oneself happiness



「騒いでないで、もう寝ろ」



くしゃ、と大地色の柔らかい髪を撫ぜて言う。
こうすれば、大抵悟空の機嫌は持ち直す。

そして今回も例に漏れず。



「……チビも一緒でいい?」



まだ少し、拗ねた色をその瞳に残しながら。
告げられた言葉に、三蔵は頭を掻いた。

仔犬を寺院に連れ帰る時点で、甘やかすのは最後にしたのではなかったか。
と言っても、悟空のこの甘えはいつもの事だ。
三蔵が夜まで仕事をしている時でさえ、床の上で寝る羽目になっても、一緒に寝たいというのだから。


今日は、それに仔犬が付属してくるだけだ。
小動物が増えるだけ。




「大人しくさせるからさ。すぐ寝かせるから」




一人で離れた場所で寝かせるのも忍びないのだろう。
悟空自身が、一人退け者にされる事を嫌がるからか。

例えば、此処で駄目だと言ったら、悟空はどうするのか。
仔犬を大人しく床で寝かせるのか、それとも仔犬と一緒に床で寝るのか。
今の調子だと、後者になるだろう。



そして最終的に行き着くのは、どちらにしても同じ事。



後で手間取るのは面倒で。
三蔵は仕方ないという顔で、ベッドのスペースを開ける。

それを見た悟空は嬉しそうに笑って、仔犬をベッドに降ろした。
風呂に入る時に一緒に洗ってやったので、拾った時の小汚さはあまり見られない。
毛並みはそれほど良くないけれど、仔犬特有の可愛さがそれを許している。


「いいってさ、良かったな!」
「煩くするなよ」
「しないしない!」


言ってる傍から耳元で高い声。
しかも釣られるように子犬も高い音で鳴いた。

やっぱり蹴り出してやろうか。
物騒な事を思うものの、背中にくっつく体温は慣れたもので。


「さんぞー、こっちー」
「……煩い」
「やだ、こっち」


こっちを向けと引っ張る、小さな手。
放って置いたら、やっぱり眠りはやって来ないのだろう。

終いには、仔犬が面白がって短い爪を引っ掛けてくる。
恐らく悟空が引っ張っているのを真似しているのだろうが、如何せん、獲物が鋭い。
背中に後が残るかも知れない。


「チビ、だーめ」


悟空の咎める声が聞こえてくるものの。
じゃれているものだと思っているので、無理にとめようとはしていない。



「ったく……煩ぇんだよ、お前は」




言って振り返ってやれば、嬉しそうに抱き付く、熱の塊。
いつもと違うのは、小さな塊がその間に入り込んでいるという事。


「…えへへ」
「笑うな、気持ち悪ィ」
「無理ー」


だって幸せなんだもん、と。
そう言って笑う悟空は、確かに言葉を裏切っていない。

悟空が三蔵に擦り寄って、その腕の中で仔犬が悟空に擦り寄る。
仕方なしに頭を撫でて腕の中に閉じ込めれば、くすぐったそうに笑う声。
さっさと寝ろと促すと、はーい、と幼い子供のような返事。


腕の中の仔犬は、どうやら眠たくないらしい。
遊んで構ってと言わんばかりに、悟空の肩を爪で引っ張る。

悟空の指が仔犬の鼻先に近付くと、尻尾を振って、指の匂いを嗅ぐ。
その指には多分、甘ったるい匂いが残っているのだろう。
昼間に街に降りている時に、散々強請られて買ってやったから。


鼻息が当たるのが面白かったのか、悟空は仔犬の鼻の頭をつんと突ついた。



「三蔵、こいつ可愛い」
「……寝ろっつってんだろ」



ガキは寝てる時間だ、と言えば。
悟浄の家にいる時は、もっと遅くまで起きていても怒られなかったと言い出す。

やはり、あの家に預けるのも考え直した方が良さそうだ。



悟空の頭を抱き込んで、胸に押し付ける。
すると仔犬を突いてじゃれていた悟空が、ぴたりと大人しくなった。

仔犬が不満げに鳴いたが、無視する。
遊び相手がいなくなれば、仔犬も直に眠るだろう。


三蔵の胸の中にいると、悟空はいつも大人しい。
遊んでと騒いでいる時も、一人で寝るのは嫌だと涙目で訴えている時も。
三蔵の腕の中に閉じ込められ、その鼓動を聞いていると、それまでが嘘のように静かになる。

……子供は、母親の腕の中にいるのが一番安心するのだという。
それは、生まれる前から聞いている心臓の鼓動が伝わるかららしい。




(……俺は母親でもなんでもねぇんだがな……)




けれど、悟空にとっては同じ事なのかも知れない。

二つとない、絶対的で全てを占めている存在。
悟空にとってはどんなに狭い空間であろうと、三蔵の傍にいる事が全てなのだ。



「駄目だよ、もう寝るの」
「構ってないでお前も寝ろ」



遊んで欲しいと悟空の寝巻きを爪で引っ張る子犬。
律儀に返事をして頭を撫でると、仔犬は上機嫌に鳴いた。

あまり構うと、そうすれば構ってくれるのだと甘え癖がついてしまう。
用がなくても、一緒にいたいからと無意味に吼えたりする。
……悟空がいい例だ。




「チビ、寝るの」




腕の中の仔犬と目線を合わせて、ね、と言い聞かせる。
それで果たして、仔犬は何処まで理解出来るだろうか。












規則正しい寝息が聞こえてきたのは、それから然程時間が経っていない時だった。
仔犬はしばらく悟空の服を引っ張ったり、小さな声で鳴いていたが、退屈に身を任せたまま眠りについた。

これでようやく眠れる。
連日の仕事の所為で疲れていたのに、何故またこんなにも疲労感を覚えなければならないのか。
腕の中で暢気に眠る養い子を睨むが、あまり意味はなかった。



「……ったく……ガキが…」



その呟きに、当然返事などない。
まさか夢で聞こえた訳ではないだろうが、抗議のように小さな手が、三蔵の服を引っ張る。

そういう所が、子供だと言うのだ。
きっと悟空には、いつまで経っても判らない事なのだろうが。



「熱っくるしいんだよ……」



悟空は年がら年中、引っ付き虫だ。
強引に離そうとしても、気を抜いたらまた引っ付いてくる。

……これも何処かで自分が甘やかした所為だろうか。



……認めたくないけど。



ふと、先刻の悟空の言葉が頭を過ぎる。





『偉い人に撫でて貰うと、幸せになるんだって』





仔犬を抱いて笑った悟空。
そういう自分が、一番幸せそうな顔をしていたとは、知らないのだろう。






『あ、でも、そしたら……』







今更だ。
そんな事は。

いつだって悟空は笑っていて、時折拗ねて、独りになると泣きそうになる。








『オレ、すっげーぜーたくだ』










だからきっと、今更なのだ。
悟空が、“幸せ”を独り占めしている事は。






小さな幸せだ。
悟空が望むものは。

三蔵と一緒にいたい。
三蔵に触れたい。
三蔵の役に立ちたい。


……そんなものばかりだ。



「……安上がりだな」



欲がない、と言うよりも。
それだけでいいんだと、本気で思っているから。

こうして腕の中に閉じ込めているだけで。
それだけで、悟空は誰よりも何よりも幸せだと笑って。
……それだから、甘やかしてしまうのだろうか。


自分はこういう性格ではなかったと思う三蔵だったが。
悟空に関してだけは、そろそろ諦めざるを得ないようだ。







……幸せだと笑うのを見るのが、いつの間にか悪くないと思えているから。




















ただ、幸せで



こうして

傍に温もりがあるのが


こうして

腕の中に在る事を赦してくれているのが









ずるいくらいに一人占めしている、幸せな空間



……誰にも譲りたくない、一人占めしている幸せ


















FIN.




後書き