い起こしながら、考えた。

けれど、すぐ傍らで震える子供にとっては。

ぽつぽつと悟空が話す。

悟浄に連れられて外に行って。
狭い路地の奥で、仔犬を見つけた事を。
誰にも知られず、消えていった小さな魂の事を。



きっと誰かを呼んでいたのに。
誰一人として、その仔犬の声に気付かなかった。

淋しいと、何度も何度も泣いていたのに。
きっと何人もの人が、あの路地の前を通ったのに。


悟空がようやく、その声に気付いて。
警戒する仔犬を抱き上げると、牙を見せて。





「…でもな………痛くなかった…」




手の疵を見ながら呟く。


力無く、それでも生きたいと。
願う声を、空に届けることも出来ずに。




あの仔犬が野良なのか、捨てられたのかは判らない。
誰かの手元から、逃げ出したのかも判らない。


けれど、独りであんな暗い場所で。
消えていくために、生まれたんじゃないのに。


世界で一人ぼっちになる為に。
淋しさだけを抱える為に。
生きてきたんじゃない筈なのに。






なのに仔犬は、たった独りで────……








悟空が嫌うのは、孤独。
五百年の闇の中へ、再び戻るという事。

外の世界を、人の温もりを知ったから。





「あいつ見ててさ……思ったんだ……」




顔は、見えない。
ずっと三蔵の胸に、顔を埋めたままだから。





「───…オレもいつか……独りで……………」




其処から先の言葉は無い。
三蔵が聞きたくなかった。

まだ誰よりも子供の癖に、そんな事を考えて。
いつもは、そんな事一つも言わない癖に。
目の前で誰かが消えていった時は。

途端に、酷く大人びた顔になる。
孤独を全て知っている瞳で。





「お前はその犬じゃねぇだろ」
「……そうだけど…」




まるで自分がその時いなくなったように。
そんな風に話す悟空に、呟いた。

悟空も返事はするものの、反応は小さくて。




溜息を吐いて、小さな身体を抱き締める。

いつもはしない行動に、悟空は一瞬驚いて。
俯いていた顔を上向かせて、半ば強引に口付けた。
今更悟空が拒否するとは思っていない。

それでも突然の行為に、悟空は固くなった。


そのままベッドに小さな身体を押し付けた。





「…っ……」




スプリングが軋む音がする。
緩い抵抗を押さえ、口付けをまた深くする。
「余計な事を考えるな。ガキの癖しやがって」




………“大地の精霊”が何時まで生きるかなど。
人間である三蔵には判らない。

だが、そうだとしても。
三蔵は、この子供を置いていくつもり等無い。


捨てられる事を脅えるこの子供を。
一人を嫌う、この子供を。
誰より孤独な、この子供を。

……その仔犬のように、独りで死なせるつもりはない。





「だって………」




泣きそうな顔をして見上げられて。
もう一度、口付けた。





「誰もてめぇみたいな煩いガキ、捨てねぇよ」




この子供を。
独りにしてやるほど、自分は優しくない。


一度手に入れてしまったから。
八年前のあの日、連れ出してしまったから。

だからもう、手放すつもりは無い。

どんなに悟空が望んでも、今更独りになどさせない。


己が先に逝くのなら、道連れて。

仔犬のように、誰も知らない暗い場所で。
誰も知らないまま、死なせはしない。
同じ場所で、同じ刻に────連れて逝くから。




不意に、悟空の金瞳から雫が落ちた。
シーツに落ちて、染みを作る。





「うっ…うえぇぇえ……ふえぇえん……」




三蔵に見下ろされたままで。
悟空は声を上げて泣き出した。

見慣れた一人の少年の顔で。





「ホントに…ホントに、…捨てない……っ…?」




泣きじゃくる悟空に口付ける。
言葉に出す事はしない。
そんな行為は、必要ないと思うから。





「……ひとりに……しない……?…っ」




綺麗な金瞳が、涙と一緒に零れ落ちるような気がした。





「絶対だよ? 絶対だかんね? ……絶対一人にしないでよ?」




不安を掻き消すように、何度も何度も問う。
言葉で返してやれば、それなりに安心するだろう。

けれどそれだけで、この子供の闇が消える訳じゃない。
一時凌ぎの安らぎなら、すぐに闇を誘う安堵なら。





与えない。






身体を重ねて。
熱を含んだ呼吸が繰り返される。
ゆっくりと与えられる快感を、悟空が拒む事は無い。

まして、相手が三蔵だと言うのなら。
ただ、この子供は誰にでも優しいから。





「……声殺すな」
「んっ…や……だって……」




身体の上を弄る手と。
首筋をゆっくりと這う舌。

悟空の心臓の上に手を奥と、鼓動が早いのが判った。





「やっ…あっ……!」




足を半ば強引に開かせて。
三蔵の身体が其処に割り込んで。

秘部を舌で濡らすと、悟空の身体が痙攣した。

本来なら排泄器官であるそこ。
十分に慣らせなければ、痛みを伴うのは悟空で。


少しずつ、蜜が溢れ出す。
それを視界にいれた悟空は、顔を赤く染めて。





「あ…だめ、さんぞ……っ…出ちゃうぅ……」




押しのけようとしても、腕に力はなく。


前をくつろげて、秘部に宛がった。
一瞬小さな身体が震えるが、拒否は無い。
ただ、羞恥に染まった顔で見上げてくる。

ゆっくりと身体を推し進めた。





「……っは……ぁ…!」




火照った身体が、痛みを示す事はなく。
まるで子供をあやすような行為で。



縋る身体を、抱き締めた。





眠る悟空の頬に口付ける。


…いつだってこの子供は脅えている。
一人で残されていく事に。

悟浄と八戒は、少なくとも長く生きるだろう。
悟空は、一体どれだけ生きるか知らない。
けれど、確実なのは。

どんなに望んでも、きっと置いて逝く己の命。


この旅を無事に終え、帰ったとしても。
以前と変わらず、二人で暮らすようになったとしても。

きっと置いて逝く。
一人を嫌う子供を置いて。
自分は、先に逝ってしまうのだ。



だからこそ決めた。

───連れて逝くのだと。




例え悟空が一人になる事を望んだとしても、許さない。
自分の傍から離れる事など、決して許しはしない。

たった独りで、死なせるような事はさせない。
一緒に連れて逝くと決めたから。
何が合っても連れて逝くのだと、そう約束したから。



狭い路地の片隅で。
誰にも知られず、死なせはしない。





逝くのなら、同じ場所で、同じ刻に。

同じ場所へ、連れて逝く。











独りが嫌なら、連れて逝く



それは俺とお前の交わした言葉








───独りで生きていく事も

───独りで逝ってしまう事も








許さない。









FIN.

後書

三部続いてストーリー主体。
平均エロ頁2.5(数えるな)。

こんな裏もあっていいんじゃないかなと。
これ書いてる間、やけに落ち込み気分だった私です。



BGM

T・・・・Luis-Mary【砂漠の雨】
U・・・・T.M.Revolution【hear】
V・・・・T.M.Revolution【THUNDERBIRD】