comrade?



尋常でない量のサンドウィッチ。
減っていく速さも、また尋常ではなかった。

小さな身体の、一体何処に消えていくのか。
雀呂が食べた量よりも、明らかに悟空の方が多い。
気付けば雀呂は、悟空が食べるのを見ているだけだった。


もういらねえの? と何度か言われたが。
目の前でそれだけ、勢い良く食べられれば。
見ているだけで腹一杯になろうというものだ。

腹を壊したりしないのかと思ったが。
けろっとしているので、平気なのだろう。


「あ、これ美味い!」


そう言って、悟空が気に入ったらしいのは。
甘いジャムの挟んであるサンドウィッチだった。

甘いものが好きだとは。
やはり、子供なのだろう。


「雀呂もこれ喰ってみろよ」
「いや、いい。俺はもう腹が一杯なんだ」
「そっか? じゃ、後オレが貰うな」


殊更嬉しそうに、悟空はサンドウィッチに齧り付く。
食べている時が一番幸せ───そんな顔だ。

“あの”三蔵一行の仲間だというのに。
よくもまぁ、こんなにも擦れずにいるものだ。
だからこそ、彼らも悟空に対して甘いのか。





「あー、腹一杯!」





それは、そうだろう。
それだけ食べれば。

思ったが、雀呂は口にしない事にした。


あれ程あったサンドウィッチは、すっかり消えて。
悟空は腹を擦って、満足げに笑んでいる。


「よく食うものだな…」
「そっか? いつもこうだけど」
「…そうか……」


ならば尚更、何も言うまい。


それにしても、不思議な子供だ。
雀呂と三蔵達の邂逅を知らないからなのか。
こんなにも警戒心を持たずに、傍にいるとは。

彼らは何も言っていないのだろうか。
あの繰り広げられた死闘の事を。


それなら、それで好都合。
手懐けるのに、不利な条件はなくていい。



「雀呂はあんまり喰わなかったな。腹減るよ?」
「それは平気だ」
「ふーん。信じらんね」



…それはこちらの台詞である。

あれだけの数を食べたというのに。
腹一杯と言ったけど、まだまだ余裕があるようにも見える。


それよりも。
今はこの子供の信頼を得なければ。

でなくては、これからの作戦もままならない。



「それより、少年」
「悟空」



適当に話をして、と雀呂が思って呼ぶと。
間髪入れずに、悟空が己の名を連ねた。

どうしたのかと思って見れば。
いささか不満げな顔をした幼い顔が其処にある。
何か失敗したか、と自分の行動を思い返すと。




「オレの名前!」




ずい、と顔を近付けて、悟空は言った。





「オレは少年じゃない!」






ああ、名で呼ばれなかったのが不満だったのだ。
たったそれだけの事で、こうも怒るとは。

名前なんて、記号のようなものなのに。
悟空は躍起になって、名前で呼べと詰め寄った。
まるで大事なものなんだと言うように。



「いや…しかしな、少年」
「悟空だってば!」



名を呼んでは、馴れ合いになるような気がして。
悟空はそれを判っていないのだろうけれど。

雀呂はどうしたものかと、頭を掻く。


真っ直ぐに見詰めて来る、金の双眸。
其処に映りこんだ自分は、情けない顔をしている。

こんな風に接してくる相手は初めてだ。



「名前で呼べってば」



そうしたら。
今後も楽になるだろうか。
三蔵一行を討つという、それも。

けれども、何処かで警鈴が鳴っている。



「オレ、さっきから雀呂って呼んでるじゃん」



だから、名で呼べというのか。
ただ識別する為でしかない、記号で呼べと。



「なのに雀呂がオレを呼ばないのは、不公平だ」



跳んだ子供の屁理屈だ。
どんな風に呼ぼうと、それは人の勝手ではないか。
確かに、限度はあるだろうけれど。

膨れっ面で見上げて来る少年は、至って真剣な瞳で。
このまま放って置いては、間違いなく期限を損ねるだろう。






「……悟空…で、いいのか?」





そうしてようやく、笑うのだ。








名を呼ぶ程度で、笑むなど。
一体何処まで、この魂は無垢なのだろうか。


食後の一服と、水筒の水を飲んで。
雀呂も飲めば、とカップを差し出し、悟空が口を開く。



「なぁ、雀呂って、どんな幻術でも出来るの?」
「……どんな、とは?」
「なんかさ、今日襲われた時は武器が燃えたりしたじゃん」



それ以外にも何か出来るのか、と。

何か、と言われると随分幅が広いような気がする。
言葉に出来て、目に見えるものなら、大抵なんでも出来る。
髑髏であったり、蛇であったり、水や火であったり、と。



「すげーな、それ!」
「……しかし、耳に入らなければ意味がない」



そして、相手がそれに嵌ってくれなければ。
事実、その所為で自分は三蔵一行に負けたのだ。

まぁ、負けてやったのだけれど。


「オレもやってみたいな」
「俺の力に便乗すれば出来る。実際に、やっただろう?」
「え? オレなんかしたっけ?」


きょとんとして、悟空は雀呂を見る。
どうやら、昼間の襲撃の時の事は自覚がなかったようだ。

まぁ、説明するのも面倒だし。
雀呂は出来ていたんだ、とだけ言って。
すると悟空は、また嬉しそうに笑った。



その笑顔が、また安心を誘って。
知らず雀呂の頬も緩み。






(………はっ!!)






いや、和んでいる場合ではないだろう。
これでは、自分の方が三蔵一行に懐柔されてしまう。

自分は機会を伺っていなければならないのだ。
この少年を手懐けて、奴らの油断を誘い。
それから一網打尽に────……




(いや、ちょっと待て……)




隣で何か話している悟空の声は、最早右から左。
雀呂は顎に手を当て、考える。




何も、この少年まで片付けずとも良いのでは?
第一、彼は自分と他三人の間にあった死闘を知らない。
敵であるかすら、気付いていない節がある。

ならば、このまま引き込んでも。
仲間にしてしまっても、構わないではないか。


騙すとか、そういう事ではなくて。
身体は小さいけれど、戦闘力は秀でているし。

雀呂は幻術を得意とするが、接近戦は好きではない。
幻術を見破られてしまっては、後がない。
そんな時、前衛で戦える者がいれば心強い。






(……そうだ、それがいい!!)




「雀呂?」



自覚のないうちに───意識が明後日の方向に向いているうちに、雀呂はガッツポーズを取っていた。

流石にこれは、悟空も不思議に思ったようで。
話を聞いているのかと、雀呂の名前を呼ぶ。


が、雀呂の意識は返ってこない。




(大体、あんな極悪非道な連中と一緒にいるのも良くないしな)




この品行方正な自分と一緒にいる方がいい。
今のままでは、いつかこの少年まで極悪に染まってしまう。

8年間も“あの”三蔵と一緒にいるとは、素知らぬ雀呂である。


話を聞いていないと気付いて。
悟空は不満そうに唇を尖らせ、雀呂を睨む。

けれども、その睨む金瞳でさえも。
大きなどんぐり目玉では、可愛いとしか言えなくて。



(……そうと決まれば)



思い立ったが吉日、だ。




「悟空!」




突然凛とした声で名を呼ばれて。
悟空は「はいっ!?」と裏返った声で返事をする。



「この雀呂と来い! 悪いようにはしないぞ!」
「………は?」



突然の事に、悟空はきょとんとして。
明らかに、話と展開について来れていない。

しかし雀呂は構わずに。
仕舞いには悟空の手を握って、我が下に来いと誘う。
己が如何に強いか熱弁しながら。








しかし、悟空の方はと言えば。




(来いも何も……仲間なんだよな?
雀呂って、オレらと一緒に行くんじゃなかったっけ?)




やっぱり事の次第を判っていなかった。















嬉しいと笑うその顔が

知らない間に居場所を作って

不愉快に思っていない自分もいて









掴んだ手を


このまま連れ去って行けたら








後にあるのは、きっと悪いものではないと思うのだ









FIN.




後書き